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4-3 着火点

コウの対応力の高さは命名にも顕れています。

 ふらふらと町に出て、気がつくとコウは前に住んでいたアパート近くの川原で寝そべっていた。

 ここから見渡す風景も随分と変わった。

 何もない港町だったはずが、ショッピングモールができ、高速道路も通り、開発が進んだ。不変なものはひとつだってない。

 人だって当然そうだ。

 むしろ人の心ほど移ろいやすいものはない。

 それを真の意味で理解していないのではないのかと胸中がざわつく。

 関係性の変化を受け入れがたくなっていたのはいつのころからだったか。

 とにかく初対面の人間に警戒心をもって相対していた。

 信用するかどうかを見極める為に外面の愛想もかなり良くしていた。

 とんだ臆病者だ。

 時計を見るとまだ四時過ぎだが、空はすでに夕暮れだ。本当に日が落ちる時間が早くなった。

 こそこそと近づいてくる匂いがしたので先に声をかける。

「なにやってんだよ」

「わわわ!」

 よほどびっくりしたのだろう。尻餅をついた音を聞いてコウは上体を起こした。

 アイが尻をさすりながら唸っている。

「な、なんでわかったのよ……」

「匂いがしたから」

 コウの発言にアイは引いた表情を浮かべる。

「なんだよ。その顔」

「気持ち悪い」

「あーそー」

 投げやり気味に返答してもう一度、上体を草むらへ預けた。

 アイがコウの頭上にしゃがんで見下ろしてくる。

「なんかあったの?」

「別に」

 鼻に拳が落ちてきた。

 思わず跳ね起きる。

「いってぇ!なにすんだ!」

「いや、馬鹿なことが聞こえたから……つい」

「つい、で人の顔面殴るなよな……」

「そうやって人に話し聞いて欲しそうに黄昏ているくせになにいってんのよ」

「な、なに言ってんだ!」

 真っ赤になって否定するコウの姿にアイは爆笑した。

「なーにー?図星だったかな~?ほらほら、話してみなさいよ」

 コウの脇をくすぐりながら問う。

「だ、誰が言うか……わ、やめ、わひゃひゃひゃひゃ!」

「ふふふ。お主の弱いところはすべてわかっておるぞ」

 いやらしい笑いを浮かべながらさらにコウで遊ぶ。

「ひゃやひゃはははひーひーた、たのむ。しゃべるからひゃひゃひゃ、やめて……」

 コウがそう言うとようやくアイはくすぐりをやめた。

「ぐぅ……」

 小さい頃からこの幼馴染はくすぐりに弱い。何度もこうやって口を割らせてきたのだ。

 言いづらそうに何度も口を開けたり閉じたりするコウを辛抱強く待つと、ようやく言葉が発せられた。

「俺は……俺の為に戦っている。人の為に戦おうなんて思っちゃいない」

「うん」

「勿論、それは俺が俺の日常を守りたいからだ。結果的にお前たちの事が守れるんだから、いいことだと思う。俺はお前たちのいる日常が好きなんだ。失いたくない。母さんも死んで、俺も人を殺した。それでもようやくまともってやつに戻れていたんだ」

「うん」

「けど、ここ最近、狂いっぱなしだ。あいつら……なんでもかんでもしっちゃかめっちゃかにしやがって……」

 五月の神は最悪だ。

 人を殺すということを再度、やらされた。

 他の人間の命も喰った。

 普通の人間であることをあきらめかけた。

「勿論、いいやつだっている」

 十月の神は一番仲がいい。

 何にも知らないくせに何でも知っているような振る舞いは見ていて飽きない。

 十二月の神はわけがわからないやつだ。

 それでも、話してみれば面白いし、自分よりもよっぽど人間らしいのではないかと思う。

 二月の神は変に可愛いところがある。

 あの顔には動揺したが、クールぶっているくせに簡単に熱くなる。

「そいつらを見ていると世界が変わるのも受け入れられると……そう思っていた」

「思っていた?」

「自信がないんだ」

 息を吐き、続ける。

「俺は弱い。一対一で神と戦えば間違いなく負ける。その差を埋めるには……命を喰うしかない。実際、この間の戦いはそれをしたから調子がよかった。けどよ、段々、引っ張られてきている。空腹感っていうのか?とにかく、物足りないんだ。戦いたいって思っちまう。その時点で俺の望んでいるものとは矛盾しているんだけどよ……」

「だけど?」

「初めから俺の望みが……間違っていた。いや、歪んでいたとしたら……」

 結局のところ、コウの悩みはそこに収束していた。

 歪んだ望みを抱えるものは歪んだ人間だけだ。

 元々、過去のことで歪んでいたものがどうにか正常に戻ろうと頑張ってはいるが、一度歪んだものは戻らない。そう見せかけるだけで精一杯だ。そのことからコウは目を背け続けてここまで来た。

「ファクターってやつはどうしても本質ってやつがでるらしくてさ。だとしたら俺のこの力は、最近の俺は、どうしようもなく俺ってことだ」

 喰らう。

 あらゆる標的を喰らう。

 はじめのうちは、名前に引っ張られるだけ、と、余り気にしていなかったが、今にしてわかる。このファクターは本質を常に体現し続ける。それは思考が正直になっていくことを意味していた。行動様式が段々、本質に準じたものになっていくにつれ……。

「見せ掛け、が出来なくなってきた?」

 アイの言葉に首を縦に振る。

「俺、どうすればいいんだ?」

 はじめてだ、とアイは感じた。

 コウは弱音を漏らさない。

 それは強さなどではない。

 コウには絶対的な存在がいたからだ。

(甘やかしすぎよ。姉さん)

 ハヅキはできすぎた恋人だったし、コウに対して甘すぎた。

 コウの思考は人殺しの苦悩から脱却したときから一歩も進んでなんかいない。

 困ったときに答えを指し示す存在がいたからだ。

 だから、思考を固定してしまっている。

「戦っても、戦っても報われないって、なんか、わかっちまった」

「何か言われたの?」

「俺は、日常依存症だとか」

 日常依存症。

 言いえて妙だ。

 名づけた人にアイは感心した。

「で、ショックを受けちゃったわけだ」

「わりぃかよ……」

「別に。いいんじゃない?」

「なぁ、俺、どうすればいい?」

 なおもすがるコウにアイはデコピンをいれた。

「いて」

「私はわかんないって」

 デコピンしたこっちのほうが痛かった。それを悟られないように手をポケットに入れる。

「だって私、部外者だし。今のところ至ってノーマルでコウみたいに歪んでないし……」

「……」

「と、いうか……まだ、だったんだ。毎日見ている分にはあんたは普通だったし、特に歪んでいるって感じはしなかった。初めのうち……コウが姉さんと付き合うってなったときは受け入れたんだって思っていたけど……」

「人殺しのことは……」

「そっちじゃなくて、コウが普通じゃなくなっちゃったって話」

 人として禁断の領域に踏み込んだのだ。

常人のような思考回路ではいられない。

人殺しをしたものは、もう二度と、普通の人間には戻れない。

「姉さんは確かに人を殺してしまったって苦悩は取り除いたよ。けど、恋人でも他人だもん。受け入れるのはあんたの義務」

「義務?」

「そうよ。何でもかんでも姉さんに頼っていちゃあ、いつか捨てられちゃうよ。むしろ、身内贔屓なしでも姉さんはかなり良くやったと思う。他人のトラウマを何とかするだけでも普通じゃできないよ」

「…………」

「簡単に言ってあげると、あんたは後ろ向きなのよ。もっと前を向きなさい。前を」

「前を……」

「世界が変わっちゃったんだしね。人間、前向いてできることをすりゃあいいのよ。とりあえず、今の変な望みはおいといて未来の話を考えてみれば?歪んでしまったことなんてもうどうしようもないし、悲観するよりは建設的だと思うけど?」

 確かにそうだ。

 過去の日常にしがみつきすぎているというのは納得できる。

「……お前、すげーな。馬鹿だと思ってた」

「なんですってぇ!?」

「怒るなよ。褒めてんだ。すげーよ。なんか無意味にポジティブになってきた」

「はぁ!?馬鹿にしてんのか!」

 右ストレートがコウの顔面にいい感じに入り、コウは大地に仰向けになった。

「いってぇ!!」

 そのままコウは仰向けになったまま、動こうとしない。

「ちょ、ちょっと……大丈夫?」

 日に日に力が増しているという実感はあるため、本当にやばくなったかと、アイはコウに声をかける。

「ありがとな」

 不意のまじめな礼にアイは一瞬で恥ずかしくなってしまう。

「……殴られたことに?」

「ちげーよ!」

 コウが飛び起きて否定。

 我ながら照れ隠しとしては最低だ。

 一瞬だけ、コウから目線をはずして気持ちを落ち着かせると、コウに向き直る。

 コウの顔が緊張感を増している。

 目線をたどるとそこには真っ赤なジャージ姿の赤髪の男がいた。

「あんたは?」

 初めに与えられていた情報に類似点が多い。

 なにより、闘争の匂いが濃い。

「タイミング見計らっての登場なんだから少しは感謝の念があってもいいだろぉがよ」

 天を突く真っ赤な髪が炎のようだ。

 何より目元が、あの幼女に似ている。

「グレイズちゃんのお父さんで間違いないみたいだな」

「そう。俺が七月席。ジュライ・バーンズだ」

 ニィ、と口元を歪めて笑う彼にアイは、こう感じた。

 この男たちは似ている、と。


それではまた来週!

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