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5-3 再戦開始

今年最後の投稿です。

 コウはメツと合流すると、すでに逃げ遅れた20人前後の人達は列を作って歩き始めていた。場所は地下鉄への入り口だ。パニックを起こしていないことが救いだった。

「ルートはどうする?」

 コウがメツに避難ルートの提示を求めると、地図を開いて説明が始まった。

「この近くに地下鉄があるのは知っているね?今は緊急の為、運行はされていないが、この地下鉄の路線を脱出ルートにする」

「密閉空間に行くのは危険だと思うが?相手は炎の使い手だぞ」

 密室状態での炎は開放状態よりも危険だ。炎の勢いが増すというのもあるが、なによりものすごい勢いで酸素が奪われる為、酸欠により、一瞬で昏倒する恐れもある。

「それも考えた。しかし、この人達は恐らく僕たちへの重石だ。すぐに逃げないようにってね。あちらの陣営には多くのファクター使いがいる。この人達をここに配置できるファクター使いがいたのだろう。すべては僕たちがすぐに逃げないように、だ。さらに言えば、相手がどういったファクター使いを連れてくるかは未知数だ。前回同様、連れてこない可能性も大いにあるが、捨て置ける可能性でもない。そういった場合、僕とコウのファクターは密閉状態のほうが能力を発揮できる。お互いタイマン向きの能力だからね」

 避難する上でいささか安全に欠ける方法であるのは納得するしかない。相手が強大すぎる。いままで避難する必要がある場合はルウラが一括して行っていたので、ここでも彼女の不在が悔やまれた。

「俺たちが残ればこの人達は安全、と?」

「確証はない。もしかすると地下鉄にビジターが転移している可能性もある。一応、こちらに応援を要請した。地下鉄の線路上で合流できるようになっている」

「1人は時間かせぎの意味合いもこめて、地上に残ったほうが良いな。俺で良いか?あの野郎には借りがある」

「七月席は地上に来ると?」

「あいつは太陽神とも呼ばれているらしいからな」

「ただのカン?」

 メツが少し笑うと、コウは「悪いかよ」といって鼻を鳴らした。

「おーけぃ。そうしよ……」

 メツが言い終わる前にコウが唇に人差し指を当てて、静寂を作る。

「……におう。あいつのファクターだ」

 視線をめぐらせ、七月席がいると思われる方向に向き直る。

 誰も倒れていないということは服従因子を使うつもりはないらしい。いや、こちらを誘導する為か。

 以前の烈火のごときファクターと違い。反応が弱い。まるで何かを微調整しているようだ。相手の意図が見えない。

「コウ。あれ」

 メツが指した方向はコウが向き直った方向に合致した。何かが飛んでくる。

「紙飛行機?」

 白い紙飛行機がゆらゆらと揺れながらこちらに飛んできている。ファクターの匂いはその周辺から来ていた。建物の間を縫いながら飛んでくる紙飛行機はありえない距離を滑空しており、不気味だ。もうすぐ傍まで向かってきている。

「見たところ熱調整による。気流操作だね」

 危険な匂いはしない。コウは紙飛行機を安全と判断し、手に取った。

 文字が書いてあることを確認。

「コウ。これ……」

「アイの字……だな」

 女の子らしからぬ、雑な字体を二人が見間違うはずもなかった。いやらしい挑発だ。二人で手紙に目を通す。

『人質を連れてきた。逃げれば人質は死ぬ。一旦、1人で来い。1人でなくてもいいが』

 短くそう書かれていた。

「言うまでもなく。俺にお呼びが掛かっているな」

「罠だ」

「もう嵌ってんだろうが」

 メツが地下鉄行動内に入った最後の1人を一瞥した。

「僕も行く。あの人達にはあそこで待ってもらう事にする」

「駄目だ。安全圏まで連れて行け。最後の一文を見ろ。人質ってのはこっちにも掛かっている。俺たちが二人できた場合、あの人達は死ぬぞ。刺客はもう一人いるってことだ」

「あの人達と君の命では重さが違う」

 冷徹にメツが告げる。

 メツの言っていることは人類全体の目線で見た場合、正解だ。対抗できる人間は極めて限られている。ここで戦力を分断すれば、人類最強を失う可能性は飛躍的に高くなる。

「見捨てでも二人で行くべきだ」

「…………」

 本当に彼は命に対しての感情が薄れているということを実感した。いや、それを言えば自分も同じか。正直なところ、避難している人達が死んだところで、自分の人生にどれほどの影響を及ぼすのか、といった考えがある。

「それに1人で勝利することができると自信を持っていえる?」

「……言えないな」

 思考を整理する。

 彼らを見捨てた場合のメリットは生存確率が上がる、だ。

 デメリットは、非人道的だ、と謗りを受けるだろう。加えて、近しい人から嫌われる可能性もある。

 両案を見比べる自分を客観視して、コウは自嘲めいた笑みを浮かべた。結局のところ、自分のことを優先して考えている。他人を思いやる気持ちなんて、今の思考には介在していない。あるのは自分の命か、自分の世間体を守る、だ。こんな奴が人類最強を名乗っている。まったく持って間違っている。

 ただの屑野郎だ。

 だからこそ、その屑野郎は少しでもまともに見せかけなくてはならない。

「却下だ。俺、1人で行く」

 コウの言葉にメツが渋面を作る。

(ああ、なるほど。こういう風に見せかけるのが癖になっちまっているってわけね)

 自分を客観視し、なおかつ、自分がどうしてこのような言葉を発したのかを分析するということを今まで怠っていた。癖のように全うな人間をトレースしようとするから日常依存症、といわれても文句は言えない。

「コウ。その言葉の根拠は?」

「場合にとっては、本命は地下鉄かもしれない」

 メツが先を促すので続ける。勿論、今、思いついたでっち上げだ。

「グレイズちゃんが来ている可能性って奴を考えてみた。ロウアーはクゥと当たっている。勿論、おびき寄せただけの罠という確率も大きいが、ただでさえ怒っているクゥをこれ以上、挑発するメリットはない。ロウアーはそこにいるだろう。また、他の天使を引き連れている可能性も考えたが、あの親子はこういったことが大好きだと考えれば、グレイズちゃんが来ている可能性は大きい。あの子を捕まえれば、切り札になる。交戦経験がある連中のほうが、戦えるから、地下はお前、地上は俺だ。俺は初めから時間稼ぎしかしないことを念頭において戦う。もし、誰も現れなかった場合、早急に合流を」

「会敵した場合、避難している人達は?」

 コウが無言を通すと、メツは頷いた。

「酸素マスクはあるか?」

「簡易型だけどね」

 メツが太ももにぶら下がっているパッケージを軽く叩く。元々、バーンズ対策だったが、グレイズにも有用だろう。

「じゃあ、なるべく早く来てくれよ」

 コウがそう言うとメツは頷いて、誘導に戻っていった。

 ふと、七月席からの手紙を裏返してみると、また文字が書かれていた。

『お前は人か?獣か?これが神攻略のヒントだ』

 コウは手紙を手の中で乱暴に丸めると、放り投げた。

 そんなこと知ったことか。

 喰い殺してやる。




 ロウアーに提示された場所にクゥが辿り着くと、彼が待ち構えていた。

 依然として前から纏っている殺伐とした雰囲気は変わっていない。

「今回は奇襲無しっすか?」

「二度も通じないだろう?」

 ロウアーが鎖を地面にだらり、と放り出している。何時、飛び掛られても対応する為の脱力を見せている。それだけではない。鎖はあたり一面に無作為に走っている。それを確認してクゥは内心、げんなりした。この場に呼び出されて時点で予想はしていたが、またあの『結界』と対峙しなければならない。

奇襲はしないが、待ち伏せはしっかり行っている。クゥのことをロウアーは侮ってなどいない。むしろ、一番、厄介な相手とすら考えている。昔からのなじみだ。用心こそすれ、気を緩めるなどもってのほかだ。こちらも癖をわかっているが、あちらも癖を知り尽くしている。そんな間柄だ。

「……前から機嫌が悪いのは父さんが来たから?」

 クゥがふざけた調子に問うがロウアーは依然として表情を崩さない。図星だったようだ。

 本来なら最強を目される四月席、七月席が来るのはもっと先のはずだった。少なくとも、ロウアーはかなり正確に現れる順番を把握できたはずだったのに、それが二回とも空振りに終わった。

(アリスに裏切られたと思うのはわからないでもないけど……)

 神にもなれず、徹底して蚊帳の外に置かれようとしている。愛する者にそんな扱いを受ければ、不機嫌にもなるか。ついこの間まで平静を保っていたが、いよいよ限界ということなのかもしれない。元来、ロウアーは短気な性格なのだ。

「アリスはあんたのことを想ってこんなことやっているんすよ!」

 ロウアーはその言葉の返答として鎖を返した。周囲の鎖が踊り、クゥを打ち据えようと叩きつけられるが、大きく後退し、回避。

ロウアーが距離をつめてくる。

 こちらに呼び寄せたのはおそらくクゥが邪魔だ、と感じた七月席の指示だろう。ロウアー自身も危険なので放置するわけにも行かず、戦力を分断するにはいい手だ。

 冷静に分析しながら、ロウアーの鎖を空中に飛んで回避する。

「ほら使えよ。命名を!言えよ『捉えられぬもの』よ!」

 鎖がうねり、地面にバウンドし、砂煙を上げながら、空中にいるクゥに向かって伸びる。

 空を飛ぶことができるクゥはかなり余裕を持って鎖の先端を回避する。鎖はうねりがあり、紙一重で避けた場合、途中で軌道を変えられ、補足される危険性が高い。

「…………ッ!」

 あの両手の鎖には長さという概念が存在しない。ロウアーが伸びろと念じた分だけ伸びてくる。そして、途中の分離も自在で、切り離した鎖は遠隔操作も可能だ。

 クゥも背中に戦闘機の翼を3対並べた鋼のようなファクターを顕現。鎖を振りきりにかかる。鎖の先端部よりも、クゥの最高速度は速い。だが、逃げ回るだけでは勝てない。ロウアーを打倒するには懐に入る必要がある。しかし、すでにロウアーの周りは膨大な鎖の波が出来ていた。結界のように円陣を組み、のたうつ鎖は獲物を待ち構える蛇のようだ。

 まさに結界。

 そこに足を踏み入れれば、あっという間に捕縛され、身動き1つ取れなくなるだろう。そして、マテリアルで構成された円状の結界内はロウアーのファクターに満ちている。あのなかに入っただけでロウアーに有利な条件が重石のようにクゥにのしかかるだろう。

(まっ、こうなることは予想済みっすからね!)

 クゥが急上昇、鎖もそれを追撃する。はじめ2本だった鎖はいまや6本に増えている。しかし、速度に勝るクゥを直線起動で捉えることは不可能だ。そして距離が開き始めた瞬間、クゥは反転し、ロウアーに向かって急降下を開始した。急激な反転に鎖が付いていけていない。ロウアーは周囲の鎖を密集状態にし、いつでもクゥを捕縛できるように身構える。クゥのマテリアルの翼中央が左右に割れ、ジョット・エンジンのような機構がせり出す。最加速が増した。衝撃波が発生し、クゥが音速以上に到達したことを知らせる。

(来るか!最高速!)

 クゥのマテリアルは自身の最高速度を自分が認識できる限界まで引き上げることだ。それは昔からそうだったし、神になった後もあまり変化をきたさなかった。

 いや、変化したとしても……彼女は新しい力を振るわない。

 クが加速し、結界に接触する直前に、身を翻して、もう一度、急上昇。その際に爆弾が落ちてきた。

 ものはただの小石。

 だが音速以上の速度をつけて降下してきたそれは隕石と同じだ。ほんの握りこぶし1つの隕石でも2メートルのクレーターを作る。それがロウアーめがけて落ちてきた。

 手を掲げ、鎖を重ね合わせ、即席の盾を作る、加え――。

『僕の盾はいかなる攻撃も跳ね返す!』

 ファクター『言語実現』《ワード・アジャスト》による重ね防御。小石が鎖の盾に触れた瞬間に、それは弾み、クゥに向かって跳ね返された。しかし、すでにその場にクゥはいない。

「どおりゃああああああああああ!」

 気迫ともにクゥが体ごと落ちてきた。右足が盾をえぐり、そのまま突き抜ける。貫通し、ロウアーのすぐ傍に着地、いや激突。先ほどの小石とは比較にならない破壊が起きた。激突の衝撃波は地面をえぐり、その余波でロウアーの体が宙にはじき出される。結界が崩れ、ロウアーにも多大なダメージが入る。衝撃によるダメージもそうだが、余波で飛び跳ねた石つぶてが容赦なく身体に突き刺さった。

「がっ!」

 ダメージを受けつつもすばやく身体を分析。内臓にダメージはない。バランスを空中で取ろうとするが、規格外の破壊の奔流がそれを許さない。地面に叩きつけられ、無様に転がる。

(僕のファクターの弱点を付いてきたか……)

 一度命令をこなせば、ロウアーのファクターはその効力が著しく減退する。もう一度、言葉を紡ぐ必要があるが、クゥのスピードがそれを許さなかった。

「知ってるっすか?ロウアー」

 崩れた結界の中央でクゥが悠然と立ち上がり、親指を下に向け、大見得を切る。

「悪巧みする奴は大体、蹴りでくたばる!」

「……ひとつの学びとしておくよ」

 ダメージを無視して対峙。

 今までこんなに強引に突破してくることなかった。

 彼女もそれなりの覚悟を持ってここに来たというわけだ。

 つい顔に笑みが浮かぶ。

 幼少の頃に戻ったような、遠慮のない一撃。

「それでも、君は僕に絶対に勝てない」

「随分と余裕の一言っすね。預言者のつもり?」

 ファクターを使った様子はない。使ったのであれば、何かしらの変化が起こるはずだ。『僕が勝つ』などといった大雑把な指示の場合でも、何かしらの不調、もしくはロウアーの有利な状況が生まれるはずである。

「この言葉にファクターを使う必要はない。これは確信だよ。予言ですらない」

 ロウアーは笑みを濃くした。

 泥のような笑みだった。


ではまた来週!

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