遠征軍の出陣と恋のキューピット
いよいよ騎士団がアリ討伐のため、大湿地へと向かうの当日。
先日みんなで協力して作り上げた西の城門が重々しい音を立てて開いていった。
お城からその城門までを結ぶ大道の沿道にはほとんどすべてのメリルの領民が集まっている。
その中を大歓声を浴びながら四列縦隊になり整然と進むアリ討伐軍。
先頭は豪勢な鎧を身につけ白馬に乗っている総大将のウルド家次男ワカメ。少し遅れてでっかい斧を肩に担いだ副将の筋肉ジーさんと鉄壁のなんとかが続く。
色男は後方担当のままだったようで、しょぼくれて最後尾あたりにいた。
道案内ということで遠征に参加する数人のカエルさんと一緒だ。どうやら彼らのお世話まで言いつけられたようだ。
軍隊の上空には、おっきな目玉に羽が生えた奇妙な生き物が数匹プカプカと浮いている。
軍所属の魔法使いの使い魔で、主に偵察を任務とする魔法生物なんだそうだ。アリの奇襲を受けないようにコイツを斥候に出しながら進軍するらしい。
1000人という数自体はさ、俺の感覚からすればさほど多い人数じゃない。
実際、ちょっとしたお祭りとか、プロ野球やサッカーの試合場に行けばその何十倍もの人がいたのだ。
だけど1000の軍隊というのは迫力が違う。
華やかな鎧を着込んだ騎士やいかにも歴戦のタタキ上げといった兵士さん、整然と一糸乱れぬ行軍をする人形達。
彼らの足音が鯨波のようにメリルの町に響き渡っている。
時間にすればさほどかかってはいないだろうが、彼らの行進はそれだけで俺たちの興奮を高めていった。
「ガルド殿以外は、皆様が怪我なく帰還できればいいのですが……」
最後尾の兵士が城門をくぐると、興奮冷めやらぬ俺の隣で千切れるように手を振っていたシンシアさんがしんみりと言った。
言った後でチラッと申し訳なさそうに俺を見る。
まあ、彼らが皆無事で帰ってくるということはアリが討伐されたってことだからな。俺が領主を首になる可能性がある。
シンシアさんにしては迂闊な発言だ。思わず言ってしまったんだろう。
いや、べつに俺は気にしてないけどさ。なんかシンシアさんの気持ちも分かるしね。遠征軍には結構気のいい兵士とか多かったんだよな。
つーか色男はいい加減許してやれよと。
昨日の夜、メリルで盛大な宴会を開いた。
騎士たちはもちろんのこと、すべての兵士と人夫を招き、牛や豚蛙を屠って振舞ったのだ。
もちろんお酒も出した。
とはいえ、二日酔いとかになったら洒落にならないから一人一杯だけだけどね。
もっと飲みたいような顔をしたやつも多かったけど、料理の方は非常に好評だった。
野営中の食事が不味かったってのもあるんだろうけど、それ以上にシンシアさんをはじめとする調理係が心を込めて料理したからだろう。
ウルドが大嫌いなシンシアさんだけど、もしかしたらこれが最後の食事になるヤツもいるかもしれないからな。本当に一生懸命、心を砕いて調理していたのだ。おそらくシンシアさんはここ2日ほど寝ていないと思う。
そのかいあってか、本気で美味しかったらしく、中にはわざわざ調理場まで来て御礼を言う兵士までいたんだよな。
そのときは部下の手前、素っ気ない態度をとっていたけど、さすがのシンシアさんも情が移ったんだろう。ツンデレがついにデレたわけだ。
そんなことを考えながら、俺は湿っぽくなった雰囲気を振り払うようにシンシアさんの肩をポンと叩いた。
「そうだな。ガルド殿も含めて、皆が無事帰ってこれるといいよな。まっ、アリは討伐軍に任せて俺たちは俺たちでできることをしましょうか」
「はい。では私は要請があればすぐに運べるように、兵糧の仕分けをしておきます」
そういってすぐにお城に駆け戻ろうとするシンシアさんを慌てて俺は呼び止めた。
「あーいやいやシンシアはちょっと休んでください。ここのところ眠ってないでしょ?」
「でも……」
「いいから休んでください。騎士団の戦術だと長期戦になります。肝心な時に倒れてしまってはそれこそ困りますから」
滅多にいないほど美人なシンシアさんだけど、連日の激務で目の下にちょっとクマをつくっている。 まあ、それはそれでなんかいっそう魅力的ではあるのだが、無理をして肝心な時にいないと出来る人がいないからな。
イヴなんとかという金髪妖精が意外と優秀らしく、だいぶ仕事が楽になったそうだがそれでも1000人の軍隊の兵糧管理は激務であることに変わりはないのだ。
少数の兵站担当の兵士が残っているし、必要になれば騎士団の方から人が来るだろうけど、備蓄の段階でしっかりと管理しとかないとスムーズな受け渡しが出来ないからな。
それに、考えたくはないけど不心得なヤツに横流しとかでもされた日には本気で俺の首が飛びそうだ。
「……わかりました。それではちょっと失礼して休んでまいります。幸いあのイヴグウレという妖精が性格はともかくとして、能力はありますから指示だけしておきますわ」
「へえ、あの妖精役に立ってるんだ。うん。ゆっくりと休んでください」
部下の仕事には厳しい査定をするシンシアさんが妖精を褒めたことに少し驚く。あの金髪妖精、言うだけあってなかなかやるじゃないか。
そんなことを思いながら、俺は後ろを向き、ラウルさんとエルナに指示を飛ばした。
「ラウルは兵士の半分とノクウェルと共に西の城門の警備をお願いします。アリが押し寄せてこないとも限りませんから。エルナは残りの兵士と一緒に仮眠を。スマンが夜になったらラウルと警備を交代してくれ。下級人形はそのほかの城門に配置を頼む。ミューズちゃんには俺のほうから伝えておくから」
二人がうなずくのをみて俺は言葉を継いだ。
「ラウルはエルナと交代したらちょっと話があるからな。会議室まできてください」
そういって城門がゆっくりとしまるのを横目にお城に戻る。
まっ、いつまで領主なのかは分からないけどさ、少なくとも首になるまではちゃんと仕事をすべきだろう。
それにシンシアさんとラウルさんには本気で世話になった。
ここは一つ二人の幸せのために一肌脱ごうじゃないか。そんなことを考える。
余計なお世話というヤツかもしれないけどな!
☆★☆★☆★☆★
日が沈み、洞窟城が煌々と光石に照らされた宵の刻。
部屋の扉がノックされ、防諜の整った会議室にラウルさんが入ってくる。
待っている間、暇だったので目を通していた書類から顔を上げる俺。
「ああよく来てくれました。楽にしてください」
「はあ、ご用件はなんでしょうか?……あの、私にはそういう趣味はないのですが」
「俺だってねーよ!」
心底いやそーな顔をしたラウルさん。とんでもない誤解をしているようだ。
だから色男がお城に来るのは嫌だったんだよな。
つーか例え俺がそんな趣味だとしても、ラウルさんはパスだ。パス。俺は面食いなのだ。
「いや、それはおいといて。実はラウルの今後について相談がね」
「今後ですか?」
「そそ。今は騎士団を率いてもらっていますよね?」
「はあ。ほかに出来るものがおりませんので、私が指揮することが多いですね」
「うん。でだ。今後ラウルはどちらの仕事につきたいだろうか?」
「どちらと申されますと?」
ラウルさんは要領を得ないってな不安げな表情だ。
「民政か軍事かですね。つまり今のまま騎士団を率いるか、それとも塩の管理をはじめとする内政を行なうかということです」
ようやく俺がなん呼び出したのか見当がついたらしい。
ちょっと安心した様子だ。
ふむ。と言った感じでアゴに手をやるラウルさん。
「なるほど。城内も落ち着きましたし、職務を限定するのですね? 確かに現状は少々乱れておりますからね。ここいらではっきりさせるのは賢明なご判断だと思います」
「ええ。家宰殿やシンシアをはじめ、皆さんには無理をしてもらってましたから。幸いアリの討伐には私たちは不参加ですし、これを機に正常な状態に戻したいと思っているのです」
まっ、これはいわば建前だ。
部下の一人が軍権と内政を握っているのはどう考えてもまずい。
ラウルさんは今、実質的には騎士団を率いているし、メリルの塩についても現場の責任者だ。
つまり参謀総長と財務大臣を兼ねているような状態なのだ。
「私はできましたら民政をやらせいただきたいです。ここしばらく騎士団を率いて身にしみました。どうにも私は荒事が苦手のようです。剣才もなく立ち会えば今の騎士団にも私を打ち負かすものはいるでしょう」
まあそうだよな。
予想通りの答えだ。
「幸い、ケイ様、エルナ様は名うての冒険者。しかも一の騎士とシノノメ様のご子息ですし、どちらが騎士団を率いても異論は出ないでしょう」
「それはダメでしょう。異論は出ないかもしれませんがね。ケイはまだ若いし、エルナにしても騎士の戦い方や戦術には無知もいいところですから」
「……ではどうされるおつもりですか? あのガルド団長を引き抜きでもされるおつもりですか?」
……しつこいなコイツ。
シンシアさんをからかってたから意趣返しなんだろうか?
「そんなことになったらシンシアと毎日ケンカしそうですね」
「それは確かに。彼女は執念深いですからねえ」
ラウルさんの返事に、おもわず二人して笑みを浮かべた。
駐屯中に毎日のようにお城に飯をたかりに来ていた色男だけど、シンシアさんに嫌われているからおかわりとか自分でよそってたんだよな。
「まっ。それはそれで面白そうですが……いずれ貴方を民政に回すとしてです。当座は騎士団長としてケイを鍛えてやってくれませんか?」
「いやいや、ケイ様は私などよりもはるかにお強いのですが……」
「そっちではありません。組織の運営だとか、心構え。そういったことを仕込んでいただけませんか?家宰殿とも相談したのですが、貴方のそういった手腕はメリルでは抜きん出ていますから」
つーかケイ君とラウルさんだと、ケイ君が目隠しして素手でもラウルさんが負けそうなんだよな。
この人には自分でも言っているように戦闘センスがまるでない。
「ここだけの話ですが。ケイは家宰殿に養子にやろうと思っています」
「……なるほど。家宰様は一人息子を亡くしておられましたな」
「ええ。まあ、養子の件はまだ決まったわけではありませんが……。つまり将来的にはケイを騎士団長にすえて、いずれ生まれてくるかもしれない後継者の支えにしたい……というのが、貴方を騎士団長にする二番目に大きな理由ですかね」
「それが二番目ですか? では一番大きな理由はなんなのでしょうか?」
「つまりさ。さっさとシンシアと結婚しろって言っているわけです」
ラウルさんのあっけにとられた表情が面白くて、ちょっと笑いながら話を続ける。
「正直、アリを遠征軍が討伐する可能性はかなり高い。家宰殿が宮廷工作をしてくれていますが、俺もいつまで領主代行かわかりませんからね」
「はあ」
「貴方の騎士団長という地位も、もしかしたらすぐに解任されるかもしれません。でも、元騎士団長という地位があれば、先代の一の騎士の娘と結婚してもそれほど見劣りはしないでしょ?」
「……それはそうでしょうが」
「まっ姫様にもシンシアをからかうなって怒られてしまいましたし、貴方達が結婚しなかったのはそれが理由なのでは? というのが家宰殿の見立てでしてね」
「……」
「いやまあ、余計なお世話かもしれませんが……。家宰殿が本当に心配しているようなのですよ。とりあえず、シンシアのことは強制ではありませんから考えておいてくださいな」
まっ家宰さんの見立て違いということもありうるしな。
ラウルさんの退路を断ってしまうのはかわいそうだと思うのだ。
考えたくはないけど、シンシアさんの方が一方的に熱をあげているという可能性も微粒子レベルである。
もっとも遊びであるんであれば、そう遠くない時期に食中毒あたりで死んじゃいそうだけど。
「はあ、なんともご配慮いただいたようで少々言い難いのですが……」
ラウルさんはなぜか少し情けない表情だ。
「ただ、シンシアのほうが姫様が正式に結婚し、後継者が誕生するまではその気がないようでして……」
「えっ! 侍女ってそんなことまで気にするのか?」
「いえ、シンシアは侍女であると同時に姫様の乳姉妹ですので……」
ですから。とラウルさんは妙に語気を強めた。
「出来ましたら早くお子様を作っていただけると、その、ありがたいといいますか」
「あ、ああ。じゃあ頑張ります」
つってもなあ。
物理的に不可能なんだよな。姫様まだきてねーしさ。
魔法を偵察に使う云々は感想を頂いた壊れた風見鶏様からアイデアを拝借したものです。
専門用語でいうとパクリました。




