041 職人の領域と、狙撃手の胎動
二日後の朝。俺たちは朝食を早々に済ませると、期待と不安が入り混じった足取りで丘の上の溝へと集まった。
俺、ドンさん、そしてセイルさん。男三人の視線が、盛り上がった土の山に集中する。
「……よし、掘り出すぞ」
俺は、土を慎重に取り除いていく。
熱を帯びた土の中から現れたのは、水溶き粘土に包まれ、布を巻かれたイチイの木材だ。
表面の粘土をパキパキと払い、巻かれた布をほどく。
(焦げて……ないな。よし!)
見たところ、炭化している様子はない。俺は一本、ずっしりと重みのある木材をドンさんに手渡した。
ドンさんはそれを手に取ると、目を細めて表面をなぞり、わずかな歪みも見逃さないように観察を始めた。
(鑑定……頼むぞ)
俺は心の中でスキルを唱える。視界にウィンドウが浮かび上がった。
【イチイの木材:状態・良好】
【乾燥:×(進行度:45%)】
「うっ……失敗、か……?」
『乾燥:×』の文字が目に飛び込み、心臓がヒヤリとする。読み込みのラグなのか、表示が少し明滅している。
俺はおそるおそる、ドンさんの顔色を伺った。
「ど、どうですか……? やっぱり、ダメでしたか?」
「……。おう、これほどとはな。正直、想像以上に上手くいっておるぞ」
「え?」
意外すぎる言葉に、俺は呆気に取られた。
「そ、そうなんですか? でも、まだ乾いてないっていうか……」
「当たり前じゃ、一気に乾かしきったらそれこそゴミクズよ。
見ろ、この切り口を。芯から外側まで、均一に水分が動いておる。
この調子なら、あと二、三回この工程を繰り返せば、完璧な乾燥までもっていけるぞ」
ドンさんが説明してくれるには、通常の自然乾燥に比べて圧倒的に早く、かつ「割れ」の原因となる水分の偏りがないらしい。
「次はもう少し葉っぱを増やして、蒸らしを強めてもいいかもしれん」と、ドンさんは早くも次の一手を見据えていた。
『乾燥:×』の表示は、今の段階では「未完了」という意味だったらしい。
焦って損した。
隣で見ていたセイルさんも、満足げに頷いた。
それから俺たちは、同じ工法をさらに二回繰り返した。
回を重ねるごとに「土壌乾燥炉」の扱いに慣れ、三度目の窯出しを終えたとき。
【イチイの木材:状態・極上】
【乾燥:〇(含水率10%)】
鑑定の結果が、ついに花丸に変わった。
「ふむ、ここからはワシの出番じゃな」
ドンさんが重厚な声で宣言すると、セイルさんが静かに一歩前に出た。
そして、あのプライドの高そうなエルフの男が、ドワーフのドンさんに向けて深く頭を下げたのだ。
「……お願いします、マスター・ドン。俺の命を預ける道具だ。あんたの腕を信じている」
「……任せろ。ドワーフの誇りに懸けてな」
ここからは、完全に職人の感覚の世界だ。
弓を引いた際、上下のしなりが「ピッタリ」と均等に揃うように、コンマ数ミリ単位で木材を削り落としていく。
ドンさんとセイルさんが、最終的な弓の形状や引きの重さについて、地面に図を描きながら熱心に議論を始めた。
(……俺の仕事も、ここまでだな)
専門的な話についていけなくなった俺は、一輪車の取っ手を握り直した。
セイルさんが作ろうとしているのは、現在のエルフが使うような「速射型」の短い弓ではなく、圧倒的な射程を誇る「狙撃用」の長弓だという。
俺はふと、前回のゴブリン襲来の光景を思い出した。
もし、あの時すでにセイルさんの手にこの弓があったら――。
(……ゴブリンが近づく前に、遥か遠くから次々と眉間を撃ち抜くセイルさん。敵は叫び声一つ上げられず、森の奥で静かに消えていく……)
脳内に浮かび上がる、チート級の狙撃無双イメージ。
「おおっ……これは頼りになりすぎるな」
想像しただけで、口元がニマニマと緩んでしまう。
これからの村の防衛力が一気に跳ね上がる予感に、俺は足取り軽く一輪車を走らせた。
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【異世界豆知識:「ティラーリング」】
今回のエピソードに登場した、弓製作の最も重要な工程について補足します。
弓のバランス取り(ティラーリング)
弓作りにおいて、最も難しく、職人の腕が問われるのが「ティラーリング」と呼ばれる工程です。
木材を削りながら実際に弦を張り、上下の弦が描く「弧」が左右対称(上下対称)になるよう、わずかな厚みの差を調整していきます。もしバランスが数ミリでも狂えば、放たれた矢は真っ直ぐ飛ばず、最悪の場合は弓自体が自分の力で粉砕してしまいます。
作中の含水率10%について
日本の一般的な家屋で使われる木材は15以下が理想的です。
弓で使われる含水率は、それより低い…と言う特殊性があります。




