024 戦いのあと、背中のぬくもり
ゴブリンの巣を壊滅して開拓村に帰ってきた。
テーブル近くの椅子に腰を下ろし、湯飲みを両手で包んだ。
温かい茶を一口飲んだ瞬間、体の奥に溜まっていたものが、一気に抜けていく。
――疲れた。
眠い。
ドッと、遅れて疲労が押し寄せてくる。
「……終わった」
ぽつりと呟いて、視線を落とす。
肩の力が抜け、ようやく安心が実感として降りてきた。
その時だった。
「みなさん、お疲れ様でした」
澄んだ声が場を区切る。
顔を上げると、エルフ嫁のフィアさんが、軽く手を叩いていた。
「お疲れのところ悪いんですが、今回の戦闘で怪我がないか、必ず確認してください」
パン、パン、と小さく手を叩きながら説明を続ける。
「特に、背中や手足の背面は、自分だけでは確認できません。必ずパートナーに見てもらってください」
そう言って、籠から布を取り出した。
「あと、これ。蒸しタオルです。体を拭いてください」
五枚。
家族分を、一人ひとりに手渡していく。
ぼんやりとした頭でその光景を眺めながら、
「……なるほど」と「……めんどくさい」という二つの言葉が、同時に浮かんだ。
新しく完成した家の中。
俺とミーラさんは、並んで立っていた。
俺は上着を脱ぎ、自分の体をざっと確認する。
目立った出血はない。
「……よし」
背中を向けて、声をかけた。
「どう? どこか怪我してる?」
「……えっ? あ、えっと……」
ミーラさんの声が、妙に歯切れ悪い。
「……たぶん……ないと……思うよ……」
振り返ると、彼女は少し顔を赤くしていた。
俺は、その理由にまったく気づいていない。
「あっ……でも……こことか、こことか……」
指で示される。
「打撲の跡っぽいよ」
「ああ、それは今回のじゃないな」
俺は軽く笑った。
「日頃の傷だよ。気をつけてるつもりなんだけど、不器用でさ」
「……そっか」
短く答えて、ミーラさんは蒸しタオルを手に取った。
「じゃあ……背中、拭くね」
そう言って、背中に温かさが触れる。
「ありがとう」
誰かに背中を拭いてもらうなんて、小学生以来だなと思い、
思わず「ふふ」と笑ってしまった。
「よし」
一通り終わったと思い、服を着ようとした、その時。
「じゃ、次は……わたしの番だね」
そう言って、ミーラさんが、くるりと背中を向ける。
するり、と。
服が落ちた。
「あっ……そうだよね」
完全に、自分の役目を失念していた。
一瞬、焦る。
だが、今さら逃げるわけにもいかない。
俺はタオルを持ち、慎重に背中を拭き始めた。
「う、うん……傷は、ないよ……」
声が、少し裏返る。
俺よりずっと大きな背中。
けれど、うなじから肩にかけての丸みは、確かに女性らしい柔らかさがあった。
一瞬、見とれてしまい、慌てて視線を外す。
「……終わったよ」
そう言って、蒸しタオルを手渡す。
俺は、そのまま背を向けた。
背後から、布が肌を拭く、かすかな音が聞こえてくる。
「……いかん」
そう思っても、意識はしてしまう。
俺は慌てて服を着て、外へ飛び出した。
テーブルの椅子に、どさりと腰を下ろす。
さっきより、疲れを感じる。
たぶん、精神的なものだ。
ほどなくして、ミーラさんもやって来た。
髪も拭いたのだろう。少し湿った髪が、肩にかかっている。
彼女は俺の隣に座り、
スープと干物を、静かに口に運ぶ。
特に会話はない。
何かをする気にもならず、
二人で、ただテーブルに並んで座っていた。
海から吹く風が、心地いい。
なんとなく、遠い水平線を眺める。
日が傾き、夕方になって、ようやく狼夫妻と猫夫婦が戻ってきた。
どうやら、体を拭いた後、そのまま眠ってしまったらしい。
夜警を猫夫婦に引き継ぎ、
俺たちは休むことにした。
大きなベッド。
背中合わせで横になる。
背中が、温かい。
「……オレさ」
静かに言う。
「本当に、ミーラさんと一緒でよかったよ」
少し間を置いて、続けた。
「一人だったら、って思うと……ゾッとする」
背後から、柔らかい声が返ってくる。
「……ハルキさん」
「わたしも、一緒だよ」
「ハルキさんで、よかった」
波の音が、静かに耳に届く。
そのまま、俺たちは深い眠りに落ちていった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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