デスマーチ
メリル城奪還から10日がたった。
魔物さんたちが汚しまくってた洞窟内の清掃もなんとか目処がつき、俺たちは家宰さんの家からメリル城へと移り住んでいた。
とはいえ、いまだミンチ肉を量産した謁見の間は酷い臭いで使用不能だし、洞窟の外に建っている建物も補修中だ。領民の人たちがかり出され、突貫工事で修復されているからちょっとうるさい。
驚くべきことに、お城と町をつなぐ大橋はすでに完成している。とりあえずという感じの随分みすぼらしい物だけど、たった10日で作ったことを考えると、この世界の土木技術は中々高いらしいね。
お城を占拠していたスウォンジー達の死体は、町の近くの荒地に埋められたようだ。
恨みを忘れて丁寧に弔った……わけではない。なんでもモンスターの死体は土地のいい養分になるという話で、数年後には埋めた土地を畑にするんだと。
異世界もエコの時代らしいね。
まあ、資源の有効利用だし、一応地面に埋めているから、ある意味お墓に入れて弔ったともいえるんではなかろうか? だとすれば問題ないんじゃないかな。
俺はそこの土地から取れた野菜は食べないようにしようと思うけど。
せめてあの親玉だけでもちゃんとしたお墓に入れてやろうか? とも思ったのだがやめておいた。
というよりも、そんなことを言い出せる雰囲気ではなかったのだ。
謁見の間には5年前の侵攻で討ち死にしたルーグ夫妻の遺骨をはじめてとして、騎士や兵士の人骨が散乱していたからな……。勿論、その遺骨は回収して丁重にお墓にいれて弔いはしたんだけど、スウォンジーたちに対する憎しみは凄まじい。
空気の読める俺がそんな状況でこいつらも弔ってやろうとか言えるわけがない。
まあ、親玉も敵だった俺にそんなことされても喜ばないだろうし、何より部下と一緒に埋めてやったほうがアイツも喜ぶだろう。……たぶん。
心配していたのだが、案外と洞窟内は快適で過ごしやすかった。
本来ある程度の大きさがある洞窟ってのは肌寒いそうなのだが、メリル城ではキサラ山脈から湧き出る温泉を城内に引き込み、網の目のような水路で城内のいたるところを循環させているから、ちょうどいい温度に保たれているのだ。
城内に潜入したときに蒸し暑く湿度が高かったのは、この装置がちゃんと手入れされていないためだったらしい。
洞窟の天井には充填式の光石が設置してあり、ヌアラが魔力を充填させると煌々と内部を照らしてくれているから、ほとんど洞窟だという感じはしないな。
新しく雇用したのか、お城で働く人も増えてきている。
雇用担当はシンシアさんの担当のはずだが、なぜか女性が多い。
つっても、子持ちの中年女性ばっかりだからアレだけど。おそらくは5年前の侵攻で死んだ人の家族を優先して雇っているんだろう。
多少は若い子もいるにはいるんだけど、姫様との婚礼までは絶対に手を出さないでくださいね! とシンシアさんに釘をさされたので絵に書いた餅状態だ。
まあ、跡継ぎの問題とかがややこしくなるだろうし、仕方がないことではある。
というか反対解釈的に考えれば、婚礼さえ終われば手を出して良いんだから我慢だ我慢。
城内は戦後処理もあり皆忙しそうに働いている。
5年にわたって魔物が汚しまくった城内の清掃に、家畜の世話。洞窟の外側に建っている建物の中庭には畑もあるからその手入れだってあるのだ。
働く人たちの日々の食事や洗濯だって中々バカに出来ない仕事量になるしね。
家宰さんやシンシアさんにいたっては、それこそ寝る暇もないぐらいに働きづめだ。
ラウルさんは、未だに帰還命令が出ないとかで、居残っている騎士団と共に塩山の復旧に当たっていた。
当たっていたんだけど……。3日前に過労で倒れ現在は療養中だったりする。
本気で使えねーなあの人。たかだか3日の完徹ぐらいで倒れるなよと。
色男なんて4日目に突入しているってのにさ。
人形達も常時稼動し続けているので、領主お抱えの人形師として正式に雇われたミューズちゃんはそのメンテナンスで忙しい。
体内に自動回復機関を持つシルクやノクウェルと違って、下級人形は常時稼動させるとどこかしら不具合が出るのだ。下級人形がたいしたトラブルもなく運用できているのは彼女のおかげといえるだろう。
忙しい仕事の合間を縫い、高級人形の残骸から使える部品を取り出しては新しい人形を作っているみたいだ。なんというか車の二個一みたいな感じだな。出来上がったら、採用してくれたお礼として姫様にプレゼントするらしい。
人手が足りないので、塩山が復旧し、資金に余裕が出来たら人形を大量に購入するつもりだから、彼女はこれからますますルーグにとって大事な人材となるだろう。
正直、工房のおっちゃんもスカウトしたいぐらいだ。
というか、どうせミューズちゃんの様子を見にやってくるだろうから、そのまま抑留してメリルで働いてもらおうと思う。
今のメリル城には暇な人間なんぞはいない。
姫様だって外交的なお仕事に加えて、料理の支度や後片付けなんつー普通なら侍女がやる仕事を手伝っている。意外といっては姫様に失礼だけど、結構おいしい料理を作るんだよな。洗濯だって文句一つ言わないでやっている。
この子はいい主婦になれそうだ。
ヌアラも当然例外ではない。今のメリルに働かないものの居場所はないのだ。
というか、アイツ領主付魔術師なんつーご大層な肩書きまで貰ってるんだよな。
結構な額のお給料まで出ているらしい。
その分使い倒されているんだけどね。
光石の充填から始まって、現在は城外の中庭に設置されたゲートの修理中だ。
さすがに一から作るのはヌアラ一人では無理らしいけど、元々のゲートの中枢機関は破壊を免れていたので、えらそーに数人の助手を引き連れて治している。
んで俺なんだけど……。
俺にいたっては、ここ最近夜寝た記憶がない。切れ切れの時間に仮眠を取っているだけだ。
……おかしいだろ? なぜ領主なんぞというトップがブラック企業のデスマーチみたいな生活を送らなければならないんだ?
もう俺も若くはないのだから徹夜とか勘弁して欲しいのだが、次から次に家宰さんやシンシアさんが判断を仰ぎに来るのだ。しかもあいつら俺が寝ててもたたき起こすんだぜ? ワイルドだろ?
正直、権限は全部渡しているつもりなので、自分で判断して欲しいのだが……。つーか聞かれても分からないし……。
まあ、そうはいっても俺の判断というかサインや判子が欲しいところが出てくるんだろうけど。
血統的にはルーグの当主は姫様だけど、仮とはいえ王家が認めた当主は俺なのだ。姫様に押し付けるわけにもいかないし、歯を食いしばって仕事する俺。
農民の人に開墾用の機材を貸し出し、お金を貸与し、領民同士の揉め事の仲裁をする。大黒柱が戦争で死んだ農家へは補償もしなくてはならない……次々に仕事が舞い込んでくる。
家宰さんやシンシアさんの抱えている仕事の最終の確認とかで、机の上には目を通しておいてくださいと言われた書類の山ができてるし。コレに火をつけたらさぞかし気持ちが良いんだろうなあ。
塩山が復旧し、資金繰りに目処がついたら軍隊の編成までやるんだそうだ。災厄が来るって話なので必要不可欠な事だが……忙しすぎて泣ける。
後はとにかく来客が多い。
隣のワールの領主、筋肉ジーさんのお祝いの使者をはじめとして、近隣の領主さんからご挨拶的な使者がやってくるのだ。
謁見の間が使えないので、即席で設えられたちょっと豪華な室内で、姫様と一緒にニコニコと笑顔で使者の人たちに対応するのは楽なように見えて、意外と気を使う。正直、書類読むよりも疲れる。
ゲートが使用できないのでいまだ近隣の使者だけだけど、復旧したらどうなるんだろうな……。
だが、頑張る俺に対するご褒美なのか、久しぶりに心のそこから待ちわびた使者が来た。
ランディさんの使者だ。エルナに手紙を渡した返事を持ってきてくれたのだ。
ホントはいけないことなんだろうけど、順番を飛ばして早速会う。俺に挨拶をしようとする、こんがりと日に焼けた小男を手で制し、俺は矢継ぎ早に質問した。
「エルナとシルクはどんな様子だった? 元気にしてたかな?」
ちょっとあっけに取られたような様子の小男だったが、そこはさすがに商人さん。
すぐに笑顔に戻ると、手紙を渡した状況を説明し始めた。
エルナの返信を楽しみにしていたのだが、万が一、ウルドの手の者に所持品を検められた場合に備え手紙なんかは受け取っていないそうだ。残念だけど、仕方がない。
用心深いことに、ランディさんからウルドの監視に気をつけるようにといわれていたので、しばらくラインの町で行商をして、偶然を装ってエルナと接触したということだ。
嬉しいことに、エルナたちは手紙を読んですぐにでもメリルに向かおうとした。
シルクにいたっては手紙を読み終えると同時にラインの町のゲートまで駆け出していったらしい。本当にシルクは可愛い奴だとあらためて思う。
だけど……。
そこで小男は少し言いにくそうにする。
なんでも、エルナ達にゲートの使用許可がおりなかったらしいのだ。
エルナは手づるの限り掛け合ったようだが、裏にウルドがいるから当然許可は下りない。それも転移を断るんじゃなくて、審査に時間をかけるといういやらしい手口なのだ。
いつかは許可は下りるかもしれないが、それは当分先になりそうだった。
正直、あまり気が長い方とはいえないエルナは、それでは! と、ある決心をした。
「徒歩でここまで来るのか?」
「ええ、馬車は仕立てるという話ですが……。エルナ殿はそのように伝えてくれといわれました。私どもはシノノメ様が正式なルートでウルド家に抗議すればいずれ許可は下りると申し上げたのですが……」
エルナらしいといえばエルナらしい行動だ。
ただ、ラインの町ってたしかアルマリルの東方にある町だろ? ちょうどアルマリル王国を横断する格好だ。何日かかるんだそれ?
この世界は、転移魔法があるから街道の整備はあまり進んでいない。特にメリルのような田舎はほとんど道らしきものはない。道なき道を進む探検になるのでないだろうか?
「……大丈夫なのか?」
「エルナ殿は音に聞こえた深層冒険者ですから、滅多なことではおくれはとらないとは思いますが……」
まあ確かにそうなんだろうとは思う。
ただ、そうは言っても彼女達が危険なのは変わらない。
「何日ぐらいでつくとかエルナは言っていませんでしたか?」
「いや日にちについては何も。道もあまり整備されておりませんからね。少なくとも一月はかかるのではないでしょうか? 町と町を結ぶ街道を極力利用するということですので、少なく見積もってもそれぐらいの時間はかかると思いますね」
うーん。まあ、エルナとシルクなら大丈夫だとは思うが……。
怖いのは暗殺者だ。
毒殺や寝込みを襲われないように注意をしたいんだけど。
「エルナに連絡をとる方法はないですよね?」
「……いえ、エルナ殿は町を結ぶ街道を使うのですから、ゲートで先回りして連絡を取ることは可能かと思います。ご家中の方では差しさわりがあるでしょうから、よろしければ私がお手紙等をお届けいたします」
「申し訳ないけどお願いしたい。手紙の方はすぐにでも書き上げますから、それまではどうかくつろいでいて下さい。城内には温泉も有りますからよろしければ旅の垢を落としてくださいよ」
ランディさんには借りを作るばかりで心苦しいな。
まあ、あちらにはあちらの打算もあれば下心もあるのだろうけど。ただ、恩は恩だ。いつか利子つけて返そうと思う。
「それはありがたいことです。実はメリルの温泉は初めてでして楽しみにしていたのですよ。帰りがてらに町の温泉に入ろうと思っておりました。城内に引いてあるのは本当に羨ましい限りでございますね」
ニコニコと笑顔の小男さん。満更お世辞というわけでもなさそうだ。
嬉しそうなのでよかった。
「ええ。ただ、お城の奪還より日も浅いのでいまだ町のほうの温泉は復旧していないんですけどね」
「ああ奪還といえば、シノノメ様のご活躍はアルマリルをはじめとする各町でも評判でございますな。酒場の詩人はシノノメ様の武勲を歌っておるようです。ランディもなかなかシノノメ様は情報操作を分かっておられると感心しておりましたよ」
「歌?」
「おや? ご存知では有りませんでしたか?」
知るわけないだろ……。俺はここ最近仕事しかしてないんだし。
だけど、ちょっと考えてみれば俺がお城を落としたのが10日前だから、自然発生にしてはちょっと早すぎる。
ランディさんはルーグ家が工作したと考えたのだろう。
当然俺は何も知らない。ということは……家宰さんの仕業だな。
つまりウルドが俺の功績を握りつぶせないように、アルマリルの町に噂として流したのか。
領主の名声は結局のところその地に住むメリルの人々の利益にもつながるのだ。
やるなーあのジーさん。
猫の手も借りたいほどの忙しさなのにそんなことまでしていたらしい。
「私が命じたわけでは有りませんが、どうやらメリルは良い家臣に恵まれていたようですね」
「はは。左様ですね」
そんな相槌を打ちながら小男は侍女の人に案内され退室していった。
いつもならすぐに腰を上げて次の仕事に取り掛かるのだが、椅子の腰掛けたまましばし、エルナとシルクに合えるという喜びに浸る俺。
現実逃避という奴だ。
この後はなんか農家の人の畑の境界がどうとかつー非常にどうでもいい争いの仲裁があるのだ。
まあ、俺にとってはどうでもいいことだけど、争っている本人にとっては凄く重要なことらしいから神経使うんだよな。
俺はこの世界の法律は知らないけど、争っている両者に言いたいことを言わせ落とし所を探るというやり方をしているのでなんとかなっている。ただ、このやり方は物凄い時間と気力が必要なんだよな……。
と、そんな現実逃避中の俺にかけられるかわいらしい声。
「シノノメ様。エルナ様と言うのは昔のお仲間なのですよね?」
「あっ、姫様。仕事は一息ついたんですか?」
いつもはこの時間には侍女の人とお洗濯や裁縫をしている姫様が、謁見の間が使えないので仮の賓客室として利用している部屋に入ってきた。どうやら先ほどの話を聞いていたらしい。
部屋の出入り口には下級人形を立たせてあるけど、姫様相手なら仕方がない。
「シノノメ様。あの、姫様というのは止めていただきたいのですけど……なんだかひどく他人行儀ですよ」
「いやそうは言っても……なんとお呼びすれば良いんでしょうか?」
つーか姫様だってシノノメ様って呼んでるしな。
さすがにレイミアちゃんとか呼ぶわけにはいかないし。
「ですからその敬語もやめてください。私の方が年下なんですし」
ちょっと機嫌が悪そうだな姫様。
「はあ」
「ですから今後は私のことはレイミアとおよび下さいね。……それでそのエルナ様はメリルにいらっしゃるのですか?」
「ええ。かなりの腕前の冒険者ですから役に立つ人材だと思いますね。実のところ一の騎士にしようと思っているんですけど……」
「一の騎士にですか?」
「ひょっとして何か問題とかあるんですか? 俺は正直こういったことにあまり詳しくないのですが」
俺の言葉に先ほどまでちょっと機嫌が悪そうだった姫様がなぜか笑顔になっていた。
「いえ、一の騎士は門地に関係なく任命できますから何も問題は無いと思います。そうですか一の騎士に」
「本人が承知すればの話ですけどね。それで、あの、用事があったんでは?」
「ああ、ごめんなさい。爺が先ほどのお客さまにお会いしたいと申しておりましたので、お伝えにまいりました」
ジーさん忙しいのは分かるけど、姫様に使いっ走りさせるなよ。
あるいは俺と姫様が中々話す時間もないから気を回してくれたのかな?
なんにせよ姫様の顔を拝めたのは嬉しい限りだ。
ただ、俺とランディさんの関係はしばらくは伏せておきたいので、あの小男もランディさんの名は使っていないのだけど……。もしかして、あのジーさん感づいたのかな?
お塩の売買でランディさんと細かい詰めの話し合いをしたいといってたんだよな。
先ほどの件といい俺の思った以上にあのジーさん有能な家宰っぽい。落ち着いたら本気で内政は丸投げできそうでいいね。もしかすると実権的なものを握られてしまうかもしれないけど、そんなんは問題ないしな。俺はお飾りでいいや。いや、むしろお飾りの方がいい。
「ああ、それじゃあこれからすぐに彼に手紙を書いて渡しますから、その折に家宰さんの部屋の方に顔を出すように伝えておきましょう」
俺の言葉をジーさんに伝えるために、ちょっと会釈して部屋を後にする姫様。
そういや、俺もジーさんと姫様との初夜について話し合う必要があるよな。と、そんなことを考えながら立とうとして……座りなおした。
考えてみればここ2日は寝てない。疲れているんだろうね。自分の意思とは無関係に俺の息子が「オッス」と元気になっていた。
コレがあまりにも疲れると、自己保存のために遺伝子を残そうとする生理現象、疲れマラという奴か……。そういえばこの世界に来て俺はまだ一度もイタシテない。
お城で働いている人に手を出すとシンシアさんにぶっ殺されそうだし、かといってメリルは田舎すぎて風俗店なんぞもない。姫様には手を出していいのかどうか判断がつかないしなあ。
まっ、こうなれば最後の手段だ。黄金の右腕を使うタイミングだということなのだろう。
そんなことを考えながら、俺はちょっと身をかがめながらトイレに向かって歩き出した。