004 契約結婚と、港町の小さな宣言
結婚手続きは、思っていたよりも、あっさりしていた。
港町の役所は石造りで、潮の匂いが染みついた古い建物だった。
昼間だというのに、中は少し薄暗い。
「夫婦の登録ですね?」
窓口の年配の役人は、俺たちを見て一瞬だけ目を瞬かせた。
――人間とオーク。その組み合わせは、やはり珍しいのだろう。
「はい」
俺――霧ヶ谷ハルキが答えると、役人は淡々と説明を始めた。
「この町では、結婚は契約です」
「互いに生計を共にし、責任を分かち合う意思があるか」
「それだけを確認します」
差し出された書類は、一枚だけだった。
記入欄には、こうある。
・夫:霧ヶ谷 ハルキ(人間)
・妻:グラド村のミーラ(オーク)
そして最後に――
『夫婦として、開拓団に参加する意思』
俺はペンを握り、ほんの一瞬だけ息を止めた。
(……ここから先は、戻れない)
視線を向けると、ミーラは背筋を伸ばして立っていた。
大きな体に似合わず、表情は静かで、まっすぐだった。
「確認します」
役人が、事務的な声で言う。
「困難な環境においても、互いを見捨てないこと」
「病や貧困においても、協力すること」
「それでも――結婚しますか?」
「……はい」
ミーラは、即答だった。
「します」
俺も続けた。
役人は小さく頷き、書類に印を押す。
コンッ
乾いた音が、室内に響く。
「これで、あなた方は夫婦です」
それだけだった。
祝福の言葉も、儀式もない。
ただの宣言。
けれど、その一言は、不思議と重みがあった。
役所を出ると、港から吹く風が心地よかった。
「……実感、ある?」
俺が聞くと、ミーラは少し考えてから首を振る。
「ううん。まだ」
「でも……」
そう言って、ちらりとこちらを見る。
「逃げ道がなくなった、って感じ」
「俺も、同じだ」
苦笑すると、彼女は小さく笑った。
「でもさ」
「一人で失敗するより、二人で失敗した方が、いいよね」
「ああ」
それは、前世では選ばなかった考え方だ。
けれど今は、素直にそう思えた。
開拓団の受付は、港の別棟にあった。
若い職員が、俺たちの書類に目を通す。
「夫婦登録、問題ありません」
「出航は三日後です。それまでに必要物資を揃えてください」
「三日後……早いな」
「覚悟を試される仕事ですから」
事務的な微笑みと共に、そう告げられた。
受付を終えた帰り道、ミーラがぽつりと言う。
「ねえ」
「ん?」
「私……役に立つよ」
急に、そんなことを言い出した。
「力仕事もできるし、戦うのも……それなりに」
俺は、少しだけ彼女の体格に目を向けてから言った。
「確かに、その力は役に立ちそうだな」
ミーラが、ぱちっと瞬きをする。
「だからさ――」
俺は軽く肩をすくめて、続ける。
「お互い、頑張ろうぜ。奥様」
一瞬の沈黙。
それから、ミーラが吹き出した。
「なにそれ!」
「いや、もう夫婦だろ」
「そうだけどさ!」
二人して、アハハッと笑った。
そして俺たちは向かい合い、拳を合わせた。
ミーラの目には、笑いの涙が光っている。
自然に、鑑定スキルが発動する。
グラド村のミーラ(オーク)
元気・回復中↑
その夜。
安宿の一室で、俺たちは向かい合って座っていた。
「部屋、別にする?」
そう聞くと、ミーラは少し考えてから言った。
「……一緒がいい」
灯りを落とし、並んで横になる。
触れそうで、触れない距離。
無理に何かをする必要はない。
「ねえ」
暗闇で、ミーラが小さく言う。
「私……ちゃんと、頑張るから」
「俺もだ」
それだけで、十分だった。
三日後。
俺たちは港に立っていた。
新天地へ向かう船と、
五組の若い夫婦たち。
ここから先は、後戻りできない。
だが――
俺はもう、独りじゃない。
そう思えたことが、
何よりの変化だった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
この開拓団、
「まあ、悪くないな」
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たのんます。




