領主就任
「よく来てくれたシノノメ」
そう言ながら「座ってよろしい」とばかりにめちゃくちゃ高そうな椅子を手で示す王様。
ワカメが王都に戻った日から二日後。
「ご足労願いたい」とウルドからの使者に言われるがまま、家宰さんと共に訪ねたウルドの本邸にはおっそろしい面子が集まっていた。
上座には王様が座り、その後ろにはいつぞや俺に危険な尋問をしくさった宮廷魔術師のワグナースと白銀の鎧を身にまとった手練っぽい騎士。左右には王国貴族の二大派閥の領袖、ウルドの当主と宰相が鎮座している。
察するに、貴族の中の有力者である宰相とウルド当主、そして国王という最高権力者三者で緊急に対策を話し合ったのだろう。後の二人は護衛かアドバイザーかな?
確かに悠長に円卓会議などを開いていては迅速な措置が取れないだろうからな。合点のいく話しではある。
「公式の会議ではないので楽にしてよろしい」
緊張しながら椅子に座ると傍目からも俺の緊張具合が分かったのか、宰相さんがそう声をかけてくれるが……。
そりゃ無理だって。
さすがに王国最大の貴族の本邸ともなると、メリルのお城が犬小屋に感じられるほど豪華かつ重厚だ。しかも豪華でありながらけっして成金趣味じゃない。上品で歴史を感じる屋敷なのだ。
この部屋だって上品な調度品に囲まれているし、さり気なく飾られている絵画や置物も本気で高いものみたいで、その手の造詣はテンデない俺からみても見事なのだ。
たぶん一個か二個パクって帰ったら庶民なんか一生遊んで暮らせるんじゃないのかねえ。
なんていうかこー、本物だけが持つ重厚な雰囲気が部屋全体からにじみ出ているんだよな。
そんな部屋で一国の重鎮と対面するんだぜ? 普通はビビル。
当然俺はビビる大木だ。唇とかカサカサに乾ききっている。
「さて、シノノメよ。遠征軍の報告書は読んだか? 昨夜に諸卿に配ったと思うのだが?」
「はい。戦闘の経緯はイァーソン殿から直接聞きましたし、朝方、報告書にも目を通しました。……あの地震が魔物によって引き起こされた可能性が高いということですが……」
かさつく唇を苦労して開いて、なんとかどもらないように答える俺。
緊張で乾いた唇がしゃべった拍子に切れてしまったのでこっそりと舐めていると、王様が後ろに控えた宮廷魔術師ワグナースに説明しろというように顎をしゃくった。
「あの地震の折、我らは西の方角で大きな魔力のうねりを感知いたしました。大学院からも同様の報告です。おそらく騎士団の駐屯地の下を掘り進め、擬似的な地震によって一挙に崩落させたのでしょう」
王様にちょっと会釈してそう説明するワグナース。
「しかし、遠く離れたメリルにも影響を及ぼすような大地震を起こすとは……。そのようなことが本当に可能なのでしょうか?」
だいぶ緊張が和らいできた俺が素直な疑問を口に出すとちょっと困った顔をする。
「可能か不可能か、ということであれば可能です。論理的には……というレベルですがね。術式自体は大地に干渉する類のものですからさまで複雑ではないのです。ただ、問題は行使に必要な魔力です。試算してみたところ、最大効率の術式を組んだとしても、500ヒジュラの魔力が必要でしょう。この国のすべての魔法使いが協力してもとてもとても。アリが、融合したという迷宮の心臓から魔力を引き出したとしても到底足りないとは思うのですが……」
「500ヒジュラ……それは凄まじい」
「たしかに。いかに迷宮の心臓とはいえ、そこまでの魔力はないはず。アリどもはいかにしてそのような途方もない魔力を調達したのか……」
ワグナースの説明に、彼らもはじめて説明を受けたのか、口々に驚きの言葉を並べる宰相さんとウルドの当主。
よく分からんがとにかく凄そうなので空気を読む俺。
いや、この状況で1ヒジュラの魔力ってどのぐらいですか? とかきけねーって。
……あとでヌアラかイヴに聞こう。
「恐ろしいことです。そのような魔物がいるとは……」
「うむ。まことにな。率直に言ってわが国は、かつての大迷宮が現れた折と同じく、いや、それ以上の存亡の危機にあるといってよいだろう」
なあ? そうだろ?
とでも言うように左右の宰相とウルドの当主に視線をやる。
「騎士団は精鋭を中心に半減。アリントンをはじめとして名のある騎士も多く死んだ。騎士団の再編成を進めてはおるが……いかんせん損害が大きすぎる。訓練も考えれば時間が足りぬな」
空元気だとは思うけど、妙に生き生きとしながらそう話す王様。その視線がわずかに動いてウルドの当主をみた。
「……申し訳ございません。すべては我が息子の力量不足。ご処罰は存分に……」
「なに。アリがアレほど知能が高いとは誰も予想しておらなんだ。誰が率いていても結果は変わらんよ。……言っておくが今は戦えるものは一人でも必要だ。実際に戦った者は貴重でもある。イァーソンに自害なぞはさせるでないぞ」
そう言い放ち、殊勝な態度のウルド当主に満足そうな視線をそそぐと王様は俺に向き直った。
「さてシノノメ。お前をこの場に呼んだのは他でもない。延び延びになっていたお主の領主就任の件よ。先ほど三者で話し合ったのだが……」
王様の言葉になんとなく違和感を覚える俺。
おかしくないか? どう考えてもこの三人が集まったのは遠征軍の問題……というか、アリ討伐に関してだと思うのだ。俺の領主就任なんぞが議題にあがるとは思えないのだが……?
緊急性の欠片もないことだしな。
とはいえ、口を挟むことなんか出来ないので黙って話を聞く。
「報告によれば、なかなかメリルの民心を得ているようではないか。魔物からメリル城を奪還した手際も見事というほかない。……大商人ともツテを持ち、だれぞの妨害も上手くかわしたと聞いた。十分貴様であればメリルを治められよう。シノノメ!」
「はっ」
「本日ただいまをもって貴様をルーグ卿として正式に任命する」
「はっ。謹んで拝命致します」
話の流れから予想していたので、そういいながら家宰さんともども深く頭を下げた。
だが、家宰さんも俺も表情がどうしても固くなる。……絶対になにか裏があるに違いないと思うんだよな。話がうますぎる。
持ち上げるだけ持ち上げられたら後は地面に叩きつけられるに決まってるのだ。
「私も有能な者を我が家臣の一翼に加えることができ嬉しく思うぞルーグ卿よ。……でだ」
案の定。
そう言ってなんか人が悪そうな笑みを浮かべる王様。
「遠征軍は敗れたりとはいえ、アリに大きな損害を与えておる。試算したところアリの数も500居るか居らんかだろうという分析だ」
やっべ。
スゲー嫌な予感がするんだけど。
「すべての元凶たる女王アリは迷宮に在り。まあ、アリだけにな。再度の軍勢を出しても攻略は難しい。そもそも騎士団は迷宮探索には不向きだ。賢王リシャールの先例のように迷宮攻略に冒険者ギルドを使うにしても時間がかかろうしな。であれば精鋭による急襲。これが現状では最も有効であろうよ」
親父ギャグは最低な出来だが……言ってることには一理あるな。
今回は1年で新たなアリの女王が誕生し巣を作る。
つまり、かつてのアルマリル大迷宮討伐とは違って時間制限があるから、冒険者を使いじっくりと討伐する作戦は取り難い。
思ったよりも王国の上層部がアリの脅威を正しく認識していることはメリルにとって喜ばしいけど……。問題は誰がアリの巣に潜るかだ。
「わが国にはウルド家をはじめとして有能な騎士は多い。だがアリントン亡き今、個人の武勇において最も手練の騎士はお主だというのが衆目の一致するところだ。あの武神と謳われたアリントンと立会い分けたとも聞いた。そのうえ、貴様には冒険者として大迷宮を討伐したという実績もある」
そう俺を思いっきり持ち上げてから居住まいを正す王様。
おう……。予想が当たりそうだ……。
「アルマリル王として新たなルーグ卿に命ずる。アリの迷宮に潜り、女王アリを討伐せよ」
まっそうなるわな。
「承知しました」というべきところなのかもしれないが……。
正直さすがに即答は出来なかった。
「恐れながら申し上げます」
そんな俺の様子を見て取ったのか、それまで黙っていた家宰さんがひれ伏さんばかりに身をかがめ、言葉を発する。
「精鋭の騎士1000騎で討伐できなかった女王アリを、シノノメだけで討伐せよとはあまりのご無体な……」
「無礼者! 陪臣ごときが陛下に直答するとは僭越であろう!」
宰相さんが、一応言わないといけないよね、立場上。
と、そんな感じで家宰さんの言葉を遮り叱り付ける。
それをこれまた芝居ががった口調でいなす王様。
「まあよい。ルーグの忠臣というべきであろう。だがな……」
そういって家宰さんを鋭い視線で射すくめる。
それまで、非公式ということで割合とザッパだった王様の口調に、ゴリっとしたものが混じり始めた。
「そもそも大迷宮討伐の勲功があるとはいえ、一介の冒険者であるシノノメをルーグ卿にしたのはまさにこの災厄の対抗策としてではないか。我らアルマリルの騎士団で討伐できるのであれば、シノノメを騎士に叙任し、メリルの領主にした意味がない」
静まり返る室内。
その中で王様は俺に顔を向けた。
「のうシノノメよ。かつての英雄は誰もが無理だと判断したことを成し遂げ名を成した。しかも貴様は地母神ミューの神託の英雄だ。現在の状況ではこれが最も成功の確率が高い作戦であろう。思えば最初から遠征軍などではなく、少数の精鋭によってアリの女王のみを殺すべきだったのだ」
さり気なく遠征軍を主導したウルドの当主をデスりながら言葉を続ける王様。
うーむ。みあやまってたわ……。
この王様ってば飾りかと思ってたんだけど、どーしてどーして。
「それにだ。なにもシノノメだけで行けというのではない。ウルドをはじめとする貴族。宮廷魔術師。近衛騎士。神殿。わが国のものすべてが出来うるかぎり協力しよう。討伐のあかつきにはメリルに大幅な援助も与えようではないか」
「ですが!」
なおも抵抗しようとする家宰さん。
王様はその言葉を手で制し、椅子に深々と座りなおすと疲れたように目を閉じた。
「……昨日夢を見た。アルマリルの町を大地震が襲い、町全体が陥没する夢だ。女王アリは知能も高く恐ろしい魔力を保有しておる。遠征軍壊滅という前例がある以上、これが現実にならんという保証はどこにもないのだ。……メリルとて明日大地に飲み込まれても不思議ではないのだぞ? いや、間違いなく最初の標的はメリルの町だ」
言葉につまり押し黙る家宰さん。
俺はそんな家宰さんの肩を一つポンと叩いてから言った。
「……分かりました。女王アリ討伐の任、謹んでお引き受けします」
「シノノメ様!」
驚きの表情を隠そうともせず、家宰さんは非難のまなざしを俺にそそぐが……。
いや、これは断れないわ。コイツなにが何でも俺にやらせるつもりだ。
おそらくは討伐できれば幸い、出来なくても時間稼ぎにはなるということなのだろう。
俺をはじめとして数人が死んだところで、アルマリル王国にとっては損害というほどのものでもない。そんなしたたかな計算があるのだろう。だったらごねても無駄だ。
それに……正直俺としても全然成算がないわけでもない。遠征軍との戦いで数を減らしたアリであれば、強襲し女王アリだけを討ち取ることも不可能ではないと思うのだ。
女王アリを目視さえ出来れば、後はペッポの瞬間移動で殺せるはずだ。
……というかだ。正直な話、俺はずっと心苦しかった。
このアリの災厄はメガネや金髪おっぱいといった女神達の仕込だ。ということは俺の責任もあるのではないかとずっと考えていた。
姫様の両親にしても、俺がこの世界に来ることを拒めば……もしかしたら今も生きているかもしれない。5年前に魔物がメリルを襲うこともなかったかもしれないからな。
そうだとすればだ。俺こそがこの世界の災厄そのものじゃないか。
別に王様やウルドのためとかじゃなくてさ。俺自身のケジメとして女王アリはこの手で倒すべきだと思うのだ。
「一つだけ……よろしいでしょうか?」
「なんだ」
「はい。万が一私が死んだ時ですが……出来ましたらレイミアにルーグの名を継がせてやってはいただけませんか?」
フムといった感じであごに手をやりしばし考える王様。
「あい分かった。我が父の名にかけてそのように取り計らおう。女当主は稀ではあるが今までに先例がないわけでもない」
そう言って肩の荷が下りたような表情を浮かべる。
「ではルーグ卿よ。詳しい手はずと準備は貴様に任せる。10日を目処に迷宮に潜るものの人選をしておけ。宰相は商会に連絡を。念のため冒険者ギルドをメリルに作り優先的に腕利きを集めるよう交渉せよ。500の兵士が死んだとなると新たに迷宮がわく可能性が高い。ウルド宮廷伯。そなたは四門家とともに王都の警備をより厳重にな。身内が死んだ町の者の怒りと悲しみの感情は迷宮を育てるゆえ周辺の迷宮監視の兵士は倍にせよ」
そういえばこの世界では人や亜人の【悪しき心】が迷宮を育てるって設定だったな。
今回の遠征では本当に多くの人が死んだ。カエル人もほとんど族滅されてるから多くの迷宮が育つだろう。的確で無駄のない指示だ。第一印象は頼りない王様って感じだったけど……この人爪を隠してたのかねえ。
俺がそんなことを考えていると、話は終わりとばかりに立ち上がる王様。
うやうやしく皆が頭を下げる中、ワグナースと結局一言も口を開かなかった白銀の鎧を着た騎士をつれ部屋を後にする。と、その歩みが俺の前でピタッと止まった。
「ルーグ卿。貴様に無理を押し付けたが、私の望みはただただ王国の安寧だけなのだ。……生きて戻れよ」
それだけ言うと俺を見もしないで立ち去っていった。
……最後の最後で言い訳するとはちょっと小心だよな。
などと失礼なことをこっそりと思いながら、それでも改めて深く頭をたれる。
俺だって死ぬつもりはサラサラない。ペッポの能力を使えばなんとかなるだろう。
……なるといいな。




