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4-2 日常依存症

今回からコウの葛藤に決着をつける話を始めます

 メツが机の上にカップを置いて、話を整理した。

「つまり、サキはあっちの世界で七月席に助けてもらっていた?」

 対ビの会議室に皆が集まっていた。あるのは机と椅子とホワイトボードのみ。取り立てて特筆することもない殺風景な会議室だ。

 会談をしているのはコウ、メツ、サキ、轟。

 七月席がこちらに来ることが濃厚となり、さらに七月席の情報を掘り下げる必要があったのだ。どういった神像なのかを聞いているときに意外な事実が出てきた。

「ええ。一回戦ってみたんだけど、その時には私が望まぬままに戦う羽目になっていることがわかっていたみたいね。手合わせだけしたらそれなりに融通利かせてくれたわ。正直、本気になった彼には全盛期の私でも太刀打ち抱きなかったと思う。呪いの射程外から燃やされるかと思った。射程に入ってきた炎は消しても消してもきりがないし、ほんと、あそこで本望を遂げさせてくれるのかと期待させてくれたわよ」

「それってどうなんだよ……」

 コウが手のひらでサキのドM発言に額を押さえる。あの頃のサキは確かに病んでいたが、七月席も七月席だ。他の神を殺すつもりはないのだろうか?

「彼は自分で望まない戦いをしているものをよほど気に食わない限り殺さない。彼曰く、『お前を俺は救えないし、勝負はついたからもう殺すつもりもないが、お前の願いが叶うように手伝ってはやる』。ってさ。どんな形であれ、あの神は目標に向かって頑張っている者が大好きだから」

「ふむ」

 轟が顎に手を当てて何か考えている。

「彼は戦いを楽しむ質であると?」

 サキがあごを引いて肯定。

「きっと、貴方はちょっかいかけられるわよ」

「……望むところだ。喉笛噛み千切ってやる」

 コウが歯を見せて笑う。

 それは本当に楽しそうに見えた。

 前回の闘いから、コウはどこか落ち着きがないように見える。

 戦闘の訓練中も実戦の手応えがないことにいらだっている素振りを見せていた。

 手応えというのは恐らくは命の咀嚼だろう。

 何かに飢えているように彼の目は爛々と輝いているのだ。

 待ちわびた獲物がようやく来たかのように彼は笑った。

「あなたね。鏡見てみたほうがいいわよ」

 そういわれたコウは肩をすくめる。

「問題はその最大火力を持つ七月席をどうするか、ですね」

 メツが轟に続きを促す。

「恐らく戦闘は避けられんだろうな」

 すでにユーラシア大陸の東海岸は占領されてしまった。

 人間がいくら数をそろえても天使が舞い降りただけでその数は意味をなさなくなる。

 彼我の戦力差は絶対だ。

「その気になれば日本は占領される、ということが明示されてしまっている」

 轟の言葉に誰もが否定の声をあげなかった。

 前回の戦いはカレードがああいう性格だったからこちらに上手く収まったが、あのままビジターが行軍していれば防衛線は崩壊していたし、仮にサキを介入させても、後に七月席が腰を上げる速度が速くなっていた可能性が増えるだけだ。サキからしてみればむしろ七月席は嬉々として突っ込んでくるだろう事は容易に想像できた。

 とにかく人手が足りない。

 ハヅキもルウラもクゥもいない今、ここにいるものだけで何とかしなければならない。

「私は七月席には勝てないわよ」

 サキは念を押すように言う。

「そもそも、スペックが違いすぎる。私たちが全員で当たってようやく勝負になるって位に考えておいたほうがいい」

「そこまでなのか?その……」

「『熱略攻進』《ブラスト・ブレイバー》」

 メツがコウの言葉を続けた。

「際限なく燃える炎のファクター。熱も際限なく上がり続ける為、攻撃という一点にしぼれば最強のファクター……だったね。ルウラさんがいれば楽が出来たのだろうけど……」

「今になって神無月さんのありがたみがわかるわね。流れを司るファクターって七月席とはかなり相性がいいように思えるわ」

 炎や熱が伝わるものである以上、ルウラとの相性は確かにいいだろう。

「俺の長続きしないファクターでどこまでつめられるか、がまた鍵になってくるわけだ」

 いいながら戦いに引っ張られているという実感がある。

 楽しい、という感情は危険なものにも思えるが、胸中から湧き上がってくるものに一体、どのような制限をかければいいのか皆目、見当もつかなかった。

 勝てる要素のほうが少ないのに楽しいと感じるのは自殺志願者の馬鹿だけだ、と強く考えてその感情を無視しようと何度も試みたが、まるで無駄だった。

「コウ。ハヅキさんから何かもらっていないのか?」

 轟の言葉にコウは首を横に振った。

「彼女のことだからもしかしたら、と思ったのだがな……」

 頼ってしまう気はわかる。

 とにかく彼女は有能だ。

 元々、そういった武器を作ることが好きだった為、こういったケースに対応できる何かを今までの研究成果から引っ張り出せないかとも思ったのだが、自分の研究に対してかなり神経質な彼女はセキュリティも完璧にしている為、今回は難しいだろう。

 今にして思えば、神との決戦は万全の状態で迎えることのほうが多かった。

 もともとの戦力差があるにもかかわらず、今回は圧倒的にこちらの手札が悪い。

 沈黙が数秒続き、メツが手を上げる。

「なんなら僕が……」

「やめろ!」

「やめて!」

 コウとサキは同時に立ち上がった。

 一見普通に見えるメツだが、誰もが彼のことを案じていた。

 彼は更なる力を得るたびに何かを失っていく。

「一瞬で戦力を増強できるとしたら、僕だ」

 両者の制止の声を聞いてなお、メツは引き下がらなかった。

「お前!自分がなに言っているのかわかってんのか!」

「コウこそ、今の状況で最大戦力になりうる人間は誰かわかっている?」

 メツの言葉にコウは言葉を失った。

 彼の言っていることは事実だ。フィジカルはコウと同等になり、ファクターの使用制限もない。メンタルはハヅキと同等で頭が回るようになった。

「合理的に考えれば、僕が最大戦力だ」

「それは何を犠牲にした場合の話だ」

即座にコウの思考が切り替わる。

潰す。

次の戦場にメツの場所はない。

自然と拳を握っていた。

それを見てメツは軽く笑った。

「おかしいね」

「なに?」

「僕は強くなる。僕の周りを守れるくらいに強くなる。僕はコウと同じ理由で闘っている。しかし、コウは僕を認めない」

「お前が一番幸せにしてやらなきゃいけない相手を放り出してなに言ってんだ」

「違う。コウは僕を心配なんかしちゃあいない」

「てめぇ!」

 思わずメツの胸倉を掴みあげる。

 轟が制止の声を上げるが、耳に入らない。

 今にも爆発しそうなコウをメツは冷ややかに見つめ返した。

「君が心配しているのは『君の日常』だ。僕は君の日常のパーツだから心配なだけ。君は前の日常に……いや、正確に言い直そうか。君は自分が普通の人間であると信じることの出来る日常に執着しているだけだ」

 コウの全身の毛が逆立った。

 こめかみに青筋が浮き、目が見開かれる。

 拳を振り上げる。

 メツはコウを哀れなものを見るような姿勢を崩さない。

 拳は中々、振り下ろされない。

「コウ!」

 サキの制止の声が会議室に響く。

 ひどく長く感じられる静寂。

「本気で、そう、思ってんのか」

 なんとか言葉を発する。

 絞り出すような声だった。

「ああ」

 短い回答が返ってきた。

 振り上げた拳が振り下ろされることはなかった。

 コウはメツを緩慢な動作で開放する。

 そして、そのまま無言で会議室から去っていった。

 直後、サキは思い切りメツの頬をひっぱたく。

 乾いた破裂音。

 誰かが叩いてやらなくては駄目だ、と確信しての行動だった。

このままいけば必ず自分の恋人は駄目になってしまうと、そういう確信があった。

「ごめんね」

 気まずそうにメツはそう言った。

「あやまる相手が……違うでしょう!」

 サキは目に一杯の涙をためてメツを睨みつける。

「どうしてあんなこといったの!」

「コウとは距離をとったほうがいいと思ったから」

 あっさりとメツは言う。

「僕はきっとこれからいっぱい失う。もちろん、できるだけそんな事にならないようにするつもりだよ。けどそんなに甘くないことはわかっている。コウはきっと僕を見ていることでストレスを抱え続けるだろうからね。ある程度距離をとったほうが……絶対にいい」

「じゃあ、わざと嫌われるようなことを?」

 サキの言葉にメツは首を横に振った。

「アレはいつか誰かが言わなきゃいけないことだからね。コウの守ろうとしているものは……幻影だよ。それはいつか直面する問題だ。きっとコウが自分のファクターを本心で嫌っているのはそこに起因するものだし」

「それって……」

「日常依存症とも言えばいいのかな?」

 それは正確な評価だ。

 親友というだけはある。

「彼は基本的に自分の思い描いているもの以外を受け入れられないんだよ。好き嫌いが激しいといってもいい。平和で平坦で平凡な人生を彼は希望していたし、そうなるように振舞った。これはハヅキさんがそうさせたんだと思う。実際、人をはじめて殺した後の彼は見ていられないものがあったしね。元々、平穏から一歩踏み外した人間がようやく希望した日常を手に入られていたんだから……世界の変貌なんて本当は耐え切れないストレスだったように思える」

「コウは……もう限界?」

「わからない」

 メツは回答を避けた。そして続けた。

「それでもコウの命名いのちなは『喰らう者』だ」


もしかすると来週は更新できず、再来週になるかもしれません。

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