お前はもう死んでいる!
ワールの町を出発してメリルに向かう道すがら、筋肉ジーさんからもらった馬にまたがり馬車と歩調をあわせて進む。
乗馬の訓練をかねて俺だけ馬車の外に出て馬に乗っているのだ。
御者の人に最低限の乗り方だけ教えてもらったので、手っ取り早く実地訓練。馬に乗るのは初めてなので凄く楽しい経験だ。
鐙に入れる力加減一つで早足や方向転換までするから、その微妙な力の入れ加減が中々難しい。一人で黙々と試行錯誤を繰り返す。
つーか、ぶっちゃけ馬車の中は女の子ばかりなのでちょっと居難いのだ。
狭い空間に3人も女性がいると、なんというか女臭いのだ。最近ご無沙汰なので大事故につながりかねないじゃないか。
姫様も緊張しているのか極端に口数も少なくなってるからなあ。姫様とはあまり喋ったこともないから無理もないことではあるんだけど。
ひょっとしたら馬車に乗って姫様と親交を深めた方がいいのかもしれないけれど、まあ、メリルについたらいくらでも一緒の時間はあるのだし、焦ることはないだろう。
時折車内から聞こえる楽しそうな笑い声に、ちょっと疎外感を味わいながら俺はそんなことを考える。
ジーさんは中々いい馬をくれたようで、初心者の俺を乗せているのにちゃんと馬車と一緒に歩いてくれている。賢いお馬さんだ。
栗毛に顔にだけ稲妻のような白い模様が入っている中々の美人さん。
特にお尻のラインはゾクッとするほど美しい。
そんな馬にまたがりながらワールの町を出発して30分ぐらいした頃、俺はポツリと呟いた。
「……ケツいてえ」
馬ってのは乗り心地悪いのな。
またぐらが凄く痛いんですけど……。
まるで三角木馬にのってるような痛みだ。いや、三角木馬に乗ったことはさすがの俺もないのではあるが。
そんな俺の声が聞こえたのか、お馬さんのたてがみにしがみついて遊んでいたヌアラが振り返った。ニヤリと人が悪そうな笑みを浮かべる。
「あのおじいさんに掘られた?」
悪質なブラックジョークだな。
思わず想像しちまったじゃないか。
動揺して強く手綱を引いてしまったのか「なあに?」という感じで馬首を向けてきた馬の首筋を、なんでもないからとポンポンと手でなでる。
「……次にその冗談言ったら馬にくくりつけて引きずるからな」
「おっ、おお」
俺が本気だと分かったのだろう。ヌアラが引きつった顔でうなずいた。
「まあ、そんなことよりだ。そろそろこの世界の仕様を教えろよ。どうすればクリアーなんだ?」
クリアーしないようにしなくちゃいけないから、コレだけは聞かないといけない。
上手いことクリアーを避けて、異世界ライフを満喫する予定なのだ。前回頑張ったから、コレぐらいは許してもらいたいところだ。
「うーん。まあ、もう自動イベントも終わったんでいいですかね」
ヌアラはヒョイッと器用にたてがみにつかまって俺に向き直った。
「東雲ってば……最近のラン様がはまってるゲームって知ってる?」
「知るわけないだろ」
「あのね。ラン様は最近グローリアって会社の戦略ゲームにはまってるんですよね」
「へー」
また渋いゲームをやってるのな。
グローリア社といえば歴史シミュレーションゲームの老舗。戦国時代や三国志、果てにはペルシャあたりの戦記ゲームを出している会社だ。
ナプールなんつー糞ゲーにはまるよりも、はるかによい時間の潰し方だろう。
ただ、個人的には……。
いや、あそこは面白いゲーム出すんだけど、デバッグがなー。
無印のゲームだと有料でバグ取りやるようなもんだし俺はあまり好きではない。
買うとしてもバグ取りやバランス調整の済んだ完全版しか買わないしな。
「だからナプールのゲームに戦略性を加えたんだって」
「えっ! RPGゲームじゃないのか?」
「シミュレーションRPGゲームです」
おーい。
ゲームの種類が変わってるじゃねーか。
前作と種類変えんなよ。
俺が貴族になったのは、シミュレーション的なことをやらせるためなのか。
「それでね、最初は東雲に世界統一させようとしてたんだって」
「いやいや、しないから。世界統一とか興味ないから」
大体だ。俺は昔から不思議なのだ。
世界統一、あるいは限られた地域の統一を目指す人が極稀に歴史上に現れるが、そういった人の精神構造はどうなってるんだろうな?
大義名分的なものはあるんだろうけど、自分の判断で多くの人が死ぬのにさ、それでも戦争吹っかけていくつーのは俺には理解できない精神だ。
まあ、それはそれとして、戦争の話とかにちょっと心惹かれる部分もあるのは否定できないが。
だって男の子だもの。
「うん。東雲が自発的にするとは思って無かったみたいですよ。『エルナとシルクをどこかの国の王様に殺させればやる気出るんじゃないかしら?』ってリュミスが言ってたんだけど……」
あの金髪おっぱいってのは、とんでもない奴だ。
メガネがまともに見えてくる。
「でも、ミュー様が『あのヘタレは後追い自殺しかねません』って反対したの。だから、領地経営ゲーになったんだって。モチロン定期的にイベント起こすって話しだけどね」
まさかメガネに感謝する日が来るとは。
でも、よくやったメガネ。単に金髪おっぱいが嫌いだから反対しただけだろうけどな。
つーか、定期イベントとか怖すぎるんだけど。
「あー、んでも領地経営とかすげー時間かからねえか?」
なんせ作物が育つのだって数ヶ月はかかる。
人口が増えるのとかだって、それこそ十年単位だろ。
「それは大丈夫だと思いますよ。今回は完全召喚だから時間はたっぷり有りますしね」
「完全召喚?」
聞きなれない言葉に戸惑うような声をあげる。
召喚に完全も不完全も無いと思うのだけど。
そんな俺の様子を見ながら久々にヌアラは底意地の悪そうな笑顔を見せた。
「うん。魂ごとこの世界に引っ張ってきたんだって。だから時間は気にしなくてもいいとおもうよ」
「魂ごとって……元の世界の俺は大丈夫なのか?」
「大丈夫に決まってるじゃないですか。ちゃんと死んでます」
「ああ、ちゃんと死んでるんだ。じゃあ安心だな」
「はい安心して下さい」
「……」
「……」
「死んでる?」
「はい死んでます。てゆーかノリツッコミですか?」
大丈夫じゃねーーー。
いや、二回目はこちらの世界に自分の意思で来たし、帰る気はサラサラなかったから問題ないといえばないのかもしれないけど。
それでも、元の世界に帰れないといわれるのはなんだか凄く寂しい気分だ。
両親や妹にもう二度と会えないんだろうし。
ただ、妹がもう結婚して両親と同居しているから、そちらの心配はしなくていいのが救いだろう。
父さん母さん先立つ不幸をお許しください。
とりあえず今まで育ててくれた両親に謝る。大学まで行かしてもらって俺には結構お金をかけてくれたからなあ。ただ、息子はこの異世界で割りと楽しく人生を謳歌する予定なので、子供の幸せのために多分笑って許してくれるだろう。
……まてまて。
俺、特殊なDVDを通販で買った直後にこの世界に来たような……。
必死に隠してきたフェチな趣味がばれてしまうじゃないか。
いや! もっと大事なことがあった!
「おい! じゃあ、俺のパソコンの中身とか……」
「あっ、それは大丈夫です。妹さんが見て兄の名誉を守るためにハードディスクを割りましたから。外付けのハードディスクも燃えないゴミに出したみたいです」
大丈夫じゃねえエエ。
つーか、妹おおおお。
俺が10年かけて集めた10TB の宝がああ。
毎日毎日暇を見つけては違法サイトを巡り。こまめにダウンロードしてきた画像や動画……。
今では手に入らない貴重な動画だってあったのだ。
「預金もちゃんと妹さんが自分の口座に移し変えたから安心して下さい。お葬式ももう終わってますしね。結構な人がお葬式に来てましたよ?」
10年の苦労が文字通り泡となり、うちひしがれる俺にさらに追撃が来た。
我が妹ながらたくましいな、おい。
肉親が死んだときには、なにはさておき預金だけは移さないと税金でがっぽり取られるけれどもさ。
「おまえなあ。俺にも心の準備があるんだからさ。もう少し早く説明しろよ」
「そんなこといったって仕方がないじゃないですか。ミュー様から自動イベントが終わるまでは情報を与えるなって言われてたんですから」
ちくしょう。
メガネの奴はよく分かってやがるな。
もうチョイ早く知ってれば、逃げ出すことも出来ただろうに。
「あー、まあ、お前にミュー様に逆らえって言うのも酷な話しだわな。んで、お前はいつまで俺と一緒にいるんだ?」
「えっ?」
「いや、だからさ。俺が死ぬまでついてくるの?」
チュートリアルキャラって最初だけだろ一緒に行動するの。大体説明し終わったら消えるか死ぬかだろ?
俺の言葉に暗い表情でなにやら考え込むヌアラ。
「……聞いてない」
「聞いてない?」
「うん」
「まあ、いつでも帰りたくなったら帰っていいからな」
「……知らない」
「なにが?」
「帰り方知らない」
「……」
こいつ見捨てられてないか? もしくは忘れられてる。
最初に聞いとけという話だが。
「まっ、まあ、ミュー様が気がついたら返してくれるだろ」
「あのミュー様が? そんなことしてくれるわけないじゃないですか! 冗談は顔だけにしてくださいよ」
いや、自分の主人は信じてやれよ。
俺はまるっきり信じてないけど。
「あーまあ飯ぐらいは食わせてやるから元気出せよ。な!」
ンな義理はないのだが、さすがに半泣きのヌアラが少しかわいそうになったので、そう言葉をかける。自分で言うのもなんだけど、俺は捨て犬や捨て猫は素通りできないタイプなのだ。
ヌアラも俺の心遣いが分かったのか笑顔を見せた。
「東雲……狙いはアタシの体ですか?」
善意が上手いこと伝わらないんだけれども。
大体、サイズがあわねーだろうが。
と、そんな文句を言おうとした俺だったが、まさにその瞬間!
俺の顔めがけて何かが飛んでくる。
「うおっ」
馬上でのけぞるようにして反射的にかわす。
弓矢だ。俺の顔のすぐ横を勢いよく通過した。
同時に草むらから姿を現す人影が6つ。
なんだろう? そう考える暇も有らばこそ。人影はいっせいに抜刀すると俺に向かって走りよってくる。
なんかのイベントかとヌアラをチラッとみると、思いっきり首をブルブルと振った。
こいつが知らないということは偶発的な山賊さんとかだろうか?
「敵襲! ノクウェル! 他の人形と一緒に馬車を守れ!」
とりあえずそう馬車に声をかけつつ、馬から飛び降りた俺は走りよって来る人影に向かって「鑑定」と呟いた。
【名前】 いまだ名前が付けられていない
【職業】 人形
【ステータス】
HP 600/600
MP 400/400
筋力 300
体力 300
器用 300
知力 300
敏捷 300
精神 100
運勢 100
【装備】
右手 黒鋼の剣(ツベラ蛙の毒)
左手 黒鋼の盾
頭部 黒鋼の兜
胴体 黒鋼のフルアーマー
脚部 黒鋼のフットガード
装飾 爆裂石
装飾 爆裂石
【スキル】
<高級人形>・・・能力値上限600にアップ 自立思考可能
<自動修復>・・・体内の回復器官が故障しない限り自動的にHPの回復を行う
忠誠・・・どんな命令であっても盲目的に従う
人形だ。しかも高級人形。
なぜこんな辺鄙な場所に?
そう考えた俺は気がついた。こいつら暗殺者だ。
ご丁寧に自爆用なのか爆裂石まで用意してやがる。
爆裂石はナプールのゲームにあったアイテムだ。たしかキーワードで爆発する石で、要するにダイナマイト。
もっとも、迷宮なんぞで使うと迷宮の通路が低確率で崩落して生き埋めになる罠アイテムだけど。
「シンシアさん。暗殺者です。馬車から絶対に降りないで!」
そう声をかけながら、俺はまた飛んできた弓矢を刀で払った。
シンシアさんの顔が一瞬馬車の窓枠にみえ、すぐに鋼鉄製の板が窓に貼り付けられる。あれならひとまずは飛び道具の危険は少ないだろう。
そのまま弓矢の飛んできた方向に駆け出したいのだが、伏兵がいるかもしれない。
馬車を危険にさらすわけにもいかないので、とりあえず姿の見える人形の殲滅にかかった。
乱戦になれば弓矢は使えないはずだ。
人形達も狙いは俺なのか、馬車には目もくれず俺を取り囲むように移動してくる。
囲まれては分が悪いので、馬から下りた俺は走り回る。なんとか各個撃破したいところだ。
ころあいをみて、手近かな人形に走りより刀で心臓の辺りを狙って一突き。ここに人形の重要な機関があることが多いのだ。
高級人形はさすがに俊敏に盾を掲げてその突きを防ぐが……。
ザン!
神器刀はさすがに素晴らしい切れ味を見せた。
うけた盾ごと人形を貫く。黒鋼は割と高価な金属だからお値段もそれなりなんだけど、それをいともやすやすと貫通している。
胸を貫いた刀をグリグリとひねると一瞬、ビクッと体を震わせ動きを止める人形。
(まずは1体)
刀が使えないとみたのか、そこを狙って切りかかってくる人形に、神器刀を突き刺した人形ごと力から任せに叩きつけてまとめて両断。
その隙に切りかかってくる人形2体の斬撃をステップ踏んでかわしながら、こまのように回転。
防ごうとした剣ごとその2体の人形の首をはねた。
ステータス的には俺と大差がないけど、こいつらと俺では装備の質が違うし、何よりも俺は半年前この世界で1年以上戦い続けていたのだ。経験が段違いだ。
(あと2つ)
いや、弓矢を持っている奴もいるから後、最低3か。
「マスター。私も援護いたします」
馬車の方には攻撃が行ってない様で、ノクウェルが俺に声かけてきた。
人形達はノクウェルの判断なのか馬車の左右を固めているようだ。あれなら飛び道具で狙われても馬車に危険は及ばないだろう。
爆裂石だけ注意しないといけないが。
「そこから動くな! 馬車を守れ!」
これ以外に伏兵がいた場合にまともに相手になるのは高級人形のノクウェルぐらいだ。
こちらは俺一人でもなんとかなるだろう。
俺が顔をノクウエルに向けたその隙にまたも同時に切りかかってくる2体の人形。
呼吸を合わせるように弓矢が俺にいかけられた。人形の数が減ったので狙いやすくなったのだろう。
矢をかわし、人形の剣を刀でウケ、もう一体の人形の鎧を足で蹴りつける。
その勢いのまま、刀を滑らし人形の腹をなごうとしたところで、人形が短く呟いた。
「爆ぜろ!」
キーワードに応え爆発する爆裂石。
ふき飛ばされた俺は地面に叩きつけられた。そのままゴロゴロと地面を転がり、馬の足に当たって止まった。
いてえ。チクショウ油断した。まさか自爆するとは思わなかった。
痛みに堪えながら立ち上がり、人形の方を見ると爆裂石を持っていた人形の方は足首を残し吹き飛んでいる。もう一方の人形も爆発に巻き込まれたのか少し薄汚れ、血を流していた。
人形ならではの神風戦法か。
俺は爆発の瞬間、とっさに人形から離れたので致命傷こそないが、打撲や火傷をいたるところにおっていた。
特に人形の部品が突き刺さっている左腕が焼けるようにいたい。
そんな満身創痍の俺に残った剣持ち人形が切りかかってくる。
痛む腕を使い、最後の力を振り絞るように剣をはね上げ心臓を貫いた。
人形はゴボッと口から血を流す。だが、最後の力を振り絞るようにその口が動く。
「はぜ……」
そういいかけた人形の首が一瞬黒い炎に包まれ……消し飛んだ。
カクンと糸の切れた様に地面に転がる首なし人形。
俺は何もしていないのだが……。
「自爆されるとアタシまで死ぬじゃないですか!」
お馬さんのたてがみにしがみつきながら、憤懣やるかたない様子のヌアラ。
どうやらヌアラの仕業のようだ。
なんだ。こいつ結構使えるじゃないか。今後も使い倒してやろう。
そんなことを考えながら、剣を支えに立ち上がる。
弓矢を使う人形がもう一体いるのだ。
とんでくる矢を神器刀で切り払い、発射地点を見極めるとダッシュで駆け寄る。
居た!
道の脇に生えている大きな木の影に寄り添うように立つ弓矢を持った人形。
最後の力を振り絞って受けようとした弓ごと両断する。
「東雲ー。もう大丈夫みたいです。探知の魔法使いましたけど、少なくとも半径300メートルには反応有りません」
なおも油断しないで周りを見回す俺にかかるヌアラの声。
「分かるのか?」
「もちろんです! 探知の魔法かけましたから」
おー。よく分からんがナイスだヌアラ。
「あの自爆しようとした人形の首を消し飛ばしたのもお前か?」
「はい。地獄から獄炎を呼び出して攻撃する魔法です。結構高度な魔法なんですから感謝してくださいね」
ドヤ! といわんばかりに胸を張っている。
まあ、凄く助かったんだけどさ、妖精が地獄から炎なんぞ呼び出すなよ。
☆★☆★☆★☆★
襲ってきた高級人形の残骸をひっくり返したり中を掻き分けたりしながら、ミューズちゃんが調べている。お医者さん的な心得があるというシンシアさんに傷の手当てをしてもらいながらボケーっとその様子を見つめる俺。
襲わせた相手が誰なのか、手がかりを探しているのだ。
体に手を突っ込んで内臓っぽいものをかき出しているからグロイことこの上ない。
お姫様には見せられないし、何より危険だということで馬車のなかだ。馬車の四方には人形が肉壁を作っているから飛び道具でもひとまずは安全だろう。
ヌアラは引き続き馬車の屋根にのぼらされて索敵をさせられていた。
なんでも半径300メートル程度に動く奴がいれば分かるらしいのだ。
魔法が使えるようなので、どのぐらいの実力なのか鑑定しようとしたのだが、あの金髪おっぱいと同じで抵抗の魔法がかかっているらしい。
自己申告なのでほんとかどうか分からないけど、あの痛みは二度と経験したくないからヌアラの実力はいまだによくは分からない。結構高度な魔法まで使いこなせるとヌアラ自身は胸を張るが、正直なところ怪しいもんだ。
文句を言うかと思ったのだが、シンシアさんに頼まれて素直に索敵しているのは、まあ、アイツこの後も俺たちに養ってもらわないといけないからだな。
手がかりも糞もウルドに決まっていると俺は思うのだが、シンシアさんは何か考えているのか、眉間にしわを寄せている。
「しかし高級人形をここまで綺麗に壊しているなんて、シノノメさん……じゃなくってシノノメ様ってばやっぱり強いですね」
神器刀の斬りくちを見ながら驚いたような声をあげるミューズちゃん。
フフーン。
と、少し嬉しくなる俺。まあ、感心されることはどんな状況でも嬉しいことなのだ。
「まあ、コレぐらいはね。それよりも何か分かった?」
「あー、ダメです。手がかりになりそうなのは残してないですね」
残念そうにそういってヒョイッと肩をすくめる。
「まあ、ウルドに決まってるんだけどな」
「いえ、それはどうでしょうか?」
おや? 状況的にウルドに決まりだとは思うのだが、シンシアさんはなにやら別の考えがあるようだ。
「襲ってきたのは高級人形が7体ですよね?」
「ええ」
「少ないです」
「少ない?」
俺の質問には答えないで、ミューズちゃんのほうに顔を向けるシンシアさん。
「ミューズさん。強化の方はどの程度ですか?」
「あっ。はい。みたところ300ぐらいですかね。これ以上だと大魔石が必要ですからコストパフォーマンス的にはいいところです」
シンシアさんに傍目にも分かるぐらいに緊張しながら答えるミューズちゃん。
俺にたいしてよりも緊張しているんだよな。
「やはり少しおかしいですね。ウルドにしては温い襲撃です」
温いってシンシアさん。俺、結構一杯一杯だったんですけど。
「ウルドが本気で殺しに来ればこの程度ではないでしょう。深層冒険者であるシノノメ様と人形を相手にするのには、いかに高級人形とはいえこの数では確実ではありません。まあ、あの阿呆が独断で動かせる戦力がこの程度だとも考えられますけど。ただ、お目付けのヌル様がこのような暴挙に気がつかないはずもないですし」
ウルドの3男さん、ヴァルさんだっけか? ついに阿呆呼ばわりだ。
「しかしウルド以外に俺は恨みを買った覚えはないんですけど。そちらで何かあるんですか?」
「いえ、そうではなくて……。むしろウルドに恨みを持つものだとも考えられます」
「ウルドに恨み? ああ、そうか」
つまりこの状況であればウルドに疑いがかかる。
ウルドに恨みがあって罪を着せようとしているのであれば、暗殺が成功しても失敗してもいい訳か。
考えすぎのような気がしなくもないけれど。
「まあ、ここで考えていても始まりませんね。無いとは思いますが、再度の襲撃があっても事です。もう出発しましょうか」
「あっ! シノノメ様。勿体無いのでこの人形の残骸を馬車にはこぶの手伝ってください。綺麗に切ってあるんで部品取れるでしょうから」
えー、俺怪我してるんだけど。
断ろうかと思っていると、シンシアさんがなんとなく嬉しそうな声をあげた。
「それはいいアイデアですね。高級人形のきれいな残骸でしたら結構なお値段になるでしょうしね。ただ、爆発物は大丈夫ですか?」
「はい。先ほどひととおりみましたけど大丈夫です。爆裂石もヌアラちゃんに頼めば再設定できると思います。1個10万はしますからこの石。人形の残骸も少なく見積もっても1000万はしますし大もうけです」
た、たくましいねえ。