039 職人と合理主義者
拠点に戻った俺たちの前には、苦労して運び出した三本のイチイの丸太が横たわっていた。
太さは二十センチから三十センチ。百年以上の歳月を生き抜いたその樹皮は、どこか威厳すら漂わせている。
「ほう……こいつは良い材だ。赤(芯材)と白(辺材)のバランスが絶妙じゃねぇか」
ドワーフのドンさんが、職人特有の鋭い目つきで丸太を検分する。
彼はイチイを用いた「弓」の工法に精通していた。
ドンさんは手慣れた様子で丸太を二メートルの長さに切り分けると、鉄のノミを中央の芯材に向けて打ち込んでいく。
「イチイはな、この芯と皮側の性質の違いを活かしてこそ『王』になる。こうして扇状に割っていくんだ」
カツン、カツンと小気味よい音が響き、丸太が十二本の木材へと姿を変えた。
だが、作業が「乾燥」の工程に差し掛かった時、現場に冷たい空気が流れた。
セイルさんが、イチイ木材の乾燥に、つぼ焼きで使用している「炉」を
使いたいと言ってきたのだ。
「ドンさん。『つぼ焼きの炉』に入れて一気に乾燥させよう。自然乾燥じゃ時間がかかりすぎる。効率が悪すぎるだろう」
口を開いたのは、クールな合理主義者であるセイルだ。
彼はいつもの無機質な瞳で、最短ルートでの完成を提案する。しかし、ドンさんの顔が険しくなった。
「馬鹿を言うな。イチイの毒を忘れたか? 炉で熱を加えりゃ、猛毒の煙が充満する。おまけに急激な乾燥は材を割る原因だ。職人の仕事を舐めるんじゃねぇ」
「毒は換気を徹底すれば済む話だ。
木材を煙突の近くに置けば、問題無い。
割れるリスクも温度管理で抑えられる。
俺たちは今、戦力が必要なんだ。時間をかける余裕はない」
「できねぇもんはできねぇ! 命を預ける道具に妥協は許さねぇのがドワーフの矜持だ!」
お互いに一歩も譲らない。
職人のプライドを懸けたドンさんと、開拓の成功を最優先するセイル。 俺は二人の板挟みになり、結局その日は結論が出ないまま夜を迎えることになった。
「……はぁ。二人とも、間違ったことは言ってないんだけどな」
夜。俺は開拓村の小屋で、ミーラさんの大きな背中を蒸しタオルで拭きながら溜息をついた。
契約結婚――いわゆる偽装夫婦である俺たちにとって、この時間は一日の報告を兼ねた大切なひとときだ。
「ふふ、お疲れ様です、ハルキさん。……あったかい」
ミーラさんは心地よさそうに目を細めながら、穏やかな声で言った。
「セイルさんは、いつもみんなの先を考えて急いでくれているんですよね。
でも、ドンさんは『物』の声を聴く人ですから。
きっと、その木が一番いい形になるのを待ってあげたいんですよ」
「……確かに。考え方が根本的に違うんだな。
片方は未来を見て、片方は目の前の材を見てる」
ミーラさんの言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。
雰囲気を変えようと、俺は別の話題を振ってみる。
「そういえば、セイルさんが故郷の料理が恋しいなんて言ってたけど、ミーラさんの故郷には何か特別な食べ物ってあるの?」
「私の田舎ですか? そうですね……地面に大きな穴を掘って、火を焚いて熾火を作るんです。
そこに熱く焼けた石を入れて、お芋を葉っぱで包んで埋めるんですよ」
「へぇ、蒸し焼きか」
「はい。一晩じっくり待つんですけど……普通に焼くより、よっぽど甘くなるんですよ。家族みんなで掘り出す瞬間が、一番大好きでした」
懐かしそうに目を輝かせる彼女の横顔は、いつにも増して綺麗だった。
俺は思わず、その背中を拭く手を止めて約束した。
「いつか、その料理――。絶対、ここで食べさせてあげるよ。石も芋も、俺が最高のを見つけてくるから」
「……っ!」
ミーラさんが勢いよく振り返る。 その瞳は潤み、頬は夕焼けのように赤く染まっていた。
「ハルキさん……私、ハルキさん、大好き!」
「ははは、ミーラさんは本当に食いしん坊だな。わかったよ、お腹いっぱい食べさせてあげるって」
俺が笑いながら頭を撫でると、ミーラさんは「はっ」とした表情になった
「あ……」と小さな声を漏らし、そのまま顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。
その夜、ミーラさんは布団の中で何度も寝返りを打ち、なかなか眠りにつけなかった。
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【異世界豆知識:木と炎と、知恵の記憶】
ミーラの故郷の味「ハンギ」
ミーラが語った「地面に穴を掘って石で蒸し焼きにする調理法」は、ニュージーランドの先住民族マオリの伝統料理「ハンギ(Hāngi)」を参考にさせていただきました。
木材乾燥の重要性
「切り出したばかりの木(生材)」は、実はその半分近くが水分。
変形と割れ:水分が抜ける過程で木は必ず収縮します。急激に乾かすと、表面と内部の収縮差に耐えられず、バキバキに割れてしまいます。
強度の変化:適切に乾燥させることで、木材は細胞レベルで引き締まり、硬さと弾力が増します。特に「弓」のような極限のしなりを求める道具において、乾燥の成否はそのまま武器の寿命に直結します。
夏の伐採は「最悪」の選択?
現代の暦でいう7月(夏場)は、実は伐採には最も不向きな時期です。
この時期の木は成長のために地中の水を猛烈に吸い上げており、含水率(木そのものの重さに対する水分の割合)が100%を超えることも珍しくありません。
腐敗のリスク:水分が多いと乾燥に時間がかかるだけでなく、カビや虫の害を受けやすくなります。本来、木材利用のための伐採は、木が休眠し水分が最も抜ける「冬(11月〜2月頃)」が黄金期とされています。
セイルが事前にイチイの毒を警告しなかったのは、
「夏に伐採する」経験が無かった為です。




