始まりの足音
「大空を飛ぶ鳥が羽を広げたような陣形をしたサル軍団の中央を突破し、サルニバルの本陣に乗り込んだラピュセル・カニ美。
だが、サルニバルをかばうように一人の兵士がラピュセル・カニ美の前に立ちふさがった。
『か、カニドゥーレさん! なぜあなたがサルニバルのところに?! まさか、まさか国を! いいえ私を裏切ったんですか!』
『フッ。君のお父上がいけないのだよ』
『父が……そうですか。あなたはあの時のことを……』
なんという悲劇!
サルニバル軍が的確にカニ王国の軍勢の弱点をつき、王都カニパレスまで攻め込んできたその影には、ラピュセル・カニ美のかつての恋人カニドゥーレの裏切りがあったのだ!
そして明かされるカニドゥーレの真の目的とは!
……ってところで続きはまた今度ね」
夕食の後のけだるいひととき。
俺は自室でベッドに腰掛けてお酒をチビリチビリと飲みながら、姫様に俺の世界の童話を語っていた。
ラミアだって俺にばれた後、姫様は二日とあけずに血を吸いに来る。
吸血は週一で大丈夫だと聞いていたのだが……。
まあ、俺は血の気も多いし、一回に吸われる血もたいした量じゃないので別にかまわないといえばかまわないんだけどさ。ただ、一つ問題があった。
吸血した後は興奮するんだろうね、姫様は少しエロくなるんだよな。
おそらくは俺がお酒を飲んだ後に血を吸うからさ、姫様ってば酔ってるんだろう。
最初に吸血した時、俺がお酒を飲んだ後だったからか、随分と飲酒後の血の味が気に入ったようだ。いつもお酒を飲んだ後に血を吸うのだ。
酔った姫様は顔は上気し、少しからだが熱くなるみたい。キャバクラに行ったおっさんみたいに、妙に俺の体を触ってくる。いや、正直悪い気分ではないけれどもさ。
だが!
だがしかしだ!
俺は佐々木さんのように暗黒面に堕ちる勇気はない。
姫様とは、なんというか、ローラースケートはいていないほうの光源氏的な路線で行こうと思うのだ。さすがに、まだきてない娘とイタスわけにもいかないしな。
大体、俺のは「可愛い」と経験豊富なロリッコ倶楽部のマミちゃんに褒められたぐらいな物なのだ。いまの姫様には酷だろう。
そんなわけで、姫様の気をそらすために桃太郎とか一寸法師といった類の童話を話したところ、コレが姫様のお気に召した。
このあたりはしっかりしている様でもまだまだ姫様はお子様だ。
ゴンぎつね。
醜いアヒルの子。
白雪姫。
シンデレラ。
せがまれるままに話していたんだけど、俺は特に童話に詳しいわけでもないのでネタが尽きた。
仕方がないから、最近では多少俺のオリジナルを混ぜて話を長くしている。
因みに、今話しているのは「サル蟹合戦」だ。
本日俺の童話を聞いているのは姫様となぜかヌアラ。
「今日あたりに話に行き詰ると思って聞きにきたんですけど……。パクリまくりとはいえよく続きますね。てゆーかこのお話たためるんですか? やたら壮大な展開になってますけど」
目を輝かせて御伽噺を聞く姫様とは対照的に、俺の頭にダラーと寝そべったヌアラはそんな感想を漏らす。
嫌な聞き手だ。
「おまえそのために聞きに来たのか? 随分と暇そうだな」
「そりゃーアタシってば、ゲートの修理さえ終わってしまえば特に仕事もないですからね。もう兵隊さんの武器に付与魔法もかけたし」
そう言って得意そうに胸を張るヌアラ。
実際のところ、性格はともかく魔術の腕前はたいしたものらしいね。
普通なら2ヶ月はかかるとシンシアさんが見ていたゲートの修理を、その半分の期間で終わらせたのだ。
修理が終わったので、ヌアラは暇してるらしい。フラフラとお城のあちらこちらに出向いては遊んでいる。
厨房の人からはコイツの摘み食いが酷いからなんとかしてくださいと苦情が来たが……。
いや、こいつさ、今のメリルにとっては凄く貴重な人材なんだよなあ。
俺もちょっと気をつかっているのだ。意外とメンタル弱いからあまりキツク言うと拗ねるし。
「……お前暇ならさ。エルナとシルクを迎えにいってくれないかな?」
「嫌ですってば。てゆーか、その人たち今どこに居るかもわからないんでしょ?」
やる気なさそーにそういったヌアラは、俺の頭から降りると、俺がお酒のお摘みにしていたキノコと鶏の砂肝の炒め物をパクリとつまんだ。
早いもので、エルナとシルクがメリルに旅立ったと聞いて1月がたっている。
いまだ彼女達は到着していない。つーかそもそも今どこににいるのかすらもつかめてない。
と言うのも……あいつら街道使うといってたのに、メリルの町とラインの町を結ぶルートを直進しているらしいのだ。
そのため、あのランディさんの部下の小男さんも接触できなかった。
最短距離なんだけど道なき道だからなあ。普通の商人さんである彼が連絡を取れないのも仕方がないことではある。
ただ、そのルートなら暗殺者もそうやすやすとは襲撃できないから、正解といえば正解のルートではあるのだろうか?
「エルナさんたちは熟練の深層冒険者なんですよね? でしたらそんなに心配なさらなくても大丈夫だと思いますよ?」
「そうは思うんですけどね。ただ、俺達みたいに暗殺者に襲撃されないとも限りませんし……なにより騎士団が居なくなりましたからね、あいつらの戦力はメリルには是非とも必要だと思うんですよ」
俺を慰めるような言葉をかけてくれる姫様に、いい訳じみた言葉を返しながら俺は少し考える。
領内の復興作業はとりあえず一息つける状況だ。俺も忙しいことは忙しいけど、以前のデスマーチからは解放されていた。
夜は決まった時間に眠ることもできるし、こうして姫様をはじめとした城内の人とコミュニュケーションをとる時間もある。
最近ではようやく城内で働く侍女の人の顔と名前が一致するようになった。
おっぱいが大きい美女がユリさんで、小さいくて可愛いのがフランちゃん。唇のところに黒子がある色っぽい熟女はルミアさん。後はおばさん侍女が十人ぐらい。
東雲覚えた。
塩山の復旧は終わり、塩ももうすぐ採取できるみたいだ。ランドさんが張り切って作業をしている。家宰さんがランディさんと売却のための細かい条件を詰めているらしい。条件がまとまったら報告が来るだろう。
疎開していた人の中にはボチボチ戻ってきてくれている人もいる。
領民同士のいさかいも俺まで上がってくるような大きなものは少なくなった。
謁見の間の清掃やお城の補修もほぼ終わったから、一息つきたい状況だけど……ここでもうひとふんばり。
現在はお城の兵士の増員と、自警団の組織作りに取り掛かっている。
というのも、先日、色男が率いる白銀狼騎士団が修復の終わったゲートを使い王都に帰還したからだ。
いる間は使い倒そうという家宰さんとシンシアさんの酷使によって、塩山の復旧に当てられ、過労状態だった騎士団の面々は帰還できると聞いて本気で喜んでいた。
徹夜続きの真面目で責任感の強い色男は憔悴しきっていたしな。
随分と嬉しそうに、俺たちお城の人間と領民の人の感謝のこもった歓声に見送られ帰っていった。
まっ、彼らには謝礼としてそれなりのお金を渡していることもあるのだろう。
ちょっと渡しすぎじゃないかと思う額だったけど、家宰さんに言わせれば、彼らの駐屯中の費用に比べれば安上がりだとのことだ。
駐屯中の食事代とか武器防具の修理なんかはルーグ家の資産から出していたからだ。
騎士団は人形含めて50人もいるので結構な負担だったらしい。メリルの人口は多少増えたとはいえ400人に届かない。
迷宮があるこの世界では俺達の世界とはちょっと事情が違うのだろうけど、それでも、生産に寄与しない兵士が総人口の1割を超えるというのはどう考えても多すぎるからな。
彼らには本気でお世話になった。意外と色々協力してくれたんだよな。お城の奪還だって彼らの協力がなければもっと時間がかかっていただろう。
俺はこの国の騎士団を見直したよ。よく働く、清く正しい公務員さんだった。ウルドの息のかかった騎士団だって話だったけど、特に怪しげな行動や非協力的なそぶりもなかったしね。
以前の暗殺未遂には家宰さんの言う通り、彼らはかかわっていないだろう。そんな風に思える気持ちのいい奴らだった。
……王都に帰還する色男を見つめて涙を流していた年頃の娘さんとかいたのが多少気に食わないけど。
てゆーか、鑑定によるとあの色男ガチだから無駄ですよと。
ワールの領主の筋肉ジーさんといい、どうやらこの国の騎士ってのはホモっぽいことが盛んらしい。日本の戦国時代にもそういった人は多かったみたいだし、戦場には女の人はあまりいないからさ、自然とそうなるんだろうな。
まあ、俺に係わり合いがないのであれば、どうでもいいことではある。
ただ、彼らの帰還後はルーグ家の手でこの地を守らねばならない。
本音を言えば、もっと人形を増やしたい。下級人形でも下手な騎士よりも強いし、何よりいざとなれば死兵とすることが出来る。
酷い話だけどさ。それが戦力的にも俺の倫理観的にも一番なのだ。
だけどお金がないからなあ。
メリルの復興に予想外にお金がかかった。
ランディさんから借り入れた形になっている5億ヘルのうち、すでに半分以上はなくなっている。
これがゲームなら初期投資が重要なことが多いから、全額突っ込むところだけど……。
さすがに現実にそれをやれば、まず間違いなく破産だろう。つーか、財務関係を統括している家宰さんが許可しないしな。
そんなわけで、塩の売買や領内からの税収が上がって来るまではお金の余りかからない方法をとるしかない。
まあ、今年の税収は免除したからないんだけど。
とりあえず、戦死した騎士さんや兵士さんの家の男を召集してみたものの、いかんせん数が少ない。しかもちょっと若過ぎる。5年前の大侵攻で戦える男はみんな死んでいるんだよな。
当時のルーグ騎士団で生き残ったのはランドさんぐらいだ。本気で全滅している。本来事務仕事担当の彼ですら、最後までメリル城で戦っているのだ。家宰さんも跡取りだった一人息子を失っている。
仕方がないから、普段は農業やってるメリルの町の自警団の中から、力が強そうな若者を選んで兵士とした。装備はお城を占領していたスウォンジー達が着ていたものを綺麗に洗ってつかい回している。
鎧とかちょっと臭うけど、お金がないから我慢してもらうしかない。
自警団というのは、俺たちの世界で言うところの予備役っぽい組織だ。
普段はそれぞれ農業や狩猟といったことに従事していて、持ち回りで歩哨したり、有事の際に兵士として苦役をする。
いわばパートタイムの兵隊さん。
「火の用心」とか言いながら町を歩く町内会の人を思い浮かべれば近い感じかな。
農地の分散を防ぐためなのか、長男がすべての土地と財産を相続するこの世界では、農家の次男三男である彼らは家では色々と肩身が狭いらしい。
命の危険がある兵士になるってのに、渋るものもあまりいなかったのが意外だ。むしろ、俺に羨望と畏敬のこもった視線をおくる人が多かった。
誰もいってくれないから自分で言うけど、俺の名声ってばちょっと凄いものがあるらしいね。正直むずがゆいけど。
自警団からは10名程度選抜したから、先に召集してた兵士とあわせると20名程度。コレに人形5体がメリルの全戦力だ。
少ないけどさ。まあ仕方がない。資金だって無限じゃないんだし、すべてが万全とは行かないからな。
彼らは基本的な体力と剣術を身につけさせたら、危険の少ない迷宮に放り込む予定だ。
二人に一体、人形も付けようと思っている。
レベルアップと人形との連携強化が目的だ。
いずれは彼らがルーグ家の騎士団【青蛇騎士団】の中核になって欲しい。まあ、彼らがいっぱしの兵士になるには少なくとも2,3年かかるだろうけど。
随分と数が減ってしまった自警団には、新規の入植者や疎開から帰還した人から選抜して補充した。
年いった人や凄く若い人ばかりのいびつな構成になってしまったけど、村の歩哨が主な任務だから問題ないだろう。
いざとなれば召集するけど、そんな事態にはなって欲しくないものだ。
いずれ災厄という名のメガネの定期イベントが起こるとはいえ、エルナとシルクがいればそんなことも無いとは思うのだが……。
「シノノメ様。シノノメ様ってば」
色々とこれからのことを考えていた俺は少し呆けていたらしい。
姫様にチョイチョイと腕を引かれた。俺の腕を抱えて引っ張っているから、なんだ、その、ちょっと当たってる。吸血してだいぶ経つけどまだエロモードみたいだな。
「はいはい。なんですか?」
「あの、先日教えていただいた将棋というゲームなのですが、少し戦法を考えてみたので一局お相手願えませんか?」
「いいですよ。手加減しませんからね」
俺がそういうと、姫様は嬉しそうに部屋の隅においてある将棋盤をとってくる。
この世界にはトランプはあったんだけど、さすがに将棋はなかった。俺の手作りだ。
基準がよく分からないけど、トランプはファンタジーっぽいからな。あっても不思議じゃないか。
最初はトランプでポーカーとか大富豪とか教えてみたんだけど……姫様ってばすげー弱いのだ。多分スキルに<不運>があるからなんだろうけどね。しかも相手は<幸運>のスキル持っている俺だし。
何度やっても俺が勝つから姫様が泣きそうな顔をしていたので、コレはなんとかしないと! と、考え付いたのが将棋だ。
コレなら運がなくても実力があれば勝てる。チェスの方がそれっぽいけど、生憎と俺はチェスのルールを知らないのだ。
将棋版に駒を並べ、先手後手を決めようとしたところで俺の部屋のドアがあわただしくノックされた。ちょっと残念そうな表情を浮かべる姫様。
この叩き方は急用だと思ったんだろうね。
姫様の予想にたがわず、扉を開けて入ってきたのは珍しく少し慌てた様子のシンシアさん。姫様をチラッと見て少し険しい表情をする。
「シノノメ様、至急メリルの町の城壁前までお越しいただけませんか?」
「何かあったんですか?」
メリルの町の城壁。
この世界の町は、日本の戦国時代とは違い、お城と町の両方に城壁がある。古代中国とか中世の西洋の方式だ。町の城壁ということは、お城ではなく、さして広くもないメリルの町全体を囲んでいる方の城壁のことだろう。
地形を上手いこと利用しているので町の城壁自体はそれほど長いわけではない。というか、城壁なんていうとかっこいいけど、実のところ木で作った柵が並んでいるだけのものだ。
申し訳程度に城門ややぐらもあるけど、台風でもくれば倒壊は必至なぐらいみすぼらしい。
メリルの町はすり鉢上の盆地にあるので進入路はかなり限定されるうえ、いざとなれば鉄壁のメリル城に逃げ込めばいいので、そんなものでも今までは十分だったらしいね。
資金に余裕が出来たら石組みに換えようと思うのだが、いろいろと他にもお金がかかるので当分先になりそうだ。
「それが、近くで戦闘が行なわれているようなのです」
「戦闘? 町の人が襲われているってことですか?」
それなら大変だ。
慌てて部屋に隅においてある装備に手を伸ばす。
戦闘があるのであれば、神器刀だけでなく鎧もしっかりと身につけたほうがいいだろう。
「いえ、はっきりとは分かりませんが、どうやらカエル人が魔物に襲われているようなのです」
「カエル人?」
知らない種族だ。今までのパターンからしておそらくカエルの頭した亜人なんだろうけど。
そういやメリルの西側はなんとかという名前の大湿地。
いかにもカエルさんが住んでそうだな。
「襲っている相手は……いえ、後は城門に向って実際に見た方が早いですね。シンシア、領内に警報を。警戒態勢をひかせてください」
「シグル様がすでに手配しました。上級人形ノクウェルと青蛇騎士団の一部もすでに城門に向かわせております」
さすがに家宰さんは手回しがいいね。
「万が一もありますから、お城の大橋もいつでもあげられるように手配をお願いします」
「かしこまりました」
「レイミア、残念だけど勝負はまた今度しましょうか」
最近姫様にうるさく言われたので姫様じゃなくてレイミアと呼ぶようにしている。
シンシアさんも呼び捨てにしてくれということなのでしたがっている。さすがに家宰のシグルさんだけは呼び捨てには出来ないけど。
「はい。分かりました。あの、お気をつけてくださいねシノノメ様」
残念そうだけど、文句一つ言わないで素直に将棋を片付け始める姫様。
「じゃあヌアラ行くぞ!」
「えー、嫌ですよアタシ。東雲だけ行って下さい」
ちっ! ドサクサにまぎれてこいつも巻き込もうとしていたのだが、やはり直接戦闘に加わるのはヌアラ的にアウトらしいね。コイツ探知使えるから連れて行きたいんだけど仕方がないか。