大商人ランディ
冒険者御用達のランディのお店は20年前と変わらず立派な建物だった。
というか、建て増しをしたのか以前よりも広くなっていた。大迷宮がなくなったというのに商売は順調らしい。
そのお城みたいに立派なお店で「装備品の下取りをお願いしたのですが?」と切り出したところ、以前高い買い物をしてたおかげなのか、それなりに偉そうな年配の店員さんは俺のことを覚えててくれた。
丁重に豪華な部屋に通されて、神器装備の鑑定してくれている。
フカフカのソファーっぽい椅子に腰掛けた俺の目の前で、小太りの体に見事な仕立ての服をまとった商人さんが、虫眼鏡みたいな器具を使い神器刀を詳しく調べている。
冒険者御用達の大きなお店を経営している商人、ランディさんだ。
聞くところによると、他の町でも手広く商売をしている大商人らしい。
「眼福です。素晴らしい剣でございますな」
神器刀をしげしげと眺めていたランディさんは、そういうと上目遣いに俺のほうをみた。
「コレでしたら……そうですなあ5000万ヘルであれば買い上げましょう」
「5000万……ですか。それは安すぎませんかね? 以前こちらのお店で買った神器は5億だったと思うんですけどね」
中古品とはいえ神器なのだ。
いくらなんでも買取としては安すぎるだろう。
「いやいや、稀に見る見事な剣ではございますが、さすがに5億は出せませんよ」
「それはそうでしょうが、いくらなんでも5000万は安すぎませんかね?」
最低でも1億ヘル。もしかすれば2億以上の価格を付けてくれるんじゃないか? と期待していた俺が不満そうにそう言うと、ランディさんはこずるそうな表情を浮かべた。
「まあ、こういったものは値段があってないようなものですしね。時間をかけて買い手を捜すのであれば値も上がりましょうが……」
ランディさんはそういって少し口元をゆがめた。
「ただ、貴方はすぐにでもお金が必要なのでは? 貴族様ともなればお金が必要でしょうしね。特に大貴族様ににらまれていると」
こいつある程度内情知ってやがるのな。足元みやがって。
まあ、このあたりは、さすがは大商人といったところか。
「お金が必要なのは確かですが、すぐに必要となるものでもないですよ。以前こちらで5億の神器を買ったように私にもある程度の蓄えはありますし、ルーグ家もそれなりに資産が有りますからね」
「さようですか」
なぜかランディさんは面白くてたまらないといった表情だ。
「ただまあ用心といいますか、資金は多いに越したことはないだろうと、一応鑑定だけしていただいたしだいです。そもそも、別にここで手放さなくとも、その大貴族の手の届かない他国で売り払ってもいい訳ですし」
「ふむ」
俺の必死の言い訳に、顎に手をやり、しばし考え込むランディさん。
「まあ、50点といったところですかな」
「50点?」
何でいきなり点数付けられてるんだ?
しかも微妙な点数だし。
「ええ。貴方がすべての財産を奴隷に分け与えたという話は有名ですし、今のルーグ家に余裕があるはずもございません。メリルの状況からしてすぐにでもお金が必要なのではないでしょうか?」
エルナに遺言で財産をすべて譲ったのって有名なのかよ。
コレはあまり嬉しくない事実だ。二人が何かトラブルにあってなければいいのだが……。
「お城の再建。税収が戻るまでの運転資金。荒廃した農民への援助。おそらくは数億はかかりましょう。他国で売り払おうにも、今のところ貴方には、まず他国に行く手段がないでしょうし。そういった訳で、中々の演説ではございますが50点。少し甘いかも知れませんね」
……凄いね。
やはりこういった百戦錬磨の商人さんだと、どう考えても俺にはたち打ちできそうにないな。
ただ、違和感があるのも事実だ。
なぜランディさんはワザワザこんなことを教えてくれているのだろう? どう考えても、コレを俺に打ち明けるメリットは、ないように感じるのだが……。
「貴方はこれから領主におなりだ。もう少し腹芸を身につけなくてはなりませんな。あるいはそういったことの出来る人を使うべきです」
耳の痛いことを言う。俺自身も自覚があるのでエルナがいるときは、この手の交渉はアイツに任せていたのだ。アイツはこういうの上手かったんだよな。
俺は正直こういった交渉だとか駆け引きは苦手なのだ。なにせ感情とかすぐ表に出てしまうからなあ。何より面倒だし。
ただまあ、このまま帰るというのもそれこそ子供の使いだ。試せるコトは試してみよう。
そう決心する。ダメ元の精神だ。
「ご忠告、肝に銘じますよ。こちらの状況はご理解されているようなので、ざっくばらんに言いますが、少々お金を貸していただきたいのです。私の身につけている装備で、いくらまででしたら貸していただけますか?」
「ああ、ルーグ家はやはりそれほどお困りなのですか……」
おおう。もしかして俺、カマかけにひっかかったのだろうか?
ま、まあ多少は足元みられても仕方がないかと覚悟を決めて返事を待つ俺。
だが、俺の言葉には答えず、癖なのかしばらく指をピアノを引くようにテーブルの上で動かすランディさん。
何事か考えているようで、しばらくそのまま目を瞑っていたのだが、指で一つポンとテーブルを叩くと何事か決心したように大きな息をついた。
俺の目を正面から見据える。今までのこずるそうな雰囲気が一変していた。
「シノノメ様はどちらの出身ですかな?」
「えっ! あーそうですねえ……東の方の町になりますかね」
日本です。とはいえないので、唐突な質問にとりあえずそう答える。
西洋の基準だと日本は東だし。まあ、嘘ではないな。うん、嘘ではない。
「私はね、地方の村の貧農の出なんですよ。上には年の離れた兄がいましたし、一生兄に使われて暮らすのも嫌でしたので、14の時覚悟を決めて村を出ました。この町のとある商家に住み込みで働きました。毎日毎日懸命に働いて今のお店を持ったわけです」
いや、べつに興味ないし聞きたくもないんだけど……。
とはいえ、もう少し腹芸を身につけろといわれた手前、どうにも話をうちきりにくい。
「ですからね、この町に住んでおりますとついつい忘れてしまいがちですが……田舎の暮らしはよく分かります。近隣に住む野生の魔物に農地を襲われ、酷い時には命すら落とす。うちの実家もそうでした」
そういって遠い目をするランディさん。
「私がある程度商売で成功し、実家の両親をこの街に呼び寄せて親孝行をしよう。そう決心して故郷に戻った時、両親も兄妹もすでに魔物に襲われてなくなっておりました。30年も前のあの大侵攻のときでございます。領主は城近郊に出没する魔物に手一杯で辺境の村々までは手が回らなかったのでしょう」
孝行したいときに親はなし。
なまじ財力があるだけに、彼にとっては痛恨の思いなのだろう。
うっすらと涙を浮かべているようにも見える。
というか、いつ終わるんだこの話は……。
「ですから私は魔物がにくい。迷宮が恨めしい。この町で冒険者相手の商売をしているのは、私が少しでも奴らを殺す手助けがしたいからなのです。……ですから20年前、貴方が私の店で買われた神器を使って大迷宮を攻略されたときは、我がことのように喜んだものです。貴方が迷宮から戻られなかった時、私がどれほど落胆したことか、貴方にはお分かりにならないでしょうね」
そう言いながらソファーから立ち上がり、備え付けのテーブルの引き出しを開け閉めする。
何度か開け閉めしていると小さく「カチッ」という音がする。その後で一番上の引き出しから何かを取り出すランディさん。
「……お貸ししましょう。借用書はこれからすぐにお書き願いますが、返済期限や利子などは……そうですね、貴方が一度ルーグ家の方と話してからにしましょうか?」
なぜか少し含みのある微笑を見せながら、そういってカチリとテーブルの上にコインを置く。
「カードではウルドに知られたときに言い訳できませんからね」
古銭。オリハルコンの古銭だ。5枚ある。
ジワッとくるな。
俺が大迷宮を討伐したことを恩と感じてくれているんだろう。自分の都合だけでやったことなのでちょっと複雑な気分ではあるけど、この人の好意が本当に嬉しい。
いや、再召喚された後は色々と人間不信になりそうだったんだよな。
「あの、ありがとうございます」
「いえいえ、さすがにこれだけのお金を好意だけでは出せませんよ。今すぐにというのは色々問題がございますが……リーグの塩。これをメリルの地が落ち着きましたら、私に任せてもらえるようにお口添え願いたい」
あっ打算はあるんだ。
しかもお口添えって言い方からして本気で内情に詳しいよな。
俺にはそんな権限もないし。というかリーグの塩とかしらねえし。塩山があるらしいから多分岩塩っぽいものなのだろうけど。
「それと、最後にご忠告です。シノノメ殿。貴方はラインの町に手紙を出しているようですが……届きませんよ。ウルドの嫡男が中継都市リープの町宰である以上ね」
「えっ!?」
「ご存知のように王宮のあるこの町に直接転移は出来ませんからね。手紙なども一度中継都市リープに集められますから。エルナ殿への手紙はその際にすべて止められておるようですな」
エルナからの返事が来ないのはそのせいなのか。
そもそも届いてなかったわけか。
とりあえず、エルナが怒っているわけでもないらしいので安堵する俺。
しかし中継都市なんてものがあるのか。
考えてみればさ。各地から首都に直接転移が出来ると色々問題はあるな。
「イソノー。王様殺そうぜー」
「おっけーナカジマー」
こんな感じで首都に直接軍隊送り込まれたら防ぎようがないもんな。
完全な奇襲になるわけだから。
おそらくは、転移はすべて一旦その中継都市リープとやらに転移させて、その上で改めて首都に転移するということなのだろう。
おまけにそのほうが関税的な税金を徴収しやすいだろうし。
大貴族であるウルドの嫡男が町宰をしていることから考えても、相当に実入りがよさそうな感じだ。
「ウルド宮廷伯は恐ろしいですぞ。息子達はともかく現当主はね。神託が出たとはいえ、メリルを諦めてはおらんようです」
「……こういった妨害がまだ続くと?」
「ええ、姫様のご成人までに貴方には極力手柄を上げさせないようにするでしょう。エルナ殿への手紙の差し止めもその一環というところです。……もしどうしてもエルナ殿に連絡を取りたいのであれば私に手紙をお渡しください。時間はかかりますが、私の手のものが直接お届けいたしますゆえ」
エルナと俺の関係まで知っていて邪魔をしているんだとすればさ。
ウルドの情報網や諜報能力ってのは凄まじいものだ。エルナとシルクの2人は戦力的にもそこらの騎士の何人分にも相当するだろうから、少しでも俺と合流するのを遅らせたいということなのだろう。
ぶっちゃけ、本気で敵には回したくはない手合いだ。
ただ、ウルドがエルナとシルクが俺に合流すると考えているのは逆の意味では嬉しい知らせだ。
「わかりました。手紙の方はすぐにでも届けに参ります。あの?、貴方は随分と貴族の内情にお詳しいですが、ウルドはあなた達にも何か言っているので? 私に便宜を図ったことでご迷惑になるのではないでしょうか?」
「いえいえ、直接は何も申し付けられてはおりませんよ。その点はご心配なく。しかし、なんといいますか、権力者の意向をある程度読めないような阿呆はそもそも大きな商いは出来ませんからね。この町の商人で今のルーグと取引したいと思うものはおらんでしょう」
なるほどねえ。
自主規制っぽいのか。しかしそれをさせるウルドの影響力っててのは実際たいしたものだ。
その中であえて俺を助けてくれたこの人に俺は大きな借りを作ったんだろう。
俺はもう一度心からの感謝を込めて頭をさげた。