1-5 彼女の悩み
もう少し……もう少しで鬼門のところが書きあがる……
庭に引きずり出され、コウは正座させられていた。
「……なにか弁明は?」
普段なら舌打ちくらい返していたが、今のアイに対してそのような行動をとるのは自殺行為だ。
「ええと、ほら、あれだ。あの馬鹿が脱色ミスってああなって……」
風切音とともに、コウの鼻先を庭においてあったショベルがかすめ、太ももの間の空間を通過。地面に突き刺さる。
「言葉には気をつけて欲しいな」
言葉だけは猫なで声というのが、なおさら恐怖を煽ってくる。
アイはゆっくりとした動作で突き刺さったショベルを引き抜く。
「次は無くなるよ?」
「何が?」
声が裏返りつつも問う。
「お、と、こ」
妖艶ともいえるような笑いを浮かべてアイは応えた。
脳内で緊急警報が大音量で鳴り響く。
本気で逃げようと思えば容易だ。
しかし、次の日から命の保証がまるでなくなる。
ここで何とかアイの怒りを静めるしかない。
正直に話すか?
いや、駄目だ。
厄介なことに先日、メツを巻き込んだいざこざは極秘扱いとされている。
「ねぇ。コウ。手を出して」
恐怖しつつも、コウは言われるがままに手を差し出す。
「いい?今から全力で握るよ?」
胸に安堵。
以前は脅威だったアイの暴力だが、身体能力がすでに人間ばなれしているコウからしてみれば蚊に刺された程度だ。
「いででででででっ!」
痛い。
先ほど感じた万力のような力は精神的優位を奪われた際の錯覚ではなかったのか。
アイがコウの手を開放する。
手を振りながら、アイを見ると、先ほどまであった怒りは鳴りを潜め、不安げな表情を浮かべていた。
「お前……」
言葉が続かない。コウ自身、混乱している。
「……コウ。私、どうすればいい?」
言葉にされるよりもよっぽど雄弁な説明だ。
アイの力は人間のそれではない。
「最近、変なんだよ。妙に体力もついてさ。……これって、コウ達が巻き込まれていることに、関係あるんだよね?」
あるに決まっている。
簡単な推理をするなら、何かしらのファクターに目覚めた、だ。
「……ちょっと待て!」
深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
本人に詳しく状況を聞いてみるしかない。
「兆候とかあったか?」
「……カミサマが来たときからおかしくなってきた」
世界が融合していることの影響か?
アイ以外にもこういった力に目覚め始めている可能性がある。
メツがファクターに目覚めたのはそこに理由があるのか?
「あと、ロウアーが私に会いに来た」
「あいつが!?」
あのいけ好かない天使を思い出して心中穏やかではない。
先日、完膚なきまでにやられたことが否応なしに思い出される。
胸に渦巻くのは怒りだ。
あの天使が自身の大事な人たちに何かしらの働きかけをしているというのであれば……なおさら生かしておけない。
「コウ?」
我に返ると、アイが怯えた風にコウを見ていた。
「悪い。続けてくれ」
「……うん。あいつね、私が人類で初めて自力でファクターを使えるようになるかも、だって。ファクターって、超能力みたいなものだよね?」
アイの言葉にコウは頷く。
「あいつの発言が気になるな。…………人類で初めて?俺は違うのか?」
こんがらがってきた。
「わかんないよ……」
確かに判断するにはまだ情報が少ない。
「ハヅキなら何か分かるかもしれないけど……」
彼女は早朝に北欧に行ったばかりだ。
今から電話するのは憚られる。
彼女は今、四月の神と相対しているかもしれないのだ。
「アイ。俺から言えることは1つだけだ」
コウが言葉を区切ってアイを見つめる。
「うん」
「絶対に戦わないでくれ。お前だけは俺の知っている日常に居てくれ。そうしてくれるのであれば、俺は何だってしてやるし、何だって出来る」
アイはコウの言葉をゆっくりと身に染み込ませるように理解した。
そして、深く頷く。
「変わらないね」
「?」
「コウっていつも大事な事いうときって、1って数字を使うんだよ」
アイはそう言ってコウの鼻先を軽く押した。
はにかむ彼女を見てコウは一層、メツは戦場に居るべきではないと感じた。
続きは一週間後!