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3-7 戦場の一旦停止

これに3章が終わりです。

来週から4章に入ります。

 コウがカレードを締め上げる。

「てめぇ!」

「私ではない!誰かが、ここ一帯の魔獣に指令を下していたリバイエルを殺した!」

 コウは即座に可能性が1つしかないことを悟った。

「……メツ!」

 信じたくなかった。

 逃げ惑ってさえいてくれればよかった。

 あんな銃を渡せば聡明な彼は気づくことぐらい予想がついたはずなのに、それでも渡してしまった!

「どうにかできないのか!?」

 仮にカレードが服従因子を抑えても、こんな状況から建て直しは不可能だ。

 間違いなく地獄の釜が開く。

「私にはどうにもならぬ!管轄が違うのだ!」

「自慢げに言うことか!」

 カレードを殴り飛ばすと、ビジターの背を渡りながらコウは砂浜へ引き返す。

 自分ひとりで何かが変わるほど甘くは無いだろうが、それでも向かうしかなかった。

「私もいくぞ!」

 顔を晴らしたカレードがコウに追随する。

「そうか。お前のファクターなら!」

「有効射程は半径15メートルだ!」

「チッ!」

 それでもいないよりましだ。

 カレードも負い目があり、自分のファクターの生命線である情報を伝えた。

 何の足しにもならないが、それはコウの信用への対価となった。

 砂浜のビジターが本格的に動こうとしている。

「間にあわねぇ!」

 戦闘しながら海側にかなり出てしまった。

 どうあがいても間に合わない。

 間に合ったとしてもどうにもならない。

 諦めが忍び寄ったその時、天空から七本の釘が堕ちてきた。




 サキは猛烈に怒っていた。

 サキはリスクの塊のような存在だ。戦場に下りるならタイミングを選ばなければならない。

 カレードの件があり、場が落ち着いたかと思えば、自分の恋人がリバイエルを殺してしまった。

 ここまで来てようやく自分が戦場に出ても良い舞台が整った。

 サキがこの戦場に出れば、二月席対あの天空大陸にいる神の舞台が整ってしまう。

 だからこそ、決闘後の約束不履行はサキが戦場に介入する格好の口実だった。

 大陸が出てきた以上、相手の神も国の頭としての一面を出さざるを得ない。

 交渉で人間が数多くいる場での神VS神を避けられる状況が必要だった。

 それでも、サキの怒りは止まらなかった。

 恋人は自分の何かを『消滅』させた。

 そうでなければ、メツが勝てるはずが無い。

 彼は弱い。

 弱いままでいて欲しかった!

 はるか上空の飛行機から地上へパラシュートもなしに飛び降りる。

 風圧が肌を打つ。

 途中まで顔を隠す目的で被っていたヘルメットをかなぐり捨てる。

 どの道、人間は殆ど昏倒している。

 見られる可能性があるのは顔見知りと敵だけだ。

 背にマテリアルを展開。

 七本の釘が翼のように広がる。

 命名は未だわからない為、出力は以前よりも下だ。その代わり区別が出来るようになっている。ファクター起動時の以前にあった見境の無さは完全に鳴りを潜めている。

 それに今から展開される光景はメツが自分を嫌うかもしれない程の衝撃を与えるかもしれない。

 それでも――。

「私が守るんだ!」

最弱にして鉄壁の神は眼下に見えた戦場に大釘を射出した。




 上空から釘が飛来してくるのをメツは見た。

「そんな……!」

 来て欲しくなかった。

 彼女はまた戦場に立とうというのか。

 ようやく呪いから逃げられたというのに。

 釘が海岸線を等間隔に落ちてきたと同時にそれは始まった。

 釘はビジターが進軍しているぎりぎりのラインに飛来した。そこから海に向かって放たれたものは呪いだ。

 ビジターの甲羅の中から腐敗した肉が湧き出てくる。

 ビジターの全てが肉を溶かし、死に追いやる病に感染していた。

 猛烈な悪臭が海岸線を覆い尽くす。

 メツは砂浜に胃の内容物を撒き散らした。

(これが……)

 メツは怒った神が引き起こした光景をはじめて見た。

 町1つを簡単に無かったことにするのは嘘でも誇張でもなかった。

(これが、神か!)

 自分の女が引き起こした状況は地獄だった。

 コウと戦ったときは自分が居たお陰でろくにファクターを使用していなかったが、使えばこうなるということがようやくわかった。

 彼女の負の根源を見せ付けられたメツは天に向かって叫ぶしかなかった。




 コウはカレードに手を握られて上空に退避していた。

 呪いの放射が終わり、先ほどまでの地獄絵図が嘘のように浄化されていく。

 落ちてきたサキが浮遊する一本の釘を背中に呼び戻し、滑空しながら空中で姿勢を安定させているところを見るとあの釘で空も飛べるらしい。

 あの時、ますます手を抜かれていたのだと実感した。

「これは……二月席の……!」

「あの馬鹿……」

 舌打ち。

 サキの登場には何もいえなかった。

 自分たちの力ではこの状況をひっくり返すことは出来なかった。

「降ろしてくれていいぞ」

「あ、ああ」

 上を見上げてカレードに言葉をやると、彼はようやく我に返ったように適当なビジター――すでに中身は腐って空っぽの――背にコウを乗せた。

「まるで死の大地だ」

「ここ、海だぜ」

 腐敗した肉はどこに行ったのかわからないが、海面には見えない。

 ただ空の甲羅だけが海の上に幾百も浮かんでいた。

「どうして今まで二月席を出さなかった?」

 カレードの搾り出すような問いにコウは答える。

「あいつが初めからいたら、好戦的なあの大陸の神がこっちに突撃してくる。乱戦になれば防衛線なんか引いている余裕もないし、巻き添えでどれだけ被害が出るかわからない。あいつ、本当はカミサマが出てくるまで出てきちゃいけなかったんだ。まぁ、そんなこと言っていられなくなっちまったんだけどな」

 殆ど無防備に敵に背を向けるコウをみて、カレードは目を伏せる。

 先ほどまで殺し合いを演じていた男は自身の無力さに打ちのめされていた。

 まるでこの戦場に勝った軍勢の将とは思えないように肩を落としている。

「なぁ」

「うん?」

「闘って、何が残る?」

「…………私の答えで、貴殿が納得するとは思えん」

「そう、だな」

 誇りを糧に闘うカレードはコウとは遠い存在に位置している。

 カレードの答えはコウに対して限りなく無意味だ。

 それでも問わずに入られなかったのは、きっとコウの甘えの部分だろう。

 ぼうっと、天空大陸のほうを見ていたコウの目に太陽がまぶしい。

 手で目を覆おうとしたとき、違和感を覚えた。

 太陽は自分の真上にある。

 あれは太陽ではない。

 目を手で覆いながら正体を確かめようと凝視する。

 眩しいと感じた先には1つの炎があった。

 それは太陽の炎でなくもっと身近な、それでいて全てを焼き尽くすような炎。

 太陽と見間違うばかりの1つの燃え盛る火の玉。

 それがこちらに急接近している。

 コウは即座に臨戦態勢となった。

 後方にいるサキもコウの近くに飛来し、マテリアルを展開している。

 話には聞いている。

 全てを焼き尽くす十二席、最大の火力を持つ破壊神。

「もう来たのかよ!七月席!」

「姫様!?」

 隣のカレードが驚愕の声を上げる。

(姫?)

 七月席ではない?

 接近して来る火球は徐々に火力を落としながら、接近し、ついには火球の中をあらわにするほどになった。

 中から出てきたのは少女。

 齢の頃は7、8歳。

 まだ顔に赤みが残り、辺りを見回す様子はまだあどけなさを残している。

 短く切りそろえた赤い髪が活発そうな印象だが、表情は冷めたものだ。

 その赤い瞳も初めて見るものに興味を示すというよりも、純粋に観察しているといった印象が強い。

 見た目より妙に大人びた印象の子供だった。

 そんな子供が背中に炎で構築した翼を展開しながら宙に浮いている。

 その声は凛と透き通るような声だった。

「カレード」

「はっ」

 コウの横にいたカレードが跪く。

「良くやったね。下がっていいよ」

「しかし、グレイズ様!」

「もう駄目だよ。お父さんが始めに約束したよね?負けたら獲物はお父さんの、って」

「はっ……」

 事前に行われた何かの約束だろう。

 会話の内容から余り想像したくない約束だろうが。

 カレードは顔を深々と下げ、彼女の意を受け入れた。

 コウは驚いていた。

 目の前の少女は確かにカレードを従える器だと感じることが出来たからだ。

「さて、二月さん……こちらは交戦のつもりはないのだけれども、見逃してくれるかな?」

「見逃すも何も、貴方に手を出したら怖い怖いお父さんがやってくるでしょ?わざわざ火中の栗を拾うつもりはないわよ。大体、貴方のお父さんには何度か世話になっているしね」

 サキの言葉にグレイズは笑顔を見せる。

「そう、良かった。それじゃあ、私たちはちょっと引き上げるけど……」

 ふっ、とコウとグレイズと目が合ったかと思うと、グレイズはふわふわとこちらに向かってきた。

 コウは戦闘態勢を解く。

 交戦の意思がない相手に戦う意思を見せる必要はないし、いくら相手が強力であっても相手は子供だ。

 ふわりとコウの目の前に降り立つ。

「ふぅん」

 グレイズの冷めた目がほんの少し、熱をともし、コウの顔を捉える。

 興味ありげにじろじろと見られて耐え切れなくなってきた頃にようやくグレイズが言葉を発した。

「グレイズだよ。お兄ちゃん」

 少女が右手を差し出す。

「暁コウだよ。お嬢さん」

 愛想笑いを見せてコウがその手を優しく握り返す。

 その反応でグレイズはさらにコウへの興味を増していた。

 この人は自分が私よりも強いとわかっているはずだ。

 そして戦闘直後の興奮状態にもある。

 それでもこれだけリラックスした対応が取れるのか、と素直に感心した。

「おもしろいね。お兄ちゃん。私、お兄ちゃんだったらお嫁さんになってあげてもいいかな?」

「お兄ちゃんは結婚する相手が決まっているから駄目だ」

 コウの返答にくすくすと笑う。

 慎ましやかな笑いだ。

「お兄ちゃん、お父さんが好きそうな人だからさ。きっと可愛がってもらえるよ」

「じゃあ、お父さんにもう少し平和的に接してくるように言ってくれ。そうすりゃ、俺だって君のお父さんのことが好きになる」

「それは駄目」

 グレイズの目が熱を帯びる。

「お父さんは強いから。その強さを確かめたがるし、私もそんなお父さんが好き。お父さんは誰にも負けない。ちょっと気分屋なのが気になるところだけど、自分の信念にしたがって戦うお父さんは大好き。だから、お兄ちゃんの意見は聞けない」

 父を誇る歳相応の少女がそこにいた。

 そんな少女がコウに背をむけ、炎の翼を羽ばたかせる。

「お父さんと戦っても死なないでね。お兄ちゃん。約束だよ」

 一瞬だけ振り返って可愛らしい笑顔とそんな言葉を残した。

 そういって少女は空を舞った。

 カレードもそれに追随する。

 コウもサキもこれを見送るしかなかった。

「……メツ!」

 サキが砂浜へと大急ぎで引き返していく。

 溜息も出ない。

 あの少女は規格外だ。

 相手の強弱を測れないと死に直結する。コウはそういった嗅覚はきくほうだった。それが告げている。

 自分よりも強い。

 あの少女でそれだけの強さなら、あの父の強さは一体どれだけのものなのだろうか。

 クゥの話によると、一応、最強といわれているのは四月席だが、彼は七月席と闘って勝った訳ではないらしい。闘ったことはあるらしい。その時は国境線沿いの地形が変わり、辺りが灰燼に帰した。それでも七月席は本気ではなかったらしい。途中で七月席がやる気をなくして帰ったから、暫定勝利となったため最強の名を得たらしい。

 神の世界での戦いで最も多くの神を屠ったのは今の七月席。

 なおかつ、本気の七月席は誰も見たことがない。

 想像もしたくなかった。

 世界が変わる騒乱を一旦は停止させる会合は深い闇を落としていった。


今思えば幼女を書くのは初めてです。

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