色紙
夕食の準備のためなのか、家々の煙突から煙がたちのぼる夕暮れ時。オレンジ色に染まった空の下。
俺の乗った馬車がアルマリルの町をカラカラと音を立てて進む。
メリルの町へと帰路についているのだ。
さして広くもない車内。俺の隣にはエルナが座り、正面にシンシアさんが座っている。
カエル族の族長さんはうちの兵士と共に徒歩だ。何度も誘ったのだが、妙に遠慮して乗らなかった。
おそらく、俺とシンシアさんやエルナとの関係を誤解しているんだろう。あの族長さんってばルーグ家に保護されているという負い目があるのか、凄く俺に気をつかってくれてるんだよな。
いや、エルナについては誤解じゃねーけどさ。
と、そんなことを考えつつも、俺の気分は陰鬱としていた。自然と漏れるため息。
「はぁ。やられたなあ。あのワカメみたいな頭したウルドの当主に……」
「やられちゃいましたねえ」
誰ともなしに呟いた愚痴にエルナが応じた。
シンシアさんは無反応。一生懸命、帳簿を広げては何かを書き込んでいる。
乗り物に弱い人なら一発で酔いそうだ。
「まさか遠征軍から締め出されるとはなあ……」
「まあ考えようですよ。メリルの兵士が戦死しなくて済むんですから。正直なところ、今のメリルの兵士ですとほとんど戦力になりませんし」
「でもなあ。コレでさ。俺抜きでアリを討伐されたら……」
俺の姫様が寝取られてしまうじゃないか。と心の中でぼやく。
そうなったら何のために今まで禁欲していたのか分からなくなるじゃないか……。
3日ほど続いた円卓会議。
その結論は俺にとってはあまり喜ばしいものではなかった。
アリの討伐軍を派遣することが決まったことは問題ない。むしろ、メリルにとって非常にありがたい。
問題はだ。その討伐軍に俺をはじめとしてメリルの騎士団の参加が認められなかったことだ。
5年前の魔物の侵攻、さらには今回のアリの侵攻で大きな被害を受けたメリルにどうしてこれ以上負担を強いることができようか? いや、そんなことはできない。
などと、あのウルドの当主がうざったらしい反語をつかって演説しやがったのだ。
俺は結構頑張って「女王アリの住まうという迷宮探索では元冒険者の私が必要では?」とか抵抗したんだけど……。
魂胆は見え透いてはいるが、まっとうな理由なんで俺や俺に味方してくれてた宰相さんは押し切られてしまった。
そもそも、国王派の貴族は文官に多いらしく、軍事関係の議論にはほとんど発言権がないっぽい。四面楚歌状態だったからなあ。
「まあまあ、そうお気を落とさず。例えそうなったとしても、家宰様がなんとかすると思いますよ? そのための工作に王都に残られたのですから。護衛のケイ様も家宰様に色々と学ぶよい機会だと思いますし」
ちょっと帳面から顔をあげるシンシアさん。
目がしばしばするのか両目をコシコシと擦りながら、俺を慰めるようにそんなことを言う。
家宰さんが有能なのは疑いようもないが……。正直なところ、あのウルドの権勢を目にするとな……。
「それよりもです。私としては遠征軍の食費が心配で心配で……」
「あれ? それはウルドがガメてたメリルの5年分の租税で相殺するって話じゃなかったか?」
「ええ。通常でしたら我々が食料を用意しなければならないところですけど……今回は遠征中の食料は姫様の婚約の折に受け取るはずでした租税でウルド家が用意するとのことですね。でも、メリルに滞在している間の食事はこちら持ちですから」
「遠征軍は1000だっけか?」
「いえ。軍は1000ですけど……非戦闘員を入れると1200~1500になると思います」
「……城内の兵糧じゃあ足りなくないか?」
「全然足りません。おそらく1週間程度は滞在するでしょうし。他の町から買い付けるしかないですけど……こういった時には値段も高騰しますから、頭がいたい話です」
本気で頭を抱えるようなシンシアさんの表情。
先ほどから帳面に向かっていたのはその計算をしていたらしい。
「しかも、先日のアリの侵攻で被害が出た領内の人には援助もしなくてはなりませんし……はぁ」
「……家宰殿はどうするつもりだと言ってました?」
ここいら辺は俺の能力じゃあどうしようもないからなあ。
まっ、あの人に任せておけば問題なかろう。
「今のところ名前を伏せていますので、直接取引きをしているわけではありませんが、メリルの塩を取り扱っていますランディ殿をはじめとして、何名かの商人に援助を申し入れるおつもりのようです」
「あーじゃあ大丈夫か」
「しかし、借財がかさみますとどうしても返済で財政が圧迫されますからね。しかも、ひどくすると乗っ取られかねませんし……」
あー江戸時代の大名家でもそんなような話を聞いたことがあるな。
貴族だ騎士だといったところでお金を持っている商人には勝てないときも多々あるんだろう。
「まあその辺りは家宰殿が上手いことやるだろう?」
「……しかし失礼ながら家宰様ももうお年ですし……。いつまでも頼りきりというわけには……」
「家宰殿には長生きしてもらうさ。万が一のことがあれば次はラウルに苦労してもらうか」
俺の言葉に、なんか嬉しそうな表情を一瞬浮かべるシンシアさん。
アレだな。意外と分かりやすい人だよな。
「ああそうです。ラウル様といえば……」
エルナがちょっと悪戯っぽい表情だ。
シンシアさんの表情を見逃さなかったらしい。
「シンシア様とラウル様はご結婚なさらないのですか?」
「……なぜラウル殿と私が結婚を?」
「あら? 城内の下働きのものは皆そのように噂していましたよ? 侍女達の間ではいつ結婚するのか賭けまで行なわれていますし」
「……」
「なあエルナ? ちなみに一番倍率が高いのはいつなんだ?」
興味がわいた俺がそうエルナに聞くとシンシアさんが帳簿を勢いよくパンと音を立てて閉じた。
「そんなことはどうでもいいのです! それよりもシノノメ様。シノノメ様はもっと姫様と一緒の時間を増やしてください」
「お、おう」
強引に話題を変えにきたな。
よほどこの話はしたくないっぽい。
「姫様は同じ年頃の友達も少ないですし、ご両親もお亡くなりになって随分と寂しい思いをしてらっしゃるのですからね」
「しかし、いいんですか? まだ私がルーグを継いだわけではないですけど?」
「それこそ家宰様がなんとかしますよ。どんな手を使ってもシノノメ様にルーグの名を継いでいただくと断言していましたし……あっ! そうです。忘れる所でしたわ」
ゴソゴソと荷物をあさりだす。
取り出したのは綺麗な色をしたガラスの小瓶だ。
「こちらの香水。それほど高価なものではございませんが、姫様のお好きなものを選んでおきました。こちらを姫様にお土産としてお渡しください」
「あっ、いや。姫様のお土産はもうかってあるというか……。円卓会議の後にちょっとお店によって選んでみたんですよ」
「あら? 素晴らしい気配りですシノノメ様。姫様もお喜びになられるでしょう」
そういいながらもなぜかちょっと探るような表情になるシンシアさん。
「それで……なにをお買い上げになったのでしょうか? あまり変なものですと姫様の教育に差しさわりがあるのですが……」
信用ないよな俺。
だが! 今回のお土産はちょっと自信があるのだ。
「コレですが」
そう言って俺が差し出したのは十センチ四方の色のついた紙束だ。
要するに色紙。
本来は壁紙らしく1メートル四方の大きさだったのだが、赤色と青色の壁紙を買って自分でこの大きさに切ったのだ。
「……これは何でございましょう? ただの紙にしか見えないのですが……」
「まあそうですけどね。でもちょっと工夫すれば面白いものが作れるんですよ」
「面白いものですか?」
「ちょっと私も興味が出てきました。ご主人様これでなにを作るんですか?」
エルナも興味深々聞いてくるので、一枚色紙を抜き取って折り始める。
チョイチョイと何度か折ったり、たたんだりして出来た物は折鶴だ。いや、俺これぐらいしか折り方知らないしな。
最後にフーッと息を吹き込む。
「へえ。なかなか面白いですね。これは鳥ですか?」
感心しきりといった感じで折鶴を手にとってしげしげと眺めるエルナ。
うむ。以前読んだ旅行雑誌に折り紙は外国旅行に持っていくとちょっと驚かれるかも?
とか書いてあったが、真実だな。
「まあな。どうですかねシンシア。これなら姫様も喜ぶと思いませんか?」
「いえ。正直驚きました。見直しましたよシノノメ様」
……見直すって。
元々の評価はどんなんだったんだという話だ。
「それと、馬車の荷台に城内で働いている人用にジンブールとかいうお菓子を買ってきてありますんで、皆さんで食べてくださいな」
ジンブールというのはこの世界のクッキーっぽいお菓子だ。
甘みはクッキーよかないが、ナッツみたいなものが練りこんであってそこそこ美味かった。
日持ちもするようなのでおみやげ用に大量に買い込んでみた。
そんなに高いものでもないので、俺の小遣いでもお釣りがきたな。
「シノノメ様って意外とコマメなんですねえ。はい。では皆でご馳走になります」
感心しているのか貶しているのか分からない微妙な表情のシンシアさんは、そういうと軽く頭を下げた。
いや、まあアレだ。
特別イケメンというわけでもない俺はマメじゃないとさ、出会いがなかったからな……。
ロリッコ倶楽部のアイちゃんにはいくら貢いだことか……。
言ってて悲しいが。
「エルナにも再会の記念というか……ほら色々とお世話になっているから指輪か何か買おうとしたんだけどさ。ちょっとお金がなくてな。あまり安い指輪を買うのも嫌だから、今度王都にいった時に買うよ」
「そうですか。では楽しみにしておきます」
本当に嬉しそうにそういって俺を見つめるエルナ。
俺もエルナの顔を見つめ返し……。
「コホン」
わざとらしいシンシアさんの咳払い。
「ああ、居たんだシンシア」
「ひどいおっしゃりようですね……カエル人の族長殿が同車しなかったわけがなんとなく分かりましたよ。勘の良いお方です。……姫様の前ではもう少し隠してくださいましね」
「それは心得ていますよ。てか、シンシアもラウルとのことをもう少し隠した方がいいのでは?」
「私達はちゃんと隠しています!」
「……」
「……」
「あっ!」
しまったー!
ってな感じの後悔の表情を浮かべるシンシアさん。
「隠してるんだ」
「隠していたんですねえ、やっぱり」
「……あの私ちょっと外の空気を吸いたいので歩きます」
「いやいや。道中暇だしさ。ちょっとシンシアとラウルの馴れ初めを話してもらうというのはどうだろうか?」
「それは面白そうですね。私も不思議だったんですよね」
やっべ。
シンシアさんを時々家宰さんがからかってるけどさ。
楽しいわこれ。
俺とエルナ二人がかりの攻撃に分がないことを悟ったか、完全黙秘。さも忙しそうに帳簿つけに戻ったシンシアさんをニヤニヤと眺めながら、それでも俺は今後のことに頭をめぐらせる。
メリルに戻ったらやることが山積だ。
なにをおいても西の城門を石で作ったしっかりとしたものにしなければならない。ラウルさんがすでに手配しているはずだからそのまま彼に放り投げよう。
討伐軍の兵糧はシンシアさんがなんとかするだろう。
アリの侵攻で家畜や農作物に被害を受けた人たちの補償も当然彼女にお任せだ。
兵士の調練はエルナとシルクにやらせればいい。
ヌアラの温泉計画は……どうでもいいや。
うむ。素晴らしい。
部下を信頼し権限を与え仕事を放り投げる。これこそが上に立つ人間のあるべき姿だろう。
完璧な計画に思わず笑みを浮かべてしまう。そんな俺をエルナが薄気味悪そうに見ているのに気がつき慌ててしかめっ面に戻す。
そうそう。
シルクを捨てくさった変態貴族さんにも、アリの件に片がついたらしっかりとお礼しないとな。
家宰さんに証拠を集めさせてさ。合法的に追い詰めてやろうと思う。
……万が一にも領主を首になったらさ、4人で押し入ってボコボコにしてやろう。
オイタをするステックをちょん切ってやるのだ。




