032 炉に、初めて火が入る
夜明け前。
空気は冷え切り、吐く息が白く浮かぶ。
ハルキとドンは、新しく作った炉の前に立っていた。
ドンは炉を見つめながら、わずかに顎を引く。
――小さいが、形は悪くない。
煙突の角度、燃焼室の長さ、吸気口の位置。
頭の中で、何度も空気の流れをなぞっている。
「入れるぞ」
ドンの低い声に、ハルキはうなずいた。
炉の入り口は小さい。
二人とも自然と腰を落とし、頭を低くして中へ入る。
奥に据えるのは、うわぐすりを塗った素焼きの壺。
その手前に、四角い箱型の壺を並べる。
ドンは壺の間隔を指で測り、わずかに位置を直した。
「……近すぎると、熱が偏る。
まずは均等だ」
「了解」
(うわぐすりは塗ったけど……
この炉で、表面が完全にガラス化するほどの高温にはならないだろうな)
ハルキはそう考えつつも、慎重に壺を置いた。
二人は言葉少なに、作業を続ける。
まるで長年組んできた職人同士のように、無駄がない。
薪は手前に配置する。
ドンは一本一本を手に取り、乾燥具合を確かめた。
「これは後だ。こっちは今」
薪を前後二段に組み、天井の七割ほどまで積み上げる。
燃焼室いっぱいに、しかし詰めすぎない。
――空気が通る“道”を残す。
ドンの頭の中には、すでに炎の形が見えていた。
手前に、着火用の細枝。
松脂を塗って火をつけ、炉の中へ。
火が薪を舐め始めたのを確認し、
すぐにレンガで入り口を塞ぐ。
吸気は、最小限。
(最初は、炉内の酸素だけで燃える……はず…)
ハルキはそう念じながら、胸の奥に小さな不安を抱いた。
急激な燃焼は、陶器を割る。
ドンも同じことを考えていた。
レンガを一つ外し、内部を覗く。
「……よし。火は落ち着いている」
煙突から、白い煙が立ち上がる。
ドンは煙の立ち方を見て、目を細めた。
――水分が抜けている。
炉も、壺も、順調だ。
数時間後。
煙は白から、薄い青へと変わっていく。
「炭焼きと同じ段階だな」
「でも、最後は違いますよね」
「ああ。
炭になってから……一気に空気(酸素)を入れる」
ドンは、少しだけ口角を上げた。
「壺にとっては、そこが試練だ」
分かっていても、二人とも落ち着かない。
炉の前を行ったり来たりし、何度も煙を確かめる。
「見ていても、何も出来ん」
ドンはそう言ったが、
自分自身も、別の仕事に集中できていなかった。
――初火、だからな。
ハルキは水を汲み、薪を運びながら、
何度も炉へ戻ってくる。
夕方。
煙の色が、ついに無色になった。
「……来たな」
ハルキは、ふいごで数回、空気を送る。
吸気口を開き、内部の炭を燃焼させる。
低く、腹に響く音。
炉が息を吸い込み、炎が生き返る。
周囲はすっかり暗くなっていた。
ハルキは一人で、小さな窓から燃える炎を見つめる。
ドンさんは家で仮眠を取っている。
炎は揺れながらも、安定している。
「……ハルキさん」
振り返ると、ミーラさんが立っていた。
手には、お茶と夕食。
スープには、セイルが狩ってきた鹿の肉。
じっくり煮込まれた香りが、空腹を刺激する。
「ありがとう」
並んで腰を下ろす。
ミーラは、炉の炎に目を奪われていた。
炎の光で、頬がほんのり赤い。
「ミーラさん、ふいご……使ってみる?」
「……うん」
ハルキが、大きな洗濯ばさみのようなふいごを手渡す。
「ゆっくり挟むと、先から空気が出る」
ミーラは恐る恐る、ふいごを動かす。
「シュー……」
炎が応えるように唸る。
「……なんか、面白いね」
「だろ? 意外とクセになる」
「うふふ」
「ちょ、ミーラさんばっかりずるいぞ」
ミーラさんに軽くショルダーアタック。
「えー、なにそれ」
笑い声が、夜の中に溶ける。
(ふいごを作ってくれた、ピリカさん……ありがとう)
ハルキは、急にピリカさんに、感謝したくなった
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メモ
今回、ハルキたちが作った炉は、
一般的に知られる「登り窯」とは、違います。
登り窯は、山の斜面に長く築かれ、
数日にわたって薪をくべ続け、
交代でふいごを使いながら、内部温度を千百度以上まで高める。
その高温によって、うわぐすりを完全に溶かし、
器の表面をガラス化させるための、大型かつ本格的な焼成炉です。
対して、今回作られた炉は、
そこまでの高温を目的としていません。
全長は約6メートル。
燃焼室・焼成室・煙突を一直線に配置した、小型の実験炉である。
目標とする温度は、陶器を十分に焼き締める程度で、
うわぐすりを完全にガラス化させるほどには達しない。
この炉の構造は、「アップドラフト・キルン(上昇気流式窯)」を基にした
簡略化された変形型です。
古代のギリシャやローマ時代の炉で、薪の上に天板を置き、
その上に壺を並べ、周囲を円筒状にレンガや石で囲って
焼成を行う方式がありました。
この「天板」は、穴あき床(エスカラ/eschara)と呼ばれ
厚さ10センチの粘土板で、天板が壊れるとツボも破壊される構造でした。
しかし、今回の炉では、
燃焼室を横に伸ばし、
火と煙を一度横方向へ流したのち、
焼成室を通して上昇させ、煙突へ導く構造を採用している。
これにより、
ふいごを長時間使い続けなくとも、
自然な上昇気流が生まれ、
安定した燃焼と、比較的高い燃焼効率を得ることができる。
薪の投入も一度で済み、
基本的には放置して温度管理を行えるため、
人手も時間も、大幅に節約できる。
登り窯のような「完成された焼き」を目指す炉ではありません。




