031 火を育てる・最初の炉が完成
ドンは、日干し煉瓦を作っていた。
粘土を枠に詰め、形を整え、地面に並べる。
いつもと同じ作業のはずなのに――その手つきは、どこか重かった。
(時間が、足らん……)
そんな思いが、無意識に動きを鈍らせている。
「ドンさん、こんにちは」
声をかけられ、ドンは顔を上げた。
そこに立っていたのは、ハルキだった。
「ちょっと、試してほしい物があるんです」
「……なんじゃ」
ドンの前に差し出されたのは、二つの器だった。
ひとつは、貝を焼いて砕いた白い粉――石灰。
もうひとつは、塩作りの過程で分離された、にがりの溜まったツボ。
「粘土と、石灰(炭酸カルシウム)と、にがり」
「これを混ぜて、試してみてほしいんです」
ドンの眉が、ぴくりと動いた。
「ほう……?」
「熱に強い素材になるはずなんです」
しばし、器を見つめたあと、ドンは短く頷いた。
「……やってみる価値はあるな」
こうして、焚き火ほどの大きさの小さなかまどを、二つ作ることになった。
ひとつは、レンガを積み、粘土だけで固めたもの。
もうひとつは、レンガの上に――
土・粘土・石灰・にがりを混ぜたものを塗り重ねたもの。
数日かけて、じっくりと乾燥させる。
そして完成したのは、横に長い、小さな実験炉だった。
炉はL字型で、燃焼室が横に伸びている。
薪が三本、四本入る程度の規模。
だが、目的ははっきりしていた。
――燃焼実験。
二つの炉に、同時に火を入れる。
すると、どちらも、いつもより激しく空気を吸い込み始めた。
「ボーッ……!」
低く、唸るような音。
まるで、ジェット機の吸気音のようだった。
「低温乾燥の時から、感じてましたが……」
ハルキが、三和土を塗った炉を見つめる。
「こっちの方が、明らかに火を引き込んでますね」
ドンも、深く頷いた。
「ああ……」
「明らかに、火力が強い」
「なるほど……これは、使えるな」
しばらく火の様子を観察したあと、ドンはふと笑った。
「しかし、ハルキ」
「この横に長い炉、面白い形じゃな」
「ええ」
「燃焼効率が高くて、煙も少ないんです」
ハルキは続けた。
「壺を焼く炉にも、この構造を応用したいと思ってます」
――そして二人は、山の斜面へと向かった。
自然の傾斜を、そのまま利用する場所だ。
ハルキは地面に棒で線を引き、簡単な設計図を描いた。
燃焼室が、約1.5一メートル。
壺を置く焼成室が、2メートル。
煙突部分が、2メートル。
筒状の炉の屋根は、アーチ型。
半円を描くように、空間を作る。
なるべく角を無くすように、加工する。
燃焼室と、火が通る中央部分には、レンガを敷き詰める。
それ以外は土で形を作り、仕上げに三和土を表面に塗る。
形は、できた。
だが、内部はまだ湿っている。
乾燥のために、何度もあぶる。
剥がれ落ちた三和土を塗り直し、またあぶる。
修正を、何度も繰り返した。
最初の頃は、煙が逆流することもあった。
だが、調整を重ねるうちに――。
「ボーッ……!」
炉は、勢いよく空気を吸い込み始めた。
ハルキが、汗を拭いながら言う。
「……完成、ですかね?」
ドンは、炉を見据えたまま、静かに答えた。
「そうじゃな」
「これで……試してみよう」
新しい炉の前に、二人は並んで立つ。
燃える炎。
唸るような吸気音。
その前に立つ背中には、
確かな期待と、ようやく見え始めた希望があった。
-----------------------------------------------------
メモ
三和土、「たたき」と読みます
三和土は、赤土・消石灰・にがり「塩化マグネシウム」主体の三つの材料を混ぜ
叩き固めて作る日本古来の土間仕上げ技法です。
コンクリート普及前は土木・建築で広く使われ、玄関や台所土間、かまどの土台として重宝されました。
土主体のためコンクリートより熱を伝えにくく、耐火性にも優れ、高温の火を扱う「炉」の内壁材として優秀です。
割れても練り直して補修できる持続可能な素材です。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
この開拓団、
「まあ、悪くないな」
と思ってもらえたら、☆やリアクションを押してもらえると助かります。
正直、かなり励みになります。
というか、次のウェーブを考える元気が出ます。
気軽で大丈夫です。
たのんます。




