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「関東くらい連れて行ってやるよ」
Kがそうしきりに言ってくるようになったのは、私がそんな部活へのストイックな取り組みを続けていたころだった。季節は巡って私とKがもうすぐ三年生を迎える早春であった。
入部した時は十三人いた同級の部員は、古い櫛の歯が欠けていくように次々辞めていって、残ったのはKと私だけになっていた。
Kは長いボクシング歴をアドバンテージに、一年時の秋の県大会で優勝した。二年時も悪くない試合を続けたが、県大会を勝ち抜けず、インターハイや国体などのいわゆる上位大会には進めずにいた。
Kが「関東くらい」と言ったのは、毎年五月に行われる関東大会のことだった。その直前に開催される県予選大会の各階級の上位二名が、この関東大会に出場できる。他の上位大会は基本的に県予選大会の優勝者しか出場できないので、関東大会本選への出場は比較的難易度が低いのだった。
「関東(大会)くらい連れて行ってやるからな」
Kは学校で私とすれ違った時など、しばしばおどけながらそう言うようになった。三年間試合に出られることのない、それでも毎日一緒に練習をしているたった一人の同級部員を、そうねぎらって言ってくれていたのだろう。ひねくれていた私は、この言葉に対して、確か「ありがとう」などとは返さなかったと思う。多分にやにや笑って、ごまかしていたように覚えている。けれども――自分の報われない努力をKが認めてくれたような気がして、うれしかった。
私とKは最上級生になり、やがて五月になって関東大会の予選の日がやってきた。Kは後輩に「修行僧みたい」と陰で言われるような厳しい練習と減量をして、ライトフライ級(48キログラム級)に出場した。順調にトーナメントを勝ち進み、準決勝に駒を進めた。勝てば関東大会の本選に出場できる、という試合である。
――その準決勝の当日、Kは体調を崩し熱を出した。恐らく減量の影響が出たのだろう。熱は38度近くあった。
それでもKはいつも通り大会の会場に来て、「まあ、やるしかないから」などと明るく言ってウォーミングアップを始めた。私は気が気でなかった。対戦相手はなかなかの実力者で、そう簡単に勝てる相手ではない。私はKのミット打ちを試合前に受けたが、まるでパンチに力が無かった。
(多分勝てないだろう)
私はほとんど絶望した。
結局Kは熱を持った体でフルラウンド戦い抜いた。普段の実力は半分も出せていたかどうか、という内容だったが、相手との激しい打ち合いに応じ、際どい判定で辛くも勝った。勝利の判定を受けた瞬間、Kは両腕を勢いよく挙げてガッツポーズした。
高校時代私が一番嬉しかった瞬間だった。
*
その後Kは県予選決勝では敗れたが、栃木県第二位の出場枠をもらって関東大会本選に出た。本選では一回戦で完敗した。相手はその後この大会を勝ち進んで準優勝した有力選手で、Kとは少々実力差があった。
ほとんど何もできずにTKO負けしたKは、私たちの待つ体育館の観客席に戻ってくると、自分の椅子席に突っ伏して号泣した。よほど悔しかったのだろう。私は何をどう声を掛けていいかわからなかった。
するとKの応援に来ていたKの妹さんがやってきて、
「おら、泣いてんじゃねえ!」
と怒鳴ってKの背中をバシッと叩いたのである。
(すげえ妹さんだな)
私は衝撃を受けた。そして笑いがこみ上げてきて、なんだか少し気持ちが和んだ。




