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そんなKに久々の恋人ができたと聞いたのは今から三年ほど前であった。相手は十歳年下の女性だという。
私は素直に祝福し、私たちもいい齢になったのだから当然結婚も考えてのお付き合いなのだろうと思ったが、Kはなんだか渋っていた。理由を聞くと、
「結婚なんて考えたことが無いから」
などと言う。私はそれはお相手の女性にあんまりだと思い、いい加減年貢の納め時じゃないかとかなんとか、その時居たもつ焼き屋でKをたしなめた。
しかし私の心配をよそに交際は順調に進んで行って、Kは恋人に会うので忙しくなり私との付き合いは二の次にされることが多くなった。たまに会っても、彼女の話が増え、Kが明らかに恋人にのめり込んできている様子が見てとれた。
Kは今年(二〇二五年)の初めに結婚した。
お互い初婚だが式は挙げず、私には入籍することだけLINEメッセージで簡単に報告が来た。
私はさすがにお祝いの品の一つでも渡さなければならないと考えた。
実家近くの小さな百貨店やショッピングモールを回り、店を物色したが良いものが見つからない。宇都宮の百貨店まで足を延ばすことにした。せっかくなので弟も誘い、一時間電車に揺られて東武宇都宮駅へたどり着いた。
事前にいろいろ考えて、食器が無難でいいかなと思っていた。百貨店のそのコーナーへ行ってみると、たくさん食器類が置いてあった。しかも私にとってはお高めのものが多かった。私は高いものを買う時、失敗が無いようにと思い詰めるあまり緊張してしまう癖がある。
そんなお高めの食器類を見ているうち、あまりの選択肢の多さに病気持ちの精神がやられて疲れてきてしまった。ぐったりしながら、こじゃれたペアのコーヒーカップの予算範囲内のものがあったので、もうこれにしよう、と決めかけた時、
「兄さん、こっちにジブリの食器類があるよ!」
弟が声を掛けてきたのである。
弟は今年三十三になるが、プレゼントのセンスがやや子供っぽいところがある。母の誕生日に猫の顔がデザインされたマグカップなど買ってきて、結局それは母に使われずに放置されているようなことがある。
(結婚の祝いにジブリなんか、あげるわけがないだろう)
私は心の中で毒づきながら、それでも弟がやけに勧めるのでジブリのコーナーへ行って見てみた。すると、
(あれ? 意外と悪くないぞ?)
と思い始めてしまったのだ。トトロのペアコーヒーカップがあって、予算の範囲内だしデザインがなかなか可愛い。私は疲れ切った頭でそのカップをじろじろ眺めた。
――気づけばそのトトロのカップを買って、店員さんに包装してもらってしまっていたのである。
私はKにそれを渡すまでの数日間、なんでトトロなど買ってしまったのだろうと激しく後悔し、夜ベッドの中でのたうち回った。
そのトトロのカップを持って、Kに会いに埼玉県郊外の焼き鳥屋へ行ったのが三月のことだった。
Kは十年ほど前に二度目の転職をして、今はやはり栃木県内の学習塾(一度目に再就職したのとは別の塾)で塾長をしている。奥さんは都内で働いているから、二人の勤務先からちょうど中間になるこの埼玉郊外の街に先日引っ越して、新婚生活を送っているのだそうだ。落ち着いたらKも東京方面に職を求めて、東京近郊にマンションを買いたいと言った。子供はそれからかな、とKは若干恥ずかしそうに話した。
焼き鳥を食べながら、Kはつくねの肉がきちんと串に刺さっておらず、串から外れてテーブルに落ちてしまったことに文句をつけていた。奥さんの話をしきりにしては、うれしそうに笑った。私が、プレゼントを持ってきたのだけどこういういきさつでトトロのコーヒーカップになってしまったとおずおず謝ると、
「おじさん二人がジブリのプレゼントを一生懸命選んでくれていたところを想像すると笑える」
と言って爆笑していた。
……人間の類型というものを考える時、恐らくそれほど多くない割合で、周囲の人に対してプラスの影響を与え続けられる人間がいるのだと思う。そしてKはそんなタイプの人間の一人なのだと思う。少なくとも私はKに何度か救われた――ボクシング部時代、関東大会に連れていってやると言われた時、浪人した時、早慶に受かるんじゃなかったのか、と電話口で怒鳴られた時、心を病んで病名を明かしたら、軽く笑い飛ばされた時。私はKとは今でも対等の友人であると考えているし、決して彼を尊敬などしていないが、Kのそういうところだけは、少し見習ってみてもいいかなと思っている。




