意外な来訪者
「まあそんなわけでしてね。領主として認めてもらうためには遠征軍で活躍しなくちゃいけなくなったんですよね」
「いやいや。そんな話を俺にされてもな。つーかミューズは元気か? テー出すなよ? それと次からは魔物が襲ってきたらミューズも避難させろよ?」
最高会議の翌日。俺は久しぶりに工房のおッちゃんをたずねていた。
家宰さんがランディさんと直接色々話したいということなので、ケイ君とエルナは護衛につけたから俺一人での訪問だ。
まあ、一人とはいっても青蛇騎士団から何名か護衛がついてきているが……。いやこの兵士さんたちだと逆に俺が守らなければならない気がするんだよな。
道中でも珍しげにあたりをキョロキョロしててほとんどおのぼりさんみたいな状態だし。
ぶっちゃけ一人のほうが安全だと思うんだけど、家宰さんから無理に押し付けられた。
「万が一の際は肉壁としてお使いください」などと鬼畜なことを言っていたが……。
シルクはちょっとごねたけど姫様の護衛としてメリルに残ってもらった。
家宰さんと姫様は危険に晒すわけには行かないからな。
中でも家宰さんはメリルの大黒柱だ。ぶっちゃけ俺よりもよほど重要人物だろうと思う。
因みにラウルさんとミューズちゃんはメリルでお留守番。
家宰さんかラウルさんのどちらかがメリルに残らないと内政的なものが回らないんだよな。
ミューズちゃんには「里帰りでもどうかな?」と誘ったんだけど、どうやらやっと自由になれたので当分はおっちゃんに会いたくないらしい。
手に入れた魔石でノクウェルをはじめとした人形達の強化をするとかで工房にこもりっきりだ。
もう一人……というか、もう一匹には声をかけていない。
最高会議なんぞにヌアラをつれてくるほど阿呆ではないのだ俺は!
「いや、ですんで人形を買いたいなーとか思っているんですけど……。お友達価格とかないですかね?」
「ねーよ。というか、貴族様の保有する人形の数はかなり制限されてるだろ? しかも同じ割合で王国お抱えの人形師が作った人形を入れにゃならんはずだしよ。勝手に売るわけにはいかねーのよ」
なんと!
そんな制限があるのか。メリルの戦力をあげるには地道に兵士を鍛えないといけないってわけか。
「……そんな決まりがあるんですか?」
「何でシラネーんだよ……。王国お抱えの人形師の作った人形はよ、国王陛下をマスター登録しているからな。反乱を警戒してそんな決まりになってんじゃねーのか。いや、詳しいことはしらねーけどさ。兄ちゃんところの人形もそうだろ? だいたい兄ちゃん国王様から貰った人形のマスター登録してねーじゃねーか」
言われてみれば、シルクとは違ってノクウェルたちとマスター登録してないな。
つーか、シルクも今の正式なマスターはエルナだが。
てことはだ……。ノクウェルたちは王様が命令しさえすれば俺よりもそっちを優先するわけか……。
あんまり気持ちのいい話じゃないな。
別に反乱を起こそう何ぞとは考えてないけどさ。
まっ、貴族に無制限に人形の保有を認めたら王政が簡単に覆る。致し方のない決まりごとなんだろう。
兵士を冒険者登録して人形を与えるとか裏技はありそうだけど……。
いや、元の世界と違って王政だからな。法律に基づかないでも罪に問われるかな。
「弱ったな。正直、人形をかなり当てにしてたんですけど」
「うーん。なんとか力になってはやりてーけどな。……値引き以外でよ。まあ、兄ちゃんところは下賜された人形5体だけだろ? だったら同数の5体は増やしても問題ないんじゃねーのかなー。一応お伺いを立ててみな。許可証を持ってくりゃあいくらでも売ってやるからよ。それ以上人形を増やしてーんなら王国お抱えの人形師から糞たけえ人形をかわねーといけないだろうけどな」
一見良いことを言っているようだが……。
俺の力になりたいんならまけろと。資金がねーんだよ。
ぶっちゃけ俺がお小遣いとして家宰さんから渡されたお金だって1万ヘルだったりするのだ。
冒険者やってたころのほうが裕福な暮らししてたような気がするな。
「あーじゃあ一応聞いてみます。うちの人形はいまんところシルクを抜いて4体なんですけど、見積もりだけお願いできませんか?」
「おう。かまわねーぜ。ってか4体?」
「ええ、先日の魔物との戦闘で1体死んでしまって……。そういえばミューズちゃんも1体作ってるようですから、増やせるのは2体ですかねえ」
「……ミューズが生意気に人形を作っているだと。材料はどうしたんだ? メリルなんつー糞田舎にゃ満足に材料なんぞねーはずなんだが?」
おっちゃん……。
仮とはいえ領主の前で糞田舎とかよく言うよな。
「え、ええ。以前暗殺に来た人形を破壊したんですけど、その部品を使って作っているようですよ」
「あ、暗殺? おいおい、兄ちゃんハードな人生送ってんのな」
とここまで言っておっちゃんは一転して険しい表情を浮かべた。
「おい! ミューズに危険はないんだろうな!」
「あーいえいえ。メリルに入る街道で襲われただけなんで大丈夫ですよ。メリルではうちの兵士が目を光らせてますから安心です」
「ホントだろうな。おりゃ孫の顔を見ることだけが楽しみだからな。頼むぜ兄ちゃん」
「はい。がんばって孫を作りますよ」
「……だから兄ちゃんの冗談はツマンネーって言ってんだろ? 次はないからな?」
「あっ……はい」
俺の小粋な冗談がおっちゃんを怒らせたのか、室内に流れるなんとも気まずい空気。
アレだな。おっちゃんにはミューズちゃん絡みで冗談を言っちゃだめだ。
「シノノメさん。あら、これじゃあ怒られちゃうわね。シノノメ様。会いたいって人がお店に来ているんだけど?」
険悪な雰囲気の室内に、店番をやっていた奥さんがノックと同時にそんなことを言いながら入ってくる。ちょっとほっとする俺。
「誰ですか? ちょっと心当たりがないんですけど?」
「さあ? でも身なりのいい騎士様よ? それもすっごい色男」
誰だろ? 騎士ということは、俺が工房に出かけていることを城下にあるメリルの公宅で教えられてきたのだろうか?
一応お忍びなので教えんなって話だけど。
首をひねりながら店先に行く。
「お久しぶりですルーグ卿」
そこで待っていたのは意外な人物だった。
メリルに駐屯していた白銀狼騎士団の団長、ガルドさん。ガチホモの色男さんだ。
お城を奪還する時に一緒に戦ったし、その後の戦後処理でも一緒に事務処理をしてたからさ、結構気の置けない人になってんだよなこの人。
ただ、わざわざ工房まで足を伸ばして俺に会いに来てくれるほど親しいかというと……。
おそらくは公務なんだろうな。
「これは本当にお久しぶりですね。お元気そうで何よりです」
「ルーグ卿は大変だったようですね。アリの侵攻の件は聞き及んでおりますよ」
そういった色男はちょっと視線をお店の奥に注いだ。
ピコンと慌てて引っ込む奥さんの顔。色男を見物していたらしい。この辺はミューズちゃんにしっかりと遺伝されているようだ。
「しかし、突然ですね。ご用件は急用なのでしょうか?」
「いえ、急用というわけではないのですが……」
そう言いながら色男は俺の耳元に顔を寄せた。
「以前ルーグ卿を襲った暗殺者の目星がつきましたのでご報告に……」