自分らしい物語を書くという話
初めてのエッセイとなります。
それとなく読んでいただけたら幸いです。
小説家になろうで投稿を続けていくと、ふとした壁にぶつかることがあります。
評価ポイントが貰えない、感想がやってこない、連載小説を書いている時に先の展開が思い浮かばない……。
様々な壁があり、いつも作者さんを悩ませます。
当然、私も人間で作者のひとりです。色々考えたりすることがあります。
PVが少なかった日は「今回の話のタイトルの吸引力がなかったのかなぁ」と考えたり、先の展開が思い浮かばない時は危機感を感じて焦ってしまうことだってあります。感想が届かない時には少しの寂しさを感じたりすることだってあります(いつも感想を送ってくれたり、読んでくださっている方には本当に頭が上がりません)。
悩みの種は尽きることはないのかもしれません。
流行のジャンルを書かないと置いてかれるのではないか。
検索ワードに引っかかりやすい言葉がないと駄目なんじゃないかと。
色々考えて悩んでいると、自分が書きたいものはなんだろうという気持ちにもなってしまいます。
最近ではAIを使った小説も話題になっています。
考え方次第ではAIより自分は劣っているのではないかと考えてしまうこともあるかもしれません。
それを踏まえた上で、私は自分らしい小説を書くというのは意識していきたいな、と思うのです。
【自分らしい文章とは?】
結論から言うと、私にもはっきりとはわかりません。
ですが、確かに存在する概念ではあると信じています。
自分らしさ、つまりアイデンティティは人生経験によって創られるもの。
そうなると、このあたりが自分らしい文章に影響を与えるのではないでしょうか。
『作者としての人生の積み重ねによって得た作者自身の価値観』
『作者自身が好きな展開』
大きく分けてこの2つが作者の個性に繋がるのかなとも思います。
まず『人生の積み重ねによって得た価値観』についてです。
これについては、すぐに変えることができないからこそ個性なのだと思います。
小さい頃の思い出のアニメ。印象に残った漫画作品。思い出に残った風景。
怒られて悲しかったことや、ムッとしたこと、出会いと別れ。
人それぞれ異なる出来事を体験して、人は成長していきます。
この歩んできた人生というのは誰にも渡すことのできない自分自身のアイデンティティであり、文章を紡ぐ為の力になります。
私自身の場合だと小さい頃に『おジャ魔女どれみ』シリーズに触れたことや、いい魔女や悪い魔女、そのどっちも存在するという価値観の『オズの魔法使い』に出会ったことによる影響からか、作品の中に魔女を登場させたりするのが好きになっています。
自分が作った世界の中で、私が思い描いた魔女を登場させたいという欲求が強くなっているのです。
また『ぼのぼの』や『ピングー』といった短編形式でほんわかする作品を見ていた時期が多かったのもあってか、日常系な短編のお話を書いたりすることが多くなっています。
実際に食べた料理の満足感を言葉にしたくて、物語の中で登場させたこともあります。タピオカに、ピザ、チュロスにクレープ。様々な記憶が文章になっています。
ただ、物語に影響されて、逆にちょっとひねくれた発想になることだってあります。
物語の展開がちょっと自分好みではなかった場合、そのお話をどうやって自分の中で消化するかを考え、そのお話に対するフラストレーションを参考にしながら、文章にしたこともいくつかありました。
総じて人生の経験というのはなかなか影響力が強く、自分らしさに繋がっていると思うのです。
『作者自身が好きな展開』も自分らしい文章に繋がっている概念だと思っています。
展開の都合上、どうしても書かないといけない苦手な場面というのは存在するとは思いますが、それだけだとお話を書くのはきっと苦痛になります。
普段書く場合、自分の得意とする書き方や、展開を書いたりすることの方が多いのではないでしょうか。
一番のクライマックスに書きたかったものや、伝えたい気持ちを文章にすることは、作者らしさを表現する手段になります。
書きたいものを書く。難しいことではありますが、初心に戻って考えてみるのもいいのかもしれません。
自分はどんなお話が好きで、どういった気持ちを共有したいか。
きっと小説を書きたいと思った以上、物語にしたかった何かがあると思うのです。
本当に行き詰った時は、自分がやってみたいことを見つけ出せば解決するのかもしれません。
【戦うべきもの】
最近の小説事情を語る上でAIは避けては通れない道になっていると感じます。
プロンプトを入力することによって文章を生成するという行程は、いつしか今より気軽に行える時代が来ると言うのも予想ができます。
きっと、これからも投稿数は増えていくのだと思います。
ただ、過度に恐れすぎるのも気持ちを疲れさせてしまうのではないか、とも私は思うのです。
『自分の歩んできた人生やその経験を参考に文章を書くのなら、それは誰にも真似ができないのだから』
AIに文章を書かせる場合には、情報を入力しないといけません。
様々な集合知によって今ではしっかり読ませる文章を書けるAIではありますが、2026年初頭段階では入力した人の人生経験全てを読み込めるわけではありません。
だからこそ、それぞれの人が持つ個性、人生経験は自分らしさとして存在するのです。
自分の好きなものを書く。
思い出に残った出来事を再現してみる。
印象的な場面を文章化する。
どれも、自分という主体があるからこそできる表現なのだと私は思っています。
今の時代、モデルアップしたChatGPTなどを利用することで的確なプロンプトを組み、世界観や形式を整えて小説を生成するという手法もありますが、それも形として一つの創作なのではないかとは思っています。
創作の向き合い方は様々で、純粋に文章を書くことだけが小説の形だと言えない日も来るのかもしれません。
それでも、自分が思い描いたものをアウトプットするという行為は尊重されていいものだと思うのです。
『戦うべきなのはきっと自分自身』
私は本質的なライバルは自分自身ではないかと思っています。
テンプレ作品を忌避して相手を陥れたりするのではなく、気に喰わないものに必要以上に攻撃的になるのではなく、自分が描きたいものを書く。
もしも、評価がなかったとしても、それで誰かのことを責めたりするのではなく、その理由を考える。
どこまで言っても、文章を書き、小説を形にするのは自分自身なので、自分と向き合っていくのが大切なのではないでしょうか。
ただ、それでも自分を追い詰めてしまうのも危険です。
なんで自分はこんなにもうまくいかないんだと、考え出すと止まらなくなってしまうことがあるからです。
どうしても辛いときは素直に考えを改めてしまうのも手です。
『心の休息も戦いには大切』
小説の投稿にはエネルギーが必要です。
連載はエネルギーと同時に精神的にタフなパワーも求められます。
どちらも状況によっては辛い重圧になってしまいます。
そんな時どうするべきか。
私の場合ではありますが休息を取ります。
小説家だって、小説を書くことだけが人生ではないはずです。
食事を取る、散歩する、ゲームを遊ぶ、アニメを見る……様々な休息の取り方があります。
そこで、何気なく一日を過ごすことによって変えていけるものもあると考えています。
きっと、毎日の日常の中から偶然見つけたなにかが創作のきっかけになることもあるはずです。
【おわりに】
様々なことを語りましたが、まだ私自身も未熟な身ではあります。
投稿回数が足りてないから評価が伸びないのではないかとか、流行りじゃないから見られないのかとか、様々な気持ちを抱えたりしながら小説を投稿している身です。だからこそ、私は結論としてこのような言葉を送りたいのです。
『自分らしい物語を小説として、投稿することは凄いことである』
自分という主体があって書かれた小説はどれも凄いものだと私は思っています。
当然、テンプレを狙って人気になるように狙って書いた小説だって凄いです。
そして、PVが伸びないとしても書き続けて、自分の世界を描写している人も凄いのです。
どんな物語でも悪意が混じっていないのならば、それは尊敬するべき小説なのではないでしょうか。
小説を書いていると欲も生まれてきます。
より評価されたい、感想も欲しい、ランキングに乗りたい。
その欲もきっと、悪いものではないのです。
承認欲求だって人間の感情のひとつで、大切なものなのです。
このエッセイを読んで、気持ちが少しでも明るくなったり、気持ちが軽くなったりしたのなら幸いです。
多くの作者さんの小説に祝福がありますように。
読んでいただき、ありがとうございました。




