一緒の部屋で眠りましょう
「……というのがガルド騎士団長殿の話です。どう思われますかね?」
ルーグ家が王国から与えられている公邸の一室にエルナとケイ君。家宰さんとシンシアさんを集めて馬車で聞いた話をした。
カエル人の族長さんも会議で詳しい説明をしてもらうために王都には同行をお願いしたが、この部屋には呼んでいない。まっ、あまり大きな声で話すことでもないしな。
皆に話を聞いてもらったのは、俺では真偽の判断もつかないし、どういった対応をすればいいのか分からないからだ。
冒険者をしていた時であればともかく、一応は責任ある立場だからさ。いきなりヴィスキュイ家に殴り込みをかけるわけにもいかないだろう。
決闘というシステムがあるらしいけど、それを申し込むにしてもそれなりの証拠は必要だろうしなあ。
話が終わると少し蒼ざめた表情になるエルナ。
「スイマセンご主人様。まさかヴィスキュイ家が暗殺にかかわっているなんて……。ちゃんと説明すべきでした」
ほとんど土下座せんばかりに謝り倒してくる。
耳が力なく下を向き、普段はピンと空を向いているフサフサの尻尾もシュンと垂れ下がっていた。
本気で後悔しているようだ。
だけどエルナは俺のことを思って黙ってたわけだからさ。俺としてはエルナに感謝しこそすれ、怒りなんかは欠片もない。
「それは気にしなくていいよ。先に聞いていたとしても状況は変わらないしな。それよかヴィスキュイ家の当主ってのはどんな感じだった?」
「いえ、シルクちゃんのことで難癖をつけてきたときにはヴィスキュイ家の家臣の人にしか会いませんでしたし……」
「あーそうなんだ。どんなヤツなんだろうな?」
「……あまり良い評判は聞かない貴族ですね。ただ、私は貴族様のことはよくはしりませんし……」
そういってチラッと家宰さんを見るエルナ。
「ガルド騎士団長殿の仰るとおり、気狂いでございますよ。アルマリルで最も評判の悪い貴族ですな」
家宰さんもエルナの視線に気がついたのか、何か考え事をしていたようだったのだがちょっとため息混じりにそう言った。
「現在のヴィスキュイ家当主には先代様のお供として、何度かお会いしたことがございますが……一言で申せば傲岸不遜。嫌な目をした男でございましたよ」
当時何かあったのか、そういって顔をしかめる。
内心驚く俺。
家宰さんってば人の好悪を顔に出すことはあまりしない人なのだ。
特に嫌いな人物に対しての感情はね。
それがここまで露骨に出すということは……。アレなヤツなんだなやっぱり。
「噂ではございますが、人形趣味のうえ、腹を切り裂きそこに自分の一物を入れるのが好きなのだとか。飽きた人形、壊れた人形は捨てるという話も聞いたことがございます」
「……」
あまりといえばあまりの趣味に部屋の空気が一瞬震えた。
その静まり返った部屋の中でギリッと俺の歯が鳴った。怒りのあまり、無意識に歯を噛みしめてしまったのだ。
やろう……。いい趣味してんじゃねーか。反吐が出るよ。
そんな変態の元にシルクは居たんだよな……。どんなに辛かっただろうか……。
シルクのことを考えてなんともやりきれない気持ちになる。
と不意にエーブルの下で握り締めていた俺の手にエルナの手がそっとかさねられた。
驚いてエルナを見るとちょっと微笑む。
……いい女だよなエルナは。
キュッと温かいエルナの手を握り返した。
「しかし、ガルド騎士団長の話ですからね。ヴィスキュイ家の話も素直に信じるのはいかがでしょうか?」
せっかくエルナといい雰囲気になってさ、温かい気持ちになっているのに、水をさすようにシンシアさんがそんなことを言う。
まあ、ブレねえよなシンシアさん。一度嫌われたらずっと嫌われたままなんだろう。
敵か味方かで物事を考えるんだよなこの人。
事務仕事とか物凄く優秀だけど……ここいら辺が俺としてはちょっと不満だ。
まあ、シンシアさんのほうが正解だって可能性もあるんだけどさ。
「まったくお前は、執念深いのうシンシア。そんなことではこれからラウルが困るぞ?」
「……なぜラウル殿が困るのでしょう?」
ため息交じりの家宰さんの言葉に腹を立てたのか、あろうことか家宰さんをキッと睨みつけるシンシアさん。
ニヤニヤと家宰さんがいやらしく笑っているのでますますいきり立っているようだ。
コレだけ反応してくれれば、からかう方としては楽しいんだろうが……。
シンシアさんをあんまり怒らせてもな。
「となると……暗殺の犯人がヴィスキュイ家である可能性は高いとお考えで?」
話をそらそうと俺が話題を振ると、さすがに真顔になる家宰さん。
「ええ。実のところ私の調査でも最も怪しいと睨んでおったのです」
「ほう。家宰殿も調査を?」
「当然でございます。ただ、復興と領内の警備に重点を置いておりましたので人手が足りず、特定はできませなんだが。集めた情報から私としましては、犯人の可能性があるものは3人だと考えておりました」
「3人……ですか。メリルの領主の座を狙うウルド家。変態のヴィスキュイ家は分かりますが、残りの1つは?」
「宰相殿ですね。正確には国王派の貴族と考えておりました」
おいおい。それは俺の想像にはなかったな。
つまり、ウルド家に濡れ衣着せてやろうということか。
そういやシンシアさんも暗殺者に襲われた直後にそんなことを言ってはいたな。
「……そこまでしますかね?」
「しかねませんな。ウルドの失脚の為であれば。とはいえ、現実的には高級人形7体を用意するのは文官の宰相殿にはいささか難しいですから、可能性はあるという程度です」
ふむ。
家宰さんの言葉に腕を組み、ちょっと考えてみる。
「では暗殺の指図をしたのがヴィスキュイ家と仮定してです。私はどうすればいいでしょうか? 国王陛下に申し立てるにしても証拠はありませんし……」
「残念ですが、当座はできることはありません。仰る通り証拠がありませんし、ヴィスキュイ家は一応は国王派でありますから国王陛下はまず動かれますまい」
「……ヴィスキュイ家は国王派なのですか?」
おや? 今まで黙って俺たちの話を聞いていたケイ君が初めて口をきいた。
みなの視線が集まって、ちょっと居心地の悪い表情を浮かべている。
「はい。人形師は代々国王直轄の部署ですから。当然、当主も代々国王陛下に近しいと思われておりますね」
「たしか宰相様も国王派だと家宰様はおっしゃってましたよね。……では、こうは考えられませんか? 宰相様がヴィスキュイ家に命じて……」
「なかなか良いところに目を付けられましたな。ありえないことではございません」
まるでテストで満点を取った教え子を賞賛するように嬉しそうに言う家宰さん。
孫を見る爺さんのように満足そうに目を細めた。
「ですが可能性としては低いと思います。ヴィスキュイ家の当主のような気狂いを使うことは諸刃の剣。そのような危険な橋は臆病な宰相殿は渡りますまい」
「そうですか……あの、ごめんなさい」
「いえいえ。こうした場では思ったことはおっしゃったほうがよろしいと思います。たとえ間違っていたとしてもそれが他の方の参考になることもございますし」
ねえ。という感じで俺のほうに顔を向ける家宰さん。
「そうですね。しかもケイの意見は中々いい線いってると思います」
俺と家宰さんに褒められて照れたのか、ちょっと顔を紅潮させるケイ君。
俺の言葉はお世辞でもなんでもない。即座に宰相とヴィスキュイ家を結び付けて考えるとは、なかなか頭の回転が速いと思う。
家宰さんの護衛にしても俺から見ても隙がないほどしっかりとやっていた。
まだ若いのにしっかりとしたヤツだよ。ちゃんと自分の置かれた立場とか役割をしっかり理解しているのだ。
ホントに俺の息子かという感じだ……。
俺がこの年だったころはもうちょっと子供っぽかったような気がするな。
まっ、いまはちゃんとした大人かといわれるとアレだけど。
てゆーかだ。家宰さんのケイ君に対する教育はすでに始まっているっぽいね。
これは養子の件も早いところエルナやケイ君に伝えるべきなんだろうな。
とそんなことを考えていると、部屋に備え付けている大時計がボーンボーンと大きく鐘を鳴らした。
なんとなく皆で時計を見ると、話し合いを始めてからすでに2時間ほどたってるようだ。
「さて。それでは明日も円卓会議ですし、そろそろ……」
家宰さんの言葉に俺は一つうなずく。
意見も煮詰まってきたし、明日も朝から会議だからな。あまり夜更かしをして粗相があっては大問題だ。
「では当座の方針ですが……。まず十分な証拠が集まるまではこちらからは動かない。この町にいる間はケイは家宰殿の護衛についてくれ。エルナは俺の側に。シンシアも一人での行動は禁止です。どうしても別行動をとるときはエルナを護衛につけます。……こんなところでどうでしょうか? 正直、緊急の問題はアリの討伐です。変態貴族の問題はそれが片付いてからということでいかがでしょう?」
「はい。結構であると思います。私は兵士を数名付けていただければ十分ですがお聞き入れてはくださらないでしょう?」
「ええ。正直あなたに何かあれば私が死ぬよりもメリルにとっては重大でしょうし。ですから、家宰殿はケイかエルナ。どちらかの護衛がなければ外出しないでください。……ケイ!」
「あっ、はい」
「そんなわけで家宰殿の護衛は責任重大だ。細心の注意を払って頼む。今夜からは眠るときも家宰殿と同じ部屋で寝てくれ」
「はい」
緊張した顔をしながらそれでも力強く一つうなずくケイ君。
家宰さんがそんなケイ君によろしくお願いしますとでも言うように軽く頭を下げた。
「一応用心のためシンシアもエルナと同室で眠ってくれ。……なんなら俺の部屋で……ガッ」
冗談を言おうとした俺の手に恐ろしい痛みが走った。
先ほどからテーブルの下で握っていたエルナの手に凄い力が加えられたのだ。
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「大丈夫ですかご主人様?」
ベットに腰掛けた俺にコップに入れたワインを俺に差し出しながら、エルナが心配そうにそういった。
「……まだ手が痛いよ」
「いえそっちじゃないです。というかそれは別に心配していませんから。先ほどの貴族の趣味です。物凄く怒ってらっしゃるでしょ?」
「まあな。本音を言えば今すぐにでも殴り込みをかけたいよ。シルクを拾った時にひどい状態だったんだよな……」
渡されたワインを一気飲みする。
「でもな。そんなことすりゃメリルの人に迷惑かかるだろ? 悔しいよな」
エルナは何も答えないで、ワインを片手に俺の隣に腰掛ける。
ついさっきまでお風呂に入っていたのか、湯上りの女性のいいにおいが俺の鼻をくすぐった。
……頭に血が上っていたけど、違うところに血がいきそうだな。
やりたいけど……今日はド危険日だと断られたんだよね。
「そういやエルナ。お前あの変態に4億もとられたんだろ? ほとんど俺が残した財産の全部だろ?」
「ええ。でもお金で片がつくのならいくらだって安いものです。貴族相手ですとこちらの言い分なんて聞いてもらえせんし。それにご主人様がいないので証明のしようがありませんでしたから。ランドさんがいなければシルクちゃんはとられていたでしょうね。何度も何度も、当時の状況を騎士団の人に説明してくれましたから」
「そっか。ランドさんにも感謝しないといけないな」
工房のおっちゃんはお金に意地汚い守銭奴なところがあるけどさ。
こういう損得勘定抜きで行動してくれるから憎めないんだよな。
「ですね。私は最悪の場合、ヴィスキュイ家の者を斬り殺して国外に逃げようとしていたんですけど」
「おいおい」
「……冗談ですよ」
ホントか? エルナならやりかねんと思うんだが……。
おっちゃんには本当に感謝だな。
「……っと、ご主人様ちょっとお聞きしていいですか?」
「なに?」
「いえ。先ほど妙にケイが発言したときに家宰様が嬉しそうでしたので気になって。随分とケイをかって下さっているようですね」
「あーあれなー」
どうしようかなと思ったが、いい機会なので養子の件を伝えることにした。
あの家宰さんの様子だと、ケイ君が家宰さんの孫娘に逆レイプされるのも時間の問題だろう。
「実はさ。家宰さんからケイを養子にくれって言われたのよ。孫娘さんと娶わせた上で家を継がせたいんだとさ」
「養子……ですか。それで、どうお答えになったのです?」
「どうって、エルナとケイの意見を……」
「賛成です。そんな良い話お断りするわけありません」
何でもっと早く教えてくれなかったんですか!
といわんばかりに俺に詰め寄るエルナ。
「おっ、おお」
「じゃあ、明日にでも承知したと伝えてくださいね」
「いや、そんな。ケイの意見も聞かないといけないだろ? あのケイが身につけている指輪とかさ、恋人から貰ったんじゃないの? だったら……」
「あーあれですか。……ご主人様って時々妙に勘が良いですよね。ですが、それでしたらご心配には及びません。しょうもない話ですからね」
しょうもないって……。
「確かにあの指輪は、ケイが15になったときに幼馴染から貰ったものですが、肝心の幼馴染が3年前に……」
「えっ。もしかして死んだ?」
「だったら綺麗な話なんですけどねえ。3年前に大きな商人の後妻になったんですよね。『結婚するならお金持ちがいいの』といわれたみたいです。……それを未練たらしく指輪も捨てないで。ああいうところはご主人様に似たんですかね? 大体私はあの娘は性根が良くないから反対だったんです」
「……あーそうなんだ」
本気でしょうもない話だな。
まっ、ケイ君がフリーなら後は当人同士の問題か。家宰さんの孫娘さんと相性がよければいいんだけどな。
幼馴染がどれだけダメダメな性格だったのか、クドクドと言い募るエルナの言葉を聞き流しながら、俺はそんなことを考えた。