揺れる地面
遠征軍がメリルを出立して4日後。
俺の元に遠征軍が迷宮までたどり着いたという報告が来た。
以前カエルさんは半日とか言ってたけど、それはジモピーのカエルさんだからこそだ。
なにせぬかるんだ湿地を警戒しながらの進軍だ。このぐらいは当然かかるのだろう。
道中は心配していたアリの襲撃もなく、一人もかけることなく到着したようだ。
現在は陣地の構築中らしく、あたりの木々を切り出し塹壕をほっている最中らしい。
安堵しながらその報告書を読んでいると、久しぶりにミューズちゃんが領主の間に姿を現した。
最近はずっと工房に篭りっきりだったから、そこ以外の場所で姿を見るのも久しぶりだな。俺の姿を見つけると妙に嬉しそうに笑いかけてきた。
「ああやっと見つけました。ちょっとお時間ありますか?」
「ん、何か用事?」
「はい。ついに人形が完成したんでご覧に入れようと思って」
おー。そういや工房に篭りっきりだったのは、人形を作っていたからだったけか。
材料が俺を襲ってきた暗殺人形の残骸だから予算もかけてないしありがたい事だ。
「おっ。ついに完成したんだ」
「はい。人形の核にできる貴重な稀魔石が手に入ったんで先日なんとか。これでもうお父さんに大きい顔はさせませんよ」
「やーおめでとう」
さすがに亀の甲より年の功。工房のおっちゃんと比べればまだまだだろうけど……。
ただまあ、やたらと興奮しているから水を差すのも悪いかなと空気を読む俺。
「でも稀魔石って高いんだろ? よく予算が足りたね」
以前、工房のおっちゃんから聞いたのだが、人形の心臓には純度の高い魔石が必要とかで、迷宮の深層で取れる大きな魔石をつかうらしいのだ。
最高級人形ともなると迷宮の心臓を用いることもあるらしい。何れも非常に高額なものだ。
緊急性のない人形への予算は後回しにしているからよくも用意できたものだ。
「あー、いえ、それなんですけどね。なんというかタダで手に入ったというか……」
何気ない俺の言葉になぜか視線を泳がせるミューズちゃん。
……おい。ちょっと待て。
タダで手に手に入った魔石って……まさか!
「……なあ以前【ネム】とかいう女王アリから採取した魔石あったろ? 異常におっきな魔石。あれってどうしたんだっけ? たしか後で売ろうと倉庫にしまっておいたと思うんだけど?」
「……」
「……ちょっと勘弁してくれ。アレは凄く珍しい魔石だからさ。売れば高級人形が買えるって聞いたぞ」
「でも、倉庫に転がしておいても宝の持ち腐れじゃないですか。だったら有効利用したほうがいいかなーと」
「許可を取れよ! 許可を!」
思わず怒鳴ってしまってからちょっと反省する。
まあ、高級人形並みの人形を作れたんであればトントンか。
怒りを静めるために「フー」と一つ息を吐く。
「まあ、やっちまったことは仕方がないか。まさか人形を壊して取り出すわけにもいかないし……。工房のおっちゃんには世話になったからな。今回だけは大目にみるよ」
「さすがシノノメ様。そういってくださると信じてました」
この娘って調子いいよな。
反省の欠片もない態度にちょっとイラッとくるが……。
我ながら甘いとは思うけど、まあ今回だけは工房のおっちゃんに免じて許してやろう。
「で? その高い魔石を無断でつかって作った人形はどこにあるんだ?」
「……ちょっと怒ってます?」
「かなり怒ってるよ。まあ、それはいいから早く見せてくれ。俺もこの後やることがあるんだからさ」
さすがに察しの悪そうなミューズちゃんも俺の機嫌が悪いことに気がついたらしい。
もうちょっと、もったいぶりたかったようだが諦めたように外で待たせていた人形を呼んだ。
「エメスいらっしゃい」
ミューズちゃんの声にしたがって、部屋に入って来たのは思ったよりもほっそりとした人形だった。
栗色の髪をベリーショートに刈り込んだ女性型だ。ボーイッシュな感じだな。なんとなく雰囲気がミューズちゃんに似ている。
女性型だとは思わなかったからちょっと驚いたけど、そういや姫様に護衛用の人形として贈るって話だったか。
「あれ? 戦闘用じゃないのか?」
「戦闘用ですよ。でもせっかくなので造形にもこだわってみました。美人をモデルにしたのでいい出来だとおもうんですけど?」
「……ミューズちゃんに似てるよね?」
「そりゃ私がモデルですからね」
いや、いいんだけどさ。
この子はメガネの類の性格だよな。ミューズなんてメガネにあやかった名前にするからだな。
そんなことを思いつつ鑑定する。
名前 エメス
職業 人形
ステータス
HP 20/20
MP 150/150
筋力 10
体力 10
器用 10
知力 100
敏捷 10
精神 50
運勢 50
装備
右手
左手
頭部
胴体 ミューズのお古の服
脚部
装飾
装飾
スキル
<自立型下級人形>・・・下級人形ではあるが自立思考可能 能力上限200
<未熟者ミューズ>・・・未熟な人形師に作られた人形 能力上限に100のマイナス補正
そこそこの忠誠・・・どんな命令であっても盲目的に従うといいですね
「よえええ。弱いぞコイツ」
思わず声を出してしまった。
つーか、コイツちゃんと命令聞くのか?
「……さすがシノノメさん、じゃなくてシノノメ様。一目で見抜くなんて……。確かにこの人形は戦闘力はあまりありません。造形のためには多少の犠牲は仕方がないと思うんです」
「いや最優先で戦闘力を持たせろよ。意味ねーじゃねーか」
「でもでもこの子は高級人形並みの知能を持たせています! 今はまだ自我を切ってますけど下級人形では普通不可能な高度な判断も可能です」
まったく……。
正直なところ俺は戦力として期待していたのだ。
寄せ集めで作ったとはいえ、高級人形の残骸から作ったんだろ? もう少しマシなのは作れなかったのだろうか。
「まあ色々言いたいことはあるが……コレ姫様に贈るんだろ? だったらこんなもんでいいか」
「……こんなもん?」
何気なくそう言ったのがミューズちゃんは気に入らなかったらしい。
随分と不満そうに口を尖らせた。
まったく未熟者のくせしてプライドだけは高いよな……。
「あ、いや……まあ、賢いんであればミューズちゃんの助手としても役に立つかもな」
「それはダメです。というかシノノメ様、恐ろしいことを言いますね」
真剣な表情だ。
そういって本当に恐ろしそうにキョロキョロと周りを見渡す。
「なにが恐ろしいんだ?」
「……知らないんですか? 割りと有名なんで元冒険者でしたらご存知かなーと思ったんですけど?」
「いや。知らないね」
ちょっと肩をすくめながらそういうと、ミューズちゃんは俺のほうに体を寄せる。
「人形に人形を作らせることは絶対の禁忌なんですよ。もしもそんなことをしたら本人だけじゃなくて親兄弟まで死罪です。もっともこの子じゃあ、そんなことできませんけどね。さすがに能力不足です」
へえ。興味深いね。
俺たちの世界で言うところのクローン技術みたいなものかな?
理論的には可能かもしれないけど、やっちゃダメって感じかね。
「まっそれはどうでもいいさ。姫様に献上するんだろ?」
「はい。これから強化をして、ご披露しようと思ってるんです」
「うん。まあ、出来はともかくご苦労だったね。これでしばらくは工房に篭らなくても良くなるね。若い娘が工房にこもりきりじゃあ不健康だし、心配してたんだよ」
「はい。これで私も婚活に専念出来ます」
「いや、仕事に専念しろよ」
未熟者なんだからさ。
と心の中で呟く。
当のミューズちゃんはなぜかポンと一つ手を叩いた。
「あっ! そうですそうです。若い子といえば……ケイ君がメリルにきているんですよね? 息子として認めたとお聞きしましたけど……?」
「あ、ああ。まあね。面識があるんだ?」
「面識があるというか、エルナさんがよくケイ君を連れて工房に来ていましたからね。いうなれば【幼馴染】ですかね? ……じゃあお義父さま、これから強化をして姫様にご披露しますから失礼しますね」
そう言って、人形を引き連れて領主の間を出て行くミューズちゃん。
いやそのギャグはもうおっちゃんに俺がやったからな。
と内心突っ込みながらも俺は思うのだ。
ケイ君の幼馴染にはロクなのがいねーのな。かわいそうに。
☆★☆★☆★☆★
洞窟城の最奥。そこは普段あまり利用されない場所だ。
居住部とは違って壁もむき出しなままだし、崩落を防ぐ強化の魔法もかかっていない。
いまは持ち込んだ光石が雑多に詰まれた木箱やボロッちい鎧の置物を照らし出しているが、普段は光源もないから真っ暗だ。
その為、資材置き場という名のゴミ置き場になっている。
俺はそこに、姫様の目を盗んで連れ出したペッポという妖精と共にいた。
瞬間移動を利用した攻撃をしたくてたまらなかったので、ミューズちゃんが人形を披露している隙にこっそりと連れ出したのだ。
「よし。じゃあ始めるからな」
「うんそれはいいんだけど……後でお菓子くれる約束忘れないでね」
「おう。上手くいけばお菓子どころか何でも好きなものやるよ。合言葉を聞き逃すんじゃないぞ」
ペッポを懐にいれ、枯れた草を集めて作った人形に正対する。
木剣を構え叫ぶ。
「転!」
瞬時に俺の目に映る景色が変わる。
人形の背後に転移したのだ。そのまま草人形に木剣を叩き込む。
「おお! やはり十分使えそうだ」
「うまくいった? でも転移の合図がなんでマコロビなの?」
「かっこいいから」
「おおっ!」
ペッポも納得したようなので、俺は何回か練習を繰り返す。
正直なところハエ人間って映画があるしさ、瞬間移動を最初はちょっと恐れていたのだが、こいつの説明では何か障害物があればそもそも瞬間移動自体が出来ないらしい。
*石の中にいる*ってな危険はないわけだ。
「東雲ー。もう限界」
10回ほど練習したところでペッポが根を上げた。意外と体力を使うらしいね。
感触としては5メートルが瞬間移動できる限界の距離かな。
実戦でも十分使えるだろう。
「おう。付き合ってくれてありがとうな。お前は本当に役に立つ妖精だよ」
「でしょでしょ。特別手当くださいね。ボクのお給料、二人よりもちょっと少ないんだ」
「ホントか? それはかわいそうな話だな。シンシアにペッポは一番役に立つ妖精だと言っといてやろう」
「約束だからね」
ペッポはやたらと嬉しそうだ。
ヌアラのときとは違い、俺は本気でシンシアさんに頼んでみるつもりだ。
このペッポという妖精、チョイ悪とか言われていたが、むしろ3匹の中で一番性格がいいんだよな。
素直というかなんというか。ヌアラたちのようにスレてない感じだ。
正直かわいい。
もしかするとチョイ悪ってのは性格じゃなくて頭なんだろうか。コイツだけ魔法も使えないようだし。
「おう。シンシアがダメっていっても俺が個人的に出してやるからな。と、お前も喉が渇いたろ? 冷やした水が水筒に入っているから飲むか? ちょっと蜂蜜がはいってるから甘いぞ」
「飲む飲む。もう喉からっからなの」
隅においてある鎧の置物に引っ掛けた水筒の元に向かうと、ペッポは待ちきれないのか懐から飛び出しポンとふたを開けた。
そのときだ。
ドン!
という音と共に、地面が大きく揺れるのを感じた。元の世界にいたときに何度も感じた地震に似た揺れ。
魔法による強化がされていない天井が崩れ、近くに積んであった木箱が妖精の上に落ちていくのが目に入った。
瞬間移動はもう出来ないのか、身をこわばらせるぺッポ。抱え込んでいた水筒がスルッと床に落ちる。
危ういところで俺が覆いかぶさるようにかばった。
体の下にペッポを抱え込み、少しでも落下物を避けるために身を丸める。
背中に物がぶち当たる感触を感じる。面倒なんで鎧を着てこなかったことを後悔しながらしばらくその状態で堪える俺。
と、後頭部に何かが当たったのか、ガツンと凄い衝撃がきた。
兜もかぶってくるべきだったなーと、そんなことを考えながら目の前が真っ暗になっていった。




