2-5 その骸は何をもたらす
現段階の登場人物で一番脆いのはコウです。今回は出ないんですけどね。
クゥは対ビ施設の最深部にいた。
硬質な鋼の壁の向こうに大きな扉が見える。
ここにいるのは自分だけだ。
ここまで来るのにセキュリティを黙らせて入った為、今の対ビは外からの侵入に対してかなり脆弱になっている。ここは対ビの中でもかなりの機密を取り扱っているところであり、ハヅキも立ち入りを許されていない。
クゥがここに忍び込むきっかけになったのは、今までの人間たちの行動に不自然な点があったからだ。
これは神である自分だから気づいたことではあるのだが、あるべきものがこの施設で見受けられなかったからだ。処分されて形跡はなく、人間は『ソレ』が喉から手が出るほどほしいもののはずだ。
自分たち、神に対しても服従因子の為、その要請することができない以上、『ソレ』はあってしかるべきなのだ。
(あっても別に怒りはしないっすけどね)
確証は必要だ。
あるかもしれないと怯えて行動することは避けたいし、放置などもってのほかの代物だ。
周りの鋼で出来た通路は無機質で冷たさを伝えてくる。引き返したいという気持ちが湧き上がってくる。蟲壷に手を突っ込みにいくような気味悪さが胸中に湧き出る。その感情を転がしながら通路を進み、『ソレ』が安置されているであろう扉にたどり着く。
クゥが扉の前に立つと同時に、重厚な音ともにロックが解除され、扉がゆっくりと開いた。扉の向こうの部屋は立方体。そして壁一面の機器からコードが伸び、中央の巨大な円柱に集合している。
クゥは一瞬、部屋に足を踏み入れることを躊躇った。
あの円柱がクゥの想像しているものならば、かなりおぞましいものであるからだ。
つばを飲み込み、部屋に足を入れる。
「お待ちしておりました」
声は円柱の影からだった。
雰囲気に飲まれて気がつかなかった。
「おや、そのダンディなお声はタダトさん」
声の主、タダトが影からでてきた。
「そろそろお気づきになられる頃合だと思いました」
恐らく、セキュリティがダウンしたことを勘付いたのだろう。
感づかれないようにしておいたつもりだったが、さすがにコウの父親ということか。
「おや。特に隠すつもりはなかった、と」
「ええ、機を見てお話しするつもりでもありましたし……」
タダトの様子を見て、クゥはますます確信を募らせた。
「ハヅキさんはこれを知っているんっすか?」
「いえ、彼女には知らせていません」
「理由は?彼女は服従因子が効かないただの人間。話さない理由はないと思うっす」
「……我々は彼女に頼りすぎている。負担は少ないほうが良い」
その様子だとハヅキに気づかれないように情報を工作したのだろう。あの女は天才ではあるが、妙に他者を信じる所がある。
「そうっすね」
「偽善だ、と笑わないのですか?」
「いえ、さすがにこればかりは隠しても仕方がないと思うっす。日頃から和解を訴えている彼女っすから、これが私の想像しているものであるならば、私だって教えないほうがいいと思ってしまうっす」
そういいながら、円柱をさす。
「しかし、ツケをいつか払うことになる」
そういってクゥはタダトをけん制する。
クゥの言葉にタダトは苦笑。
「それでも、誰かがする必要がある」
そういってタダトは円柱のコンソールを操作する。
円柱が回転しながら上昇し、中が露になる。
何かの水溶液につかりながら、『ソレ』はいた。
人型だった。
緑色の髪。
限界まで横に開いた口はこの世界をあざ笑っているようだ。
目は未だに以上に充血し、この世を見ている。
背中には元々、楕円形だったはずの翼状の物体が所々、崩れつつも存在している。
上半身と下半身は分かたれていた。
衣服はぼろぼろで無残な有様だ。
「五月席。メイ・ダンク。……哀れなものっすね」
クゥの顔が厳しくなる。
空間の神。
最悪の神。
遺体は未だにここに封印されていた。
一度は殺し合いをした間柄とはいえ、同じ神が研究目的で保存液に漬けられている有様は見ていて吐き気を催すほどの嫌悪感を覚える。
「我等は服従因子を克服しなければならない。でなければ、対等な立場にはなりえない」
タダトの言葉は神への冒涜ではあるが、人間側から見れば達成されなければならない目標だ。人は常に神の摂理を踏みにじって進歩してきた。今、行われようとしていることは人間の日常行為のひとつに過ぎない。
クゥは厳しい表情を崩し、息を吐く。
人間の業を責める資格は自分たちにはない。そもそも人間が生まれたきっかけはこちらにあるのだ。原因を追究すれば、自分たちの監督不行き届きということになる。
「軽蔑しますか?」
「いえ、あなた方は正常っす。敵はしっかり研究しなくては」
分かり合おうとしても、神の力は絶大すぎ、気まぐれ1つで世界を支配する事だってできるのだ。ルウラやクゥもその限りではない。制御できないものを懐に入れる続けることが出来るほど、人間は成熟していない。
そもそも神は最近まで想像上の存在だとされていたのだ。
人間はよりも上位の存在を、自分を庇護してくれる存在を思い描くことで精神の安定を図る。無条件で信じられるものを欲してしまう。
だから、神を定義した。
しかし、神は実在していた。
実在するモノを人は支配したがる。
「親は育てた子供に老後は世話してもらうものなんっすけどね」
「私はそうしたい」
タダトの言葉に嘘はない。
しかし、タダトも数ある役職の管理職に過ぎない。
タダトよりも上の連中は己の保身に必死だ。
いや、ひょっとすると更なる利益を求めている輩もいるだろう。
クゥは口端を少し持ち上げた。
誰しもが自分の利を追求する。
縛られている。
だから私の命名はアレなのだ、と。
まったく、この世界は皮肉と憎悪に満ちている。
「一応」
クゥは会話を終着点へと向かわせた。
「私はここに確認しに気ただけっす。別にこの『聖骸』をどうこうするつもりはない」
『聖骸』
ありったけの皮肉だった。
「ただ、老婆心ながら教えておくのであれば……こいつはさっさと処分しておいたほうが良い」
「それは神のお言葉で?」
「いいえ、単なる女のカンっすよ。これは不吉すぎるっす。貴方のご子息がこれを知ったら大喧嘩っすね」
それだけ言ってクゥはきびすを返して部屋を出て行こうとした。
ちょうどその時、世界が揺れた。
次回から戦闘オンリーになりそう。2章は次回で終了。3章開始は時間をいただくかもしれません。




