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2-2 取り繕い

冒頭の一節は前回入れ忘れたものです

 何時からか、と問われればコウがハヅキと付き合い始めたときからということになる。

 愛情を向けられるのは嬉しかった。

 人殺しでも平和な日常は来るものだと確信できた。

 母がいなくても自分には幸せになることが出来た。

 自分はこの日常を守らなければ、と考えた。

 だから歪んだ。

 だから壊れた。

 だから――彼は何も守れない。




 コウのことは頭の隅に追いやった。

 彼がああ言うのなら、全力でフォローに回る。

 それが昔から世話になっている彼に対してアイが出来る唯一の愛情表現だった。

 アイの頑張りもあり、神である彼女たちは文化祭を楽しんでいるようだった。

 特にクゥはテンションが上がりっぱなしで学生たちよりも騒がしい。

 現在は出店を回っている最中。サキが通りがかりの人たちに目線を送られるものの、文化祭という場の為、特に皆は不審に思わなかった。

「狙い打つぜぇ!」

 クゥが射的の的になっている緑色のヘルメットめがけて銃弾を撃つ。

 落ちるわけがないと思われたヘルメットが勢いよく吹き飛び、ギャラリーが騒いだ。

「ひゃぁあっほほおおおおおう!」

 弾いたヘルメットを天に掲げて鬨の声を上げるクゥ。

「……チート」

 ボソリ、と突っ込みを入れるサキ。

 取れるわけがない、とふざけて置いていた景品を打ち落とされ、射的屋を担当していた学生が口をパクパクさせている。

「さぁ、このまま全部いただきっす!店主!このならんだ景品数と同じ玉をここへ持てぃ!」

「ひぃ!」

「ふざけすぎよ」

 真っ青になった学生がかわいそうになり、サキがクゥの首根っこを掴んでそのまま射的屋から引きずり離す。

「ああ!せめて、あの平河浮のフィギュアだけでも~」

「往生際は良くしなさい。十二月席」

 学生に軽く謝罪を入れたアイは神々を追う。

 こうしていると彼女たちが、ただの女の子のようだ。

 単体でも人類を屈服せしめる存在であるということは誰も想像はつかないだろう。

「そう言えば、メツは今どこに?」

「彼ならメイド喫茶の調理を頑張ってくれているわ」

「お、私はメイドにはうるさい女っすよ。早速、向かうっす!」

 すでに打ち解けた彼女たちはかしましい事この上ない。

 アイ自身、そう仕向けていたし神もそれに応じていた。

 実際、この体験は楽しいのだし、コウの事を引きずっていても仕方がない。

(それでも……)

 どこかで聞かなければならないとクゥは感じていた。

 コウのあの反応は尋常ではなかった。

 サキのことを快く思わないとしても、あのコウの殺意は半ば本気だったのだ。

 戦闘力に関して彼は申し分ない。

 しかし、彼は脆く感じる。

 精神面がかなり危うい。

 薄氷を踏んでいるかのようだ。

 あの獣のような苛烈さに隠されて見えないが、彼の戦い方は絶叫のようなのだ。

 望んでいるものはこんなものではない、と叫びながら戦い続けている。

 それでは駄目だ。

 彼は変化を受け入れなければならない。

(メツ君との模擬戦は急いだ方がいいっすね)

 コウにとって日常が変化したというシンボルは彼だろう。

 早めに慣らしていかなければ。

 四月席は不干渉ではあるが、欲がないわけではないのだ。

 ある種、ロウアーと同じくらいにたちが悪い。

 状況は良くなっているが、まだ五分と五分ではない。

 クゥは神になるつもりはない。

 それでもロウアーと四月席だけはこのままにしては置けない。

 首を振って思考を追いやる。

 これでは臆病者といわれても仕方がない。

 結局のところ、彼女自身が手を下すことが恐ろしいだけなのだ。




 メツは休憩に入った。

 先ほど、コウが休憩から戻ってきたので交代したのだ。

 コウのほうが料理が美味いのだから、ここからが本番だ。

 コウの料理が美味いというのは学内では結構、有名でメイドよりもコウの料理が食べられるということを目当てに来る学生もいる。

「お~い」

 呼び声に首を向けると、クゥとアイ。それと……。

「なにしているの?」

 引きつった笑いを浮かべて近づいてきたミイラ女になっているサキに問いかける。

 サキは首を振って本意ではないことを伝える。

「……まぁ、ここに来たいのなら妥当だよね」

 一息、溜息をついて、

「来てくれてありがとう。うれしいよ」

 メツの言葉に頬に手を当てて照れを表現するサキ。

「丁度、コウと交代したんだ。一緒に回ろうよ」

 少し背伸びをしてサキはメツに耳打ち。

「ありがとう。うれしい」

「僕も来てくれて本当にうれしいんだ。君を一緒に回れると思わなかったから……」

 二人で手をとって見つめ合う。

「どこに行こうか?」

「誰もいないところ」

「それじゃあ、いつもと一緒だよ」

「じゃあ、案内して?」

「うん。僕の学校のいいところをたくさん案内するよ」

「嬉しい」

「僕もだ」

 ヒュッ。

 空を切って二人の間に拳が飛んできた。

 鋭く、十分に気合の入った拳だ。

 拳は男女の眼前で制止した。

「……メツ、あんたにはファンが多いんだから場所をわきまえろ」

 負のオーラを発しながら両者を睨みつけるアイ。

「これだから童貞と処女は嫌なんっすよ。場所をわきまえない。いや、わきまえられない」

 クゥも今にも舌打ちしそうなほどイライラしている。

「二人は一緒にさっさとどっかいけ!」

「アイさんに同意っす。どこぞなりと消えるがいいっす」

 彼女たちの剣幕に男女は首をがくがくと盾に振り、その場をそそくさと離れて行った。

「さて、邪魔者がいなくなったところで我等も喫茶店デートといくっすよ」

「そうね。今ならまだすいているわ。コウがキッチンに入ったと知られればすぐに混みだすからタイミングよかった」

 教室に入ると確かにすいていた。

 アイたちの入室に気づいた女生徒がこちらに来てお辞儀をする。

「お帰りなさいませ。お嬢様」

 メイドにクゥが鷹揚に頷く。

 いやに堂に入った仕草だ。

 アイは友人からパーカーを受け取り、羽織る。これで休憩中であるということが後から入ってきた人にもわかるだろう。アイはクゥが案内された机に座ると、先ほどの所作に対して言及した。

「……馴れているね」

「そりゃあ、メイド喫茶の常連っすからね」

 顎を少し上げて得意げに鼻を鳴らすクゥ。

「この辺メイド喫茶なんてなかったと思うんだけど……」

「ほら、そこはあたしは最速の神っすから。東京までひょひょいのひょいっす」

「……ファクターってそれなりに立派なものじゃないの?」

「力の使い方は使う人によって変わるっす。武器として使えばそのように。あたしのように平和的に使えばそのように」

「なに良い風に言ってんのよ」

「まぁまぁ、力を持っている者の特権っすよ。ただでさえ貧乏くじ引きやすいんだからこれくらいはね。ここのお勧めを教えてもらっても?」

「ああ、そうね。これとか……」

 メニューを指差すとクゥがしかめ面を作った。

「何でメニューにケチャップで名前書いてもらうやつが入ってないんっすか?」

「頼んだら出来るわよ?やるのはコウだけど」

「…………………………やめとくっす。わがままはいけないっす」

「賢明ね」

 クゥはちらりとコウがいるであろう調理場に目を向け、自身のファクターを気づかれないように発動させた。

 これで彼にこちらの会話は聞こえない。

 違和感があっても、クゥ自身の本来のファクターは誰も知らない為、どうとでもごまかせる。

「ところでアイさんってコウさんとは付き合いながいんっすよね?」

「一応はね。幼少期の頃から」

「確認っす。コウさんは幼少期の頃にファクターをもっていたってことは無いっすよね?」

「ない……はずよ。コウがファクターに目覚めたときは見ていてつらかったもの」

「目覚める予兆みたいなものも無かったっすか?」

「無かったと思うけど……何でいまさらそんなことを?」

「……いえ、少し気になることがあって……」

「相談だったら乗るよ?いえ、乗らせて。コウのことだったらなおさら」

 アイのけなげさは見ていてつらいものがあるが、ここは置いておく。

「彼が自分のファクターに対して嫌悪感を持っていることが気になっているんっす。自分のファクターが嫌いというのはそのまま戦闘力に直結するっす。命名いのちなを否定すれば、その分、ファクターは力を発揮しないっす。」

「ええと、私はファクターのこと余り知らないのだけれども……要するに今のコウは自分嫌いだから弱くなっているって事?」

「そう考えてもらってかまわないっす。本来は命名を否定すること自体、なかなかないことっす。自分の本質の中でも気に入っているものが命名に選択されるものっすからね。二月さんは例外っす。アイさん。彼は自分が嫌いなんっすか?」

「いいえ、そんなことないと思うけど……」

 そう言いい、考え込む。

今の自分がどれだけコウのことを知っているのか。

……正直、自信がない。

袖に彼は遠くに言ってしまった気がする。

「すいません。失言でした」

 クゥが目を伏せて謝罪した。

「え、あ、そんな……」

 今の自分はどんな顔をしていたのだろうか?

 クゥの普段と違う謝罪を聞かされれば、よっぽどひどい顔だったのだろう。

「なにやってんだよ」

 視線を横に移動させるとコウがオムライスを二つ持って来ていた。

「おお!これはうまそうっすね!ちなみにこういうのは普通、メイドが持ってくるものでは?」

「俺が持って行け、とクラスの女が言うからだよ。それにしても随分と静かだったじゃないか。楽しんでいるんじゃないのか?」

 ファクターで周りに声が聞こえていないことを知らないアイが不自然な反応をする前にクゥは会話を繋げる。

「騒ぎすぎて疲れたんっすよ。どうっすか?盛り上がってるっすか?」

「会計見る限り、ぼちぼちってとこみたいだな」

「ここからが稼ぎ時よ。コウが作るって大々的に宣伝しているから」

「うへぇ、そういうのやめろよ。俺は静かに学園祭終わりたいんだ」

 コウはそう言いつつも顔は笑っていた。どうやら、先ほどの事を引きずるつもりはないらしい。コウ自身、かなり頑張って北欧にいる女達のことを頭から締め出したのだ。

 それを見てクゥは少し安堵した。

 先ほどは単に過敏に反応しすぎただけなのだろう。……そんな希望的観測がもてるようになったからだ。

「あ、そうだ。クゥは明日、用事あるか?」

「ああ、あしたはちょっと私用で外へ……」

「そうか。残念だな。明日、メツと訓練するから見てもらおうと思ったのに」

「ありゃりゃ、そいつは残念っすね。申し訳ないっすけど、お二人で頑張ってくれっす」

 予想以上の前向きさ。彼の胸中で整理がついているのだろうか?冷静に考えれば、確かに二月席は危うさを秘めた存在である為、あそこでの反応はある種、当然ともいえた。

 いずれにせよ彼がやる気になっている以上、言うことはない。

「それじゃあ、あたしらはこれ食べたら適当に回って帰るっす」

「ああ、楽しんでいってくれ」

 アイはそんなコウを見て眉を潜めていた。

 不吉だ。

 判断材料は少ないがそう感じた。

 長年の経験からそう判断できた。

 ここでアイがそう感じたことが良かった事か、悪かった事か……。

 判断は未来になってもつかないことではあるが、とにかく、明日の出来事を左右することになったことに違いはない。


それでは一週間後!

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