悲劇の再会
「いらっしゃいませ。えーっと初めてのお客様ですね? ご用件はなんでしょうか? ランド工房では人形の修繕からカスタマイズまで幅広くお受けしております」
おっちゃんの工房に入った俺を出迎えたのは意外にも20歳ぐらいの女の子だった。
にっこりと俺に笑いかけると軽くお辞儀をする。
ランドのおっちゃんと同じ茶色の髪をポニーテルにした活発な印象の女の子だ。
かなり可愛いじゃないか! 新しい職人さんを雇ったのだろう。ナイスだおっちゃん。
「えーっとランドさんはいらっしゃいますか?」
「ランドさん? あー父ですね。今呼びます」
なぜか少し落胆した表情を一瞬浮かべ、女の子は店の奥に「お父さーん。お客様よー」と声をあげた。
うん? お父さん?
なんだろう、なんか妙だ。この世界にきてから何か妙な違和感がある。
半年足らずの間に随分と町の風景も変わっていたし。
と、そんなことを考えていると、ドシドシという足音と共に驚いたような声が聞こえた。
懐かしいおっちゃんのダミ声だ。
「おいおいおいおい。マジかよ。おめー生きてたんかよ!」
「あーお久しぶりですランドさ……えええええええ!?」
挨拶を返そうとした俺は思わず叫んでしまった。
受付の女の子が怯えたように身をすくめる。
筋骨たくましい体。まばらに生えた無精ひげ。ここまでは俺の記憶にあるおっちゃんだ。
だが!
「ランドさん……頭はどうしたんですか? 何で剃ってるんですか?」
「……てめえ20年ぶりにあった台詞がそれかよ。俺の親父も爺様もハゲてたんだよ! 俺だって覚悟はしてたさ」
ハゲ頭に手をやりながら、恨めしげにそういったおっちゃんだが、不意に何かに気がついたように目を見開いた。
「てゆーか兄ちゃん! 何で年をとってねーんだよ! ……前々から思ってたんだがお前さん人間じゃねーだろ」
うおい! ちょっと待て! 20年ぶり? 20年ぶりとはどういうことだ?
バッとヌアラの方を見るとさっと目を逸らしやがった。
なおも怒りを込めて見つめると、なんだかすまなそうな顔をしながらプーンと飛び、俺の兜の上に着地する。
そこなら俺の目線が届かないからだろう。
「きゃ。妖精だ。私はじめて見ました。かわいいですね」
そんな声をもらす受付の女の子。
この子おっちゃんをお父さんと呼んでたよな。まさか……。
「……もしかして……お嬢さんはミューズちゃん?」
「えっ、ええ、そうですけど。父さんのお知り合いの方ですか? 以前お会いしたことが有りましたっけ?」
戸惑ったように答える女の子。
おいおい本当かよ。俺、この子のオムツ取り替えたこともあるんだけど……。
「ランドさん……もしかして、俺が大迷宮を討伐してから20年経ってるってことですか?」
「おうよ。兄ちゃんが大迷宮を討伐したのが先王の即位10年だろ? 今はシャル王陛下の即位4年だから、まあ、ちょうど20年目だわな」
俺は浦島太郎になってしまったのか……。
そういえばパソコンに届いたメールに20年の制作期間を経てとか書いてあったな。
女神どもめ! そういう情報はちゃんと表示しろよ。
20年だと、この世界の知り合いも、おっちゃんみたいに年を取ってるんだろうな。
まあ、綺麗になったミューズちゃんに会えたのはなんか嬉しいが。
と、しごくおきらくな感想を持った俺は、次の瞬間にある受け入れがたい事実に思い至り慄然とした。
おおう。おおう。
じゃあ、じゃあ、エルナは、エルナは40近いじゃねーか!
騙された。
騙された。
神様どもに騙された。
あんまりだ。あんまりじゃないか偉い神様。
絶望のあまり我知らず俺の頬を涙が伝った。
そのまま何年ぶりかの本気泣きを始める。こらえようとはするのだが、それでも嗚咽の声が漏れる。
本気で泣くのは楽しみにしていたゲームがごらんの有様だった時以来だ。
居たたまれないのかヌアラが俺の頭からミューズちゃんの方に移動しているのが目の端に入った。
「あーなんだ。なんか色々事情がありそうだな。つーかこんなところで泣かれても営業の邪魔だからよ。ちょっと奥にこいや。詳しい話を聞かせてクレや」
そう慰め口調で俺の肩に手を置くおっちゃん。
そのおっちゃんの袖口をチョイチョイと引っ張るミューズちゃん。
「ねえねえ父さん。もしかしてこの人東雲さん? あの大迷宮討伐の黒衣の冒険者の?」
「うーん。どうだろうな。まあ似てはいるが……あるいは何ぞ魔物の変化かもしれないな。仮に本物だったとしてもだ。近くによると妊娠するかもしれないからお前は店番してなさい」
酷い言われようだ。
「妊娠って……下品なこといわないでよ。お客さまに失礼だし。この人って、装備だってみたことないぐらい、いい装備よね。本物だと私は思うんだけど? 滅多に人前に姿を現さない妖精連れてるんだし」
メガネの名前をもらったのにミューズちゃんは良い子に育ったらしい。一安心ではある。
そのミューズちゃんは妖精がお気に召したらしい。
肩にとまったヌアラを嬉しそうに見つめていた。
「んでもよー。こいつの年考えろよ。お前はシラネーだろうけど、20年前とかわらねーんだぜ? 本人だとしてもまずはお父さんが安全を確認してからだ」
おっちゃんはそんなご機嫌なミューズちゃんを厳しい口調でたしなめる。
あー、そういやおっちゃん思いっきり過保護だったな。
まあ、そうでなくても子供はなるべく危険から遠ざけるか。
俺が危険かどうかはおいておくとしてだが。ふつーにこの子ってば俺の好みにドストライクだから別に冤罪でもないし。
☆★☆★☆★☆★
「迷宮のボスを倒した後に遠くの国に飛ばされてだ。ようやく半年かけて帰ってきたら20年経ってたって、兄ちゃんはそう言うんだな」
「はい。大体あってます」
神妙な顔をしながらおっちゃんの確認にうなずく。
何度目か分からないが、四角いテーブルに俺と向かい合わせで座っているおっちゃんと奥さんは顔を見合わせている。
ミューズちゃんはおっちゃんが頑なに反対したので店番だ。ヌアラも彼女が手放さないので一緒にお店にいる。
工房の奥の居間っぽい部屋で、奥さんに入れてもらった緑茶っぽいお茶を飲みながら、俺は大迷宮討伐の際の出来事を話した。
とはいえ、全部正直に話すと説明が面倒だし、到底信じてもらえるとは思えない。
そんなわけで、迷宮のボスを倒した後に呪いを受けて遠くの国に転移させられた。ようやく帰ってきたら半年しかたってないはずなのになぜか20年の月日が流れていた。
そんな程度でお茶を濁したのだけれど。
当然だけど、工房のおっちゃんと奥さんは最初全然信じてくれなかった。
色々と俺との過去の出来事を聞いてきたが、本人しか知らないそのすべてに俺が答えたのでようやく半信半疑と言う感じだ。
「それで、以前住んでいた家に行ったんですけどエルナもシルクもいなくて……てゆーか家がなくてここにきたんです。エルナとシルクが何処に住んでいるかご存知でしたら教えてください」
「ラインの町にいるよ。二人ともな」
意外とあっさりとそう答えてくれるおっちゃん。
心のそこから安堵する。
エルナもシルクも無事らしい。本当に良かった。
「ラインの町……ああ、エルナの実家がたしかそこでしたね」
エルナは実家に帰ったのか。
まあ、別に家族に奴隷屋に売り飛ばされたんじゃなくて、家族の為に自分自身で奴隷屋に自分を売ったって言ってから、戻ることは当然といえば当然か。
「兄ちゃんが迷宮で死んだ……死んだんじゃなくて消えたか。消えた後に2人ともしょげ返って帰ってきてよ。『兄ちゃんは絶対に死んでない』つってこの町で冒険者をしながら生活してたんだけどよ……」
なぜかそこで言葉を切るおっちゃん。
なぜか奥さんと意味ありげに目配せを交わした。
「半年ぐらいたった頃にな。エルナが、その、体調を崩してな」
「体調を! それで大丈夫だったんですか? 重い病気とかじゃあ?」
「あーいやいや。そんなたいした病気じゃないつーか、むしろ良いことというか……イタ」
なぜか奥さんにつねられるおっちゃん。
「それで冒険者を続けられなくなってな。仕方なくエルナは生まれ故郷に引っ越したってわけだ。なんでもエルナの母親がよ。獣人のそういったことにはなれているそうでな」
「医者ならこの町にもいるのに……」
「あーまあそうだけどもよ。やっぱり信頼のおける人のほうがいいだろ」
そんなものなんだろうか。
俺は基本的には病気になっても病院なんかには行かないから分からないんだけど。
「んで。兄ちゃんはこれからどうすんだ?」
「勿論ラインの町に行きますよ! ……あの……なんというか……エルナが誰かと結婚してるとかはないですよね」
先ほどから妙に歯切れが悪いので不安なのだ。
お昼の奥様向けのドラマみたいな展開は勘弁してもらいたい。
だが、奥さんがにっこり……というよりもニヤリと笑いながら俺の不安を打ち消した。
「それは心配しなくてもいいわね。エルナちゃんは今でも独身よ。お金目当てで寄ってくる人も相当多かったみたいだけど全部断ってたから」
くー。やっぱりエルナは良い女だ。
40近いということだけが大きな問題ではあるが……。
ま、まあ愛があれば大丈夫ではなかろうか。
それに獣人だから老化も遅いかもしれないし。
犬とか猫とか年取ってもあまり変わらないしね。
「それならすぐにラインの町に行きます!」
「行くってもよ。20年前によ。お前さんの冒険者カードをエルナが持ってきたんだけど……今兄ちゃんカードかなにか身分証持ってるのか? それがねーと転移魔法陣使わせてくれないと思うぜ」
言われて服をまさぐりカードを探す。
ない。ないぞ。
身分証どころの話ではない。今の俺は無一文だった。
「あの。冒険者カードの再発行はギルドで出来ますかね? あとお金貸してください」
そう頼んだ俺に露骨に顔をしかめるおっちゃん。
「冒険者カードは本人の確認が取れれば再発行はしてくれるだろうな。とくにお前さんは有名人だったから覚えてる職員も多いだろうし。だがなー金はなー」
「ええっ!? ランドさん。言いたくはないですけど俺からかなり稼いでますよね? ちょっとは貸してくれても罰は当たらないとおもうんですけど? 俺たちは遺言の執行者に指名するぐらい信頼があるんじゃないんですか!」
俺の言葉に何の感銘も受けてようで、おっちゃんはなぜか諭すように言った。
「兄ちゃんが本物だとすれば、確かに俺たちは信頼関係つーやつが確かにあるな」
「じゃあとりあえず10万貸してください。出世払いで返しますから」
「じゅ、10万だー。……いいか兄ちゃん。信頼関係ってヤツはお金では買えないよな。いわば非売品ってヤツだ」
「ええ」
何を言いたいんだおっちゃん。
俺は急いでいるんだからはやく貸して欲しいんだけど……。
「お金で買えないものをよ。どうしてお前さんは換金できると思うんだ? つーか兄ちゃんが出世するわけないだろ? 貸してやるからカタよこせカタ。」
……ヤロー。
そうきやがったか。
相変わらずお金に汚いおっちゃんだ。
仕方がなのでとりあえず兜を脱ぐ。
鎧は脱ぐのに面倒だし、武器を渡すのもいざという時に怖い。指輪は指に食い込んでいるのですぐにははずせない。闇の外套はかっこいいので論外だ。
担保に出来そうなのはこれぐらいなのだ。
同じ神器の銃が5億ヘルだったから過剰な担保だろうけど。
「じゃあこれを担保にしますんで10万お願いします」
「おう。こりゃ綺麗な兜だな。ちょっと待ってろ。一般のカードに10万入れてくるからよ。とりあえず1月だな期限は。利子は5割でいいからな。あとカード代の1万もちゃんと返すんだぞ」
トイチどころじゃねー金利だ。
信頼関係とか欠片もねーよな。そんなことを思いながら俺はお金を受け取った。