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 前述したとおり私は高校でボクシングをしたくて、家から片道一時間半の場所にある高校にわざわざ入学したわけで、怖そうな先輩たちにびくつきながらもボクシング部に入部したのだった。しかし運のないことに、入部して二カ月ほど経った時、練習中に先輩のパンチを顔面に受けた影響で急性硬膜下血腫を起こしてしまった。即入院、幸い軽症で手術は行わず、後遺症も残らずおっさんになった現在もこうしてのんべんだらりと生きているのだが、ボクシングは一生できない体になった。


 それでも部を辞めることは考えられなかったから、退院すると男子マネージャーというポジションについた。練習場の給水をしたり、掃除をしたり、それから選手のミット打ちを受けるのが主な仕事だった。


 部活は、正直苦痛になった。同期の選手は練習を積んでどんどん強くなっていく。ボクシングをしているという、年頃の少年の自尊心を満たすのに格好のステータスを得て、彼らは日々辛いながらも楽しそうに練習をしていた。一方の私には「ボクシング部のマネージャー」という、なんとも格好のつかない肩書が与えられているばかりだった。中学時代の友人に街中で会って近況を報告すると、「なんでマネージャーなんてやっているの?」と尋ねられ、うまく答えることができず、部の大会に同行すると他の学校のボクシング部員から「お前試合出ないの?」と嘲るように聞かれる。


 私は対人練習のできない状態に耐えられなくなり、顧問に「頭の病気は治りました」と嘘をついて練習に混じり、ちょこちょこスパーリングをするようになった。顧問の監督は定年前の非常に適当な老先生で、医師にも私の家族にも確認を取らず私の言葉をそのまま信じた。実際のところはもちろんドクターストップは出たままで、一生私はスパーリングなどしてはならなかった。また硬膜下血腫を起こす危険性があった。しかし私は顧問と部員仲間に嘘を吐き、スパーリングをしばしば行った。一度練習試合にも出た。家族にはそのことは隠し、対人練習はしていないと言い張っていた。


 そんな風に部活動を続け、二年生になってすぐ、私は対人練習が原因で再び硬膜下血腫を起こし、入院した。

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