プロローグ
カチャ……カチャ……カチャ……カチャ……
薄暗い洞窟の中を、そんな規則正しい金属鎧の音を立てながら、お揃いの重鎧を着込み長槍を手に持った5体の人形が進む。
その人形たちの後ろを案内役の騎士ラウルさん共に慎重に進む俺、三十路になってしまった東雲 圭。
5体の人形……といっても1体を除いて、何とか人に見える程度の造形の量産型下級人形だが、彼らを先頭に奇襲に備えながら探索する。
なにせ元々迷宮探索用ではない人形たちなので、その重装備が思いっきり物音を立てている。
ちょいと知恵のある魔物なら気がつかないはずがないのだ。
その人形の持つカンテラの放つオレンジ色の光が乱雑に散らかった洞窟内を照らしている。通路の所々に散乱する壊れた樽や木箱、衣類の切れ端といったものが目に入った。
ある程度予想はしていたのだが、それを超える荒れぐあいだ。
「荒らされてますねやはり。これは後始末が大変そうですね」
「ええ、かれこれ5年……ですので」
最後尾で並んで歩いているラウルさんとそんな話しをしながら、顎にながれてきた粘っこい汗をグイッと手で拭った。
湿度が高いのか、洞窟内はひたすら蒸し暑い。
人形はともかく、俺と案内役の騎士ラウルさんはすでに汗まみれなのだ。
特に騎士用の重鎧にフルフェイスといった完全武装のラウルさんは辛そうだ。「ゼイゼイ」という彼の荒い息遣いが聞こえる。せめて兜ぐらいは脱いでしまえばいいのにと思うのだが、飛び道具による奇襲が怖いのだろう。
40近い年齢のうえ、真夏の遊園地できぐるみを着ているようなもんだからなあと、心底同情する俺。
というかだ!
あーもう、何で俺はこんなことをしているんだろう?
本当なら適当に迷宮探査をしながらエルナとシルクの3人でキャハハ、ウフフの酒池肉林の生活をするはずだったのに。
ブチブチとあまりの蒸し暑さにそう愚痴る。
しかも、ここクセーんだよ!
獣臭と排泄物や腐った食べ物の臭い。それらが渾然一体となって、洞窟内に形容しがたい臭気をだたよわせているのだ。
「マスター! 魔物です! 数は少なくとも15!」
一体だけいる高級人形の声に現実に引き戻される。
『マスター』という言葉に、一瞬、シルクとエルナの3人で潜っていた時を思い出す俺。
とはいえこの声はシルクのかわいらしい声ではなく、野太い壮年の男の声なのだが。
声にしたがって前方を見れば、生意気にも皮鎧を着込み、木製の大きな盾を持った魔物どもが粗末な短槍をならべて陣地を作っている。豚をもっと醜悪にしたような顔をした150センチほどの人型の魔物。スウォンジーと呼ばれる魔物どもだ。
5年前にこのメリルの地に攻め入り、そのままここに居ついたらしい。
魔物らしからぬ組織だった行動をとっているところから考えると、迷宮内の魔物とは違いおそらくはしっかりとした指揮系統みたいなものがあるのだろう。
事実、こちらを少数と見たのか、少し大きな体をした魔物の鳴き声と共にこちらに隊列を組んで襲い掛かってくる。
「密集隊形! 槍衾をはって受け止めろ」
人形に指示を飛ばす。さっと通路の中央にかたまり針ネズミのように槍を突き出す人形たち。
魔物の持つ武器は錆びた短槍、ショートソードがせいぜいだ。
武器の長さが違うから、まずは出来るだけアウトレンジから数をそぐ。
エルナがいれば投擲してもらうところだし、シルクがいれば弓矢箱でたやすく片がつくだろう。
だけど2人はいないのだ。今はないものねだりをしてもしょうがない。
「キキィィィ」
雄たけびなのか、耳障りな鳴き声を上げた魔物と人形がぶつかり合い直接戦闘にはいった。
槍と槍がぶつかり合い、魔物のうちの数体は人形の槍で串刺しにされている。
下級とはいえ人間を超える戦闘力を持つ人形が4体いるのだ。くわえて、シルクにははるかに劣るが高級人形さえいる。
このまま見ていれば、人形が多少の傷は負うだろうが殲滅できるだろう。
だが……。
神器刀を片手に助走をつけ、俺は宙を待った。
足に履いた神器靴と俺自身の身体能力は考えられないほどの跳躍を生む。
無駄に伸身宙返りにひねりを加えながら降り立ったのは魔物たちの隊列の真後ろ。
そのまま俺に背を向けているスウォンジーどもに斬りかかった。
半年ぶりの生き物を斬る感覚。
ゾクゾクゾク。
俺の全身をそんな、なんともいえない快感がはしった。
どうしようもなく下品だけど……ちょっと勃った。
これだ! この感覚を俺は求めていたんだ!
剣を振るうたびにそんな実感がわく。
……本当に俺はもうサラリーマンとか出来ないなー。どう考えても現実世界では刑務所暮らしになりそうだ。
そんなことを考えながらも、あたるを幸いに斬りまくる。
以前戦っていたアルマリル大迷宮深層の魔物どもと比べれば、こいつらなんかは雑魚だ。
受けることも許さず一撃で正確に首を飛ばし、心臓を貫く。
「セイ!」
掛け声と共に、魔物たちの中でもひときわ大きなリーダーっぽい魔物に斬りつけた。
流石にそいつだけは何とか手に持った剣で受け止めるが、俺の獲物は神器刀。
やすやすとその剣を叩き折るとその魔物をから竹割にした。
霧のような血しぶきと共に二つに分かれて倒れていくリーダーっぽい魔物。
ふう。
一息ついて見渡せば、人形達も眼前の魔物を殲滅していた。
「さすがは黒の英雄殿! 大迷宮討伐の武勲は伊達では有りませんな」
満面に笑みを浮かべながら、そう俺を賞賛する案内役の騎士ラウルさん。
……つーかおまえも戦えよ。と、思わず出かかった言葉を飲み込む。
こいつ後方で役にも立たない指示してるだけなんだよな。
戦闘は不得手らしいし、死なれても後味が悪い。この後でボロボロになるまで使い倒す予定だし、まあ良いのだけれど。
「それはどうも。さてラウルさん。あと魔物が大勢いそうな区画は何処になりますか?」
「ラウルで結構ですよ領主様。そうですね、区割りが5年前と同じであれば領主の間。そこが大人数で篭れる最後の区画でしょう。実際5年前はそこで最後の交戦をいたしましたから」
そういって寂しそうな表情を浮かべた。
彼はその戦いの数少ない生き残りなのだと思い出す。少し酷な事を聞いてしまっただろうか。
そんな慙愧の念を振り払うように俺は人形達に指示を飛ばした。
「ノクウェル! 聞いたな。これより領主の間にむかう。隊列を整えてくれ。怪我をしたものがいれば治療を頼む」
「負傷したものはおりません。マスター。いつでも進軍を開始できます」
高級人形ノクウェルが軍隊よろしく最小限の返事を返した。
「よし。それじゃあ行こうか。この城を、メリルの洞窟城をスウォンジーどもから取り戻すぞ!」
俺の声に応え、人形達とラウルさんが大きな雄たけびを上げた。