1皿目_4
「これって....船だったんだね。まぁ、ずっと見ていたくはないけど」
モービルの街を遠巻きに眺めていても目立っていた、あの小山のようなボコボコとした塔。バトルシップ・パークウェイから続くトンネルを抜けて、それを目の前にした正直な感想だった。
まるで、スラムの違法建築みたいに出っ張ったりひっこんだりしながら、うずたかく天を衝くように突き出た艦橋。僕の頭どころか全身がすっぽりと収まってしまいそうな三連装砲。その他にも針の山のように散りばめられた対空機関銃。
遠い昔の戦争で挙げた功績を讃え、記念艦として現在に続くまで保全されていた英雄。多くのアメリカ人に勇気を与え、希望と力の象徴だった古の艦。「戦艦アラバマ」だった。
確かに、考えてみれば当たり前のことだ。さっきまで軽快に走っていた道の名前は「バトルシップ・パークウェイ」、道の名前が答えを叫んでいたのだから、その終点に名前の主である戦艦が鎮座しているのは当然の帰結であろう。
アラバマ州モービルと言えば真っ先に名前があがるくらい有名な観光スポットだというのに、目の前でみるまで何故分からなかったのか?理由は簡単だ。
何故なら、今では見る影もないほどびっしりとフジツボに覆われて、生理的な嫌悪感を掻き立てるグロテスクなビジュアルになり果ててなってしまっているのだ。これではエイリアンの戦艦だと言われたほうがまだ納得出来るだろう。
「こりゃあ凄いね。もしかしたら生物ってのは単純なほど強いのかも知れないねぇ。こんなオンボロ船でも快適なお家にしちゃうんだからさ」
「就役からもう150年....とか、それくらい経ってるはずだから古い船には違いないけどさ、オンボロは言い過ぎじゃない?ちゃんとメンテナンスされて今になるまで形を保ってるのは凄い事だと僕は思うよ?まぁ、フジツボだらけになっちゃってるけど」
「あんまり近づくなよ?テッド。人に取り付いたりはしないだろうけど『絶対に』とは言えないからね。」
コノエはそう言うと、フジツボの密集する戦艦アラバマだった船を眺めていた僕に注意を促した。
「分かってるよ。最後に整備をされたのがいつ頃なのかも分からないし....もしかしたらちょっとした振動でぽっきりなんてこともあるかもしれないしね」
「そうそう。でもあのタラップに引っ付いてる奴なんかは、余裕があったら幾つか剥がして持って帰りたいものだね」
「うえ~、もしかしてこれを食べるつもり!?そもそも食べられる個所なんてあるの?」
「おいおい、君は賢いけれど「食」に関してはものを知らないねぇ?フジツボは甲殻類。
つまりはエビとか蟹の仲間なんだぜ?あの硬い殻の中に『映画に出て来る』エイリアンみたいな成体が収まっているんだ。
私はサウスダコタの牧場育ちだから流石に食べた事は無いけれど、見た目に反して中々美味しいらしいよ?ジャパンなんかじゃあ名物になってる地域もあるくらいだからね」
「いや、あの国は取り合えず食べてみようって国じゃんか....コノエのルーツにはあるんだろうけど、僕は嫌だなぁ....」
ただでさえ肉よりも野菜のほうが好きなのに、魚ですらなくこんなにもグロテスクな物体を食べることになりそうだなんて。シアトルにいた頃からは考えられない食生活を送らなければいけないこの過酷な現実に、ため息を数える事すら億劫になってしまう。
そんな僕の視線を意にも介さず、フジツボにインスピレーションを刺激されたのか、コノエの脳内の厨房では早くもこれから作るであろう料理の試作が始まっていた。
(今回のターゲットはパティの具材。つまり肉。だからフジツボはその副菜。カラっと揚げてフジツボのフィッシュアンドチップス.....それならハンバーガーの具材は食感を抑えて、香りや旨味が前に出ているものにするのがいいかもしれない。
いや、ちょっと待てよ?そうするとパティの脂と揚げ物の油がバッティングして胃もたれしちまう。それもハイカロリーで魅力的だが、せっかく初めて扱う食材は良さがちゃあんと引き立つものにしたい、と思うのが料理人の性というもの)
(となると、やはり出汁を引いてスープにするというのはどうだろう。フジツボの出汁にペーストにしたトマトを合わせるんだ。
そこにゴロゴロとした人参やじゃがいみたいな根菜を放り込む。そうするとどうだい?味が沁みてほっくりと柔らかくなった野菜にチキンブイヨンなんかを加えたら....)
(厳しい自然を生きてきた野生味漂うフジツボのベースに、ホクホクと柔らかくなった野菜の甘味、海と大地でちょっとだけよそよそしい初対面の具材達の間を取り持つように、陽気なチキンブイヨンがハグして回る。
多分、彼はどこの学校にも一人はいるクラスの人気者みたいな奴だろうね。そうすると、根菜たちは堅物なんだけど面倒見の良い不器用さんだ。随分と賑やかなクラスになりそうじゃないか)
そんな妄想を繰り広げコノエは満足そうにうんうんと頷いた。
「いいじゃないかいいじゃないか、早速イメージが湧いてきたぞ?こりゃあ飛び切りのパティを拵えないといけないね。
それならスープに合わせて海鮮系なんてのもありだぞ?あいにくと釣竿は持っていないからワニかエビか....しまったなぁ、ダイナマイトでもあればよかったんだけど....」
「あのさぁコノエ。楽しそうなところ悪いけど、ダイナマイト漁は環境に良くないよ?もしも次にまたモービルに来ることがあったときに、生態系がめちゃくちゃになって食べるものが全くない!なんて騒ぎたくないよ僕は」
「おいおい、相変わらずいい子ちゃんだね君は。自然はそんなにやわじゃあないよ。牙も爪も無い人間の方が自然の世界じゃあ下から数えた方が早いくらいさ」
それに、こんな世界で環境に配慮なんてしてらんないよ。むしろこっち(人間)に配慮が欲しいもんだね。なんて口を尖らせながらブーブーと文句を言い始めた。
そうして、僕が苦笑いで合いの手を入れようとしたその時。
「しっ....静かに」
それまで賑やかにお喋りをしていたコノエの空気が変わった。僕と会話をしながら森に向けていた意識が何かを捉えた。
「....」
コノエの顔から、陽気なハンバーガー屋の表情が滑り落ちていた。
さっきまでハンドルを叩いていた指が、スッと「ミートメイカー」を構える。それはもう、命のやり取りをするハンターの手つきだった。
ワニか、鹿か、それとももっと別の何かか。ざわざわと、風もないのにモービルの森がざわめき始めた。




