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俺の嫁は最強のオーク嫁。無人島を開拓して、異世界一の村を目指すことにした。  作者: ともいびと


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038 静かなる猛毒

森の静寂を切り裂くように、エルフ夫・セイルが慎重な足取りで一本の樹木へと進み出た。


彼は幹を愛おしそうに撫で上げ、持っていた布を丁寧に巻き付ける。


「これだ。この木、いいと思う」


セイルが振り返り、俺たちに合図を送る。どうやら「この木を伐採」という意思表示のようだ。


幹の太さは二十センチほど。この森の中では決して巨木とは言えないはずだった。


「おうよ、任せときな!」


ガルドが肩に担いだ斧を下ろし、前に出る。


狼人族特有の強靭な肉体を持つ彼なら、これくらいの太さの木は数回叩き込めば容易に切り倒せるはずだ。


ガルドが大きく斧を振りかぶる。


鈍い音とともに刃が幹へと食い込んだ。だが――。


「……ん? こいつはまた、えらく頑固な野郎だな」


ガルドが眉根を寄せる。


普段なら一撃で深く断ち割るはずの斧が、思いのほか跳ね返されているのだ。


「ハルキ、こいつは見た目以上に手強いぜ。密度が恐ろしく高い……石を叩いてるみ たいに硬ぇんだ。おまけに、切り口から妙な匂いもしてきやがる」


ガルドは鼻を鳴らし、再び斧を振るった。


コン、コンと乾いた音が響き、細かい木屑が舞い上がる。


その時だった。


『――警告。毒性を検知。危険域に達しています』


脳内に、鑑定スキルによるけたたましいサイレンが鳴り響く。

これまでにない激しいアラートだ。


(毒……!? なんだ、どこからだ!?)


焦る俺の視界が、強制的に切り替わる。


通常の風景が熱を帯びたようなサーモグラフィ画像へと変貌し、毒の濃淡を色のコントラストで鮮明に描き出す。


「ッ……く……らっ……」


突如、足元がぐらりと揺れた。


視界が歪み、脳を直接揺さぶられたような強烈な眩暈めまいが俺を襲う。肺に吸い込んだ空気が、わずかに苦く重くなる。


(まずい、吸い込んだのか……?)


視界の中で最も鮮烈だったのは、ガルドの目の前。そこだけが「毒」のどす黒い紫色を放っていた。


「ガルド、離れろ! その木に触るな!!」


俺の叫び声に、ガルドが動きを止める。


彼の足元では、斧で刻まれたばかりの切り口から微細な粉塵が陽光に透けてキラキラと舞っている。


鑑定窓には非情な文字が浮かび上がる。


【イチイ:猛毒注意】

【解説:果肉を除く全組織に猛毒あり。伐採時の粉塵吸入、摂取により心機能停止を招く恐れあり】


「そいつはイチイの木だ! 舞い上がった木屑を吸い込むだけでも命に関わる!」

俺の声に、ガルドの表情が凍りつく。


一瞬で、先ほどまでの余裕はどこかへ消え失せた。


「チッ……こいつは『弓の王』か」


ガルドが忌々(いまいま)しげに吐き捨て、斧を構え直す。その瞳には、獲物を狙うような鋭い光が宿っている。


狼人族としての野性味が、この木への戦いを繰り広げるように歪んでいた。


「昔、親父から聞いたことがある。この木で弓を作れば最強だが、切り倒す前に木の方がこっちを殺しに来るってな。布を二重に巻け、ハルキ! 息苦しいぐらいにな!」


「わかった!」


俺はすぐさま腰のポーチから予備の布を取り出した。


横にいたセイルも無言のまま、手際よく自らの鼻と口を覆う。彼は冷徹なまでに落ち着いた手つきで布を縛り、鋭い視線をイチイの幹へと向けた。


(……鑑定、もっと細かく見せてくれ!)


俺は意識を集中させ、スキルの出力を上げる。


視界に映る毒の霧は、わずかな大気の流れに乗ってゆらゆらとガルドの方へ漂っているのが確認できた。


「ガルド、そのままじゃダメだ! 風向きが変わる。四歩左へ、もっと『風上』へ回れ!」


俺は地面に表示される「空気の流れ」を指差し、指示を飛ばす。


「風上だと? ああ、わかったぜ!」


ガルドは鼻先を布で厳重に覆ったまま、俺の指示通りに移動する。


俺もセイルも、風下に回らないよう、鑑定が示す安全圏へと位置を変えた。


「そこだ! 斧を打ち込むのはさっきの切り欠きの反対側、三センチ上! そこから一気に倒すんだ!」


「へっ、注文多いぜ……だが、その方が燃えるじゃねぇか!」


ガルドが野性味あふれる笑みを浮かべ、布越しに低く唸る。


彼が大きく斧を振り上げると、隆起した腕の筋肉がはち切れんばかりに膨らむ。


――ゴンッ!


ひときわ高い衝撃音が森に響く。


石のように硬いイチイの幹に、ガルドの怪力が食い込んでいく。舞い上がる猛毒の木屑だが、それは俺の計算通り、微風に乗ってガルドの反対側へと流れていった。


「――仕留めるぞ」


セイルが短く、冷ややかな声で呟いた。


その言葉と同時に、ガルドが最後の一撃を叩き込む。

ミシリ、と。


森の王者が膝を屈するかのような重厚な破壊音が響き渡った。


「どけッ! 倒れるぞ!」


ガルドが叫びながら飛びのく。数分間に及ぶ死闘の末、二十センチほどの「弓の王」は轟音を立てて地面へと横たわった。


静寂が戻った森の中で、俺たちはしばらくの間、布越しに荒い呼吸を繰り返していた。


地面に沈んだイチイの巨体を見つめながら、俺は冷や汗を拭う。


「……やったな」


「ああ。とんだ『じゃじゃ馬』だったぜ」


ガルドは斧を肩に担ぎ直し、不敵に笑った。


セイルは倒れた木に歩み寄り、その硬い樹皮をクールな瞳で見つめながら、静かに頷いた。



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【異世界豆知識:聖なる猛毒「イチイ」】


 今回の伐採でハルキたちが手に入れた「イチイ」。この木には、現実の世界でも驚くべき性質と歴史が秘められています。


驚異の長寿と成長の遅さ

 イチイは非常に成長が遅い木です。幹の太さが20〜30センチに達するだけでも、およそ100年から150年以上の歳月を必要とします。

そのため、材は非常に緻密で、石のように硬く重厚なのが特徴です。


「煙」すらも武器になる猛毒

果肉以外のすべてに猛毒を含みます。

 恐ろしいのは、この毒は熱に強く、焚き火の薪として燃やすと毒性の強い煙が発生することです。

 その煙で肉を焼いて食べれば、命に関わります。

中世ヨーロッパでは、政敵の薪の中にイチイを混ぜ、煙でじわじわと毒殺する「暗殺の木」として使われたという逸話もあるほどです。


教会と戦略物質

 イチイは「不老長寿」の象徴として教会の墓地などに植えられる「聖なる木」でした。

 しかし、その実態は国家の戦略物質。

家畜や子供が誤って口にしないよう、柵のある教会で厳重に保護・管理され、いざ戦争となれば最高の武器の材料として徴用されたのです。


 13世紀頃のイギリス(イングランド)では、イチイがあまりに重要だったため、ワインなどを輸入する際、商船は一定量の「イチイの材」を一緒に持ち込まなければならないという法律が出来るほど貴重品でした。


最高級の「バネ」を持つ材

 イチイを割ると、中央の赤い「芯材しんざい」と、外側の白い「辺材へんざい」に分かれます。


芯材(赤):圧力を跳ね返す、驚異的な反発力。

辺材(白):折れずにしなる、強靭な柔軟性・バネ。


 この性質の異なる二つの層を組み合わせて削り出すことで、他の樹種では決して真似できない

「最高峰の弓」を生み出すことが可能になります。



【異世界豆知識:開拓団の命綱「斧」】


 ハルキたちが王国から支給された「斧」は、この過酷な無人島開拓における文字通りの命綱です。

しかし、その性能は現代の私たちが想像するものとは大きく異なります。


限られたリソース

 現在、この開拓団には5本の斧しかありません。5組の夫婦、計10名でこの貴重な道具を共有し、日々の伐採や薪割りを行っています。


中世の斧は「脆い」

 12〜14世紀頃の製鉄技術では、鉄に含まれる不純物を取り除ききれず、刃先は非常にもろいのが現実でした。

少し無理な角度で打ち込んだり、硬すぎるふしに当たれば、一撃で刃が欠けたり、最悪の場合は折れてしまいます。


現代の斧は「チート級」

 実は、現代の私たちがAmazonなどで数千円で手に入れられる斧は、中世の基準からすれば「伝説の魔導武器」並みに頑丈です。

 均質で強靭な鋼鉄スチールで作られた現代の道具は、当時の人々が見れば腰を抜かすほどタフで、研ぎ直しの頻度も圧倒的に少なくて済みます。


ナイーブな道具としての斧

 本来、当時の斧は非常に「繊細でナイーブ」な道具でした。

一度刃がボロボロになれば、村に一人しかいない鍛冶屋に泣きつくしかありません。

 今回のような「石のように硬い」イチイの木を伐採するのは、斧の寿命を縮める自殺行為に近い作業なのです。


ガルドの超絶技巧

 そんな「弱りやすい」道具でイチイを切り倒せたのは、使い手が剣の達人であるガルドだったからです。

 彼はただ力任せに振るっているのではなく、斧の刃を痛めない絶妙な「刃筋はすじ」を通し、

道具の限界を超えたパフォーマンスを引き出しています。

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