第六話
激しい爆音の後、辺りにたちこめる粉塵。
「…………っ、ごほッ、ごほ……大丈夫ですか?」
舞い上がった砂埃にむせて咳を繰り返しつつ、ユキが男に尋ねる。
「……っ……うぅ……」
未だ粉塵の影響で目を開くことがかなわなかったが、それでも返事の代わりに気を失ったらしい男のうめく声が聞こえホッとする。
だがカマイタチが放たれ、あれだけの衝撃を受けたのだ。
直撃しただろうにもかかわらず、自らも痛みがないことに疑問を持つ。
その答えを得ようと顔を庇うように覆っていた腕を解いてそっと目を開け、
「……ッ……! クロ──」
目にうつったのは、鎌を支えに片膝をついた白い髪と黒いコートの背中で──。
自らが盾となったクロトに、ユキが言葉を失った。
「……ガキが、後先考えずに突っ走ってんじゃねえよ」
「そんな、どう、して……」
まさかクロトがそんな行動に出ようとは思いもよらず、呆然とする。
おそらく鎌で攻撃を防いだに違いないが、全て相殺できたわけではないはずだ。
その証拠にコートの所々に裂けた箇所があることや、何より袖からポタポタと流れ落ちている赤がそれを物語っている。
「勘違いすんじゃねえ。一般人の保護と回収も仕事の内だからだ。余計なことを考える暇があるならテメエはさっさとすっこんでろ」
「ッ、出来ません!」
「クソガキ、いい加減に──」
この期に及んでまだ自分だけ引っ込めなど……ブチリ、と頭の中で何かが切れると、鋭い眼差しでクロトを見据えユキがキレた。
「馬鹿だ馬鹿だと思ったけど、本当に大馬鹿なんじゃない?」
「あ゛何だと?」
不機嫌全開でクロトが振り向く。
「いい加減にするのはそっちでしょう! この仕事が危険なのも生半可な気持ちじゃ出来ないのも、こっちだって最初から承知してるんですよ。自分で言ったでしょ。本当に足手まといになったら切り捨ててくれて結構!」
睨み合う二人。
このまま視界が戻ればDは再び攻撃を仕掛けてくる。
負傷したクロトとザキだけでは、いくらなんでも身動きの取れない一般人を庇いながらの戦闘はどう見ても分が悪い。
「使えるものは使えって言ってるんですよ。僕ならDが飛んでいても攻撃することが出来ます」
「っは、使えるかわかんねえガキを使えだと?」
「使えないかどうかなんて、やってみなきゃわからないじゃないですか」
「…………チッ……」
真っ直ぐクロトを見てそう答えたユキから視線をそらして舌打ち、クロトが立ち上がる。
「いいかガキ、俺の言うとおりにやれ。視界が戻ったと同時にヤツに銃を放て。加減はナシだ」
「!? ハイ!」
「──ユキ、クロト!!」
爆発の衝撃で視界から消えた二人の名をザキが呼ぶ。
この位置からでは二人の様子がわかない。
無事ならばいいが直撃したのは間違いなく、ザキの声に焦りの色が混じる。
と、次第に視界が明瞭になりだし一瞬最悪の光景が脳裏を過ぎった直後、ガウン!!! と空気を切り裂くような音がして光がDを貫き悲鳴がこだました。
ハッとその先に視線を転じればDへと銃口を向けるユキと粉塵を突っ切って駆け出すクロトの姿に、思わず詰めていた息を吐く。
「あいつら……ったくヒヤヒヤさせんなっての」
『シャアアアアアアアアア────ッ!!』
「──ザキ!」
「あいよ!」
こちらへと向かってきた意図を読み取り体勢を変えると、一瞬背中に重みがかかり、ザキの背を蹴って高く飛び上がったクロトが鎌を振りかざす。
片翼を撃ち抜かれ、落下するDが最後の足掻きとばかりにクロトへと唾を吐き出そうとするが遅い。
「遅せえよ!」
吐き出す直前、クロトの渾身の一撃がDを直撃。
「今だ! やれ!」
「──ハアアアアアッ! いっけええええええ!!」
クロトの声に呼応してバチバチと激しい音を立て放電する銃口をもう一度向けて、ユキが今度こそ力の限り全力で放つ。
『キシャアァァァァァァァァァ────』
放たれた力は、地に伏し苦しみの声を上げ再び上空に逃げ出そうともがくD諸共歪みを貫き消し去り──。
後に残されたのは、ただの何もない地平が広がるのみで。
歪みのあった場所を見つめ、クロトが口の端を吊り上げて嗤った。
「……ハッ、ざまあみやがれ」
「お疲れさん」
クロトの元へと歩み寄ってザキが肩に腕を回す。
あちこちボロボロだが、どうやら大丈夫そうで安心する。
「やったな。──ユキ! お前も大丈夫みたいだな」
同じくこちらへとやってきたユキに手を上げれば、ユキも安堵の色を浮かべて答えた。
「ええ、なんとか」
どうやら石化から解放されたらしい作業員の男はその場に横たえられており、ザキがニッと笑って口を開いた。
「にしてもお前ら揃いも揃って無茶しすぎだっての。でもま、なかなかのコンビネーションだったぜ?」
「どこがだ。ガキが狙い外しやがって」
「なッ、ちゃんと当てたでしょうが!」
「一撃でトドメもさせなかったくせに片翼くらいで偉そうに言ってんじゃねえよ」
「最初のは位置の目測をクロトが間違えたんじゃないですか! 僕はちゃんと指示通りに撃ちましたよ」
「なんだとこのガキ」
「そっちこそなんですか! 言っておきますけど、こう見えても売られたケンカは利子をつけて返す主義なんですよね僕」
「上等だ」
「オイオイ、だからお前ら落ち着けって……って聞いてねえなこりゃ……」
戦闘が終わりホッとしたのも束の間。
互いに照れ隠しなのか本気なのか、ザキを無視して再び勃発したケンカにやれやれと肩をすくめる。
と、ヴヴヴヴヴ……と振動を感じ、その場から少し離れると上着のポケットから通信用のケータイを取り出した。
「あー、ハイハイっと」
『やあザキ。そろそろ二人の仕事が片付いた頃だと思ったんだけど、どうだい?』
連絡相手は思った通り英里で、ちらりと二人の方を見た。
「さっすが、オレが一緒だってことも計算済みか。ちょうど今片が付いたところだぜ。あいつらはケンカしてるけどな」
代わろうか? と言おうとして、わかってるからこそクロトにではなく自分に掛けてきたのだろうと言うのをやめた。
『やれやれ、ケンカはダメだよってあれほど言ったんだけどね。──ところで、君の目から見てあの二人はどうだい?』
「そりゃ、わざわざオレに聞くまでもないだろ?」
英里に聞こえるよう二人の方にケータイを向ける。
「新人なら新人らしく敬いやがれ! どチビ!」
「だから誰がどチビですか! そっちこそ先輩なら先輩らしくしたらどうです!」
「るせえ! 見たまんまじゃねえか。チビはチビだろうが豆粒!」
「──ま、豆っ……!! そういう自分こそダメダメのくせに! このダメ神!」
「あ゛誰がダメ神だコラ!」
「ザキにもクライヴにも言い負かされてるくせにえっらそうに! しかも口じゃなんだかんだ言っておいてわざわざ庇ったりとか、ツンデレまで装備しちゃって意味わかんない」
「意味わかんねえのはテメエの頭だ!」
延々と続くやりとりが聞こえ苦笑する英里に、同じく苦笑で返す。
「じゃ、そろそろ切るな。あ、現場作業員が紛れ込んじまってさ、救護と後始末頼むわ。ついでにユウナに治療の準備頼んどいてくれ。今回はお咎めは無しってことで……そっ、それじゃヨロシク」
ピッと通話の終了ボタンを押して、「さて」と呟く。
「どうやってあれを止めるかねえ……」
未だに終わる気配のないやりとりに呆れつつ、それでもどこか微笑ましいものを見るように、ザキが二人の下へと歩き出した。