一、〈野〉
野の傍らの水路で、笹舟は独り流されていた。苔の生えた、その古めかしい水路は、一直線に続いている。笹舟は、風の気紛れで野末に向うこととなった。
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太陽が満面の笑みを浮かべ、燦燦と光を降り注いでいる頃、ヒルガオは野に佇んでいた。彼以外には誰一人居ない。
暫くすると、空腹を訴える音が聞えた。低く、うねるような音だ。しかしヒルガオはソレすら気付かない風で、虚ろに視線を泳がせている。夢を見ているのかも知れない。
幾時間かが経ち、やがて青嵐に運ばれた聲が聞えてきた。ヒルガオは漸く夢から醒めたという目付きで、勢い良く振り返った。肩越しに一人の少年が居る。随分遠くから呼び掛けられたと思っていたのに、実際は殆ど隣にまで来ていた。
ドクダミはこの季節には似付かわしくない、陶器の様な色白い肌の少年で、露草を思わせる蒼い瞳が特徴的と云える。そしてその瞳は、洗練された何かしらのものを持っているようにも思わせた。
ヒルガオは先ほどとは打って変わり、凜凜しい表情でドクダミを見た。
「急に現れるなんて、びっくりするじゃないか。からかうのも、大概にしろよ。」
「急になんかじゃあ、無い。僕はずっと、あの校舎の窓から、君を呼んでいたんだ。それなのに、君ときたら見向きもしない。何をしていたのさ。」
「見ていたんだ、」
「何を、」
「お前だよ、ドクダミ。そっちこそ気付きもしない。」
話は絡み合った糸の様で、ドクダミは理解出来ずに首を傾げた。一方ヒルガオは至って真面目な顔で、ドクダミを見据えている。彼は嘘はつけない質である。
ドクダミが怪訝な顔を向けているのを余所に、忽ち空腹感を覚えたヒルガオは、此処にお弁当を持って来なかったことを後悔した。
今日は快晴である。草の匂いが、鼻もとを掠めては一層濃くなった。