武神の治める町
アルマリルの町のはるか西北。メリルの北に位置するワールの町。
小高い丘に張り付くように町並みが広がっている。
そのちょっと急な坂道を領主さんのお屋敷に向かって歩く俺と姫様とシンシアさん。ミューズちゃんは荷物番だ。ホントは連れてきたくはなかったのだが、強引にヌアラも俺の肩にとまってついてきた。
転移のためにこの町のゲートを使わせてもらったので、そのお礼を言わなくてはいけないらしいのだ。
シンシアさんの説明によるとこの町は別名【武闘都市ワール】と呼ばれているそうだ。
理由は単純だ。
この町ではなによりも戦士としての腕前が尊重されるからだ。
そのためちょっと普通では考えられなようなしきたりがある。
まず、市民権のある人のところで男の赤ん坊が生まれたさい、国から人が派遣されその子の体を調べる。
問題がなければそのまま5歳までは家庭で育てられ、6歳になると家を出て大きな宿舎で共同生活に入るらしい。
問題があれば……控えめな表現をすれば残念賞。来世に期待だ。
男だらけの共同生活では、体を鍛え迷宮に潜り、3年に1回は半年ほど町を離れて荒野で生活を行う。
勿論、食糧なんかは持たされない。自給自足だ。
……自給自足といっても魔物を殺し肉を食べ、野露を飲んで生活するという意味での自給自足だ。
元の世界では、サバイバルというと思うのだが……。
こんな感じで30歳までは結婚も許されず仲間と共に戦闘訓練だけをするの生活だ。
ここまで聞くとどうやって社会が回っているのかすら疑問なのだが、その解決策もまた独特だった。
この町にはだいたい3000人の人口があるらしいが、市民は100人に満たない。
残りはすべて奴隷階級。んでこの奴隷さんたちが畑を耕し、パンを焼き、市民を支える。要するに政治と軍事以外はすべて奴隷さんの担当だ。
市民はただ、ただ肉体を鍛える。
まあ、共同生活で多少の教育は受けるらしいが、むしろ、政治も奴隷さんがやったほうがいいと思うんだよな。
そうして育ったワールの騎士は王国最強と名高いんだと。
最初に戦闘するまでは無敵だったスペインの無敵艦隊の例のあるし、俺は正直シンシアさんの説明も話半分で聞いていた。
だがまあ、王国最強なのは事実だろう。
俺たちを出迎えた領主が凄かった。
領主だと紹介を受けたのだが、アルマリルのそこらの町の人よりも粗末な服を着ている。
なんでもワールの人は質実剛健。一切の贅沢品の売買が禁じられているかららしい。
もう老人といっていい年齢になっているのか、髪は白くなっているし、目じりのしわも目立ってはきているが、その筋肉が凄かった。
ボディービルダーのように見せる筋肉ではない。戦闘用に鍛えに鍛え上げられ、鋼のように引き締まった見事な肉体。
威圧感とかほんとにハンパない。この人がすごんだら冗談抜きで気の弱い人ならショック死しかねないと思う。
姫様の付けている鑑定を妨害する指輪も付けていないので、好奇心に勝てず鑑定してみると……。
【名前】 アリントン
【職業】 貴族
【レベル】 65
【ステータス】
HP 1000/1000
MP 555/555
筋力 500
体力 500
器用 325
知力 35
敏捷 200
精神 420
運勢 450
【装備】
右手
左手
頭部
胴体 布の服
脚部
装飾
装飾
【スキル】
<ワール人>・・・レベルアップ時に筋力と体力にボーナス
<武神>・・・稀有な才能を授かりしもの 知力を除くすべてのステータスに大幅な補正
<求道者>・・・道を求めるもの レベル制限80まで解放
<カリスマ>・・・理屈ではなく人をひきつける天性の指導者
両刀使い・・・性的な意味で
ワール流武術・・・命中に補正 知力に大幅なマイナスの補正
怪力・・・筋力に補正
鋼の肉体・・・体力に補正
なんだこれ? コイツ十分大迷宮攻略できたんじゃね?
周りの衛兵達も最低でもレベル30はある。
才能というか、レベル上昇時のステータスの上がりかたには個人差があるとはいえ、衛兵レベルで一握りしかいない深層冒険者とほぼ同じだと考えると、いかに凄いかがわかる。
……両刀使いは見なかったことにしよう。
まあ、30まで男だけの生活していればそうなるわな。
俺にかかわりがないのであればホモでもレズでも何でもいいし。
「ようこそ参られたな。レイミア姫。並びに黒の英雄殿」
筋肉ジーさんは意外と人懐っこい笑顔を見せて俺たちを出迎えてくれた。
孫に会うジーさんのように目を細めて姫さんを見ている。
なんでもこの人は姫さんの名づけ親なんだそうだ。
ルーグとワールは隣り合わせた土地柄なので、領地の境を巡って過去には仲良くケンカしてたらしいが、先代の頃には友好的な関係だったみたいだ。
何であっさりと魔物に城を落とされたルーグが、この町とケンカ出来たのか不思議ではあるのだが、シンシアさんの説明を聞いて納得した。
人形だ。この町では人形は一切禁止なのだとか。
十数代前の領主がこの制度を決めた時に制定したんだそうだ。
市民の中で人形の所有者が出ようものならそいつが打ち首獄門になるばかりでなく、子々孫々軽蔑されるという徹底振り。
何でこんな脳筋な人たちが辺境伯となっているのか疑問である。
俺がそんな感想を持つ隣では、姫様がさすがに貴族らしく、優雅に頭を下げていた。
筋肉ジーさんとかるく抱擁している。
あれ、俺もするんだろうか……。
「はいアリントンおじ様もお変わりなく」
「いやいやもう年じゃて。最近は上腕二頭筋もすっかりしぼんでのう」
姫様は筋肉ジーさんとそつなく話している。
つーか貴族の会話じゃねーだろ。
ひとしきり姫様と話していた筋肉ジーさんはさて、そんな感じで俺に顔を向けた。
「貴公が黒の英雄殿か。お会いできるのを楽しみにしていましたぞ。20年前のご活躍は耳にしております。領主でさえなければワシも挑戦してみたかったんじゃがな」
ここで筋肉ジーさんは少し不思議そうに首をかしげた。
「ただ、20年前に大迷宮を討伐したにしては、ちいとばかり若すぎはしないかな?」
「お初にお目にかかります。アリントン殿。不思議に思われるのも当然ではございますが、実は大迷宮攻略の折、最終階層の戦いで呪いを受けまして。20年ほど年を取っておらんのです」
「ほう。年を取らんとはな。わしもその呪いを受けてみたいものじゃて。いったいどんな敵だったのじゃな?」
俺の言葉になぜか羨ましそうに応じる筋肉ジーさん。
「……邪神でございました。非常に奸智に長けておりました」
「ほうほう。邪神とはいえ神を倒したと。では、ぜひその腕前をご披露いただけないですかな?」
「え?」
「実はそれが楽しみで楽しみでな。昨日は寝ておらんのだ」
本気で楽しみにしていたようで、よくみると筋肉ジーさんの目が充血している。
これは受けないといけないのだろうか?
こんな化けもんみたいなジーさんと戦うのは骨が折れそうだ。断れるものなら断りたいのだが。
「しょ、少々供のものと相談いたします」
そういって少しジーさんからはなれシンシアさんに聞いてみた。
「あの? どうすればいいのでしょうか?」
「どちらでもシノノメ様のよい方で。断ればワールの町の人に軽蔑されますからその後の待遇や、領土境などで問題が起きる可能性が大きいですが」
……やれと。そうシンシアさんはおっしゃっておられる。
「あの、アリントンおじ様は凄く強いですから……あの、怪我するといけませんから私から断るコトも出来ると思うんですけど」
心配そうに眉をひそめてそういってくれる姫様。
この子はほんとに気立てがいいな。
可愛くて気立てがいいなんて清廉潔白な政治家と同じ意味で、空想上の存在だと思ってた。
「大丈夫でございますよ姫様。シノノメ様は大迷宮討伐の武勲を挙げられた深層冒険者。アリントン殿とは言え問題とは致しません。一緒に応援いたしましょう」
「……」
なんかシンシアさんだいぶ俺の操縦方法を身につけつつあるな。
そんなことを思いながらも仕方がないのでジーさんのところまで戻る俺。
「お受けいたしましょう。ただ、明日にもメリルに出発しなくてはなりませんので、それほど長くはお相手できませんが」
「おうおう。やっていただけるか。ありがたい」
嬉しそうに何度もうなずくジーさん。
「それで、どういった形式にしますかな? 馬上試合でも何でもかまいませんぞ」
「あっ、いえ、私は冒険者上がりですので馬には乗れません」
「そうじゃったか。では普通の形式でやろうかのお。真剣でいいんじゃろ?」
いい訳あるか。
「いえ、木剣でお願いします」
「残念じゃのー。黒殿の剣は中々に珍しい形状ゆえお相手願いたかったんじゃが」
心底残念そうなジーさん。
「おおそうじゃ。ワールの町は馬の産地ゆえ、駿馬を黒殿に差し上げよう。後ほど牧場をあないするゆえ、いい馬がいないか、みてまワールとよろしかろう」
「ありがとうございます」
「……うむ。後ほどみてまワールとよろしい」
「ありがとうございます」
何で2回言うんだよと思いながらそう答える俺。
肩に止まっていたヌアラがなぜかなにか言いたそうにしていた。
☆★☆★☆★☆★
物凄い勢いで振り下ろされた木剣の横っ面に俺は自分の木剣を打ちつけた。
勢いが強いので弾くことは出来なかったが少し軌道がずれた。
少し半身の態勢になってスレスレでかわす。
そのまま木剣が流れたところを狙ってぶん殴ろうと一歩間合いを寄せる俺。
と、そのまま地面を打ち付けるもんだと思っていた木剣が地面の少し上でピタッと止まった。
(やべえ!)
慌てて後ろにとんだ俺の前髪を掠めるように、筋肉ジーさんの木剣が通過した。
「おうおう。やはりやるのー」
嬉しそーにそういうと木剣を担ぐように構えなおす筋肉ジーさん。
周囲で固唾を呑んで見守っていた数十人の観衆もたまった息をフウッと吐き出す。
こいつらも凄い実力の騎士なのだ。異様な熱気というか緊張感がみすぼらしい造りの試合場に満ちていた。
「アリントン様の剣を2度までかわしたぞ」と感心したような呟きがあちこちから聞こえてくる。
ちらりと姫様を見ると祈るように見つめていた。
うん。元気百倍という奴だ。なんとかコイツに勝っていいところを見せたいものだ。
とはいえだ。さすがに<武神>なんつースキル持ってるだけあって強いぞこのジーさん。
俺のほうがやや素早いとはいえ、ステータスはほぼ互角。
武器の習熟は段違いだから俺は押されていた。
まともに戦えているのはぶっちゃけ装備のおかげだ。
特に回避が上がる靴がなければ先ほどの攻撃ですら避けられたかどうか……。
剣道だと剣が流れないように打ち込んだ後は雑巾を絞るようにして剣をとめる。
だがこのジーさんは先ほど片手で打ち込んだうえで地面すれすれで剣をとめやがったのだ。
筋力なのか、俺の知らない何かしらの技なのか……。
まあ、とにかく神器刀があればともかく木剣でのまともな打ち合いは分が悪い。
と、ジャンジャーンとドラが鳴らされた。
手合わせは俺の都合もあるから5分ほどと決められていたのだ。
今のドラはあと1分だという合図だ。
あと数度剣を交えれば終わりだ。
多分逃げ回れば怪我しないだろうが……。
正眼に構え、じりじりとジーさんに近づく俺。
剣先と剣先が触れ合う距離、一足一刀の間に入ったところですり足で一気に間合いを詰める。
ブォン
風を切り裂いて振り下ろされるジーさんの木剣を俺の木剣で下からはねあげ、その勢いのままジーさんの腹をなぐ。
俺の取って置きの隠し技。面返し胴。剣道の技だ。
この世界の武術は基本的には魔物相手のものだから、意外と剣道の技は有効なのだ。
フッ。決まった……。
そう思ったのだがジーさんはやはり凄かった。
柄の部分で綺麗に俺の斬げきを流していた。普通は指の一、二本飛ばされかねない行為だが、綺麗に柄を握った手と手の間で受け止めている。
(あっ! やばい)
まさかこんな防がれ方をするとは……。
このまま胴をなぎつつ安全な距離まで逃げようとしていたのだが。
ジーさんのにんまりとした顔。ダラダラと背中に冷や汗が流れた。
「それまで!」
だが、俺とジーさんが動き出すよりも早く、審判役のひとがそう大きく声をあげた。
にらみ合ったたまま動かない俺とジーさんの間に強引に身を入れて分ける。
俺にはありがたかったけどジーさんは不満そうだ。
「なんじゃい。もう終わりか。今いいところなんじゃがの? どうじゃ黒の。もう少しやりあわんか」
冗談じゃねーという話だ。
「いえ。明日にはメリルに出発しないといけませんから今日はこのぐらいで」
「残念じゃのー。久しぶりに歯ごたえのある相手じゃったんじゃが。最後の技はちいっと危なかったしのう。もう少し追い詰めればまだまだ隠し玉がみられそうなんじゃが」
もうなんも隠してないです。
「まあよいわ。黒殿。久しぶりにいい汗かかしてもらったワイ。貴殿を歓迎いたしますぞ」
上機嫌なジーさん。
と、そんな俺のところに姫さんとシンシアさんが駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか? お怪我はありませんか」
会場の熱気に充てられたのか、姫様の少し上気した顔が艶かしい。
「ええ、大丈夫です」
ちょっと見とれながら上の空で返事を返す。
「さすがでございますねシノノメ様。アリントン様は王国最強と謳われる騎士でございます。まさかその方と五分だとは」
そんな相手とやらせるなよ。
「いえいえ。五分では有りませんよ。あちらはかなり手を抜いていましたし」
「あら? 脳まで筋肉で出来ていると讃えられるアリストン様が手加減できるなんて誰も信じませんよ」
……何気に毒吐くよなシンシアさんって。単なる悪口じゃねーのかそれって。
まあ、手加減はともかく少なくても全力ではやってないよあのジーさん。
「おーい黒殿。貴殿に送る馬を選んでもらいたいのだがいいかな?」
遠くから俺にそう呼びかける声がする。
馬かー。やはり騎士になるからには馬にぐらいは乗れないとまずかろう。
メリルへ行く途中で練習しようかな? とそんなことを考えながら、俺は嬉しそうに手を振るジーさんに向かって歩き出した。