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3-6 フォール・ダウン

もうすぐ三章も終わり。ワールド・ロスト、初めて四章目に突入します。

 ビジターの背に隠れながら逃げ惑う。

 そのビジターが真っ二つに割れ、再度、メツは逃げ惑った。

「そうそう。必死こいて逃げろ。せいぜい俺を楽しませろ」

 リバイエルはさも楽しそうにメツを探す。

 彼のファクターは『削り』。

 海を『削った』派手な登場でメツは己の不利を悟る。

 単純に力に差がありすぎる。

(落ち着け……。落ち着け!)

 コウを思い出せ。

 彼は目の前の奴よりも数倍強い相手に戦ってきた。

 自分にだって出来るはずだ。

 努めてそう思い込もうとした。

 それでも、彼の脳裏にこびり付いているコウとの差は戦意を削いでいく。

「ははは!感じるぞ。臆病者。お前の削れた感情が感じられる!」

 リバイエルは自身のファクターを気まぐれに発動し、メツを攻め立てる。

 次々と海岸線にハーフパイプ状の『掘削後』が作られ、そこにいたビジターも命を失っていく。

 メツは次々と隠れ場所を見つけては、身を潜める。

 しゃがみこんで息を整える。

 指先に何かぬるい感触があり、そこに視線を送る。

「ひっ!」

 そこにあったのは手だ。

 手だけだ。

 メツはそれを観察してしまった。

 左手だ。

 結婚指輪がしてある。

 見覚えがあった。

 その指輪は確か、自分の小隊長のものだ。

「ああああああああああああ!」

 絶叫、してしまった。

 メツの背にあったビジターが削れる。

「みぃつけた」

 リバイエルがいやらしく笑う。

 無造作に放たれたファクターを何とか消滅させる。

「ははは!いいじゃねぇか。ファクターの無効化か?原理はともかくレアな力を持っていやがる」

 貧弱な武装破滅の手助けにはならない。

「うわあああああああ」

 戦略も無いまま突撃する。

「はっ」

 リバイエルのファクターが激突。身体に衝撃が走り、その場で突っ伏す。ファクターを使っていなければ即死だった。

「おいおい。どうした?もっと頑張れよ。人間」

 力を振り絞って立ち上がる。

 敵の残忍さに助けられている。

 砂浜を蹴る。

「そうそう!」

 メツがリバイエルに接近。

 ファクターをこめた拳をリバイエルに放つがあっさりと回避される。

 続けて回し蹴り。スウェーで回避された。そのまま勢いをつけて後ろ回し蹴りを移行するが、これも同様にかわされる。

「ふっ!」

 今度は左腕の直突きはリバイエルにあっさりと受け止められた。

 メツが弱いわけではない。

 天使と人間とではそもそも身体能力が違いすぎる。

「いいぞ。生きの良い獲物は好物だぜ」

 いやらしくリバイエルが笑う。

 ファクターをこめているはずなのに効いていない。『消滅』が『削られて』いる。

「我が名は!」

「おっとぉ!」

 リバイエルの拳がメツの腹にめり込んだ。

 体中の空気を吐ききり、次に胃の内容物を全て砂浜にぶちまける。

「がっ!はっ!は……が…………!」

 人生の中で一番の衝撃だった。

 体の一部がなくなったのかと思った。

「さすがに命名使用後は受けとめる気がしないんでな。それにお前だってもう少し長生きしたいだろ?俺を怒らせないほうが良い」

 駄目だ。

 負ける。

 砂浜に放り投げられて、うつ伏せの体勢で、絶望を感じていた。

「さぁ、逃げろ。カレードと一緒に仕事するって時点で面白くないだから、お前が俺を楽しませなきゃ駄目だろうが」

 まだ天使はいるのか。

 今頃、コウが戦っているのだろう。

 きっと彼は勝つ。

 だって、今まで彼は何とかしてきた。

(いつだって死にそうになりながら……)

 自分と彼は違いすぎる。

 彼は逆境を跳ね除けてきた。

 どれだけ力の差があっても何とかしてきた。

(前は……負けたんだっけ?ボロボロだったな……)

 彼は人類最強だ。

 ただ服従因子が効かなくてファクターを持ってしまっているだけの自分とは違う。

 彼のファクターは戦闘に適している。

(コウは……言い訳しなかったな……)

 彼とは経験の差がある。

 自分はファクターを使ってみただけ。本当の修羅場なんて経験したこと無い。

 それがこんな形で訪れた。

(……何もかも、僕は……コウ頼みで……)

 彼は強い。

 彼は折れない。

 だからみんなつい頼ってしまう。

「おいおい。だんまり決め込まれても……」

 銃撃音。

 それは支給された9mm拳銃では絶対に出ない、重く、激しい音。

 その弾丸はリバイエルの肩にめり込み、天使を後退させた。

「駄目だ!これ以上は駄目だ!なにもかも!コウに押し付けちゃ、駄目なんだ!」

 銃身が大きすぎてバランスが悪い。

 これに使用される世界最大のマグナム弾、600ニトロ・エクスプレスはサイ、ゾウを単発で倒すこともできる。

 化け物じみた威力のこいつを打てる拳銃が過去にあり、それを参考に造られた。

 試作品でテストも数回しかされていない。

 かつて使った人間からは使えない、と烙印を押されている。

 その人間から譲られた欠陥品。

 名も無き凶銃。

 その銃をメツは撃った。

 無茶な体勢で、普通に打っても大の大人が吹き飛ぶ威力を持った銃を――片腕で。

「てめぇ!」

「僕が……貴方を止める!」

 メツのファクターの真髄。

 彼の消滅は――目に見えないものすらも『消滅』させる。


 


 カレードのファクターへの対策は簡単だが、焦りが生まれる。

 一度行った行動は行わないほうがいいし、カレード自身のファクターを過信していない分、剣の腕がコウより上手だ。

 左手のアグニートを天使に投げつけると、次のアグニートを逆手で引き抜こうとした。

 腕が重い。

 カレードの前で剣を逆手で抜く動作を見せたのはこれで二度目。

 順手ではまだ抜いていない。

 それでもアグニートを使い切る前に剣が抜けなくなる恐れがある。

 加えて攻撃のかわし方も徐々に狭まってくる。

 すでに剣は受けられない。

 すでに右への退避は行えなくなっている。

 スウェーを使い、後方へ交わすことはまだかろうじて出来そうだが、かなり余裕が無いと行えない。

 左への退避は行っていないからまだ使える。

 どんどん条件が加算されていく。

 戦闘の極限状態ではただでさえミスが許されない。

 それでも疲労はミスを犯させる。

 カレードは長期戦になればなるほど有利。

 コウの口はまだ犬歯を見せている。

余裕が無いわけではない。

絶対不利な状態なのは変わらない。

しかし、ファクターが使えないことをコウは少しも不満に感じていなかった。

それどころか腹の底から湧き上がる衝動に快楽を覚えていた。

勝機はある。

今までの闘いは神の隙をつくためにのた打ち回るような戦いだった。ビジターへの一方的な蹂躪だった。

いずれも単独で戦うことは無かった。

単独で戦ったのはロウアーだけだ。

完膚無く敗北した。

 あの敗北はいつか返上しなければならない。

カレードはコウにとって格好の練習相手だ。

実験台だ。

ロウアーは天使の中でも格別だ。

カレードに勝てないのであれば、この先も勝てるわけが無い。

笑みが止まない。

ロウアーに迫る。

「うおおおおおおおおおおおおおおお!」

 コウはこの闘いではじめて突きを放った。

 剣の腕では上回られているが、身体能力は項のほうが上だ。

 それをかわしたカレードもカウンター気味にレイピアを突き出すが、かわされる。

 コウは突き出したアグニートをそのまま振り下ろす。

 剣に勢いは無いが、熱剣である刀身に触れればただではすまない。

 カレードはそれを地面に手をつき、身体を一回転させてかわす。

 続いてまたもカウンター気味にレイピアが飛んできた。

 敵の方が上だ、と確信したのはこの戦法を封じることが出来ないからだった。

 カウンター戦法をコウは取ったことが無かったし、自分ではこれほど華麗にかわして反撃することは出来ない。

 相手は闘牛士のように華麗だ。

 カレードのファクターに焦って突っ込めば、このカウンターが待っている。

 このカウンターにカウンターをあわせるのは非常に高度な技術を要した。

 それをコウは有していない。

 だから使わずに、カウンターをすることにした。

 左手のアグニートを手放す。

 そのまま、左腕にカレードのレイピアを貫通させる。

 筋肉繊維と骨がミキシングされているような不快感と痛みが脳に響くが無視。

 根元まで左腕に突き刺さったレイピアを握りこむ。

 カレードの目が驚愕に見開かれる。

 隙が出来た。

「捕まえたぁ!」

 歓喜の声と共に振り下ろされた右腕のアグニート。

 その攻撃は一度見た、とカレードが思った瞬間、コウはアグニートを手放した。

 そのまま手刀が振り下ろされる。

 コウの膂力は天使のそれを上回っている。

 鎖骨に手刀がめり込み、骨が折れる音。

「ぐうっ!」

 後方へステップして交わそうとするが足が動かない。

 左足をコウが右足で踏んでいた。

「捕まえた、と言ったろう!」

 右手で首元を捕まえると、そのままカレードの身体を宙へ振り回し、ビジターの背に振り下ろした。

「がっ!」

 背から思い切り叩きつけられ、空気を搾り出す。

「勝負ありだ!」

 カレードに馬乗りになった、コウが勝ち名乗りを上げる。

 首に手が掛かっている。

 完膚なき負けをカレードは認めるしかなかった。

「殺せ」

「はっ。勝利は味わった。十分だ。負け犬が勝者にお願いしてんじゃねぇよ」

 確かに飢餓感はあるが、それ以上に勝利が心を満たしていた。

 それに人の上位種とはいえ、同属に近いそれを喰うことを本能が忌避した。

 それにこの天使は情報源だ。

 殺す意味がない。

 コウの言葉にカレードはあきらめるように息を吐いた。




 残り残弾は11。

 これで相手を倒すしかない。

 無駄弾は打てない。

 元々、お守り代わりに持ってきた為、実際に使うとは思っていなかったのだ。

 予備弾薬なんて持ってきていない。

 ここに来てコウの真意がわかった。

 コウはメツがこいつを打てるという確信があったのだ。

 それでも親友にさらに力を与えるということにはためらいがあった。

 これを打てるようになるということはファクターの本質を理解するということ。

 そして、取り返しがつかなくなるということ。

 コウはファクターで命を喰い、身体能力を上昇させた。

 ならファクターをメツは?

 見えないものすら消し去るメツは?

「人間!」

 リバイエルのファクターが放たれる。

 彼のファクターを見切るのは容易だ。

 手から『削り』が発生する以上、砂浜にその軌跡が見える。

 メツは地を蹴った。

 一瞬でリバイエルに肉薄する。

「なっ!?」

(命中率は悪い、だったね!コウ!)

 太腿に銃口を押し当て、そのまま発射。

 リバイエルがファクターを放つが、その頃にはメツは目の前にはいなくなっていた。

 大腿部をやられ、砂浜に膝を着く。

(何だ。このスピードは!?)

 先ほどまでとはまるで違う。

 このスピードは自分以上だ。

(奴のファクターは『消滅』ではなかったのか!?)

 一方、メツは自分の身体に起こった異変を悟っていた。

(色が無くなった……)

 目に映る景色に一切の色が失われた。

 モノクロだ。

(犬の視点と思えば、余り気にならないか)

 メツは自分との身体能力の差を消した。

 差になった対象はコウ。

 今のメツはコウと同等の身体能力を有している。

 ファクターを得た際に髪の色素が無くなったのだ。

 今回も何かを失うだろう、と割り切って使用した。

 自分の『何か』を失うことで他との差を消していく。

 代償さえ無視すれば、相手と身体能力を合わせられる。

 しかし、戦えば戦うほどに――。

(人間でなくなってしまっても良い!守るんだ!大切なものを!)

 モノクロの世界でメツは銃を構える。

 早くけりをつけてしまわなければならない。

 今は色彩が無いだけだが、もう1つ消えているはずだ。

 この冷静な思考を得る為にメツはハヅキの冷静との差を『消した』

 距離はあるが、一発打つ。

 砂浜にうずくまっているリバイエルの横の砂浜がはじけた。

 リバイエルの体が硬直する。

 あの弾丸のお陰で、右肩と左足が死んだ。

 それも手心を加えられた状態でされた。

 当てようと思えば当てられる。

 そういった意思表示に見えた。

 リバイエルは目の前の『何か』がわからなくなっていた。

 先ほどの一発は確かに自分を殺そうと打った一発だった。

 でなければ、自分がこれほどまでに恐怖していることにならない。

 そうだとしたら、何故、自分に先ほど止めを刺さなかったのか?

 自分を撃った人間の目に悪寒。

 まるで自分のことをモノのようにしかみていない目だ。

 蚊でもつぶすような自然さで、奴は命を奪える。

 先ほどまでとは別物だ。

 一体何があったのかリバイエルに知る由も無く、ただ恐怖するしかなかった。

(もう2,3メートル近寄らないと当たらないか。有効射程は5メートルもないんじゃないか?)

 不思議と落ち着いている。

 身体能力で上回ることで少しは余裕が出てきた。

「動かないで。次は当てる」

 歩きながら近寄り、射程圏内へ。

 そのメツへリバイエルははき捨てるように言う。

「よく言うぜ。今の、殺すつもりだったろうが」

 メツは思う。

 ――――うるさいなぁ。

 息をするように引き金を引いた。

 リバイエルの顔が左半分吹き飛んだ。

 脳が消し飛んだリバイエルの体がゆっくりと崩れ落ちる。

 砂浜に仰向けに転がり、首から血を吐き出し続ける肉隗と化した

(銃の有効射程も試せたし……敵も倒した。初めて……勝った……)

 それでも、何も感じない。

(僕は、命を奪ったん、だよ……な?)

 どうして何も感じない?

 直前まで降伏させるつもりだった。

 それなのに何故、撃った?

(あ――)

 そうか。

 きっと失ったものは『命に関する倫理観』だ。

「は、ははは――。そうだよな。身体をあわせれば色彩がなくなって、思考の差を消せば思想の何かが失われる。良く出来た、ファクターだよ」

 涙は出なかった。

 命に関して何も思わなくなった自分に涙が流せるはずが無い。

 人間から外れ始めたことには嗤うしかなかったが。

 メツが溜息をついたとき、一斉にビジターが動きはじめた。


それでは一週間後に!

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