026 初夏の森と、甘酸っぱい成功
エルフ嫁のフィアは、森の中を歩いていた。
長袖に長ズボン姿。
帽子を深くかぶり、肌の露出は極力抑えている。
虫対策だ。
腰には布のエプロンを巻いている。
採集したベリーの色素で服が汚れないようにするためのものだ。
森は初夏の気配に満ちていた。
木々の葉は瑞々しく、空気はひんやりと澄んでいる。
深呼吸するだけで、心が軽くなるような心地よさだ。
目指す場所は、森の比較的浅いところにある。
やがて、視界の奥に深い紫色が点々と現れた。
涙のような形をした、小さな実。
指先で一粒つまみ、口に運んでみる。
「……っ」
強烈な酸味に、思わず目を細めた。
だが、すぐに表情は緩んだ。
「ふふ……ちょうどいい」
この酸味こそが、旬の証拠だ。
フィアは鼻歌を口ずさみながら、籠にベリーを集めていく。
「これなら……美味しいジャムが作れそう」
村へ戻り、かまどに土鍋を据えた。
「うまくいけば、いいんだけど……」
「……大丈夫、できるよね?」
自分に言い聞かせるように呟きながら、洗ったベリーを鍋に入れる。
火にかける。
しばらくすると、異変が起きた。
土鍋の内側が、みるみるうちに紫色に変色していく。
「あちゃ〜……」
嫌な予感が的中した。
「やっぱり、野焼きの土鍋じゃ……無理があるよね……」
次の瞬間。
ぽた、ぽた、と雫が落ちてくる。
「え?」
バカッ――。
音を立てて、土鍋が割れてしまった。
水漏れによるヒートショックだった。
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ドワーフ嫁のピリカは、テーブルで土をこねていた。
粘土を手のひらで押し込み、少し回転させてまた押し込む。
菊もみである。
十分に空気を抜いた後、粘土をひも状に伸ばす。
それを蛇のとぐろのように重ねていく。
少しずつ形を整えながら、指で厚みを均一にしていく。
出来上がった壺は、風通しの良い場所で日干しにする。
一週間乾燥させてから、野焼きだ。
うまくいけば、水に浸しても崩れない。
だが、どうしても、水を入れると、ぽたぽたと浸み出してしまうのが悩みの種だ。
灰釉を試したが――失敗に終わった。
※灰釉とは、植物の灰を原料とした釉薬のこと
素焼きの陶器に塗り、再度焼けば表面がガラス化する。
ドワーフ夫に相談すると、当然の言葉が返ってきた。
「そりゃ、そうじゃろう」
「釉薬でコーティングするには、火力が足らんのだ」
今はレンガ炉を作っている最中だから、それを待つしかないという。
「じゃあ……レンガ炉は、いつできるの?」
そう聞くと、ドワーフ夫は視線を逸らした。
どうやら、当分先らしい。
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割れてしまった土鍋を掃除しながら、フィアとピリカは並んで考えていた。
「ジャムさえ作れれば……保存は、素焼きの壺でもできるのよね」
「内側に、ろ過した松脂を塗れば……」
「うん。ただし、松脂は熱に弱いし……食材と混ざるのは絶対ダメよ」
問題はジャムを作る工程だ。
加熱すると、強い酸性になる。
支給品の鉄鍋では、使えない。
素焼きの土鍋に目止めする方法はいくつかある。
だが――
「麦は……使いたくないわよね、種麦だし…」
「残り少ないビスケットも……なんだか、負けた気がするわ」
フィアが、ふと呟く。
「……要は、でんぷん質が多いものを使えばいいのよ」
その瞬間。
森の縁に広がる平原に咲いていた、紫の花が脳裏に浮かんだ。
「あれ……もしかして……」
そう思った途端、フィアはスコップを掴んで走り出す。
「ちょ、ちょっと!?」
ピリカも慌てて、その後を追った。
森近くの平原。
そこには、紫色の花が群生していた。
フィアは地面を掘る。
深さ、およそ三十センチ。
やがて、少し太くなった根――鱗茎が現れた。
※鱗茎とは、タマネギやニンニクなど養分を蓄えた肉厚な部分
土を軽く落とす。
白くて、美しい。
「……やっぱり」
「カタクリの花だったのね」
※カタクリの花とは、「片栗粉」の語源となったユリ科の植物、
現在の日本では、多くの地域で絶滅危惧種に指定されています。
北海道では、4月下旬から5月上旬にかけての時期に咲き始めます。
その後、鱗茎を石で潰し、水にさらす。
沈殿したでんぷんを、丁寧に集める。
それを土鍋で煮詰める。
目止めの完成だ。
再び、ベリーを入れた土鍋を火にかける。
フィアとピリカは、並んで鍋を見つめた。
――漏れない。
成功だ。
ベリーは、ぐつぐつと煮詰まり、やがてペースト状になる。
ジャムの完成。
フィアが、ヘラについた少量を口に運ぶ。
「……すっぱい。でも……ちゃんと甘みもある」
「本当?」
ピリカも味見をする。
「……美味しい」
二人の顔が、自然とほころぶ。
その時、フィアが笑った。
「あら……舌、真っ黒よ」
「えっ?」
ピリカはフィアの舌を見る。
「……本当だわ」
「フィアさんも、真っ黒」
二人は顔を見合わせて――
「アハハ」
と、声を上げて笑った。
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メモ
開拓団にとってジャムの意味
冬の開拓地で最も恐ろしいのは、カロリー不足だけでなく、新鮮な野菜や果物がなくなることで起きる
「壊血病」や免疫力の低下です。
多くのベリー(野いちご、ブルーベリー、クランベリー等)にはビタミンCが豊富です。
越冬での役割: 冬の間、肉ばかりの食事になると血液が酸性に傾き、歯茎から血が出る「壊血病」のリスクが高まります。
ジャムはこれを防ぐ有効な「薬」になります。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
この開拓団、
「まあ、悪くないな」
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正直、かなり励みになります。
というか、次のウェーブを考える元気が出ます。
気軽で大丈夫です。
たのんます。




