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第五話



 昔の文豪の書いた本の一節に──『トンネルを抜けると、そこは雪国だった』という有名な文がある。

 よく例え話として用いられているが、ユキがゲートを抜けた先で待っていたのはそんな情緒的なものではなく、見渡す限りただ広いだけの更地と、いくつもの砂の山だった。


「──ッ!?」


 急に地下から地上へと。

 蹴られた勢いでゲートから飛び出したユキは、二三歩先で立ち止まると、眩しさに目を細め片手を眼前にかざした。


「ここは……」


 目が慣れ視界に映ったのは、砂の山とあちこちに置かれたセメントなどの資材と運搬用の大型トラック、それと少し離れた場所に見えるプレハブ小屋とクレーン。

 どうやら資材置き場の一角だろうか。

 ──現在、この街は都市に集中する過密な人口増加の悪化に伴い、その解消法としていくつかの再開発を行っている。

 その一つがここだ。

 今はまだ判別用のS区という仮の名で呼ばれているが、完成した暁には正式に名を与えられ新たな都市の一部となるのだろう。

 とはいえ、この辺りは元々海だった場所を埋め立てて作られている為、都市としての工事はまだ始まって間もなく、周囲にこれといったもののない所為でまるで世界の果てにでも来たような錯覚を覚える。


「──へえ、こりゃすげえな。見渡す限りなーんにも無し、人っ子ひとりいないな」


 ぐるっと見回すが、ザキの言うとおり作業員は退避したのだろう。ユキ達以外の姿はない。


「ええ。作業員の人達もちゃんと退避できたみたいですね」

「あほ面下げてボサッと突っ立ってんじゃねえ」

「痛ッ! だから、何で蹴るんですか!! というかさっきはよくも──」

「まあまあ、落ち着けって。今は喧嘩してる場合じゃないべ? んで、これからどうするよ?」


 言ってザキがクロトを振り返る。


「こんだけ広いと位置の特定がされてないんじゃ、まずは手分けして探した方がいんじゃね?」

「見物人は黙ってろ」

「あの、その必要はないと思いますけど」


 突然小さく挙手をして目を閉じたユキが前方を指し示した。


「だってあんなにハッキリ聞こえるじゃないですか」

「あ?」

「は?」


 クロトとザキが揃ってユキを見る。

 その顔にありありと浮かんでいる文字は「何言ってるんだ? コイツ」だ。


「何言って、っておいユキ!」


 突然スタスタと歩き出したユキの後を慌てて二人も追う。


「おい、待てってユキ! 一体どこに行くんだよ」

「勝手に動くんじゃねえよ方向音痴!」

「多分この辺りに……」


 二人をよそに迷いのない足取りで大量の砂が積まれた複数の砂山までたどり着くと、その向こうに回ったところでユキの足が止まった。


「おいガキ、ふざけたことしてんじゃ──なッ……」

「うっそだろ」


 視線の先には一メートルに満たない小さな揺らめき。


「ほら、だから言ったでしょう」


 振り返ってそう言うユキに二人が呆然とする。


「あった、な」

「ああ」


 確かにあった。

 しかも、あまりにもあっさりと。

 技術部ですら正確な場所は把握出来なかったというのに──。


「ガキ、なんでわかった!」


 つかつかと歩み寄ったクロトがぐいと片手でユキの胸ぐらを掴みあげる。


「ッ、急になにするんですか!」

「答えろ!」

「待てってクロト。なあユキ。何でわかったんだよ?」

「何でって、二人とも何言ってるんですか。こんなに音がしてるのに」

「音?」


 慌てて止めに入ったザキが耳を澄ませるが、特にそれらしい音など何も聞こえない。


「音なんて聞こえないぞ?」

「そんなハズ!」


 首をかしげるザキに戸惑うユキ。

 確かに耳障りな金属音のような音が聞こえているというのに、ザキには聞こえていない?

 ならばクロトは? と未だ掴んだままのクロトに視線を戻す。


「クロトは聞こえてますよね? この音」

「聞こえねえよ」

「そんな……二人とも冗談はやめてくださいよ。だって、こんな……」

「聞こえなくて当然だ」

「え……?」

「そんなもんはお前にしか聞こえてねえんだよ」


 ユキの目が大きく見開かれ、「そういうことかよ」とクロトが手を離した。


「何だ? どういうことなんだよ?」

「──感知能力だ」


 計器同様、普通の人間には聞こえない歪みから発せられる微弱な音や振動を感じ取ることができる体質。

 稀にそういう人間がいるとは聞いたことがあるが、まさか実際に目の当たりにするとは。


(アイツ、知ってやがったな)


 おそらく思わせぶりだった英里のあれは、この事だったのだと確信する。

 だが、だからなんだと言うのだ。

 有効ではあるが、だからといって自分とユキが組む理由にはならない。


「結局ただの思いつきじゃねえか。アイツやっぱ戻ったら締める。おい、ガキ」

「だから僕はガキじゃなくて! 勝手に一人で納得しないで説明してくださ──」

「この件は後だ。いいからとっとと閉じるぞ」


 ユキに背を向けると、歪みへと近づいて地面とその周囲を調べる。


「何かが出た形跡は無しか。まあこれだけ規模が小さけりゃ心配はいらねえな。喜べ、お前に仕事をくれてやる。さっきの銃でこれを閉じろ」

「僕がですか?」

「習うより慣れろってな。ガキにゃちょうどいいだろ。その位置からならどんなに下手くそだろうが流石に当たるだろ、ついでに加減も覚えろ。俺は新人だからって甘くはねえし、わざわざ親切に教えるつもりもねえ。わかったらさっさとやれ」

「頑張れよーユキ。それで外したらかなり恥ずかしいぞー」

「ちょ、外しませんてば! まったくもう……」


 とは言うものの、最初というのはやはり緊張するものだ。

 小さく深呼吸をして気持ちを落ち着けると、銃に力を籠めるようイメージしてグリップを握る。

 パチリと銃が放電し、引き金を引くと金色に輝く光の弾が歪みを撃ち抜き、貫かれた歪みは奇妙な音を発し周囲の空気を震わせた直後すぅっとその輪郭がぼやけ、消えた。

 思いがけずあっさり終わった事に安堵の息を吐いて笑みをこぼす。


「やったなユキ。正直何もなくて拍子抜けだったけど初任務成功だな」

「ハイ」

「当然だ。あれで失敗するなら斬り殺すぞ」

「またまたー、そう言うなって。んじゃ英里に完了報告してさっさと帰ろうぜ」

「だからテメエが勝手に決めんじゃねえって言ってんだろ」

「そんくらい気にすんなって」


 そんなやりとりをする二人の眺め、ふともう一度歪みのあった場所を振り返る。

 何の変哲もない空間。

 しかし。

 言い知れぬ感覚に眉をひそめて首を捻ると、足を止めて歪みの閉じた辺りをじっと見つめた。


(──なんだろ、この感じ……)


 歪みはなくなったというのに何かおかしい。


「どうした? ユキ」


 立ち止まったユキに気づいてザキが振り返る。


「あ、いえ、なんか変な感じが……」

「ただの気のせいだろ。行くぞ」

「ちょ、待ってくださいって──」


 さっさと歩き出すクロトに慌ててその背を追いかけるユキだったが、ふいにすぐそばの何もなかった空間にピキピキと亀裂が入り、


「!? ──離れろ!!」


 クロトがハッとなって叫んだのと、それが起きたのはほぼ同時だった。

 まばゆい閃光と爆発が起こり、衝撃波に襲われ勢いよく地面を転がる。


「うわああああああ!」


 もうもうと立ち込める砂煙。


「…………っ……何が起き──そうだ二人は……」


 ほどなくして視界が開けると、顔を上げたユキの目がそれを目の当たりにして驚愕に見開かれた。

 そこにあったはずの砂山が全て消え去り、クレーター状になった地面。

 そしてその爆心地には、見たことのない巨大な歪みが。


「そんな……一体何が……」

「イテテ……」

「よりによってこのタイミングで来やがって」

「ザキ、クロト! よかった二人とも無事だったんですね!」


 声が聞こえ、少し離れた場所に二人の姿を見つけてほっと息を付く。


「おー、ユキも無事か?」

「ええ、なんとか。それより今のは一体何なんですか?! それにあの歪みは一体」

「chainだ」

「チェイン?」


 苦々しくクロトが呟いた。

 歪みというのは通常一つの場所に複数現れることはない。

 だがごく稀に近距離に二つの歪が現れることがあり、それが共鳴を起こすか、またはその力が一方の歪みに偏るかによって、より大きな歪みを生み出すことがあるのだ。

 そして規模がで大きければそれだけ厄介な『D』も引き寄せられやすい。


「────チッ」


 何かに気づいたのかクロトの表情が変わり、険しい目つきで歪みを睨む。


「クロト?」

「こっから先は俺がやる。テメエは下がってろ」

「そんな、僕も──」

「足手まといだ」


 そう言い捨てるとクロトの足が地面を蹴り、歪みに駆け寄るとゆらりと霞がかった青白い光を発した鎌を歪みへと振り下ろす。

 ──いや、振り下ろしたはずだった。

 歪みから伸びた長い爪と鱗に覆われた巨大な手がその刃を掴み、それを阻む。


「くッ……!」

「クロト! ハアッ!!」


 入れ替わりに駆け出したザキの右手が白銀の輝きに包まれ、降り下ろした手刀がその腕を切り落とす。


『キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

「大丈夫か?」

「おい赤毛ザル。勝手にしゃしゃり出てくんじゃねえよ」

「えー、ひっでえなー。せっかくピンチを救ってやったのに」


 鎌を握る手に力を混め、鋭い目つきで歪みから距離をとり見据えたクロトと、その隣で構えを取るザキ。

 ズルズルと重いものを引きずるような音が聞こえ、視線の先に現れた姿にハッとユキが息を呑んだ。

 鱗に覆われた人型の女性の上半身と蛇のような下半身。

 その背には蝙蝠のような翼を生やし、ギラギラと獰猛な輝きを放つ目がクロト達を捉えると、獲物を狩ろうと甲高い声をあげ大きく飛翔し襲い掛かった。


『シャアアアアアアア──ッ!!』


 Dの口から唾のような何かが吐き出されとっさにそれを避けると、その唾が付着した地面がピキピキと音を立て石化していく。


「うおッ! あっぶね……目を見たら石になるじゃなくて唾をかけられたら石化ってか。とんだメデューサだな」

「くだらねえこと言ってドジるなよ。来るぞ」

「わかってるって」


 そういうや否や再び襲いかかるDをかわし左右に分かれると、クロトが鎌を薙払い青白い刃のような衝撃波を放ち、Dから注意の逸れたザキが拳を叩き込んだ。

 咆哮をあげるDがザキへと向き直り、尾を鞭のようにしならせ振り払おうとした所に、接近したクロトが斬りかかる。

 その動きに淀みはなく、


「すごい……」


 二人の連携を見たユキがぽつりと呟いた。


(これが死神の戦い……)


「やったか?」

「まだだ」


 クロトの鎌がDの胸元を袈裟懸けに斬り裂くも、最初にザキが切り落とした腕共々みるみるうちに再生されていき、それを目の当たりにしたザキがうんざりとひとりごちた。


「ご丁寧に自己治癒能力まで完備かよ。ったく勘弁して欲しいぜ」

「泣き言いう暇があるならとっとと動け」

「へえへえ。ホントに人使い荒いんだからな、っと!」


 鋭い爪が襲いかかってきたのを硬化した両腕で防ぎ、その胴体を思い切り蹴り上げるが、あと一歩の所で上空に逃げられてしまい決定打を与えることができない。


「これじゃキリがないな」

「──うわああああああ!! な、なんなんだこれは!?」

「「「!?」」」


 突如後ろから叫ぶ声が聞こえ、その場にある視線が一点に集中する。

 いつの間にいたのか。

 ユキの後方、中年の男が呆然と立ち立ち尽くし、こちらを見ていた。

 ヘルメットや格好からして現場責任者か何かだろう。

 おそらく退避命令を受けたものの、現場の様子が気になって戻ってきてしまったのだ。


「おいおいマジかよ……よりによってこんな時に」

『シャアアアアアアアアアアアアアア!!』

「?! ──しまッ! 逃げろ!!」


 ザキが標的を男に変えたのに気付くが時すでに遅し。


「うわああああ! なんだこれは!? た、助けてくれ! か、身体が……足が動かな──」


 男に気付いた怪物が唾を吐き男の体を石化させ動きを封じると、そのまま襲いかかる。


「──あぶないッ!」


 とっさに男に駆け寄り男と怪物の間に立ちふさがるユキ。


「あのガキ──チッ!!」

「クロト!」


 舌打ちしたクロトが駆け出す。


『キシャアアアアアアアアアアアアアア!!!』

「──ッ!」


 放たれたカマイタチがユキ達の眼前へと迫り、思わず目を閉じる。


 ──ゴオォォォォォォォ!!


 辺りに轟く大きな爆発と轟音に、先ほどよりもさらに激しい音を立て粉塵が舞った。



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