メリルの……町?
襲撃があってからほぼ半日。
警戒しながら進んだ俺たちの一行は、その後は何事もなくメリルの町に到着した。
領主の帰還ということなので町中の人が総出で出迎え、紙ふぶきが舞い、美女が花で作った首飾りをプレゼントしてくれる、そんな感じの歓迎だと思ったのだが……実際は出迎えすらもなかった。
つーか、メリルの町という名前ではあるのだが、俺の感覚で言えばここは村だ。英語で言うとビレッジ。あるいはカントリー。
盆地のようなすり鉢状の山間にひなびた過疎村のような風景が広がっていた。
道すがら馬上からあたりを見渡せば、開拓途中なのだろう、森を切りひらいているのか、木の根っこを牛に引かせている人までいる。
のどかーな田園風景という感じ。畑の中にポツリポツリと民家が点在している。
さすがに中心部は商店なんかもあるのだが、人通りは物凄く少ない。
そんな村の中心にある大きな古民家といった風情の建物の前に馬車が止まった。
お城がまだ魔物に占拠されているので、当座はここを拠点にするらしい。
人形を調べたいというミューズちゃんと問題を起こしそうなヌアラを馬車に残し、古いけれど中々立派な門を通るとよく手入れされた庭に一人の老人が立っていた。
日に焼け、腰が曲がったいかにも田舎のジーさんという感じの人だ。
「ジイ!」
嬉しそうな声をあげてタタッと走り出した姫様は、その勢いのまま頭がはげかかったおじいさんとヒシッと抱き合った。
「ひい様大きくなられましたなあ」
涙ぐんでいるこの人が家宰様らしい。
領主不在のこのメリルを切り盛りしていた人だ。
胸にしがみついている姫様の頭をかき抱くようにギュッと力を込めている。
……いーなージイさん。俺もアレやりたいんだけど。つーか今夜出来るようならばやろう。成人まで婚約者という立場らしいけど、少しは手を出しても良いんじゃないかな? てゆーか成人まで禁欲生活とか無理な話しだしな。
「シンシアもますます綺麗になったな。都では苦労もあったろうが良くぞ姫様をお守りした」
「はい。シンシアには都で本当にお世話になりました」
「いえ、私の苦労など姫様や、この地に残ったジグル様に比べればどうということも有りません」
シンシアさんも少し感傷的になっているのか涙ぐんでいるようだ。
ハンカチで目元を拭っている。
「それで、こちらが先の大迷宮討伐の冒険者。姫様の婚約相手となりますシノノメ様です」
シンシアさんが俺を紹介すると、家宰さんはひょいっと姫様を抱き上げて脇に移動させる。
元々曲がっている腰をさらに曲げ、深々とお辞儀をした。
「シンシアから手紙で事情は伺っております。家宰をやっておりますジグルと申します。お見知りおきを黒の英雄シノノメ様」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
俺もお辞儀をしながら挨拶を返す。
この人に領地経営は丸投げするつもりだから少しでも好感度を上げておいたほうが良いと思うのだ。
「ほう。貴公がシノノメ殿ですか」
おや?
家の中から実戦向きの騎士鎧を着込んだ男が一人、そう声をかけながら出てきた。
金髪金眼の騎士にしておくのは勿体無いほどの色男だ。年のころは俺と同じぐらいかな。
つーか誰だ?
シンシアさんに目線をやる。
「ああ、こちらは現在メリルに駐屯している白銀狼騎士団の団長、ガルド殿でございます」
この人がウルドの息がかかっているという駐屯部隊の隊長さんか。
暗殺されかかった直後なのでどうしても色眼鏡でみてしまうな。まさかこの色男が差配して暗殺をしようとしたわけではないと思うのだけれど。
「現在メリル城奪還の任についておりますガルドです。お見知りおきをルーグ卿。っと、いまだ正式にはルーグ卿では有りませんでしたかな?」
「ええ、姫様のご成人までは婚約者という立場でメリルの地を収めるように、と申し付かってはいますが」
なんか言葉に含みがあるかも知れないけどさらっと流すべきだろうな。
つーか嫌味なんだろうなあコレ。
だけど、こんなところで言い合いするのも大人気ないだろうし。
と、自重した俺の横からシンシアさんが口を挟んだ。
「ああ、ちょうどよかった。シノノメ様の赴任に際して少々現状を把握したいと思っておりました。現在のメリル城奪還はどうなっているのでしょうか? かれこれ5年以上ここに駐屯しているようですけれど?」
アレだよな。
シンシアさんってば結構口が悪いよな。
頭がよさそうな人だから、どこまで言っていいのかという一線は引いているんだろうけど。
「……さすがに音に聞こえし不落のメリル城。なかなか一筋縄では参りませんな。あの城が落とされたのすら信じられない思いです。魔物風情にどうしたらあの城が落とされるのかまったく不思議でございますよ」
シンシアさんの揶揄に何の反応も見せず答える色男。
逆に嫌味を返しているところなんぞは中々手ごわいなコイツ。
いや、完全にスルーできていないのだから、まだ未熟ということなのだろうか?
だが……。
ざわり。
背後にいるシンシアさんが切れてる。
笑顔なんだけど殺気がはんぱないんですけど……。
「そういえばガルド騎士団長様。メリルの地の警護は貴方様の騎士団の担当でございますよね?」
異様な威圧感を漂わせながら、それでも表情だけは笑顔のシンシアさん。
先代のルーグさんを貶されたのが腹に据えかねたらしい。
「ええ。領民の保護は最優先で行なっておりますよ。遺漏なく行なっておりますゆえ、そのためにメリル城奪還が遅れているという面もございますね」
「遺漏はあったみたいですよ? ワールとメリルを結ぶ街道で暗殺者に襲われましたからね」
「なんと! 暗殺者とはまことか!」
色男よりも家宰さんがショックを受けたみたいだ。
姫様に向き直ると確認するように姫様の体を見回した。
「ジイ。大丈夫です。シノノメ様が一人で倒してくれましたから怪我はありません」
「はい、暗殺自体は撃退いたしましたのでご安心を。高級人形7体ほどの襲撃でしたが、残骸が馬車に積んでありますからお確かめください」
「暗殺者……ですか」
さすがにかなり表情を引きつらせる色男。
まあ、責任問題的なあれだろう。最も、何人で駐屯しているのか知らないけど、メリルの地すべてに目を光らせるのは無理だろうから少しかわいそうな気もするが。
「事実であるとすればこちらの不手際。申し訳ない」
そういって頭を下げる色男。
「それで、襲ってきた高級人形の残骸があるということですが……調査のほうは?」
「ええ、うちの人形師が調査しております」
「左様ですか。では後刻、我が騎士団付の人形師も派遣いたしましょう」
「はい、よろしくお願いします」
そう言った後で、シンシアさんは少し人が悪そうな笑みを浮かべた。
「しかし、このような状況でシノノメ様の暗殺を行なうとは……どこの阿呆なのでしょうかね? お心当たりは有りませんか?」
「……いやまったく有りませんね」
色男はそういうものの顔中汗だらけだ。阿呆が誰を指しているのか分かっているのだろう。
シンシアさんに聞いたのだが、貴族はそれぞれシンボルカラーというべき色を持っている。王室は紫と金。ルーグは青。そしてウルドが銀といった具合だ。この人は白銀狼騎士団の団長。白銀をシンボルカラーとする貴族の一族だということだ。つまりウルドの分家とかそんな感じ。
当然、ウルドの3男さんと俺との関係は知っているのだろう。そうであれば普通考えることは一つだ。
「では私は人形師の手配をいたしますゆえ、騎士団の方に戻ります。シノノメ殿失礼」
そういいながら逃げるように去っていく色男。
満足そうな表情をシンシアさんが浮かべている。
だが、そんなシンシアさんを渋い表情をしたジーさんがたしなめた。
「これシンシア。ちと言いすぎだ。ガルド殿はアレはアレでかなりマシな人での。暗殺など出来る人ではないわい。そもそも、高級人形7体などガルド殿の権限ではとてもとても動かせる戦力ではなかろうよ」
「はい、私とてガルド騎士団長殿が暗殺にかかわっているとは思いません。失敗した時、さすがに危険が大きすぎますし……」
ですが、とシンシアさんは語気を強めた。
「仮とはいえルーグの当主が襲われたのですよ。責任者に責任を取らせるべきなのでは?」
「時期を考えよ。ガルド殿は度を過ぎた賄賂を要求もせんし、なにより騎士団の規律もとっておられる。かの人が解任され後任がガルド殿よりマシな保証はないのだぞ」
「ですが……」
「いや、なにもしないわけではない。ルーグ家に連なるものの暗殺をたくらんだものは必ず報いを受けさせる。だがの、メリル城の奪還。それまではガルド殿にいてもらわねば困るのじゃよ」
不満そうだけど、爺さんの言葉にうなずくシンシアさん。
つーかあの騎士団長とかいう色男をこの爺さんは結構評価してるんだな。
「それよりも、シノノメ様もひい様もどうぞ室内にお入りください。夜には歓迎の宴を町をあげて行ないますからな。どうかそれまではお体をお安めくださいませ」
そんな言葉をかけながら俺たちを室内にいざなうジーさん。
宴会ねえ。正直なところ疲れているのでゆっくりと休みたいんだけど、まあ仕方がないか。