007 赤い予兆と、開拓地の指揮官
最初に聞こえたのは、耳障りな笑い声だった。
「――ギィッ、ギィッ」
焚き火の外、闇の向こうで、何かが蠢く。
「来ます!」
猫夫・ニケが叫んだ、その瞬間だった。
(……!?)
俺の視界が、急激に熱を帯びた。
【鑑定】が、これまでとは違う情報を、脳内に叩き込んでくる。
――視界の地面に、不気味に発光する『赤い筋』が浮かび上がった。
血管のように枝分かれしながら、森の奥から、俺たちのテント小屋へと伸びている。
(これは……進軍ルートか!?)
一本ではない。
三本の太いラインが、それぞれ異なる角度からこちらを狙っている。
敵の数、速度、そして「どこを通りたいか」が、
まるでゲームの攻略画面のように、丸見えだった。
俺は三方向を指さし、
「敵の進軍ルートは、この三方向だ! 最終目標はテント小屋!」
必死に叫んだ。
正面にドワーフのドン。
残る二方向に、狼夫婦と猫夫婦が位置につく。
中央をエルフ夫妻が固め、
俺も木の盾と木の槍を手に、同じく中央に構えた。
次の瞬間、小石が飛んできて、焚き火のそばに転がる。
(……挑発か)
俺は盾代わりの木板を構えた。
影が、森から一気に溢れ出す。
小柄で、前屈み。
汚れた刃物を手にした――ゴブリン。
「数は十以上!」
ニケが即座に報告する。
オオカミ族の夫婦が、同時に前へ出た。
ガルドは、長身に似合う長い太刀を抜く。
刃を低く構え、静止。
(……構えが、侍みたいだ)
ゴブリンが飛びかかる。
カンッ!
ガルドは正面から受けない。
刃で受け流し――
ズバッ!
一閃。
ゴブリンが、二つに分かれた。
「……っ」
躊躇が、敵に走る。
その隙を、狼嫁・ルナは逃さない。
低い姿勢から地面を這うように滑り、
一気に間合いへ。
シュッ、シュッ
二本の短刀が、喉と脇腹を正確に突く。
「次!」
彼女は止まらない。
跳び、斬り、離脱。
常に動き、決して捕まらない。
「ドン、来るぞ!」
「おう」
ドワーフのドンは、一歩も動かなかった。
どっしりと構え、こん棒を地面に突く。
ゴブリンが、明らかに躊躇する。
(……威圧だけで、止まってる)
痺れを切らした一体が突進。
ゴンッ!!
一撃。
ゴブリンは地面に叩きつけられ、動かなくなった。
「……様子見は終わりじゃ」
低い声が、戦場に響く。
「左、三!」
俺は叫ぶ。
猫夫・ニケは短剣を構え、慎重に距離を取る。
囲まれないよう、絶えず位置を調整している。
「にゃっ!」
猫妻・タマが跳んだ。
高く、しなやかに。
空中で体をひねり、短剣を一閃。
ザクッ。
着地と同時に、もうそこにはいない。
「こっちだにゃ~?」
挑発的な声。
ゴブリンが振り向いた瞬間、ニケが足を払う。
(……連携が完成してる)
「セイル!」
「分かってる!」
エルフ夫・セイルが弓を引き絞る。
ビィン、ビィン!
連射。
矢を放った瞬間に、次の矢をつがえている。
「フィア!」
エルフ嫁・フィアが杖を掲げた。
「精霊よ、道を照らして」
次の瞬間――
周囲三十メートル四方が、昼間のように明るく照らされる。
焚き火の光では見えなかった影が、次々と浮かび上がった。
木の陰、草むら、岩の裏。
潜んでいたゴブリンの姿が、はっきりと見える。
「……まだ、こんなに――」
その時だ。
光に晒された一体が、覚悟を決めたように飛び出した。
一直線に――フィアへ。
「きゃっ」
「フィア!」
ほぼ同時に――
バチッ!
ゴブリンの身体に電撃が走る。
エルフ夫・セイルの電撃魔法だ。
動きが止まった瞬間、
ビィン! ビィン! ビィン!
二本、三本と矢が突き刺さる。
ゴブリンは声を上げる間もなく、崩れ落ちた。
「……」
俺は、思わず呟いていた。
「すごい……魔法だ」
その光景に背中を押されるように、
俺も前へ出た。
木の盾を正面に構え、ゴブリンと向き合う。
「ギィィ!」
ガゴンッ。
木の盾が殴りつけられる。
「くそ……!」
正直、怖い。
盾で受け、押し込まれる。
「ハルキ!」
ミーラの声。
次の瞬間、俺の横を、圧倒的な存在感が通り過ぎた。
丸太を担いだミーラが腰を落とす。
バッターのように、丸太をフルスイング。
「どっ……せい!!」
ドゴォンッ!!
鈍い衝撃音とともに、ゴブリンが――飛んだ。
夜空に描かれる、きれいな放物線。
五十メートルは優に飛び、
森の奥で「べきっ」と、何かが折れる音がした。
「……あ」
「……」
一瞬の沈黙。
「特大ホームランだろ」
俺は思わず口を開いた。
「きゃっ、きゃっ!」
タマが、ぴょんぴょん跳ねて大喜びする。
「す、すご……」
ニケが真顔で呟いた。
「ギィィ!?」
残ったゴブリンたちは、
その光景を理解した瞬間、
声にならない悲鳴を上げて一斉に後退する。
「撤退……ですね」
ニケが即断する。
影は、闇に溶けた。
焚き火の前に、静けさが戻る。
ミーラは丸太を下ろし、照れたように笑った。
「つい……」
「ついで済む威力じゃねえ!」
ガルドが腹を抱えて笑う。
赤いラインが、霧が晴れるように消えていく。
「ハルキ……あんた、何者だ?」
ガルドが刀を鞘に収めながら、俺を見る。
(ただの鑑定士……だと思ってたけどな)
俺は脈打つ鼓動を抑えながら、視界の端を見る。
――周辺脅威度:上昇中
――次回のウェーブまで:168時間(7日)
(……ウェーブ?)
どうやら、これで終わりじゃないらしい。
ただの開拓じゃない。
俺の異世界生活は、思っていたよりもずっと
「戦略的」なものになりそうだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
この開拓団、
「まあ、悪くないな」
と思ってもらえたら、☆やリアクションを押してもらえると助かります。
正直、かなり励みになります。
というか、次のウェーブを考える元気が出ます。
気軽で大丈夫です。
たのんます。




