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落ち付く、居場所。



 軋むようにして建つ家の間から射す僅かな鈍い光に目が覚める。学校に行かなくなってから、もう五年が経とうとしていた。そうなってからの朝は、晴れも雨も関係なくいつも同じだ。少し体を伸ばしてから二段ベッドを下りると、部屋を出た。階段を下りる途中から聞こえ出す騒音。


「はぁ…。」


もう一カ月だろうか。風群かざむら 春哉はるやと年子で兄の浩介が中学三年生に上がる少し前から母親と口喧嘩するようになった。何の事はない。

 

 母親はシングルマザーだ。父親は居ない。春哉が小学一年生で上級生混合ピクニックへ出掛けている間に事故に遭って他界した。浩介は問題なく学校に通っていて、今は受験勉強に勤しんでいる。しかし、それこそ一ヶ月程前から母親と浩介の希望している高校が一致しないらしく、大事な時期だろうに、日々喧嘩に朝の時間を費やしているのだ。


 何でも、母親は、自分の思い通りにならないと直ぐにヒステリックになってしまう。そんな彼女が薦める学校は、進学率もそこそこだが、就職を主としている商業系だ。家計も母親一人での稼ぎでは、どうしても苦しいという彼女からの切実な願いなのだろう。つまり、高校へ行っても、卒業後には就職してほしいのだ。一方、浩介は、高校卒業後も進学希望で、彼の成績なら十分に狙える進学校を奨学金を利用にて受けたいと思っていた。彼もまた、自分の意見は譲らない性格で、しかも、プライドが高い。両者とも引かない質なので、余計にぶつかるのだ。

 

 いつも喧嘩をして、先に出てくるのは浩介の方だった。春哉も飛ばっ散りを食らうのは御免だ、とさっさと自分の部屋に戻るのだが、それから直ぐに浩介は上がって来てしまう。二段ベッドに駆け上がって、布団に潜り込むと同時にドアの開く音がして、少し身構える。浩介は、ドアを閉めると、二段ベッドの上段に盛り上がった布団を見て吐き捨てるように言う。


「お前は良いよな、期待されてなくて。俺も引き籠りになっとけばよかった。」


母親との口喧嘩をするようになってから、元々皮肉気味だった口調が更に僻んできた気がする。実際は多分、階段に立ち止まっていても、ここに逃げても意味はないのだろう。投げかけられた言葉には、どうしたって言い訳程度しか返せない。


「僕は好きで引き籠りじゃない。」

「お前も早くあの母親から解放されたいだろう?そうやって、いつまでもこの部屋に引き籠ってたら、次に飛ばっ散り受けんのはお前だぜ?」

「…今さっきの浩介の発言が既に飛ばっ散りだよ。さすが、お母さんの子供だね。」

「煩い。」


あれ以来、浩介は母親のことを「母さん」とは呼ばなくなった。

 

 浩介が部屋に戻ってきたからと言って、そう居るわけではない。先程も言った通り、浩介は学校へは問題なく通っているのだ。ただ鞄を取り来ただけで、そんな少しの言い合いを終えると、さっさと家を出て行ってしまう。もう一度溜息を吐く。息が詰まる。自分の家なのに、まるで落ち付ける場所も居場所もない。


「疲れる。」


 9:00になって、漸く母親の出ていくドアの音が聞こえた。それに合わせて部屋を出る。だからと言って、あの修羅場のようになったリビングへ行くのは、二人が居なくても気が引けた。ふと目に留まったのは左隣りの部屋。父親の書斎だった。ここへは一度も入ったことがない。彼が生きていた頃、ここに入るな、と厳しく言い付けられていた。しかし、他界してから入ろうとしても、母親や浩介に止められて、二人が入っていないなら多分手入れもされてない筈だ。しかし、この先に何があると言うのだろう。あれだけ厳しく言われたのだから、何か隠されているのかもしれない、という好奇心だった。それでも、ゆっくりとドアノブに手を掛けて、覗くように開いた。


「…ぁ」


少しドアを開けた風だけで舞い上がってしまうような積りに積った埃は、積み上げられた本然り、まるで春哉を待っていたかのような歓迎ぶりだ。


「臭…。」


ふわりと鼻先を衝いた臭いに思わず鼻を抓んで呟く。一歩足を踏み入れると、ザラザラという肌触りに挙って(こぞって)埃がスリッパも靴下も穿いてない足裏にくっ付いてきた。手で払っても、また床に足を付くと埃が嬉しそうにしがみ付く。その繰り返しに諦めて、とにかく、窓を開けようと足を進めた。


 シャッターカーテンの紐を引っ張ると、窓の向こうから、またあの鈍い光が射し込む。カーテン向こうの窓を開けると、暑い風がドウッと入って来る。途端に部屋全体の埃が舞い、目に入りそうになって、咄嗟に目を瞑る。暫くして目をゆっくり開けると、埃の落ち着いたらしい部屋を改めて全体的に見渡す。もう記憶薄だというのに、何故か父親らしい部屋な気がした。広々としている空間で真ん中に置かれた一番大きい木製で漆塗りの上等なテーブル。三つ程並べられた背も高く、横にも長い引き出しと扉付きの本棚。その反対側に置かれた申し訳程度の小さな机。その上に置かれた、今になっては時代遅れの子機。床以外に山になっている書類や書物、当時かそれ以前の新聞。まるで書庫のようだ。春哉も読書好きではあったが、ここまで溢れる程に集めようとは思わない。しかし、不思議なことに落ち付いた。この本に囲まれた空間に、ずっと浸っていたいと思った。




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