2-6 徹底した行動
これで二章は終了!
コウは自分の一撃が確かにメツの膝を砕くものだと思っていた。
そういう一撃を躊躇いなく与えたはずだった。
再起不能に叩き込んで闘いから退場願うはずだった。
アイにも現場を見せて戦いの恐怖を知ってもらう予定だった。
「コ、コウ……?」
眼前で恐怖で歯をガチガチと鳴らしたメツが突っ立っていた。
手応えがまるでなかった。
確かに捉えたはずなのに……。
下で唇をぬらし、剣を握りなおす。
もう一度いく。
再起不能。
長期間のリハビリが必要になりそうな……いや、一生、車椅子生活になってしまっても仕方のない一撃。
これを躊躇えばメツは死ぬ。
こんな臆病者に闘いは似合わない。
「おおおおおおおおおおおおおっ!」
咆哮し、地を蹴る。
メツは剣を両手で突き出して防御のような姿勢を取るが、両目をつぶってしまっている。
姿勢もまるでなってなく、穴だらけだ。
(左膝!)
コウは剣を袈裟懸けに振り下ろした。
剣と膝の激突の瞬間をしっかりと目を離さなかった。
剣は間違いなく膝に激突した。
激突音はなかった。
手応えはなかった。
ファクター使用特有のにおいのようなものが感じられた。
コウはそれを確認すると一足飛びに距離をとる。
「コウ……コウ!」
メツは中止を呼びかける。
一切を無視。
今の接触でメツのファクターは割れた。
確かに厄介な常時発動だ。
闘いにおいてはかなりのアドバンテージを得ることが出来る。だからこそ、なおさらここでメツを再起不能にする必要性が生まれた。
鞘の固定部を手早く取り外し、剣を抜き身にする。
仕方がない。
足を切断する。
あとで手術してくっつけてもらえるようになるべく綺麗に切り取る。
極めて冷静にそう判断した。
メツは相変わらず恐怖で固まっている。
そんな有様だから似合わないんだ。
剣を構える。
お前はここから退場しろ。
足を十分に地面に接地させる。
お前の分も俺が闘うから、足を置いていけ。
足を撓ませる。
説得に応じる奴ではないだろう?
さあ、いくぞ。
これでお前は日常に帰れ。
そして踏み込む。
「暁コウ!」
声のした方向にすばやく反応。
その声は明らかに敵意がこもったものだったから、すぐに対応できた。
目に入ったものは巨大な釘。二月席のマテリアルだ。
二月席がここにいることを疑問に思うよりも早く、飛来してくる2本の巨大な釘を正確に弾き落とすが、バランスを崩し、地面に転がる。すばやく飛び起き、釘の発射地点に向き直る。
「チッ……」
「何をしている!」
厳しい顔つきの二月席がいつの間にかアイの横にいた。
コウは無言。
コウの態度に苛立ち、二月席がコウに詰め寄ってきた。
「貴方は!」
襟首を手でつかまれるが、それでもコウは無反応だった。
失敗した。
コウの頭にあるのはそれだけだ。
ここでメツを救うつもりだった。
しかし、この場ではもう無理だ。
暗殺のような形に切り替えるか?
その辺は少し勉強する必要がある。
サキはそんなコウの顔を引っつかんで無理やり目を合わさせた。
「どういうつもりかってきいている!」
怒りに燃えている目だ。
早く事態を収拾するには言葉を選ぶ必要がある。
「お前こそ何故、邪魔をした?」
「なにを!」
コウの言葉にサキの怒りがまた一段階上がる。
爆発寸前だ。
それでいい。
次の一言で黙っていろ。
「メツが戦わなくなれば、お前だってその方がよかったんじゃねぇの?」
サキの目が見開かれる。
「メツが戦いにむいていると思うか?」
「…………」
その沈黙が答えだ。
「何故、お前は無理やりでも止めなかった?」
「…………」
止まるような奴ではない。
「このままではメツは死ぬ。周囲からの過度の期待、自身への失望、ファクターの非力さ、どこをとっても死に至る要因しかない。だから俺が再起不能くらいにダメージを与えて戦えないようにしようとした。方法は強引とはいえ、結果的にメツを救うことになる」
「けど、そんな方法で……!」
「事態は待ってくれない。人が死ぬときなんてあっさりだ。人の死の瞬間、俺たちがどれだけ影響できる?」
二月席はすでに返す言葉を失った。
コウの言葉は戦場に身をおくものからすれば余りに正論過ぎた。
死にたくなければ戦わなければ良い。
何も無理して前線に立たなくても世界を守る方法はいくらでもある。
コウは事態に深く関わりすぎたから引き返せる位置にいないが、メツは再起不能になれば十分に引き返せる。
「自分の望みを偽るなよ。メツは殺させないってのは俺たち共通の望みだろ?」
「それは、貴方の主観よ。他者の意思をまるで考えていない」
「死んだら考えることも出来ない。メツが死んだら、お前は『あの人は自分の意志を貫いた』と納得できるのか?」
背中に悪寒。
目の前にいる青年は一体、何者?
自分の日常を守ろうとしながら、友人を傷つけようとするこの男の歪みは何?
こんなことをすれば、関係は崩壊する。
この男の言う日常は人の意思がすっぽり抜け落ちている気がする。
「そう言うのなら何故、貴方は私のときメツの意志を尊重したの?」
「生死が関わったからだ。それ以外に理由なんかない。いいじゃねぇか。少しメツが痛い目を見るだけで誰も死なない」
ああ、そういうことか。
サキは全てを悟った。
目の前で展開したことが異常すぎて動揺したが、コウがしていることは確かに理にかなっているといえた。
状況の保全という一点においてはコウのしていることは正しいといえる。
この男はやり過ぎるというだけだ。
その徹底性が異常に見えただけだ。
それは悲しいくらいの純粋さがなせることだった。
そうでなければ親友を傷つけるという決意は出来ない。
「コウ」
いつの間にか傍らにいたアイが大きく手を振りかぶった。
乾いた破裂音。
平手打ちがコウの頬を打った。
コウはよけることなくそれをあえて受けた。
アイは何も言わずにコウから離れると腰を抜かして地面に座り込んでいたメツの傍にしゃがみ、メツを気遣い言葉を二言三言、投げかけている。コウはそれに何の興味も持っていないようだった。それでもメツの方にコウは歩こうとしていた。
矛盾。
その違和感でサキはコウを呼び止めた。
「貴方、メツにどうするつもり?」
「謝るんだよ。やりすぎたってな」
「その謝罪は次のチャンスを待つ為?」
サキの言葉にコウは喉を鳴らした。
「いいね。やっぱりあんたとは気が合うみたいだ」
「こんなところで合いたくないのだけれど……」
サキが元々、他者の負の面に敏感だからこそ気づいた点がコウにとっては面白かったのだろう。
「私は貴方を叩きのめしたほうがいいのか、放置した方がいいのか迷っているところではあるわ」
メツを止めたいというのは先も一緒だ。
「そうかい」
サキが本気を出せばコウを叩きのめすことは可能だ。弱体化したといっても神。地力が違う。コウからしてみれば、むしろ弱体化したことで応用力が増したのかもしれない、と考えるとなおさら厄介ともいえた。
(なんなら私がメツを……)
そう思ったが、サキはすぐにその考えを却下した。
きっと頭で理解していても情に流されてしまう。
無理だ。
結局のところこの男を止めるものはここにはいないのだろうか?
ハヅキの不在が痛い。
コウは彼女がいる間は比較的まともな思考だった。
いや、彼女がいたからまともだったか。
今になってわかる。
彼女は名実ともにこの獣の飼い主だったのだ。
今まで彼女が道を示し続けていたからこそ、彼はやりすぎずにいたのだ。
どうにかしなければならないが、思考がまとまらない。
何より自分は部外者に近い。
そして未だにファクターは不安定で迂闊に使うことも出来ない。
「気にするなよ」
コウがサキの気持ちを察したように語りかける。
「俺とあんたの望みはもうすぐ叶う」
顎でメツを示す。
恐怖に震えているメツは、確かに戦場に立とうとは思えないような有様だった。顔面は蒼白で、唇は紫色になっている。体中が震えていて、アイの呼びかけにもろくに応答しない。
「これで折れてくれればいいんだけどな」
「……やりすぎよ。自分の親友にトラウマ作って、貴方はどうするつもり?」
口調は抑えているが自然と怒りがにじみ出てくる。
やはり、この男のやり方は度が過ぎている。
「どうするって?」
「幸せになるつもりはあるのかって聞いているのよ。貴方、一体どこに向かっているの?」
「幸せ?」
獣が二月席に言っている意味がわからないといった顔をした。
「貴方……」
瞬間、世界が揺れた。
振動はおおよそ3分ほど続いた。
まるで地球が揺れたかのようだった。
揺れは大きく感じたが、実際のところ、被害はまるでなかった。
地面が揺れたのではなく、世界が揺れた。それは全世界の人間が感じ取っていた。
その振動は世界を崩壊させた。
ユーラシア大陸の東、海岸部上空に新たな大陸が出現したのだ。
そこからビジターが沸いた。
零れ落ちてきたと表現した方がいいのかもしれない。
とにかく今までの散発的な出現とは大違いだった。
日本海側にあったコウの街は空を飛ぶビジターと海を渡ってきたビジターとの激戦となった。
それよりも悲惨だったのはユーラシア大陸東海岸部の国家だった。
はじめはビジターに対しても軍でぎりぎり拮抗を保っていたが、1つのきっかけであっさりとその拮抗は崩れた。
そう。
天使が現れたのだ。
三章の登校は8/20となります。
お待たせしてしまって申し訳ありません。
私生活が小説を書くことを許してくれない…




