1-3 失策
一作目の3-8読み返していたらコウがどうやってダンクから逃れたかをコピペミスっていたっていう……
別にどうって事はないとハヅキは自分に言い聞かせる。
この厳かな老人とあの騒がしい神が親子だとして何の問題があるのか。
「お嬢さん。ミルクがこぼれているよ」
手元に目をやれば、知らずにグラスを傾けていた。
動揺しまくっているらしい。
「す、すいません」
布巾を借りてミルクをぬぐう。
「それほど意外かな?」
「そりゃあ……意外だ。だってあのクゥだぞ?貴方とは……いや、似ているな。目の色とか。ノリがいいところとか。髪形とか」
髪型は関係あるのか?
「はは、娘は幼少の頃はとてもかわいくてな。いつもお父さんと同じ髪形が良い、とせがんできたものだ。私がいつも髪を結って上げていた」
「しかし、今は嫌われているというお話ですが……」
ハヅキがそう言うとオールは渋面を作る。
「反抗期というやつかな?私としては娘がかわいくて仕方がないのだが、どうにもうまくいかない。あなた方が来るというのも事前にクゥに教えてもらっていたのだよ。あんな頼まれ方でも『よくしてくれ』と頼まれれば無碍には出来ない」
神も娘には弱いらしい。
先ほどの厳格な雰囲気はなく、そこには娘のことを話すことが楽しくて仕方のない初老の男がいた。
「クゥさんはどんな頼まれ方をされたのですか?」
そんなオールの話に興味がわき、ハヅキは突っ込んだ質問をすると、咳払いを1つし、オールは懐から録音機を取り出す。
口に人差し指を当て、オールは一時の静寂を作ると再生スイッチを押した。
『貴方のことは大っ嫌いだけど、大事な友人のために頭を下げるの。良くして上げてください。お願いします。……疲れている?声に元気がないような……。ちゃんとバランスのいい食事はとっている?大豆は体に良いそうだから食べるといいよ。大豆ってわかるかな?豆の一種で……。止め止め。とにかく頼んだからね!』
再生停止。
「予想以上にめんどくさいな。あいつ!」
ルウラが率直な感想を漏らす。
「あの語尾はキャラ付けのためだったのかしら?」
女たちは録音機のことは触れないことにした。
多分、そのほうが絶対にいい。
「アレは昔からの癖だよ。ロウアーとアリスとで遊んでいた頃に……」
「アリス!?」
ハヅキは思わず机を叩いて立ち上がる。
ここでその名前を聞くとは思わなかった。
以前、ロウアーが口にしていたその名前。
視線が集中していることに気づき、軽く謝罪を入れて座りなおす。
「君はアリスのことを知っているのか?」
厳格な雰囲気を取り戻していたオールがハヅキを問う。
動揺を隠せてはいるが、かなりの圧迫感だ。
どうやら、アリスという名が意味を持ってすでに外部に知られているというのはそれなりに憂慮すべきことなのだろうか?
「ロウアーの口から名前を聞いただけで……それ以上のことは何も」
正直な回答を返す。
この老神に下手な小細工は通用しない。
「はは。人間のお嬢さんにその名前が知られているというのはなんとも感慨深いものだ。アリスは私の娘でクゥの妹。そしてロウアーの婚約者でもある」
圧迫感が消え、クゥの笑みと通じるところのある表情を浮かべ、オールは笑う。
不意の情報開示に胸のざわめき。
ここでは何も語らないことが普通のはずだ。オールはそういう反応をした。
一体、何がきっかけで話す気になった?
「あいつ、婚約者なんて居たのか!?」
ルウラが仰天していた。
ハヅキもそれに関しては驚いていた。
あの十二月席、事態のかなり中心に居ることが確定したのだ。
「そのアリスさんは今どこに?」
ハヅキの質問にオールは沈黙した。
すでに亡くなっているのだろうか?
アリスという女性は恐らくキーパーソンだ。
今までのロウアーとクゥの行動原理に深くかかわっていると考えていいのかもしれない。
オールはこれ以上、アリスに関して何も話すつもりはないようだ。
「すいません。配慮が足りませんでした」
「よい。元は私がその名を出したのだ」
わざと名前を出したという可能性を頭の隅に置く。
眼前の神がクゥの父というのならば油断は出来ない。
親子とは似るものなのだ。
「確認してもよろしいでしょうか?」
場の空気を仕切りなおすためにハヅキは会話を切り替える。
「貴方は人間に対して危害も支配もするつもりがない」
「うむ」
「絶対神に対してどうお考えですか?」
「なりたくはないな」
これは新しい反応だ。
今までの神は興味がなかったり、他の優先事項があったりだったが、なりたくないという神は彼が始めてだ。
「それはどうして」
「それは言えない。だが我が命名に賭けて私は絶対神になるつもりもない」
なるほど。
この神は戦闘を仕掛けない限り、戦いにならないということには納得できる話だ。
「加えて言おう。私は新たな絶対神になろうとするものを認めない。絶対神を目指すというのなら、私は全力を持ってそのものを叩き潰すだろう」
(新たな絶対神……か)
予想はしていた。
今の世界は恐らく、以前の神々バトルロイヤルで勝ち残ったものが定義付けた世界なのだろう。あちらの世界で勝手に行われていたため、観測事態が不可能であったが今は事情を知っている。確かに神がこの世界を創ったという言葉は真であるのだろう。
「十二柱で行われるバトルロイヤルで勝ち残ったものが絶対神となる」
一呼吸置いて続ける。
「ですがそのシステムにはどこか疑問を覚えます。質問を許してくださいますか?」
ハヅキの言葉に四月席は鷹揚に頷く。
「ルウラは以前の十月席を倒したことで神になりました。クゥは気づいたら神にされていたと語っています。サキ……二月席は神になる事を押し付けられたそうです。これらを踏まえれば、神の座というものは絶えず流動しているものであり、欠員が出れば補充されるものだと考えられます」
ルウラにきいた時は、その辺のシステムはよくわかっていない、と返された。
興味もなかったそうだ。
クゥは何か知ってそうだったが、聞く暇がなかった。
いい加減、その辺のシステムを詳しく知ってもいい頃合だ。
「このバトルロイヤル。決着がつくこと事態が相当困難なものに見受けられます」
「確かにそうだ。むしろ、このシステムはなかなか決着がつかないようになっているのだよ。世界の覇権を決めるのだ。それくらいの難度はあっても良いだろう」
それは難しすぎやしないだろうか?
「期間は不明だが、この戦いを統括するもの……今の絶対神だな。絶対神の采配で新たな神が補充されたり、入れ替わったりする」
ここで1つの閃きがハヅキに到来した。
しかし、顔にも口にも出さない。
この閃きは四月席を激昂させる可能性を持ったものだ。
閃いた事を悟られるわけには行かない。
ハヅキの演技は完璧だった。
「難度が高すぎるようにも感じられますね」
「簡単に世界の理が変わってしまっても拍子抜けだろう」
四月席の言葉にハヅキは苦笑。
絶対神の番人にふさわしい台詞だ。
「ところで君たち」
四月席が話題を転換する。
番人の口から出た言葉はおおよそ予想しなければならない言葉ではあったが、あまりに突然すぎた。タイミングを完全に奪われた。
「クゥによくしてもらうように言われた手前、申し訳ないのだが……君たちをここに拘束させていただく」
この神が奇襲まがいに問答無用で命を奪わないという思い込みも手伝い、ハヅキは一瞬、思考を停止してしまった。
人間は基本的に神と同じ土俵に立てないという余裕が相手には常にあった。
常に容赦されているという事実が、世界をこの状況にまで持ち込んだのだ。
その容赦への甘えが、ほんの一瞬、ハヅキの思考を奪った。
それでも四月席の言葉に真っ先に動いたのはルウラだった。
反応は一瞬。
ルウラの持っていたコップの中に入ったミルクが空中に飛び出し、ルウラのファクターで熱を奪われ固体化、1つの鏃となりオールに突き刺さらんと加速する。
同時にルウラはハヅキの体を抱いて、この場を離脱しようと試みた。
結論から言えば失敗した。
四月席の眼前で、固体化したミルクは弾けて液体に戻った。
ルウラの手がハヅキに届く前に首を押さえられ、オールの右腕の膂力のみで宙に吊るされた。
一瞬の出来事だった。
「ガッ!」
息が出来ない。
「机の上でこのようなことをするのはマナー違反で心苦しいのだが、力の差を見せるには止むなしだ」
机の上に立ち、ルウラを宙吊りにするオールは握力を強め、ルウラの肺に残った空気をさらに圧迫する。
「ああああああああ!」
あらん限りの叫び声で自身を鼓舞したルウラの背後からマテリアルが出現。
いつもは美しい碧の燐光を放つ翼の色がくすんでいる。
ファクターが働かない。
先ほどから家具や空気を操ろうとしているが、まるで動かない。
「我が『乾坤一擲』《アサルト・ファクター》。小娘如きがどうにかできるものではない」
息が続かない。
口端から涎がたれ、オールの右腕を掴んだ自身の腕の力も徐々に弱まりつつある。
「抵抗はしない!ルウラを離して!」
ハヅキの言葉を受け、オールがルウラを開放する。
床に崩れ落ち、激しく咳き込む。
「ふむ、クゥが弱くなったといっていたが……悪い反応ではなかったぞ」
そう言うとオールは机からおりて、散らかった周囲を片付け始める。
「私がここに居る限りお前たちは帰ることもできない。おとなしくしていてもらおうか」
この地に縫いとめられたことは失策だ。
咳き込むルウラを介抱しながらハヅキは奥歯をかみ締めた。
力入れて書いたところだけに少々凹みました。上げて二ヵ月後に気づくとか……。今は修正してありますのでよろしければごらんください。