030 塩になるまで・塩の完成
砂浜に、俺とニケは並んで立っていた。
潮風が吹き抜け、遠くで波が静かに砕けている。
「じゃあ、もう一回やってみるか」
俺の言葉に、ニケは無言で頷いた。
まずは、ニケが作った“にがい塩”を、もう一度土鍋に移す。
そこに海水を加え、火にかけて溶かしていく。
塩はすぐに溶け、鍋の中身はどろりとした液体になった。
「前と同じだな……」
「でも、ここからが違う」
俺は、目止めをしていない素焼きのツボを指差す。
どろどろになった塩水を、そのツボの中へ流し込む。
すると、しばらくして――。
ぽた……
ぽた……。
ツボの底から、ゆっくりと液体が滲み出してきた。
その下には、あらかじめ目止めをした土鍋を置いてある。
滴り落ちた液体は、確実に、そちらへ溜まっていった。
「……漏れてる、よな?」
「漏れてる。でも、それでいい」
ニケは不安そうな顔で、その様子を見つめていた。
それから――一週間。
完全に乾いたツボの中には、固まった塩が残っていた。
俺たちは、それを慎重に取り出し、王国から支給された塩と並べて比べる。
色は、やや灰色がかっている。
だが、前回のものとは比べものにならないほど白い。
並べて比べなければ、違いが分からないほどだった。
「……白いな」
「うん。前より、全然……」
俺とニケは顔を見合わせ、同時に一摘み取った。
恐る恐る、口に入れる。
「……!」
ニケの目が、見開かれた。
確かに、王国の塩と比べれば差はある。
だが、それでも――。
「……ちゃんと、塩だ」
塩辛さの中に、わずかな雑味はある。
それでも、前のような強烈な苦みやえぐみはない。
「どうして……?」
ニケが、信じられないという顔で俺を見る。
俺は、ツボと土鍋を指差しながら説明した。
「前回はな、にがりと塩の分離が不十分だったんだ」
「塩とにがりは、同じ海水から出来るけど、性質が違う」
「先に固体になるのが塩で、液体のまま残るのがにがりだ」
「今回は、乾燥する途中で、そのにがりが――」
「下の土鍋に、落ちた……ってことか」
ニケが、ゆっくりと言葉をつなげる。
「塩とにがりを、一週間かけて、分離したんだな」
「そういうこと」
俺は頷いた。
「これで、とりあえず――」
俺は、塩の器を見下ろしながら言った。
「開拓団の“塩”は、完成だな」
その瞬間、ニケが大きく息を吐いた。
「……はあ……」
肩の力が抜け、安堵の表情が浮かぶ。
俺たちは、自然と腕を組み、互いの前腕をがっちりと掴んだ。
「でもさ……」
ニケが、ふと現実的な顔になる。
「正直、時間と手間のわりに、とれる塩の量は少ないよな」
「こんなに大変だなんて……知らなかったよ」
「確かにな……」
俺は、そう答えながら、海の方へ視線を向ける。
(海には、あれだけ大量に塩があるはずなのにな……)
波打ち際を見つめながら、そんなことを考えていた。
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メモ
歴史背景:白金と呼ばれた塩
中世ヨーロッパでは塩は「白い黄金(white gold)」と呼ばれ、単なる調味料ではなく
食糧保存のための絶対的に重要な物資でした。
英語「salary」の語源はラテン語salārium(塩に関係する手当)ですが
「ローマ兵士が塩そのもので給料をもらっていた」という話は現代の俗説です。
一方、中国では古代(漢代)から中世・近世にかけて塩鉄専売制(国家独占販売)が続き
密売は死罪を含む重罪とされ、国家財政の柱であり続けました。
現代の工業生産(イオン交換膜法など)で安価になった今とは異なり
歴史上のほとんどの時代で塩は「富の象徴」であり、国家の戦略物資でした。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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