5-4 十二月の力
あけましておめでとうございます。
予想はしていたが、やはり実際にいるとなると緊張を覚える。
グレイズは次の駅のプラットフォームに腰をかけ、足をプラプラさせながら待ち構えていた。それを確認した時点で、メツは人々を見捨てることを半ば、決定していた。前回の戦いで、グレイズの戦闘力は一級品であることが確定している。自分が生き残れるかも怪しいのだ。加えて、自身の死は人類の戦力がごっそりと削られることを意味している。最後まで見捨てないという選択肢が、人々に好まれるし、そう考えることが普通であるという自覚もある。
しかし、もう自分に命に関しての倫理観は存在していない。本や映像作品を見ても何も感じなくなってしまった。
そして気合で勝てるほど眼前の幼女は甘くない。
何より死にたくない。
自分の目的はあくまで二月席の恋人が戦わなくてもいい世界に到達することなのだ。
「やっほー、久しぶりだねー」
テンション低めな彼女はメツを確認すると、線路の上に猫のように身軽に飛び降りる。
「なんだ、あの幼女は?」
「逃げ遅れた子か?」
「いや、それにしては……」
人々に動揺が広がっていく。
面倒なことになる、とメツが思考を開始しようとしたときだ。
「あーもー。うっさい」
グレイズがそういった瞬間、バタバタと人々が倒れていった。
メツは動揺もせずにそれを眺める。
服従因子を目の当たりにして、いまさら騒ぎ立てることもない。むしろ、よく使ってくれた、と感じたほどだ。見捨てる言い訳が立つ。
「さ、邪魔はいなくなったよ。え~と、メツさん……だったっけ?名前、間違ってない?」
「間違って」
言葉の途中にすばやく大口径銃『アローヘッド』を引き抜き、銃撃。弾丸は以前と同様、炎の壁に阻まれる。
「ないよ」
メツの行動にテンションが低めなグレイズが溜息交じりに少しだけ笑う。まるでお前の行動はお見通しだと、いわんばかりの態度だった。
「ほんとはね」
グレイズの周囲に炎の弾が無数に浮かぶ。
「今日はお兄ちゃんとあそぶよていだったんだ。だけど、お父さんが『今日も俺がやる!』ってさ。ずるいよね。お兄ちゃんをひとり占めで」
「君はお留守番していればよかったのではないか?」
「ううん。ここでメツさんの足止めをすれば、ごほーびがもらえるからね。がんばっちゃうよ。子供の私はごほーびにつられちゃうの」
「その割りに気分が乗っていないようだね」
「うん。メツさんとは前に遊んだからね。そのときにあなたのことは大体わかったんだ」
グレイズの言い方に眉を潜める。そう言ういわれ方をしていい気分はあまりしない。
「しあわせになれない」
「…………」
「自分をすてていく者はしあわせになれないんだよ。しあわせになれない者は」
グレイズの周りの火球が火力を増していく。
「弱い」
そのうちの1つがメツに向かって発射される。とっさにかわそうとするが、後方に人が寝ていることを確認。つい足が止まる。
「『勇猛消滅』《ロスト・ストライカー》!」
拳から光が現出し、火球を受け止める。火球は消失し、メツは何のダメージも受けなかった。
舌打ち。
防御せず、かわせばカウンターで銃撃を入れられた。
「ほらね。そんなようすだから、あなたは負ける」
「言っていることが無茶苦茶だよ。捨てれば弱いのに、守ればそれでも駄目なの?」
「あなたは今、考えたことをすればよかった。お兄ちゃんとは逆だね。あなたは自分と戦わなきゃならない。じゃないと、ふこうになる」
「言っている意味がわからないな」
「じゃーいいよ。わたしもこどもだから、かいせつするのはちょっとつかれるんだ。今までの言葉だってお父さんが私に教えてくれたことだし」
その言葉と共に、メツの前に灼熱の炎の壁が出現。進行を不可能にした。続けて、背後にも炎の壁が出現。退路を断った。
「できれば、じっとしていて欲しいな。私は時間を稼いでごほーびもらえればそれでいいから」
炎の壁の向こう側から声が聞こえる。
そういうわけにはいかない。
幼女には取引材料になってもらう。
メツは酸素マスクを用心のために装着し、銃を構えた。
歩みを進めるたびに、匂いは濃くなっていく。
闘争の匂い。
自分の装備を改めて見直し、欠損がないか調べる。先ほどのビジターとの戦いでは、何も失ってはいない。しかしアグニートに疑問を覚える。あの神にこの武器は通用しないことは実証済みだ。ただのデッドウェイトだろう。赤剣では試していないとはいえ、数少ない攻撃のチャンスは『インテグラ』に任せたほうがいいだろう。実際、背中の碧の剣はやる気満々だ。力強い光を発している。
コウはアグニートをすべて取り外し、地面へ放り投げる。
(…………一応、な)
その後、アグニートの上にビルの隙間にあった廃材をかぶせ、見えないようにしておいた。あの神の攻撃範囲は広大である為、何かの役に立つときが来るかもしれない。
これで自分にある装備は『ストライク・バンカー』、『ハミング・バード』、そして切り札の『インテグラ』だけとなった。
『ストライク・バンカー』の先端にインテグラを装着し、歩を進める。
雪辱戦の始まりだ。
バーンズはコウが少し立ち止まっていることを確認した。熱を支配している以上、熱を発し続けている生物の位置把握はお手の物だ。コウの様子を見てほくそ笑む。戦いの準備を入念に行っている。前回の戦いで見せ付けられた力の差に気持ちが折れないというのは重要だ。
「あたしはここにいて良いのですか?」
椅子に縛り付けられてクゥがバーンズを見上げる。
「目標は目に見えていたほうが良いだろぉがよ」
先ほどから笑みを絶やさないバーンズ。
「あなたは……闘いがすきなのでしょう?しかも自分と張り合えるような。もうわかっていると思うけど、コウは貴方より弱い」
「あいつはピンチな程、力を発揮している。底力を見せてもらわないとな」
違和感がある。それはとても微々たる物だった。勘といって差し支えないようなものだったが、この思いつきをするのにはある程度根拠があった。口にしてみる。
「……焦っているのですか?」
アイの言葉にバーンズは意外そうな顔をした。
「俺が?どうしてそう思うよ?」
「あなたが弱いものイジメするようにはみえない……から……その……なんか、今のコウを無理に相手にする必要はないんじゃないかなぁって」
「へぇ」
バーンズはアイの言葉に感心したように目を一瞬だけ伏せた。
「焦っているっていうよりは、我慢しきれなくなった……ってのが本音って所だぜ。仮にもうちの身内を下してくれたんだからな。そりゃあ、ちょっかいもかけたくなる」
「それはメツだって……」
「あいつは俺が手を下すまでもないな」
「どういうことですか?」
「あいつはほったらかしても自滅する」
怒った様子はない。むしろ同情さえ覚えているような様子だった。
「あの男は自分の何かを代償に強さを得る。そんな奴は、ほったらかすことが一番の裁きとなるだろうよ」
「それってどういう意味ですか?」
「詳しいことは後でやつに聞きな」
バーンズが顎をしゃくると、コウが曲がり角を曲がってきたところだった。両肩に大型の武装を装着している。
「生きていたら、だけどな」
満面の闘争の笑みを浮かべ、バーンズが歩を進めた。
ビルとビルにはさまれた行き止まりだ。敷地は広いがバーンズの攻撃範囲はそれ以上だろう。バーンズとアイがいたのはその行き止まりに増設されていた1F建てテナント店舗の屋根の上にいた。バーンズがその屋根から飛び降り、着地する。
お互い、適当なところまで進み歩を止める。
「よぉ、3日ぶり」
「アイを返してもらいにきたぞ」
膨大な殺気と怒気を滾らせ、コウは神と対峙する。
そのコウの気を心地よさそうにバーンズは受け止めると言葉を発した。
「正面から向かってくる無謀さは若さだな」
そう良いながら親指を立てて、背後のアイを指し示す。
「お前がお前でいるためには守らなければいけないものが多すぎるようだな」
「人質のつもりか?」
「いいや、そんなつもりはない。彼女もお前の戦意を上げるために用意したようなものだ。危害を加えるつもりも必要性もない。ただな。お前、関係ない奴が人質だったらここまで来たか?」
「いいや」
会話をしつつ、コウが隙をうかがっているのが良くわかる。やはり追い込まれれば追い込まれるほど冷静になっていくようだ。
非人道的と思われるような言葉をコウは吐いたが、ここに来ること自体が無茶苦茶だ。爆発中の火薬庫に突撃しているようなものである。逆を返せば、ここにアイがいなければコウは全力で逃亡していたはずだ。わざわざ連れてきたかいがあった。
「やっぱりいいぜ。お前、自分の命の賭け時ってやつをわきまえている」
アイが連れ去られる先は天空大陸が、一番可能性が高い。あそこに引き込まれてしまえば取り返すことが実質不可能になる。このチャンスは千載一遇だ。
「援軍は期待するなよ。『神喰らい』」
コウがじりじりと間合いをつめるのを確認し、バーンズは腹の辺りで手を一瞬だけ合掌し、音を大きく鳴らした。そのまま手のひらを内側にしたままを水平に大きく広げる。
「さぁ、はじめようか」
「我が名は『喰らう者』!」
命名を叫び、コウは一気に距離をつめた。3分限定の神に対抗できるファクターを発動。拳に血を纏わせ、バーンズに向かって突き出す。バーンズは腕を回すように動かし、コウの上腕部を叩き、拳の軌道を変えると同時にカウンターで右足をコウの腹に突き刺した。
「ガハッ!」
「接近すれば何とかなると思ったか?」
続けてそのまま、コウの身体を軽く浮かせると足を引き抜き、身体を1回転させ、回し蹴りへ移行。
「ん?」
その足がコウに接触する寸前で止まる。コウが血の盾を作り、受け止めようとしていたのだ。あれに接触すれば逆に足がなくなっているところだ。コウはバーンズの驚異的な反応に内心、舌を巻いた。さらに勢いの付いた回し蹴りを途中で止めること事態、理解不能だ。どういう筋力を持っているのか想像したくなかった。しかし、そういった感情を全て無視し、先ほど交わされた拳を再度突き出す。今度は腕を叩き落とされないように上腕全てを赤で覆った。バーンズは半歩、身を捻って回避。
(ここだ!)
回避した瞬間、コウの赤が爆ぜた。クレイモア地雷のようにコウの赤がバーンズに襲い掛かる!
「甘い!」
バーンズが加速した。それは爆発のような加速だ。一瞬でコウの背後に回る。背中に衝撃。バーンズの裏拳がコウを弾き飛ばす。すばやく地面に手を付き、バランスをとり手足で地面を掴み、着地。
(今のもかわされる……)
「戦いに関しての創意工夫はしっかりしてきたようだな。感心。感心」
無言で立ち上がる。
(いい。想定内だ)
初めから援軍なんて期待していない。何時だって戦いは絶望的だ。この神にはすべての点で上回られている。だからこそ一撃で決める。そのための、『喰らう』だ。
「余裕ぶっていられるのも、今のうちだけだ!」
今度は両腕を赤で覆う。
「その喉笛、噛み千切ってやる!」
「いいぜ。来いよ。もう少し肉弾戦って奴を楽しみたいんだ」
赤腕を掲げ、突撃。
バーンズの直前で一気にブレーキをかけ、両足を肩幅に。足を止めての打ち合いを挑む。
「逃げんなよ!七月!」
「面白い!」
コウの連打が機関銃のように放たれるが、バーンズは全てをかわしていた。それはスウェーを駆使した回避のほかに、拳を突き出す動きはじめにバーンズがコウに打撃を加え、体勢を崩したり、動き自体をつぶした結果だった。コウのまともな攻撃は突き出された拳の数よりも圧倒的に少ない。その他、全ては誘導されたり、勢いが殺された拳だった。
「どうしたぁ!もう一回、爆ぜてみるかぁ!?」
「ぐっ!」
言葉に反射したかのように両腕の赤が爆ぜる。先ほどのように七月席が加速。しかし、再現とはならなかった。コウの背面に沿うようにすでに赤が展開していた。
(誘い込んできたか!)
「喰い爆ぜろ!」
背面の赤と両腕の赤とは密度が違った。大型地雷だ。カウンターに対するカウンター。しかし、バーンズはそれを上回った。足が発火。それは小規模な爆発だ。そのエネルギーを全て運動エネルギーとし、さらに加速した。一気に身体を安全圏へ。足で勢いを殺し、着地、それは神が見せた数少ない隙だった。
「喰い貫け!」
『ストライク・バンカー』が起動。
全力で赤を『インテグラ』の刀身に叩き込み、打ち出す。
撃鉄が薬莢を叩き、轟音が響く。
赤の波頭が勢いよく放たれた。
この攻撃で無事で済んだものはいない。
五月席すら喰い尽くしたコウの最大の攻撃力を持つ一撃。
バーンズはそれを見て――。
「ハッ!」
歓喜の声を上げた。
バーンズの前方に炎が出現。それは渦を巻き、熱量を一気に圧縮していく。そして、徐々に球体へ近づいていく。まるで小さな太陽だった。
「試してやるぜぇ!」
バーンズはそれを赤の一撃へ打ち出した。
触れたもの全てを喰いつくす赤と灼熱の赤が触れた瞬間、赤同士は拮抗した。そして、激しい摩擦を起こす。火花が散る。それはコウの攻撃がバーンズの攻撃を喰おうと牙をむいているように見えた。そして拮抗の結果は爆発だった。爆風が両者の頬をなでる。コウはその爆風を感じることが出来なかった。いや、音すら遠かった。敵の前だというのに棒立ちになっていた。
「なっ……!?」
コウは自身のファクターの敗北を悟った。
完全の互角であるならば、ただ互いに消えるはずだ。しかし、結果で提示されたものは爆発。バーンズのファクターが結果として残った。
今までこんなことはなかった。
自分のファクターには絶対の自信があったのだ。
どれだけ不利であってもこのファクターだけは期待にこたえてくれていた。
必ず障害を喰らってくれていたのだ。
それが真っ向勝負で敗れた。
しかも、こちらは全力、あちらは余力を残して。
「『喰らう』……か」
バーンズが足を踏み出す。
コウは足を退いた。それは恐怖によるものだった。
「駄目だなぁ。暁コウ。それじゃあ、駄目だ」
両腕を広げながらバーンズが距離をつめる。
歯を食いしばり、自分の戦意を鼓舞する。退いてはならない。ここで退けばアイを助けられない。なにより、死ぬ。
「お前は人か?獣か?」
「……!?」
それは紙飛行機に書かれた質問だ。
バーンズが返答を待つように歩を進めることをやめる。
「……俺は…………」
喉がカラカラだ。思考もままならない。それでも言葉を発した。
「人間だ!今も、これからも!」
コウの言葉にバーンズが苦笑する。想定内の言葉と言った風に。
「まるで絶叫だな」
「言っている意味がわかんねぇよ!」
「だったら考えろ。行くぜ」
侵略が始まった。
コウに逃げる以外の選択肢はなかった。
やはり、というか想定内のことであったが、クゥとまともに戦えばスピードで翻弄されることはわかりきっていたことでもあった。
「どうした。ロウアー!」
再度、先ほどの石と蹴りの連携攻撃が繰り出される。結界が崩れた今がチャンスとばかりにクゥは畳み掛けた。
(三重展開!)
言葉を紡ぎ、防壁の枚数を増やす。結界が崩された今、身体に多大な負担をかけるが、あの隕石に匹敵する攻撃を防ぐにはこれしかない。三重展開したのは用心の為だ。保険をかけなければ、最速の神はそこを容赦なく付いてくる。一発でもまともに当たればそれで終了だ。三枚のうち、一枚目は先ほどと同じように貫通された。
「我が名は『捉えられぬ者』!」
(来るか!)
クゥがこのタイミングで命名を告げた。ここから女神は更なる速度へ突入する。今まで、この状態のクゥを捉えられた者は一人としていないのだ。ロウアーもこの状態のクゥと戦うのは初めてだった。普段、逃げるときにしか使用しない命名を攻めに使ってきたことからも彼女が本気であることがうかがえる。クゥが手に握りこんでいた小石を親指で弾き、連射した。機関銃のように掃射された小石はクゥの速度も相まってさらに加速、鎖の盾を弾き飛ばす。
「我が名は『法を定めし者』!」
「メテオ・インパクトォ!」
それは三枚目の鎖の壁も同じ結果をたどった。クゥが鎖の壁を突破し、地面に激突。先程よりも大きな破壊が起こる。出来たクレーターは半径20m程。それに伴う、破片による周囲の破壊も甚大だ。無事だった建物群に破片が飛び散り、ガラスを割り、表面をえぐっていく。使用者の速度が神速な為、攻撃自体を潰せない。攻撃範囲は広大な為、一度着弾すれば交わすことは至難、かわしても破壊の二次被害があるため、着弾の隙が消える。大雑把に見えるこの攻撃は攻防一体だ。
(いない!?)
そう判断した瞬間に、クゥは回避行動をとった。全力で前方へ踏み出す。その瞬間にも衝撃波が発生する。うめき声と共に、ロウアーが弾き飛ばされたことを確認。振り返ると、ロウアーが丁度着地したところだった。体中のあちこちが傷だらけだが、メテオ・インパクトのダメージは確認できない。
「そっちも使ってきたっすね」
舌で唇を湿らし、緊張を悟られないようにする。
『言語実現』《ワード・アジャスト》。
言葉で紡いだ現象を引き起こすロウアーのファクターの原理はありえるかもしれない可能性を引き寄せることだ。その際、ロウアーの言葉は少し、この世界と外れた世界へ介入する。それができるのであれば、身体もできるのではないか?と思ったロウアーはそれを、実行した。扱いを間違えれば一生、この世界へ戻ってこれない諸刃の剣であるが、一瞬だけ、この世界から『居なくなれる』。
「この存在バグ男め」
クゥがクラウチングスタートの姿勢をとる。このままいけば、ジリ貧でロウアーが敗北する。神に近しい天使といっても神と天使では、やはり違う。
「これで終わりっす」
「ああ、終わりだ」
ロウアーの言葉がクゥに届くと同時にそれは起きた。クゥの周囲から鎖が生え、クゥを伽藍締めにする。首、両腕、両足共に鎖が巻きついている。
「なっ!?」
力をこめるがびくともしない。何とか地に這い蹲らないように耐えているが時間の問題だ。
「僕の鎖はたとえ破片となっても機能するんだよ。クゥ。だからはじめにこう命令しておいた。『分裂したら地面に埋もれ、絶対にでるな』。『僕の合図で伸びて伽藍締めにしろ』。一度捕まえてしまえば僕の勝ちだ。それは以前にも味わったよね?」
ロウアーが勝ちを確信し、クゥに近づく。
「ロウアー!あんた、わかってんすか!こんなことしたって何もならない!あんたは神になれない!あっちの世界でそれは実証済みっす!」
「いいや!なれる!君を消せば……それで僕はアリスにさらに近寄れる!」
ロウアーが鎖を束ね、剣状に構成。クゥの前で止まり、振りかざす。
「私を殺す気?」
「戦う直前までは時間稼ぎできればそれでいいと思っていたんだけどね。こういった機会はもう来ないだろうし、殺せるときに殺すさ。君も全力だった。悔いはないだろ?僕の勝ちだ」
迷いのない言葉にクゥは寂しげに笑った。
「やっぱり、あんたにアリスは任せられない」
「?」
「私の全力がこれ位だって?冗談言うなってこと」
ロウアーは距離をとった。本能的な恐怖だった。それほどまでにクゥから放たれるプレッシャーは増していた。怒れる四月席と対峙したときと同じような、そんなプレッシャー。
「『君は臆病者だ!この鎖から逃げられるはずもない!』」
言葉を紡ぎ、クゥを制圧に掛かる。しかし、それはクゥの次の言葉で微塵となった。
「我が名は『解放せし者』」
鎖が砕ける。
クゥのマテリアルが変化し、透き通った蒼となった。
「……先ほどの命名は……嘘か!」
ロウアーの言葉にクゥは頷く。命名を複数持つことはまず、ない。だからこそ、今、全力を見せようとしているクゥの命名こそが本来のものとわかる。
「こっちが私の本当の命名。全開の『自由解放』《リバティ・フロム・タイト》。何者も、私を束縛することはできない。これを誰かに見せるのは初めてよ」
蒼の燐光を発しながら、クゥはロウアーを見つめる。
「今まで、本気じゃなかったんだ。ごめんね」
ロウアーは思う。
彼女はなんて優しいのか、と。
今まで、何度でも、それこそ幼少の頃から自分を叩きのめすことができる瞬間はあったはずだ。それを今までしなかったのは、周りのことを想ってこそ、だろう。
だからこそ確信する。
彼女は絶対に自分に勝てない。
お正月休みにたくさんかけたので連投します。




