4-1 爆熱の神
4章開始します!
コウたちが闘ってから三日後の浮遊大陸。
せんべいを齧りながら城下町を歩く男の髪は赤かった。
それは怒りのようでもあったし、喜びのようでもあった。闘志のようでもあった。
市場で賑わうこの界隈を男は颯爽と歩いていた。
人ごみは男が歩く道を率先して創る。
それは決して男が恐ろしいからではない。
「七月様!」
「太陽神!」
そこらかしこからその男を称える声が響く。
この男は七月席。
ジュライ・バーンズ。
戦闘では自分が気乗りしないとき以外は常に勝利してきた無敵の男。
その男は自分を称える声に右腕を天に掲げ、人差し指を太陽に指す。
そして皆に問うた。
「俺は最強の?」
「「「爆熱の神!!」」」
辺りから喝采が起こる。
彼はこの領の盟主にして英雄だった。
肥沃なこの土地を先代の神から奪い取り、そして、民には豊かな暮らしを約束し続けた。神が作り出す熱はそれだけで電気をまかなったし、さまざまなインフラ設備も神ありきで成り立っている部分がかなり大きかった。
炎や熱、さすがに家庭で使うガスコンロまでは取り扱っていないが、七月席はこの領土、そのものなのだ。
しかも無敵で、国民へのサービスを怠らない領主とくれば人気は出て当然だった。
人間の世界に融合してしまったが混乱が起きなかったのも、彼のカリスマ性によるところが大きい。それを見越した準備もしており、次々と届けられる勝利の知らせに領民は沸き立っていた。
すでにこの浮遊大陸の下にある人間たちの国は全て占領済みだ。
魔獣どもからいかにも人間たちを守りにやってきました。と言ったシナリオで天使を介入させた。
無論、服従因子による上下関係の刷り込みも行った。
人間たちは神や天使に畏敬の念を抱いただろう。
占領国向けにイメージ戦略もしっかり造っておいた。
とある一国を覗いては――。
「ばーんずさま。ばーんずさま」
齢幾ばくもしない子供たちが七月席に歩み寄ってくる。
「ばーんずさま。なにたべているの?」
そんな子供たち笑顔を見せ、目線を合わせるようにしゃがんで答える。
「この世界の食べ物だ。せんべいって言うんだぞ。ホレ」
バーンズは袋からせんべいを取り出すと、子供たちに分け与えた。
子供たちはせんべいに早速かじりついてみるが何人かは顔をしかめる。
「かたい」
それを見て、バーンズは笑う。
「坊主たちには少し早かったかな?」
子供たちの頭を乱暴に撫でると、バーンズは立ち上がった。
「ほら、親のところに帰りな」
子供の背を優しく押すと、子供たちはせんべいの礼を言いながら返っていった。
「むっ」
せんべいがもう袋の中にないことを気づき、袋を折りたたんでポケットの中にしまう。
「皆の衆!俺は城に帰る!世界は変わっちまったが、この七月席がいる限り、何も心配はいらない!今日も元気に働いてくれ!」
七月堰の言葉に皆が「応!」と答え、バーンズはそれに頷くと、空中へ跳躍した。
そのまま、空中で炎を生み出し、飛翔。
城へと飛んで帰った。
それを見てまた歓声が生まれ、中々、止むことはなかった。
バーンズが城に入ると摂政のアレキが渋面を作って待ち構えていた。
眼鏡をかけた美人の天使は笑えば可憐で美しいのだが、しかめっ面である事が多い。もったいないことだ、とバーンズは常々考えていた。
「我が主よ」
「なんだ?」
「私に言うことがあるのではないですか?」
「なに言っても怒るんだろぉがよ」
バーンズは肩をすくめる。
その対応に摂政のアレキのこめかみに青筋が浮いた。
「この時間、本当は何の時間でしたか?」
「…………………書類仕事」
「分かっているではないですか!」
アレキは一瞬で切れた。
皺が増えそうだなぁ、とバーンズは暢気に構えていた。
「大体!本来であれば貴方が率先して我が軍を率いるものを……」
「いーよ。そういうの。弱いものイジメしたってつまんねぇし。大体、あいつらにもガス抜きさせてやらなきゃいけなかったろぉが。長い間、大きな戦闘もなかったんだ。あいつらだって退屈してしまう」
「しかし、被害が……」
アレキの意見を彼女の額を人差し指で軽く押すことで中断させる。
「お前、数字はよく見るし、命を大事にしているのも分かる。だけど、戦闘部隊ってのはそればっかじゃいけねぇんだぜ?大体、そのことはこっち来る前の会議で決まったことだろぉがよ」
「……そうですね。失礼しました」
アレキはあっさりと引き下がった。こういうところは気に入っている。
「わかりゃあいい。それじゃあ、俺はこれで……」
ここからさり気無く去ろうとするバーンズの肩をアレキが掴む。
「書類仕事が終わっていませぬ」
「明日やる」
「明日って、今日です」
そういや昨日も言ったっけ、とバーンズは溜息をついた。
「おいおい。領民へのサービスをしてきた神に対してそれは厳しくないか?」
「大方、火力発電のメンテナンス帰りに道草くっていたら見つかってそのまま逃げられなくなったんですよね?貴方の真っ赤なツンツン髪は目立ちますから」
「よくわかるな」
「長い付き合いですから。自業自得です。さっさと始めちゃって下さい」
アレキの言葉に「へいへい」と答えると、バーンズは書斎へ徒歩を進めようとした。
一歩踏み出した瞬間、止まったバーンズにアレキが怪訝な顔をする
「おい、今日は客が来ているのか?」
「?……約束はありませんが?大体、今日は人間の世界と融合した最初の日です。先約があっても全てキャンセルしています」
「じゃあ、あいつか」
バーンズが扉のほうに向き直ると、そこにいたのはロウアーだった。
「もういるのならいるって言えよ。案内の準備は出来たのか?」
バーンズの苦笑にロウアーは跪く。
この天使が神出鬼没なのは今に始まったことではない。
「『神喰らい』に会われるそうですが……」
「おおよ。朝に言ったとおりだぜ」
バーンズが嬉しそうに笑う。
「俺が興味を示したんだ。カレードには悪いが、あっとかなきゃな」
「それと御息女が彼と会われていたようで……」
「あいつ、姿見かけないと思ったらそんなところに行っていたのか。つーか、まだ帰っていないのか?」
「最近のグレイズ様は本当に貴方に似てしまって……。ほんの少し前までお母上に良く似たレディだったのに……」
グレイズの世話役も兼ねているアレキが口に手を当てる。
「今は占領した国を見て回っているそうです。まったくお転婆になられてしまって……」
「おいおいおい、まるで俺が悪影響みたいな言い方じゃねぇか」
「否定、出来ます?」
ジロリ、と睨まれ、バーンズはすごすごと引き下がった。
「そ、それはともかく!他にも面白そうな奴がいるんだろ?そっちの情報も仕入れてきたからわざわざまた戻ってきたんだろ?」
ロウアーがメツのことを話している間、アレキは目を伏せた。
リバイエルに黙祷を静かに捧げた。
セクハラ発言をしてくるので苦手だったが、憎みきれない天使だった。
バーンズは好戦的に笑った。
「いいね。出揃うまでは退屈しのぎにもなるか不安だったが……中々、楽しめそうだ」
ロウアーは胸中では焦っていた。
四月席は押さえられる。
何せ、彼の弱みを握れているのだ。
どうにでもなる。
しかし、七月席は止められない。
下手に怒らせれば、その瞬間、消し炭にされる。
この神は強力すぎる。
この神は自分のファクターを隠していない。
絶対的な攻撃力を持つ熱量攻撃。
『熱略行進』《ブラスト・ブレイバー》
七月席の攻撃を塞ぎきったものは未だかつて存在しない。
神とはいえ、彼の逆鱗に触れたものは全てが灰燼に帰した。
十二席の中でも最大の攻撃力を持つ縛熱の神にふさわしいファクターだ。
四月席との闘いでは勝ちこそ譲ったものの、彼が本気になっていればわからなかった。
彼は四月席の闘いを『失望した』と評して止めたのだ。
戦いを賛美する彼にとって四月席の闘いがいかに空虚なものか、事情を知るものからすれば納得のいくものであった。
コウ達が勝てないという確信があった。
ここに来て七月席がこの浮遊大陸後と来るのはロウアーにとってイレギュラーな事態なのだ。
(裏切られた気分だよ……)
あるいは『彼女』にとってもこれは不測の事態だったのかも知れない。
この神の気まぐれで確実にコウの命は燃え尽きる。
ロウアーにとって七月席はもっとも厄介な神だった。
「で、わざわざそんなことを確認する為に来たのかよ?」
「いえ、進言をしに参りました」
「聞こう」
「貴方が現れて三日目、大陸下にいる人間たちの国家はすでに降伏いたしました」
「服従因子があるからな。人間たちは抵抗したくても出来ない」
「しかし、占領下の統治は未だ進んでおりません。これ以上、極端な版図の拡大は、兵たちの疲労を招き、補給線が延び、効率的とはいえません」
「正論だな」
天使の絶対数はそれほど多くはない。
人間か勝る点といえば、数が多い、だ。
実際、七月席の領土拡大は急激であり、天使一体に対する負担が大きくなってきているのは事実だった。
「なればこそ、一旦、進撃を控え、占領下の統治を進めるべきかと」
ロウアーは徹底して正論を述べた。
神は自身に付き従うものには基本的に寛大だ。
そして、七月席は戦に関しては他者の意見は積極的に取り入れる神。
断ることはないと思われた。
「……駄目だ」
「なぜ!?」
返ってきた拒絶の言葉につい語気が荒くなる。
頭を下げ、謝意を示す。
七月席は目を伏せることで受け取った意を示した。
「延びきった戦線をすべて統治するつもりはない。ある程度、占領してしまえば、後は適当にちょっかいをかけるだけだ。一応、他の神もいるとはいえ、暴れたのは極東の国だけと、全人類に対しての宣戦布告となっているかは疑問だ。奴らには我々がどういったものかわからせる必要がある。過激な示威行為だ。ついでに天使たちの居住区を広げさせてもらう。そうすることで、我々を真に敵と認めるだろう。……抵抗できるかどうかは別だが」
七月席の言葉は戦闘の神ゆえの言葉。
どうする?
この神を止める手段は何だ?
寝ぼけた彼を殺されれば困るのは自分だ。
コウは目覚めてから、殺さなければ意味がない。
「早すぎる……ってか?」
七月席の言葉にロウアーが顔を上げる。
七月席は笑う。
「今の人類最強はどう足掻いたって、俺には勝てねぇ」
「ならば……!」
この神は戦いを愛する。
対等以上の戦いを好むのであり、それ以下とは極力闘おうとしない。
それなのに、今回は妙に乗り気だ。
「それでも、絶対に勝てないといわれた戦いをひっくり返してきた。ちょっかいかけてみたくなるじゃねぇか。俺は小さい頃から気になる子にはちょっかいかけて嫌われるタイプだったんだ」
「最悪ですね」
「それで結婚できたんだからいいだろぉがよ」
毒を吐くアレキに笑いで返す。
そう言われれば、ロウアーは黙るしかなかった。
今の段階でコウを殺されれば、自分の本懐は遂げられなくなる。
いや、それ以上に胸中でもやもやするものがある。
前回、コウを叩きのめした。
彼がファクターを使えなかった為、一方的な、戦いと言えないような八つ当たり。
今にして思えば後悔が残る。
思えばコウと対等な条件で闘うことがあっただろうか?
戦いは試合ではない。平等な条件で闘うことがあるなんていうのはまれだ。
それでもそう思ってしまう。
「嫉妬、だな」
七月席がロウアーの感情を言語化した。
「嫉妬……ですか?」
「そりゃあ、そうだろぉがよ。お前、なんか妙に神喰らいに気を払っているようだしな。今回、わざわざ俺に会いに来たのだってそうだ。仕事に対しては淡々としたお前にしては珍しい。お前ならこう考えて動かなかったはずだぜ?『七月様の考えたことだ。あの方の思うとおりにされるのがよいだろう。私が進言するまでもない』」
ロウアーが目を見張る。
たしかに、そう動いていただろう。
「まぁ、俺が間違ってお前の獲物を焼いちまったらそれも運命だと思ってあきらめな」
そう言いつつバーンズはロウアーの横を通り過ぎる。
すれ違いざまにこう言い残した。
「運命の奴隷よ」
思わず振り返ってバーンズの背を凝視する。
バーンズはその視線を心地よいと思った。
間違いなくこの刺すような視線には殺意が含まれていた。
明確な挑発をしたのだからこれくらいの反応をしてくれないと楽しめない。
この天使が自分に挑んできてくれれば、どれだけ楽しませてくれるのか期待してしまう。
四月席を初め、あの辺の連中はどいつもこいつも後ろばかり見ている連中ばかりだが、ロウアーだけは見所がある。
この男には自分の目的の為ならば何もかもを犠牲にする覚悟がある。
「バーンズ様」
後ろにつきしたがっていたアレキが冷然とした眼で問う。
ロウアーを始末するかと問うている。
「駄目だぜ。今のは俺が挑発した。だから、アレは俺の獲物だ」
溜息が返ってくる。
「……貴方はいつもそうです」
アレキは微笑んだ。
ではまた来週!




