5-1 未だ折れず
区切りいいので今回から5章になります。
結局のところ、これが神と人のあるべき姿だと言わんばかりに七月席はコウたちを蹂躙した。力を見せ付けただけでなく、コウとメツの共通の幼馴染であるアイを攫っていった。
「で、あたしをさらってどうするつもりなのよ?」
アイは今回の元凶である七月席を睨みつける。
場所は天空大陸中央にあるバーンズの城の一室。
アイは赤を基調にした品のあるドレスに身を包んでいた。
豪華な調度品。高い天井。天蓋の付いたベッド。アパートで小市民的な生活をしているアイからしてみればこの部屋の広さは逆に落ち着かない。いわゆるVIP待遇だ。
「そうやって気持ちが折れないというのは大事なことだぜ」
部屋の中央に置かれた机で、バーンズはアイと対峙していた。
気がつけばこの部屋に寝かされており、部屋の豪華さに頭がくらくらしていると、眼鏡をかけた融通の利かなさそうな女性に着替えさせられ、すぐにバーンズが入ってきた。
「だがせっかくいい服着ているんだ。もう少し品のある態度を身に着けたほうがいい」
「あたしは敵の施しを受けるつもりは……」
「素材がいいのにもったいないだろぉがよ」
「はぁ?」
思い切り眉を歪めるアイに苦笑。
「褒めているんだぜ?」
「さらった上に口説いてんのか?あんた何?悪の大王?」
「ははっ!そう受け取られてもしょうがないか。正確には侵略者だ。お前たちの敵で、今は君をさらってどうとでもできる。だから、部下にそうしていい様に許可を出した」
そう言えば、無愛想な眼鏡女が「私は貴方を自由にしていい権利がある」と言っていた。お陰で何度も着替えをする羽目になり、少しばかり疲れてしまった。
「可愛いお嬢さんにはおめかしをさせたがるのは彼女の悪い癖だ」
彼はそう言うと机のうえに置かれていた湯気が立ち上る香り高いコーヒーを口にした。
一切の音も立てず、堂に入ったその所作に一瞬だけ見とれる。
バーンズが眼で飲むことを勧めてきたのでカップに手を伸ばす。
カチャリ、と陶器が触れ合う音を立ててしまい、気恥ずかしくなり、下を向いてしまう。
「気にするな。飲みたいように飲めばいい。別に畏まった場でもないのだからな」
「……その割りに、上品に飲むわ……飲みますね」
なに敬語に言いなおしてんだ。私はああああああ!
つい、やってしまった『自分的にはありえない』ことに内心、悶絶してしまう。
クラス内で気に入らない相手には噛み付いていくことで知られるアイが雰囲気に飲まれていることを実感してしまっていた。
「ん、ああ、これは癖みたいなもんだ」
「癖?」
「死んだ妻が、やたらとこういった作法に厳しくてよ。惚れた弱みで必死こいて覚えたもんだ。その癖が抜けきっていないというだけだ。それで緊張してしまったというなら、俺があやまるべきかな?」
「いえ、そんな……」
微笑みかけるバーンズは悪人には見えない。とても、戦渦を広げている張本人には見えなかった。はじめてみたときに抱いた強烈な闘争のイメージはない。
「あの……なんで、戦いなんか……」
「それが俺の楽しみだからな」
即答したバーンズに、二の句を告げようか告げまいか迷ったが、続ける。
「けど、それは皆が不幸になる選択です」
「平和の上に居座っていた者の台詞だな」
穏やかにバーンズが告げる。
「え?」
「嬢ちゃん。戦争をしないですむ国、というものを考えたことはあるか?」
「いえ」
「さまざまな意見はあるが、一言で言ってしまえば強国がそれに当たる。誰も勝てない国に喧嘩を売ろうとは思わないからな。精々、テロなどの嫌がらせがいい所だ。それにしたって、でかい花火を一度打ち上げれば凄惨な復讐が待っている。だから、強い国は自分よりも弱い国から戦争は吹っかけられない……1つ質問に答えてもらおうか。強国は何故、強国足りえるのか?」
数秒考えて答えを口にする。
「大きいから」
アイの単純明快な答えにバーンズは満足げに頷いた。
「そう。単純だが真理だ。資源、経済、科学、それら全ては国土が大きければ大きいほど拡張、応用が効く。小さな国土で強国の仲間入りをしている場合は、他国から攻めづらかったり、何かしらの方向に特化していたり、といった状態を長く維持できた場合だな。嬢ちゃんの国なんかがいい例だ」
「貴方は強国を作り上げたいのですか?」
「民が、作りたがっている。そして俺は闘いを求めている。いわば利害の一致だ。俺が強い国を維持し、発展させている限り、民は俺を裏切らない。皆が幸せになっている」
「けど、貴方に征服された場所は……」
「勿論、全てを与えるさ。俺に逆らわないように、子供に全てを与えるがごとくな」
この七月席の領土は戦いによって支えられていることをアイは理解した。そして、この闘争を愛する神は強者と戦いたい。そうなると、必然、相手は神となる。
「神は楽しいぞ。恨みを買えばその分、俺に対抗する為に全てを投げ打って、闘いに来るやつもいるし、謀略を尽くして俺に抵抗しようとする輩もいる。情報収集も便利で強いやつにすぐちょっかいかけられるようになるし、暇になれば経済で遊んでみる事だってできる」
「……民は貴方のおもちゃ?」
バーンズのいいように少し反感を覚えたアイはつい対抗してしまう。
「俺が幸福を与える限り、俺にはこういった振る舞いが許される」
即座に言い切ったバーンズにアイは妙に納得してしまった。
彼と民の関係は基本的に持ちつ持たれつなのだ。
「そんなあんたが何故私をさらったのですか?ただの小市民で人間の私を」
カップを机に置きなおし、バーンズはアイを見つめる。
何か大事なことを告げられる、という気配がすぐに伝わってきた。
「俺は別に服従因子を抑えているわけではない」
「…………」
驚くほどでもない。今の自分の身体は変調をきたしている。天使の服従因子は前から効いていなかった。神の服従因子が効かなくなってもおかしくないと思える。
アイの様子を見てバーンズは満足げに目を伏せた。
「嬢ちゃんはもしかすると始めて自力でファクターに目覚めた人間かもしれないな」
「?」
言っている意味がわからなかった。コウやメツのことを神が知らないわけがない。
なのに、何を言っているのだ?
「彼らは違う。与えられた者たちだ。強引に目覚めさせられたといったところか。未だに天界とこの世界は融合途中であって、彼らのようなファクター使いが出現するのは今回のように大陸規模での融合があった後のはずだった」
「どういうことですか?」
「ああ、教えよう。それこそが俺がわざわざ、嬢ちゃんを攫った理由なのだからな」
そしてバーンズは語りだした。
何故あの二人がファクターに目覚めたのかを、そして、ロウアーと四月席、クゥ達の因縁を。
部屋を出ると、アレキが待ち構えていた。
「話されました?」
「おおよ」
主が何故このようなことをするのかわからないが、その目的はひとつだ。
更なる強敵に合間見えるため。
そして、それに打ち勝つ為。
「なぜ、彼女に?」
自分の胸に少しばかりある嫉妬心が言葉を放たせる。
「彼女は起爆剤だ。あの今はどうしようもない『神喰らい』の、な。人質でもある」
口を歪めて笑う神にアレキは戦慄した。
いつ見ても馴れない。
彼の獰猛で、貪欲な闘争心。
それを満たしてくれる者は未だに顕れないのだ。
メツがハヅキの部屋、正確には部屋から入れる倉庫に入ると先客がいた。コウだ。すでに倉庫の中はめちゃくちゃになっており、足の踏み場もなかった。
「……来たか」
メツに向かい合ったコウの顔は笑っているように見えた。
恐らくは自分も同じような表情を浮かべているだろうが。
同類を見つけたときに浮かべる顔だ。
「ハラワタ煮えくり返ってどうにかなっちまいそうだ。あいつは俺が喰う。喰ってやる。必ず、必ず、だ」
幼馴染を奪われ、何一つとして前向きな情報も得られない。
惨めな敗北を味わった。
「本来なら僕は諌めるべきなんだろうけどね……」
白髪を触る。
失いながら、ここまで来た。
その上の敗北など我慢ならない。
「僕も同感だ。アイは取り返す。必ず。必ず、だ」
2人にはアイは自分たちのせいで攫われたという悔恨があった。
アイがいなければ、2人の日常は永遠に失われる。
それだけは絶対に避けなければならない。
「使えるものはあった?」
メツの問いに、コウは物品を投げて寄越すことで返答とした。
「これは……布?」
「断熱材のサンプルだな。どれだけ効果があるかわからねぇけど、役に立ちそうなのはこれくらいだ」
倉庫といえば聞こえはいいが、ここは失敗作の集積場だ。危険なものは勿論厳重に保管されているし、ハヅキ本人以外にあけることは出来ない。コウが以前、教えてもらったパスワードはきっかりそのロッカーしか開けてくれなかった。
「では、僕はこれを轟さんのところに届けてくる」
「俺は訓練所に行っている。早く来いよ」
コウの言葉にメツは少し噴出した。
「次は、本当に訓練?」
「大真面目なやつだぜ。俺がまだ人類最強だって所を見せてやるよ」
彼は獰猛に笑った。
それではまた来週!




