1-5 四月席と十二月席、ついでにコウ
どこかで休憩挟むかもしれません。
スマートフォンに向かって叫んだポニーテールはクゥだ。
「何、馬鹿やってんだ!クソ親父!」
電話の相手はオールだ。
コウと一緒に看板作りのためのペンキを買いに行った帰りに突然、いつの間にかクゥが契約して手に入れていたスマートフォンにかかってきた。
『そう怒ってくれるな。我が娘よ』
「ぶっ飛ばされたいのか!ぶっ飛ばすぞ!バカ!アホ!間抜け!」
「落ち着け。クゥ!語彙が貧弱になってきている!」
コウの言葉を受けてクゥは深呼吸。
「……拘束した理由を聞かせてもらっても?」
何とか怒りを抑えつつ、問う。
『……秘密!』
おどける四月席の声。
もはや言語化できるかも怪しい金切り声を上げてクゥはキレた。
そんなクゥからコウはスマートフォンをむしりとる。
「あんたが四月席か?」
『そういう君は?』
厚みのある声からに迫力を感じる。
「暁コウ」
『ほう。君が人類最強か』
「一応な。あんたは人間に対して危害を加えるのか?」
『そのつもりはない』
「……俺の恋人と話をさせてもらえるか?」
『それくらいはかまわんよ』
電話の向こうで受話器が受け渡される気配。
『コウ?』
「無事か?」
『ええ。ルウラのファクターを無効化されている以外はよくして貰っているわ』
「四月席は近くにいるか?」
『ちょっと待って』
ハヅキの口から受話器が遠ざかり、遠くで会話が聞こえる。
『神様。ちょっとこの子機もっていっていいですか?ええ、別に壊さないですよ。ちょっと恋人と秘密の会話がしたいだけです。それとも神様は恋人同士の会話を聞くなんて趣味をお持ちで?ええ、ありがとうございます』
扉を開ける音がして、数秒後、再度ハヅキの声が受話器から聞こえる。
『お待たせ』
「随分と簡単に許してくれたな」
『簡単すぎて気に喰わないわ。私たちがどれだけ抵抗してもなんとも思っていないのでしょうね。さすがの貫禄よ』
「脱出は?」
『何とかしてみせる。今すぐにとは無理だけど、一週間以内には。むしろ私は貴方のほうが心配よ』
「…………」
沈黙するコウに自覚はあることを確認し、安堵する。
自覚があるだけ随分ましだ。
四月席が人間に対してどう思っているのかをコウに説明した後、ほったらかしにしていた武装についての説明を続ける。
『私のロッカーに現段階でのフル装備用のアタッチメントがあるわ。パスワードは私たちが出会った日よ』
「助かる」
心理的なケアなどこんなに遠く離れていては無理だ。それよりもコウに必要なものは戦力。お守りのようなものとしてありかを教えておく。
『コウ。私たちは大丈夫。絶対にそこを離れないで。もし貴方まで日本から離れたら戦力がなくなる』
「…………」
返ってきたのは長い沈黙だ。
理解はしても納得したくない。
そんな気持ちが伝わってくる。
『コウ』
「俺は……何も出来ないのか?ただここにいることしか出来ないのか?」
『貴方しか出来ないことよ。人類最強の貴方がそこにいることが重要なの』
ハヅキはそんなことを言っている自分に後ろめたさを感じていた。コウは絶対に自分の要求を跳ね除けないことをわかっていてそんなことを言っているのだ。
長い逡巡の後、コウは搾り出すように『了解』と返した。
『クゥに代わってもらえるかしら?』
「ああ」
『コウ。愛しているわ』
「俺も、だ」
恋人同士が挨拶をかわし、スマートフォンをクゥに差し出す。
「……人のでよくもまぁそんな頭が茹で上がるようなこといえたものっすね」
ジト目で睨まれ、コウは苦笑い。
「こういうことをちゃんと続けることが関係を良好に保つんだぜ」
「爆発しろ!」
コウの手からスマートフォンをふんだくる。
「はいはい。みんな大好きクゥちゃんっすよ」
投げやりにハヅキに呼びかける。
『みんな大好きクゥちゃん。私のお願い聞いてくれるかしら?』
「聞くだけ聞いてあげるっす。この腐れカップルが」
『コウをお願いできる?多分、近いうちに大きな戦いが起こるわ』
コウの事情を知っていて、頼りに出来るのはクゥだけだ。
「……私が死ぬような目にあわない限りは、約束するっす。よければ戦いが起こるという根拠を教えていただいても?」
クゥ自身も断ることはしないと、ハヅキは踏んでいた。
この神は以前、こちらに組したほうがやりやすいと言っていたが、ハヅキが胸に秘めている仮説が当たっていれば、クゥは己の利を考えてこちらの味方をしている。
利を追求することは悪いとは言わない。
利を放棄した生き方をする者をハヅキは信用しない。
ただ、クゥ自身に理由を問えば命名に縛られていると笑うだろう。
『私たちをここに拘束したのは恐らく四月席の意図ではないわ。頼まれた……と考える方が妥当ね』
「ならば、何故そんなことを?誰が頼んだと?」
『彼には私たちを拘束する理由がないのよ。ロウアーが一番怪しいところね』
ハヅキ、ルウラ、そしてオールを知っている者はかなり限られる。
ハヅキの推理はおそらく当たっている。
『それと、貴方も何を隠しているのか、いい加減に教えて欲しいのだけれど。特に貴方が神になって経緯について詳しく』
「はは、隠しているって……何を根拠のないことを」
『貴方の家族構成を聞いたわ』
へらへらとしていたクゥの顔から表情が消え、無表情となる。
「四月席に聞いたんっすか?」
『ええ。貴方がそんな語尾になった理由も聞かせてもらったわ』
クゥは頭を乱暴にかきむしると、大きなため息。
「そっか。そうっすね。別に無理して隠すほどのことでもないし。こちらに帰ってきたらお教えするっす」
『期待しているわ』
そういってハヅキは声のトーンを落とす。
『ルウラのことに関してもね』
「……先輩に関して?」
『……いいわ。忘れて』
危なかった。
引っかかりそうになった。
油断ならない女性だ。
神にカマをかけてくるとは。
だからこそ、人間に肩入れする気になったのだが。
「おい哀乳。何を話している」
「だぁれが哀乳だぁ!」
コウの目聡い問いを叫び声で塗りつぶし、二の句を告げなくさせる。
こちらは野生的な勘がよく効く。
いいコンビだ。
「ハヅキさん。オールに代わってくれっす」
『ちょっと待って』
扉を再度抜け、受話器を受け渡す気配。
「よぉ。クソ親父。やってくれたな」
『相変わらず元気そうで父は安心したよ』
「あんたたちの考えていること全部、ぶち壊しにするために私はここに居るんだ。覚悟しておけよ」
クゥの言葉にオールは嘲笑を返した。
『無理だな。お前には絶対に無理だ』
「何を!」
『臆病者のお前に達成できるものなど何もない』
オールが受話器を静かに置き、通話が一方的に切れる。
クゥは電子音を耳で聞きながら歯噛みする。
「クゥ。大丈夫か?」
背後からのコウの気遣う声にへらへらとした表情を努めて造り、振り向く。
「……そんなに気を遣っていると、将来、はげるっすよ」
「やかましい」
クゥの頭を軽く小突く。
「さっき俺が声かけたときのお前、なんか危なかったぞ。えらく殺気だっていた」
コウはクゥの先導をするために先に歩き出した。
「危険は女を彩るエッセンス。……あたしに惚れると火傷するぜぃ?」
なおもへらへらとふざけてみせるクゥにコウは振り返る。
「あんまり溜め込むなよ?」
その言葉を聞いてクゥは顔を俯かせる。
恋人が捕まっているというのにこちらのことを心配してくれるコウに頭の下がる思いだった。
つかつかと足早にコウに近づくと、ボソリ、と一言。
「君、あたしじゃなかったら惚れているとこっすよ」
下から睨むと、コウはへらへらとした笑みを浮かべる。
「俺に惚れると火傷するぜ?」
腹に軽くクゥが突きを入れる。
「ほんっと!バカっすね!君に『溜め込むな』とか言われたくないっすよ!」
そう言ってクゥはつかつかと先へ進んだ。
「おい、そっちじゃない」
「うっ」
続きは一週間後!