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終末世界のキッチンカー  作者: 渋谷直樹
1皿目 アラバマの熱帯雨林と採れたてエイリアンのソフトシェルシュリンプバーガー
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1皿目_1

 灰色の空の下、瓦礫の山を歩いていた足が止まる。崩れかけた建物の隙間、埃と塵にまみれたその場所に、プラスチックの小さな塊が落ちていた。奇跡的に形を留めていたポータブル・ICレコーダーだ。

 拾い上げて砂を払い、恐る恐る再生ボタンを押し込む。微かにプツプツとした駆動音。一瞬の空白の後、スピーカーからザラついたノイズ混じりの、しかし驚くほど能天気な、まるで西海岸のラジオDJみたいな男の声が流れ出した。


「ハァイ。これを聞いてるってことはまだ人間がいるって事だね?別に何の腹の足しにもならないけど、暇つぶしくらいにはなるから聞いてくれると嬉しいな」


「あ~....そうだな。番組タイトルは『テッド・リードのハッピーハングリーデイズ』なんてどうだい?おっと、もしも君が今ハラペコだったらごめんよ?この話には食べ物の話が山ほどあるから、お腹の虫をダンスさせちゃうかもしれない。

 もしも手元になにも無かったら....その時はその辺の草をハンバーガーに入ってるキャベツかピクルスだとでも思って食べておくれよ」


「ものを食べられるってのは生きている証だからね。それじゃあ、どこから話そうか....ええっと、まずはこんな世界になったきっかけ辺りかな?」


 レコーダーの向こうの男は、自分の辿って来た道のりを思い出すように一拍置き、すっと一段声を落とした。


「───人類は負けた。それはもう完膚なきまでに負けたんだ。それでも全滅していないのは....まぁ、それは運が良かっただけかもね。奴らは人類何て最初から眼中になかったし、病気であっという間にいなくなっちゃったからね」


 レコーダーの声は、まるで昨日のことのように語り始めた。終末世界でキッチンカーを走らせる変わり者のハンバーガー屋と、一人の少年の旅路を。


 ◇◇◇


 マングローブのように水面に浮かぶ木々が、かつては「バトルシップ・パークウェイ」と呼ばれていたはずの道路を侵食する。ここはもはや人間の持ち物ではなく自分たちのものであるとでも言うかのように、たくましく根っこを伸ばしてせっせとアスファルトを引っぺがしている。

 ウネウネと触手のように伸びる根っこをタイヤが踏むたびにガタゴトと激しく揺れる窓枠に頬杖をつきながら、僕は何度目かわからない溜息を吐いた。


 世界は変わった。もうどうやったって戻りっこないぐらいに変わってしまった。

 数年か、ほんの数ヶ月の出来事だったかもしれないし、もっと短い時間だったのかもしれない。けれど、世界がひっくり返るにはそれだけの時間があれば十分だった。


 それまでは学校に通い勉強をして、帰れば仕事の疲れを見せないように元気に振舞うママがいて、その後にヘトヘトになったパパが帰って来る。


 そうしてミールサービスで頼んだ個包装をされたサラダやら豆料理やらを囲みながら、その日にあった事を話し合う。そしてお腹がいっぱいになった所で、お掃除ロボットに整えられたリビングのソファに腰を下ろして3人でテレビを観る。それがいつも繰り返した日常だった。


 もしかしたらこれは全部夢で、このまま寝入って目を覚ましたらパパとママのいる家なんじゃないか?優しくかけられたブランケットの感触で目が覚めて、柔らかなジャズギターが流れる懐かしいシアトルのマンションなのではないか?


 海と陸の境目が曖昧になって、まるで海の上を走ってるみたいな、戦艦アラバマ記念公園へと続くハイウェイを爆走するキッチンカーの助手席で、僕の鼓膜を叩くのはジャズギターじゃない。


 暴力的で爆撃のようなツインペダルを打ち鳴らすドラムに、狼の唸り声や雷鳴のようなディストーションギターの騒音に顔を顰めながらそう思った。

 

「ヘイ、テッド !!こういう道を走るときはやっぱり”エピファニック・トゥ・ダイ”に限るねぇ!この世界の終わりみたいな轟音!『何もかも終わっちまった』って感じがして、最高におあつらえ向きだと思わないかい?」


 無遠慮で、ドカドカとした大きな足音のような、ニトロでも吸ってるんじゃないかってくらい明るい女性の声。くすんだ金髪を束ねた頭を揺らしながら、このやかましいバンドが大層お気に入りな様子で、僕の思考の海にずいっと割り込んでくる。


「そうだねコノエ。これなら車の揺れも気にならないよ」


 ハンドルを握りアクセルを踏み、この鋼鉄の箱を走らせる女性。

 ”コノエ・アンドウのハッピーハングリーバーガー”の店主は、返された言葉がどうやら不満だったらしく。


「おいおいテッド。随分とノリが悪いじゃないか、そんなんじゃぁライブの熱に置いてきぼりにされちまうぜ?」


 と3本の指を突き立てるメロイックサインを掲げながら、ムスッとした表情の相棒を煽りたてる。こんな世界でもクソ真面目に生きようとしている僕の姿がコノエには面白おかしく映るのか、それとも助手席の相棒にジョークの一つでも打って和ませてあげようというサービス精神なのか。


 そんな小粋な店主に対してふくれっ面と嫌味を返すなど、随分と嫌な子供だと自分でも思う。そんな事を思っているこっちの気持ちなど意にも介さない調子で、また底抜けに明るい声が降り注いだ。


「ところでテッド、バッドなニュースと良くないニュース。どっちが聞きたい?」


「それって何が違うのさ。どっちからでもいいよ」


「相変わらずつれないねぇ。そうしたら良くないニュースからだ」


 やれやれと頭を振ると、コノエのソバカスを散りばめたタレ目がきゅっと細められて不意に神妙なものへと変わった。いつも陽気で、久しぶりに会う親戚の姉のように優しくて乱暴なコノエの珍しい表情に思わず背筋を伸ばした。


 もしかして、キッチンカーが実はどこか故障をしてるとか?それとも燃料が次の街まで持たないとか?実際に起きそうなものから過去に起きたトラブルまで、ネガティブな想像がニョキニョキと頭のなかに芽を出していく。


 なにしろ装甲車と市販車両を無理やりくっつけたような改造車だ、正規の荷重や挙動とは違うものが当たり前のようにかかるのだから、いつガタが来てもおかしくないのかも知れない。


 こんなだだっ広いだけのハイウェイで止まりでもしたら、なんなら溶接痕からバキバキと音を立てて真っ二つになってしまったら。もしかしたらコノエがさっきまで明るく振る舞っていたのは少しでも僕に不安を感じさせない為だったとか?


 ニュースを告げられるのを待っている内に徐々に青くなっていく僕の顔をじっと見つめ、眉間に深いシワを寄せてまるで末期がんの最終宣告をする医者のような、沈痛な面持ちでコノエが静かに口を開いた。


「....すまない。非常に残念な事に、賄いは暫くは茶色くなり始めたしなしなのサラダが続くかも知れない。今のうちに草食動物になる覚悟をしておくように」


「....え?それだけ?」


 ちょうど曲の切れ目のタイミング入り間抜けな声がよく目立った。あんな真剣な顔をするもんだから果たして一体どんなトラブルが起きたのかと思ったら、ただのサラダの話だなんてからかうにしてはちょっと悪趣味だ。


 安堵と呆れが入り混じったため息を吐き出すと、残ったバッドなニュースを聞くためにせめてもの反抗に嫌味混じりの返事を投げた。


「はいはい、それじゃあバッドなニュースの方を聞かせてよ。どうせ大した話じゃないんでしょ?」


 僕の合いの手を待っていましたと言うように、継ぎ接ぎだらけの無骨な天井を仰ぎサーカスのショーマンがこれから開演を告げるみたいにコノエは大袈裟に宣言した。


「なんと!パティの在庫がスッカラカンだ!仕込んであるのが無いってだけじゃないぜ?具材からもう無いんだよ。ハンバーガー屋さんなのにだぜ?これじゃあハッピーベジタリアンバーガーに屋号を変えなきゃならなくなっちまう!」


 ハンバーガー屋なのにパティが無い。その不満を表すかのようにぺしぺしとハンドルを叩き、それでもまだ足りないのかクラクションをプープーと鳴らし始めた。


 じゃぶじゃぶとタイヤが掻き分ける水しぶきの音に対抗するように、誰もいないハイウェイに大きなクラクションの音がコノエの不満を代弁するようにわんわんと鳴り響いた。


「あのさぁコノエ、それってつまりパティが無いから暫くは野菜で食いつなぐよって事でしょ?いちいち分ける必要ないじゃない」


「おいおいテッド、君はこのキッチンカーに昨日今日乗り込んだわけじゃあないだろう?全然違うのが分からないのかい?」


 コノエは大袈裟に芝居がかったような口調で、まるでTEDトークでスピーチをする学者か何かのように話し始めた。


「いいかい?賄いってのはその日のストックの在り合わせでスタッフの腹を満たすためのものだ。だから私たちは草しかなくても我慢だ。

 そりゃあちゃんとお肉が食べたいってのが本音だが、賄いにケチをつけちゃあいけないよ?こんなご時世なんだから食えるだけでもありがたいと思わなくちゃね。

 だけどお客は別だ。彼らに出すものは期待を裏切っちゃあならないのさ」


 ピッと人差し指を立て、中空にくるくると円を描きながら、まだまだ新米のスタッフに「コノエ・アンドウ流、食の美学」を語り始める。


「想像してごらん、もしもだよ?もしもあそこにある尻だけ飛び出て魚のお家になったカウンタックの陰から、腹ペコの行き倒れが飛び出してきたらどうするつもりだい?」


「それはさぁ、暴論だよ。そうそう出くわさないって」


 その証拠に前回お客に出くわしたのだって、知り合いの「ナブ」が率いる隊商の交易ルート沿いを走っていたからのもの。つまりはある程度の予測がついた「ご来店」だった。そうではなしにほんのたまたま偶然で、こんな延々と続くだけのハイウェイに人が行き倒れているわけはない。


「もしもの話さ。イメージしなって。頬はこけて太ももや尻の筋肉と脂肪も使い切っちゃって、手足は枯れ枝のようにヒョロヒョロになってるんだ」


 コノエはハンドルを片手で握りながら、スタンド・アップコメディアンが政治家やセレブ達をネタにする時みたいにおどけた仕草で頬をすぼめて、肉付きの良い手足をプラプラと振りながら、まだ見ぬ哀れなお客がいかに腹ペコなのかを力説し始めた。


「肝臓のグリコーゲンも空っぽで、カロンに渡す三途の川の船賃をいよいよ数え始めた瞬間にキッチンカーが目に入るんだ。

「オーマイゴッド!肉が食べられる!!」なんて生きる希望がグッと湧いてきたお客に向かって『ソーリー、ブラザー! 今日はあいにくヴィーガン・デイなんだ!しなしなお野菜バーガーはいかが?』なんて、あんた言えるかい?可哀想に、彼は絶望して死んじまうよ」


 悲しみで胸がいっぱいだとでも言わんばかりにわざとらしく眉を寄せ軽く目を閉じると、今度はまるで片手にハンバーガーを持っているみたいにパクリと食べるジェスチャーをした。


 その姿が妙にリアリティがあって本当に美味しそうに見えるものだから、僕のお腹の虫が期待に首をもたげる。


「イメージ出来るかい?出来立てのハンバーガーを手に持った瞬間に、バンズがパリッと音を立ててひび割れる。

 するとそこから、こんがり焼けた小麦の匂いとバターのほんのり甘い香りが鼻腔をくすぐるんだ。

 それを肺の中に一杯に吸い込んで堪能してからかぶりつくと、今度はカラッカラに乾いた口の中にジュワッと溺れちゃうくらい肉汁の洪水が溢れ出すのさ」


 コノエは恍惚とした表情で、エア・ハンバーガーを咀嚼する。


「そうして死にかけの脳細胞に肉の旨味がガツンと行きわたって、頭の中がバチバチとスパークするんだ!

 するとだよ?お次は濃厚なデミグラスソースの酸味と、フルーツの香りが頭のてっぺんからつま先まで駆け抜ける!

 極めつけは、ドロドロに溶けたチーズと混ざり合った肉汁が、飢えた胃酸のプールに豪快にダイブするのさ!」


今まさに、ハンバーガー演説の熱が最高潮に達した次の瞬間、打って変わって苦々しい顔に変わり、すぅっとコノエのボルテージが下がっていった。


「そんな風に期待をしてたのに現実は違うんだ。よだれたっぷりだった口の中にだぜ?青臭くてしなしなになった草やら、筋張った苦い茎をねじ込まれたんじゃあ、栄養失調の前にショック死しちまうね」


 R.I.P見知らぬ行き倒れ、安らかにアーメンし給えと、まだ見ぬ「お客様」に向かってコノエは十字を切った。その哀悼の言葉には形ばかりの憐憫と、隠し切れない隠し味としてジョークが化学調味料のようにたっぷりと振りかけられていた。

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