005 出航と、五組の夫婦
出航の朝、港はいつもより騒がしかった。
荷を運ぶ掛け声、船員の怒鳴り声、別れを惜しむ声。
それらが混ざり合い、潮風に流されていく。
俺は船の甲板でロープを結び直しながら、周囲を見渡した。
ここにいるのが、俺たちを含めた五組の夫婦――
この船で、新天地へ向かう全員だ。
「思ったより、若いな」
俺が言うと、隣でミーラが頷いた。
「うん。でも……覚悟はありそう」
それは、俺も同じことを感じていた。
まず目に入ったのは、ドワーフ夫婦だった。
小柄でがっしりした男――ドンは、すでに船の備品を点検している。
頼まれてもいないのに、だ。
「この留め具、甘いな」
「あとで締め直しておくか」
「あなた、船の人に怒られるよ……」
小さな声で止めているのが、妻のピリカだ。
彼女は一歩引いた位置で、工具袋をぎゅっと抱えている。
「大丈夫だって! ワシがやった方が早い」
そう言って笑うドンに、ピリカは少し困ったように微笑んだ。
(……なるほど)
機械やクラフトに強そうな
職人タイプだ、心強い。
少し離れたところでは、エルフ夫婦が静かに座っていた。
夫のセイルは船縁に腰掛け、弓の弦を丁寧に張り替えている。
隣で妻のフィアが、布袋から乾燥薬草を取り出しては確認していた。
「船酔いしやすい人、いるかもしれないわね」
二人の会話は穏やかで、無駄がない。
長い時間を一緒に過ごしてきた夫婦の空気だ。
ミーラが、少し羨ましそうに言った。
「落ち着いてるね、あの二人」
「ああ、経験値が高そうだな」
冒険者らしい慎重さが、所作の端々に出ている。
甲板の反対側では、にぎやかな声が響いていた。
「ねえニケ、これ船から落ちたらどうにゃるの?」
「落ちないようにするんだよ、タマ」
「でも落ちたら?」
「……泳ぐ」
「えー、魚の方が早くにゃい?」
「比較対象がおかしい」
猫族夫婦だ。
妻のタマは手すりに乗りかけては、夫のニケに襟を掴まれて戻されている。
ニケは終始冷静だが、動きがやけに素早い。
「この人たち、大丈夫かな……」
俺が言うと、ミーラはくすっと笑った。
「楽しそう」
確かに。
最後に目を引いたのは、オオカミ族夫婦だった。
夫のガルドは船の先端で腕を組み、海を睨んでいる。
その隣で妻のルナが、木箱に腰掛け、脚をぶらぶらさせていた。
「なあガルド、あの向こうに金山とかあったら最高じゃね?」
「だな。なかったら、狩って稼ぐだけだ」
「やってやんよ」
二人の会話は、勢いだけで進んでいるように見える。
だが――
(足腰、肩の付き方……)
あの二人、相当鍛えている。
ミーラが小声で言った。
「……強そう」
「ああ。強そうだ」
船が、ゆっくりと岸を離れた。
ロープが外され、港が遠ざかる。
誰かが、手を振っていた。
俺は、無意識に手すりを握った。
(……もう戻れない)
だが、不思議と怖さはなかった。
「ハルキ」
ミーラが俺の名前を呼ぶ。
「一緒だよ」
それだけで、肩の力が抜けた。
航海は、思ったよりも穏やかだった。
昼は作業を手伝い、夜は甲板で簡単な食事。
自然と、五組は顔を合わせるようになる。
「お前、人間にしちゃ細いな!」
ドンが俺の肩を叩く。
「鍛冶向きじゃないな!」
「ははは! それはそうだ!」
ピリカが、少しだけ申し訳なさそうに頭を下げる。
夜。
星が、驚くほど近かった。
俺は甲板にいた、ガルドが近づいてきた。
「なあハルキ」
「なんだ?」
「新天地、危ねえ?」
率直な質問だった。
俺は少し考え、正直に答えた。
「分からない。でも……楽じゃない」
ガルドは、にやっと笑った。
「最高じゃねえか」
ルナも、楽しそうに頷く。
「やってやんよ」
その夜、俺は寝台で天井を見つめていた。
船は静かに揺れ、軋む音がする。
ミーラは、すぐ隣で眠っている。
規則正しい寝息。
鑑定がなくても、はっきり分かる。
この五組なら――
きっと、戦える。
海の向こうに、どんな土地が待っていようと。
やがて、見張りの声が響いた。
「陸だ! 陸が見えるぞ!」
船内が、一気にざわめく。
新天地。
開拓地。
俺は、ミーラの手を握った。
「行こう」
「うん」
こうして俺たちは、
まだ何もない土地へと足を踏み出す。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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たのんます。




