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笹舟  作者: ヴィッセ
3/5

三、〈スパン・シュガ〉


 その後ヒルガオとドクダミは〈スパン・シュガ〉に戻っていた。長細い、緑色の格好をして佇んでいるこの宿舎も、〈ミリト・ジェリ〉と同じ木で造られている。

 夕方になって、あの蒼かった空はすっかり雲に侵食されていた。微かに灰色掛かった綿飴が、気怠そうに横たわっている。今にも雨を降り注がせそうな表情だ。


 日光が届かなくなった宿舎内はほの暗い。通常は陽が沈む頃に行う筈のランプ点灯を、生徒達は早々に済ませていた。二人は一歩遅れた形で火を点ける。ちなみにこのランプは、触れるだけで発火するという代物である。そしてソレは、取付けた部屋の主のみが点灯出来る仕組みになっている。ヒルガオの部屋のランプをドクダミが触ったところで着火しようがないのだ。

 各自が自室の表札上のランプを点灯し終えれば、長い長い廊下に、二つのラインが完成した。

 その時、誰かのこえが後方から聞こえてきた。

「遅かったじゃないか、ドクダミ。何処へ行っていたんだ。」

「〈野〉に出ていたのさ。」

「〈野〉に、」

「あぁ。先程までは晴れていて、気持ち良かったよ。」

 ヒルガオはこの人物を知らない。無論、名前も分からない。ドクダミは困惑するその人物に微笑みながら応答していた。

「アケビ、もう夕食は済ませたのかい。」

「話を逸らすな。そんなことはどうだって良いんだ。君はどうして、」

「理由なんて、必要無いだろう。自然なことさ、」

「自然なものか。それとも、興味本位なのか。何れにしたって、僕は納得出来ない。」

「君が納得しなければ、僕は行動してはならないと云うのかい。ソレこそ、僕は納得出来ないよ。」

「ドクダミ、」

「何が正しいのか、この目で見定めたいんだ。僕たちは知らな過ぎるから。」

 ヒルガオには話の内容がさっぱり分からなかった。けれどアケビと呼ばれたその少年が、深刻な表情を見せていたので重要なことなのだろうと思った。

 ヒルガオは抜き足差し足で部屋に引っ込んだ。


 扉を慎重に閉めてから、彼は室内ランプを点灯した。ランプは徐々に明るさを増し、部屋の一角から奥の方までをあらわに照らし出した。まだ昼間の熱気が少し籠もっている感じがする。

 自室の家具等の配置はそれぞれ自由に行われている。そこでヒルガオは、この真四角の部屋を解放的に利用していた。小さなタンスとクローゼットを入って右側に、左側には机を設置している。他には何もない。というのも、他の生徒ならばベッドや音楽機器なんかを部屋に持ち込んでいたりするのだが、ヒルガオはそういったものに関心が薄く、小鳥たちの囀りを音楽にして敷布団生活を送っている。ヒルガオはあまり物欲のない少年だった。その時腹部から音が聞えた。彼は忽ち空腹感を覚える。どうやら、かわりに食欲の比重が勝っているらしい。

 腹部に手をあてがい乍ら、ヒルガオはドアの方を見た。二人はまだ会話を続けているのだろうか。

 空腹に耐えかねたヒルガオが、取り敢えず様子を見にドアノブに手を掛けた時だった。同時に数回ノックされる音が聞える。

「ヒルガオ、」

 ドクダミの聲がした。彼の聲は、少し高音乍ら安定した印象を与える、そんな聲だ。

 ヒルガオは手を掛けていたドアノブを回し、正面に彼を迎えた。

「話は済んだの、」

「あぁ、大したことじゃ無いのさ。気にしなくていい。ソレより、一緒に夕食を食べに行かないかい、お腹、空いているだろう。僕もペコペコだ。久々に〈野〉に出たせいかな。」

「今日の献立は何だろう、」

「こんな雨の降りそうな日は、きっと麺類さ。」

 軽快に会話を弾ませ、二人は〈食堂〉へ足を運んだ。


    ◆


 着くと、殆どの生徒の姿はなかった。皆とうに食事を済ませてしまったのだ。それでも、ヒルガオとドクダミがすわった席の三つ奥に、アケビと一人の少年が居た。恐らく、アケビが話し終えてから、その後ヒルガオたちのように二人で来たのだろう。ヒルガオは何となく居心地の悪さを覚えていた。

 〈食堂〉は全生徒が坐って食事が出来るほどのスペースがある。そもそも、この〈スパン・シュガ〉は5階建てなのだが、此処の上部だけはその5階分丸々が高い吹き抜けになっており、天井には透明なガラス張りを施している。快晴の日には、室内に居乍らにしてあの蒼い空を仰ぐことが出来るのだ。〈食堂〉という割には実に小洒落た空間だった。

 結局の処麺類ではなかった夕食を口に運び、ヒルガオたちは沈黙していた。3つ向うの席に坐っているアケビとその隣の少年も同様だ。普段なら話し聲や笑い聲が稠密ちゅうみつしている筈の広い〈食堂〉は、食器を使いこなす際に出るカチャカチャという音しか響かせていなかった。


「ドクダミ、」

 ドクダミがようやく食べ終わろうとした頃、既にヒルガオの皿の上の山は跡形もなかった。一足先にフォークを置いたヒルガオは、天を見上げている。


「雨が、落ちてきた。」


 5階分の高さもある、あの吹き抜けの透明な窓を擦り抜けて、ヒルガオの頬や服に染みを作った。




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